この世界ではお金で生きています一章8
第一章神の作ったゲーム8
集会所の暖簾を潜り、中へと入る。しかし、扉一つなしに暖簾があるだけの建物は良く考えると不用心だ。まるで田舎の家を連想させる。それとも、この街では治安は良いのだろうか。それともこの集会場が特別なのかもしれない。
まだ早朝とのこともあって受付には誰もいない。仕方なく勇樹は案内板で闘技場の場所を確認し、奥へと向かう。
闘技場の扉を押し、中に入るとガルドが大剣を振り回し、朝稽古を行っていた。
ガルドは稽古に集中しているのか、勇樹が訪れたことにも気付いていないようで誰もいない空間を見詰め、大剣を振り空を斬る。
身体から染み出した汗が頬を伝い、地面へと落下していく。肩を大きく振るわせて息を整えたところでようやく勇樹の存在に気付いた。
「お、早いな。まだ早朝だというのに」
「なんか偶然にも早く目が覚めてしまって、それで下に降りたら置手紙を見つけてここに来た」
デイリーボーナスによるアラームで起こされてしまったとは言えない。それに仮にも真実を語ったところでこの男は信じないだろう。なら、ここは妥当なセリフを言ったほうが良いはずだ。
「そうか。なら早速戦闘の仕方をレクチャーしてやるか。勇樹は対人戦のこと知っているか」
「いや、知らない」
「だろうと思った。それなら始める前に軽く説明をしよう」
ガルドは対人戦についての説明をする。
対人戦とは人どうしが争い戦うことであり、この世界では大きなダメージを受けると痛みが伴うと同時に所持金が減ってしまう。対人戦は基本禁止してあり、訓練所での戦闘の基本を学ぶ以外はしてはならない。
「――と言う訳だ。だが安心しろ。俺は教官として所持金を失う程の傷をつけることはしない。寸止めにしてやるよ。だがお前は本気で考えて俺を殺すつもりで挑め。安心しろ、戦闘の訓練をレクチャーする側が大怪我を伴うようなヘマをするようでは教官は務まらないからな」
「わかった。全力で挑ませてもらう」
勇樹はマジック袋から天空鳥の剣を取り出すと鞘を抜き、鞘をマジック袋に収納すると構える。どのような構え方をすれば良いのかわからないが、取り敢えずイメージで剣道の構えをする。
勇樹が構える中、ガルドは大剣を握っている両の腕を後ろに向け、大剣の刃と自分の背中が垂直になる形で構えを取る。
あの構えはいったい何なのだろうか。一見ふざけているようにしか見えない。自分が相手であれば変な構えでも十分すぎると物語っているのだろうか。それともわざと隙を見せることによって攻撃を誘導させ、反撃狙いであのような構えを取っているのか定かではない。しかし、考えても自分が動かなければ何も始まらない。
すり足でガルドに近づき間合いを詰めていく。
あと二、三歩で天空鳥の剣の間合いにはいるところで、ガルドは額に青筋を立てながら大剣を振り下ろし、地面を砕く。
「なんだその動きは!これはスポーツではない、本気の殺し合いを学ぶ場なんだぞ!確かに相手が何を考えているかはわからない。だが、それは対人に対しての動きだ。魔物相手でその動きをしてみろ!瞬きするうちにお前は鋭利な爪や牙で切り裂かれている」
ガルドは怒声を放つ。しかし、勇樹には彼の言っている意味が理解できなかった。
これは対人戦であって今相手しているのはガルドという人間であって魔物ではない。例えとして魔物をだしてくるのはおかしくないか?ガルドの言う言葉の意味が分からない。だが一つ分かることと言えば今の動きはこの訓練の中ではふさわしくないということだ。
「もう良い、お前の実力は十分わかった。荒療治だが俺も少し本気を出させて思い出させてやるよ。人が本来持っている闘争本能をな」
そう言い放つとガルドは一瞬にして間合いを詰め、勇樹の手の甲に対して大剣の鍔を思いっきり叩きつける。その刹那、勇樹は手に痺れを感じ、手の感覚がなくなると天空鳥の剣がスルリと落ち、地面に転がる。
地面に落ちた得物に視線を向け、完全に視界からガルドの姿が外れる。
「武器を失ったからと言って相手から視線を外すな!それでは何時でも攻撃してくださいと言っているようなものだ!」
ガルドの激昂の言葉が聞えたかと思うとすぐさま腹部に激しい痛みが走る。ガルドの蹴りが勇樹の腹部に直撃し彼の身体は宙に浮きながら後方へと飛ばされる。
「得物のみが戦場での武器だと思うな。使えると思ったものは何であろうと使え、利用できるものは利用しろ。そうでなければ街の外に出て魔物と出くわした途端にお陀仏だぞ」
手の痺れと腹部の痛みに苦しみながら地面に横たわる。痛みに耐えきれなかったのか自然と目から涙が流れだす。
「おいおい、その程度の痛みで音を上げるのか!貴様は一時の失いを経験しただろうが、あの苦しみに比べればそんなの可愛いものだろうが」
痛みに耐えながら勇樹はゆっくりと立ち上がった。この訓練を通して自分がどれだけ平和な世界で生きられ、恵まれた環境で生かされていたのかに気付かされた。
「そうだ立ち上がれ、そしてその命が尽きるまで戦い続けろ」
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
勇樹は吼え、そして自分の顔面を思いっきり殴ると荒い息を吐き、ガルドを睨み付ける。勇樹の表情が平凡に暮らしていた軟弱者の顔から、戦場へ赴く戦士の顔へとが変わったことにガルドは内心喜びを感じるも油断することなく気を引き締める。
「良い面構えになったじゃないか」
「うるさい。もう本気で行くからな。後で自分の言った言葉を後悔するなよ」
頭に血が上りそうになるのを抑え、勇樹は冷静になって状況を分析する。今自分の手元には武器がない。しかし、武術を習っていない以上、肉弾戦は不利でしかない。ならば、まずはガルドの足元に転がっている天空鳥の剣を取り戻すのが先決だ。
勇樹はマジック袋から天空鳥の剣の鞘を取り出すとガルドの顔面に向けて投げつける。しかし、鞘は右の方に逸れ、目標を外し、通り過ぎる。
「おいおい、ずいぶんとコントロールが悪いな。残念だが…………うわっ!」
目測を誤った鞘へと視線を向けていたガルドは殺気を感じ、後方へと跳躍する。その二秒程遅れてガルドのいた場所に刃が軌跡を描く。
「驚いたな。まさかさっきの投擲がこのための布石とは思わなかったぜ」
勇樹はガルドの右足側に落ちている天空鳥の剣を手に入れるために鞘を右側に投げ、わざと外した。そうすれば、自然と意識は投げられた鞘の方へと向くと考えたからだ。そして憶測通りにガルドは外した鞘へと視線を向け、その隙に天空鳥の剣の下へと駆け出して拾うとすぐさまガルドを斬り付けにかかった。
「あんたの教えをリスペクトさせてもらった。けどやっぱりガルドに一太刀当てるのは難しいな」
「いや、今のは流石の俺でもビビったぜ。おそらく俺以外なら確実にダメージを負っていただろうよ。しかし、お前の腕であのスピードが出せたのはおそらくその武器の性能のお陰だろうな」
あの一撃だけで天空鳥の剣の特性を理解した。やっぱりガルドは格が違い過ぎる。
「さぁ、続きと行こうじゃないか」
ガルドは再び両腕を後ろへと向けると一番最初の構えを取る。おそらくあの構えは振り子の原理を使った構えだろう。振り子は重りが左右いずれかの位置にあるとき位置エネルギーを持つ。重力により下に引かれると加速し運動エネルギーとなり一番下で最高速になる。間合いに入った瞬間に振り子の要領で大剣を振り下ろし、地面に叩きつけることにより爆発的な力が発生し、地面を砕く。しかし、それを可能にしたのは彼が日ごろの鍛錬で鍛え上げた肉体があってこその技である。
勇樹が真似したところであれほどの力は生まれないだろう。しかし、勇樹には速さという武器がある。速ささえ上回れば一太刀与えるという夢の幅は広がっていくはずだ。
次の行動をどうするべきか思案するとあることを思い出した。ガルドは大怪我をさせるようなことになる前に寸止めすると言っていた。だが、大怪我と行かずともかなりの苦痛を伴う結果になったが、あれは勇樹の戦闘に対する考えを改めさせるための行為であり、考えが改まった今なら無茶な行動にはでないはず。ならば、そこを利用することができれば勝機はある。
「そうと決まれば玉砕覚悟で行くしかないな」
覚悟を決めて勇樹は天空鳥の剣を中段に構え、軽く跳躍をすると地面を蹴り、接近する。そしてガルドの間合いに入った瞬間ガルドは大剣を振り下ろし、勇樹は刃を横へと向け首筋を狙う。
人は太刀先が五分に接近すると自身を守るために身を引こうとする。しかし恐怖を克服してその瞬間、逆に密着するつもりで踏み込みながら斬れば、相手の太刀はこちらの斬撃から身を引こうとした分逸れ、当たることはない。
勇樹は玉砕覚悟でこの一太刀に賭けた分、引くようなことはなかった。逆にガルドは勇樹の斬撃を避けようと後方に下がったため、大剣は目測を誤り勇樹に当たることなく地面に直撃し、大地を砕く。だが、勇樹の天空鳥の剣の刃はガルドの首筋を追い続けたために首筋にピタリとくっ付き、そして寸止めの状態で制止した。
「ははは、まさかここまでやってくれるとは思わなかったぜ。俺の完敗だ」
大剣から手を離し、両手を上げてガルドは敗北をアピールすると勇樹も天空鳥の剣の刃を喉元から離し、地面に突き刺す。
「どうやら賭けは俺の勝ちだったみたいだな。俺が本気になって勝負を挑んだとき、ガルドは大怪我をさせないように手加減をしてくると思った。だから玉砕覚悟で突っ込めばどうにかなるだろうとおもった」
「いや、さっきのは手加減をする余裕がなかった。本気で倒すつもりだった。多少の運が絡んだかもしれないが勝てたのは勇樹、お前の実力だ。とんだ眠れる獅子を呼び覚ましてしまったようだな。もしかしたら王様の送った人間ではなく、勇樹が魔王を倒す勇者になりそうな気がするな」
「それはほめ過ぎだ……ッツ!」
投擲した鞘を取りに向かおうとすると左足に痛みを感じ、左足を見る。すると左足の踝が腫れ、痣になっていた。おそらく、大剣が逸れた際に地面を砕き、その砕かれた破片が左足に直撃したのだろう。
「左足を痛めたみたいだな」
「どれ見せてみろ」
怪我の具合が気になったガルドは勇樹の左足を見る。
「これぐらいならここの温泉にでも浸かれば治るはずだ。連れて行ってやる」
ガルドに肩を貸してもらいながら二人は闘技場を出て温泉に向かった。