この世界ではお金で生きています一章7
第一章神の作ったゲーム7
二階へと上がり、一番奥にある部屋へと向かうと鍵を使い、扉を開ける。
中は六畳ぐらいの広さで、ベッドが一つ、棚が一つあるぐらいのシンプルな部屋だ。
空き部屋なのに掃除が行き届いてあり、ゴミや埃といったものが見当たらず、清潔感を漂わせている。
棚には本が数冊置かれ、勇樹は興味本位から本の背表紙に書かれているタイトルに目を通す。
本は日本語で書かれ、タイトル名を知ることが可能だった。
内容はどれも童話を元にした児童向けの本であり、中には勇樹の知っている本も置かれている。
「ここは子供部屋だったのだろうか」
本を棚に戻すと腹部が何かにあたり、バタンと倒れる音が聞こえ、勇樹は下を向く。
そこには写真立てがあり、勇樹は持ち上げて表にするとそこにはガルドと隣に立つ一人の女性、それに男子児童が写っていた。
「これはガルド、その隣に女性と子供、これってもしかして」
この写真に部屋にある児童向けの本、これらから推察するにこの写真に写っている女性はガルドの奥さんであり、男子児童は二人の子供なのだろう。
だけど、この家で二人を見ていない。考える可能性は二つあるが、きっとガルドはこの件に関しては触れて欲しくないはずだ。
写真立てを棚の上に置くと、勇樹はこの写真立てを見なかったことにしてベッドの上に横たわった。
「ここって本当にゲームの世界なんだよな」
このゲーム世界ではゲームと言える部分と現実に近くゲームだとは思えない部分がある。
ゲームと言える部分は武器屋や防具屋、アイテム屋といった自分達がいた世界ではないものが存在している。それに魔王という存在は現実世界では空想の存在でしかない。この魔王というのはゲーム内の一部として考えて良いだろう。
他にもお金が命そのものとなっており、寿命の概念がない。こういうところはゲーム性に満ちている。
現実に近くゲームだと思えない部分は、痛みを感じるというところだ。この原理はまだ分かってはいないが、ゲームの世界にもかかわらず、痛みを感じる現象がある以上、ここが本当にゲームの世界なのか疑いたくなる。
そしてあやふやであり、判別し難いものもある。
このゲームの世界にいる人々だ。全員がこのゲームに参加している参加者とは言えないはずだ。おそらく、NPCと呼ばれる者達が存在しているだろう。だが、その見分け方が不明だ。この世界の人間は機械的な動きが感じられない。まるで自分の意思で考え、行動しているように見える。
ガルドの場合はどうだ。彼が仮にもNPCだったとして集会所で教官をしている。ならば、家と集会所を往復し、訪れた者に対して戦闘のためのノウハウを教えるだけという行動のプログラムを組めば良い。だが、彼は困っている勇樹に対して手を差し伸べ、料理を振る舞うなどの人間味がある。しかし、食事をしていたとき、ガルドは他の冒険者とは違うと言っていた。おそらく冒険者とはゲームの参加者を指しているのだと思うが、そうなると彼はNPCだということになる。
冒険者以外がNPCだと仮定すれば難しく考えなくて済むのだが、彼等の人間味のある行動がどうしても邪魔をしてしまい、結論に至ることができない。
これは神の作ったゲームなのだから、人間の技術を遥かに凌いだ技術で作られたものだ。だから人間のようにNPCも行動することが可能性と言えば、無理矢理でも納得するしかないだろう。
しかし、そんなことで片付けることなど勇樹にはできなかった。
「何かゲームの参加者とNPCの境界線を歪めるほどの何かがあるはずだ」
直ぐに結論が出ないことに歯がゆさを感じるが、パズルのピースが揃っていない以上、この件に関して思考を巡らせても時間の無駄だと思い、このことに関しては保留にしておくことにする。
その他にもガルドの言っていた満腹度と言うものもあやふやになっている。言葉の意味から考えるに、お腹の膨れ具合を表すものだろう。ガルドの言葉から考えるに、女の子はゲームの参加者であり、満腹度を理解していた。ゲームに参加した者に満腹度があるとするならば、何故自分にはないのだ。もし、そのようなものが存在するのであれば自分自信にも分かるはずだ。
なにか解決策となるものがないか考えていると勇樹はエミリーから手渡された封筒に入っていた紙のことを思い出し、マジック袋から封筒を取り出すと中から二枚の紙を取り出す。
まず最初に今後の行動を指示していた紙へと目を通すが、そこには集会場へと向かい、両替を終えて依頼を受けることまでしか書かれておらず、その先に何をすれば良いのかが不明となっていた。
あまり期待はしていないが、ガチャで入手したアイテムの説明が書かれた紙のほうに目を通す。すると予想外に重要なことが書かれていたことに気付く。
味覚機能の追加という特典の説明に『プレミアムガチャの中身の一つ。この機能を付けることによってゲーム内での満腹度がなくなり、その変わりに現実世界で過ごしていたみたいに時間と共に空腹を感じられるようになる。そして、料理を食べるとその料理の味を感じるようになる』と書かれていた。
これで、何故自分が料理の味を感じることが出来たのに、ガルドが話していた女の子は不味いと言っていたのか理由が分かった。おそらく女の子は味覚機能の追加という特典を持っていなかった。そのため、ゲームの仕様により、満腹度が表示された。満腹度の減少により、参加者の身体に何かしらの悪影響があり、それを改善するために食事をおこなった。しかし、これもまたゲームの仕様により、味覚機能の追加を持っていない参加者は料理や飲み物の味を感じることが出来ずにいたというところだろう。
煙草で例えるならば、味覚機能の追加を所持している参加者は禁煙者であり、味覚機能の追加を所持していない参加者は喫煙者。煙草を吸い続けたことにより、神経細胞が失われて嗅覚と味覚機能が麻痺している状態に近いだろう。
だが、この説明の書かれた紙のお陰ですくなくとも最低限、参加者かNPCであるかの見分ける方法が分かった。食事をしても味を感じられない人はゲームの参加者。味が分かるものはNPCか味覚機能を持った参加者だと分類することができる。
一つの疑問が解消されたことにより、勇樹は僅かながら安心感を感じ、気が緩んで欠伸が漏れた。
疲れを感じ、欠伸さえも出てしまう。本当にこのゲームの世界はいったいどういう作りになっているのだろうか。そんなことを考えていると次第に両の瞼が重くなり、勇樹は瞼を閉じると眠りに就いた。
◆◆◆◆
『五時のデイリーボーナス、五時のデイリーボーナス、アイテムをお受け取りください。五時のデイリーボーナス、…………』
設定したことのないアラーム音のような音色が聞え、勇樹は目を覚ます。起き上ると足元に革袋が一つ置かれており、勇樹はそれを取るとアラーム音が鳴り止んだ。
「これはなんだ」
目覚めたばかりで頭の回転が遅く、上手く思考が働かないまま勇樹は中を覗いてみた。すると小瓶が一つと手紙が一枚入っており、先に手紙の方を見てみる。
手紙にはアイテムの説明が書かれており、どうやらこのアイテムは傷薬のようで使用することによって傷は瞬時に治るとのことが書かれている。
薬を塗っただけで傷口が瞬時に治る。現実世界であったのなら、信用することができないでいたが、ここは神が作ったゲームの世界。人間の常識など有って無いようなものだ。
傷薬をマジック袋に収納すると勇樹はもう一度ベッドに横になり二度寝をしようと瞼を閉じた。しかし、いくら眠ろうとしたところで寝付くことができない。勇樹は仕方がなく散歩でもしようかと部屋を出て忍び足で廊下を歩く。
階段を下りたところでテーブルに一枚の置手紙と鍵が置いてあることに気付き、勇樹は紙に書かれていた内容を読む。ガルドは既に起きており、集会場の闘技場で朝稽古をしているとのことだ。
「昨日お願いしたし、俺も集会場へと行ってみるか」
ガルドの家を出ると玄関の扉を閉めて鍵を掛け、勇樹は集会場へと向かう。