この世界はお金で生きています一章6
第1章神の作ったゲーム6
武器屋を出た勇樹は次に宿屋を探すことにした。まだ防具屋を訪れていないが、お金を作る方法がわからない現状から考えると、できるだけ出費を抑えた方が良い。
防具はお金の作り方がわかってからでも遅くはないだろう。
あれから太陽の傾きがさらに西へと傾き、太陽の色が赤味がかった色へと変わりつつある。
もうすぐ夕方になるだろう。太陽が完全に沈む前に宿屋を探して寝泊まりできる場所を確保しなければ。
マジック袋から街の地図を取り出し、宿屋の場所を確認する。
宿屋は街の北門の側にあるようだ。
この街には二つの出入りできる門があり、それ以外は大きな壁に阻まれ、侵入することができない作りになっている。
因みに勇樹が入って来た門は南門だ。
地図を見ながら北門を目指し、宿屋を探す。
十分ほど歩くと北門が見え、門の向かい側に宿屋の表記のある看板が掛けてある建物を見つけた。
今日は色々ありすぎて疲れた。早く宿に泊まる手続きをしてベッドに横になりたい。
宿屋の扉を開け、勇樹は中に入る。
宿屋は服屋や武器屋とは比べものにならないぐらい広い。カウンターで宿泊客の名簿に目を通していた男は、勇樹が訪れたことに気付くが、直ぐに名簿に視線を戻す。
「宿泊したいが、一人分の部屋は空いていますか」
「ああ、空いているよ。朝、夕の食事付きで一泊1000Qで場所を提供するが」
「1000Qも取るのか」
「そうだが、もちろん等価交換などは受け付けない。文句があるなら野宿でもしな。言っておくが、この街の宿屋はここだけだ。それに余所者を泊めてくれるモノ好きは殆どいないだろうな」
男の言葉に勇樹は暫し考える。今、勇樹の所持金額は9720Q普通に考えれば九日は宿泊が可能だ。だが、現段階では収入を得る方法がわかっていない以上、1000Qも出費するのは痛い。
「すまない。もう少し考えてからにする」
勇樹は踵を返すと扉を開けて外に出た。
「さて、これからどうするか」
夕陽が沈みつつ、空はオレンジ色から青黒い夜空へと変わりつつある。
気温も下がって来ているのか、一風吹くと肌寒さを感じる。
あの宿屋で一晩泊まるにしても、他の方法で就寝場所を探すにしても早く決めなければならない。
悩んでいると反対側の道から見知った男がこちら側に歩いて来た。男の方も勇樹のことに気付いたのだろう。右手を上げ、左右に振って走ってきた。
「おーい、勇者様じゃないか。こんなところでどうした」
勇樹に声を掛けて来たのは集会場で出会ったスキンヘッドの男だ。
「こんばんわ。いや、ちょっと宿屋に泊まろうとしたのだけど、思っていたより金額が高かったのでどうしようかと悩んでいた」
「そうか、そうだよな。服屋や武器、防具屋、アイテム屋に比べたら値段がおかしいほど高いからな。そりゃぁ宿泊しずらいか。なら、家に来るか?勇者様なら止めてやろう」
「本当ですか。ありがとうございます」
棚から牡丹餅とはこのことだ。勇樹はスキンヘッドの男に着いて行くと集会場付近に彼の家があった。
「汚いところだが、寛いでくれ」
スキンヘッドの男は扉を開けると客人である勇樹が先に入るように促す。
「おじゃまします」
そろそろ夜になるからか、中は薄暗く辛うじてテーブルと椅子が見える程度だ。取り敢えず椅子に座ると部屋の明かりが点けられ、部屋全体が明るく照らされた。
「勇者様、今から夕食を作るので少し待ってもらっても構わんか」
「ただ待っているだけでは申し訳ないから何か手伝うよ」
勇樹は料理などはできない。生きていた頃は弁当か外食ばかりで包丁すら持ったことがないが、何もしないほうが心苦しい。
「いや、大丈夫だ。俺も簡単なものしか作れないからな」
勇樹の申し出を断ると、スキンヘッドの男はピンク色のエプロンをつけ、台所へと向かって行く。
勇樹の座っている場所から台所の作業場が見え、彼の視界にスキンヘッドの男の後ろ姿が映った。
その光景を見て、彼ほどエプロン姿が似合わない男はいないだろうと思った。
料理が始まったのだろう。包丁を使って食材を切る音、フライパンで食材が炒められる音が聞こえ、味付けに入っているのか鼻腔を刺激するような美味しそうな臭いが漂ってきた。
漂ってくる料理の臭いを嗅いだからか、勇樹は空腹を感じ、お腹が鳴る音が聞えてくる。
「そういえば、一応ゲームの世界なんだよな。ゲームの世界で料理を食べても大丈夫なのだろうか」
不安を感じつつも、勇樹は料理が完成するのを待つ。
「おーい、勇者様完成したぞ。これぞ男の料理、簡単野菜炒めだ」
テーブル中央に大皿に盛られた野菜炒めが置かれ、勇樹に茶碗によそがれた白米を渡した。
「勇者様、飲むかい…………って、勇者様はまだ未成年だったな。なら、ブドウジュースで良いか」
「いや、酒で大丈夫だ。俺は見た目は子供だが、中身は二十九歳のおっさんだ」
勇樹の言葉にスキンヘッドの男は目を丸くするが、直ぐに表情を和らげ、笑みを向ける。
「勇者様、面白いことを言うな。いくら大人の世界に憧れる年頃だったとしても二十九歳はないって。サバを読むにしても読み過ぎだ。流石に二十九歳はない」
スキンヘッドの男は腹を抱えて笑う。
流石に自分が彼の立場なら普通は信じられないし、相手にしない。だが、笑って済ませてくれるのは彼が懐が厚い男であるからだろう。
「そんなに大人の真似事がしたいのなら、特別にノンアルコールを飲ませてやるよ。ちょっと待ってくれ」
スキンヘッドの男は一度台所へと向かうと、棚から二つの瓶とジョッキを二つを取り出し、戻ってくると勇樹にノンアルコールの入った瓶とジョッキの一つを渡す。
「よし、それじゃあ飲むとするか」
「注いであげますからそっちの酒瓶を貸してくれ」
「良いが、こっちの中身は絶対に飲むなよ」
「わかっている」
アルコール入りの酒瓶を受け取ると王冠を外す。するとお酒の臭いが広がり、鼻腔をくすぐる。勇樹がいた世界でいうところのビールの臭いに酷似していた。
スキンヘッドの男の傾けたジョッキにお酒を注ぎ込むと、トクトクと音を立て、泡を立てながらジョッキの空いた空間を埋めていく。
注がれたお酒の色は黄金色をしており、見た目もビールに似ている。
「へー、なかなか上手いじゃないか」
「社会に出てから十一年間、付き合いでお酒を注いでいたからな」
「ハハハ、また面白いことを言う」
今度はスキンヘッドの男がノンアルコールの酒瓶を取り、勇樹のジョッキにお酒を注ぎ込む。
お互いにジョッキの持ち手を握り、軽く当てる。
「「乾杯!!」」
乾杯を行うとそれぞれジョッキの淵に口を付け、液体を喉の奥へと流し込む。
「どうだ。勇者様大人の飲み物の味は」
勇樹の飲んだビールに近い飲み物は味まで酷似しており、口一杯に苦味が広がっていく。
「美味いな。苦味の中にもほんのりとした甘みがあり、そして喉越し具合も良い」
「へぇー、まだ子供なのにこいつの良さが分かるのか。こいつは俺の知り合いから、譲り受けたもので、普通に購入するなら一本1000Qはする代物だ」
酒の金額を聞き、勇樹は噎せそうになるが、グッと堪えて我慢した。
「そんなに高い物を飲ませてもらって良いのか」
「勇者様に飲ませたのはアルコール無しの方だ。アルコール入りに比べれば三割ぐらいは安い」
スキンヘッドの男は残りのお酒を飲み干すと、空いたジョッキに酒を注ぎ、再び飲み始める。
「その、俺を勇者と言うのは止めてくれないか。俺はまだ勇者ではないし、俺には勇樹と言う名前があるので勇樹と呼んでくれ」
「そうか、良い名じゃないか。そういえば俺もまだ自分の名を名乗ってはいなかったな」
スキンヘッドの男はガハハと高笑いをすると自分の名を語る。
男の名はガルド、集会所で戦闘の仕方を教えている教官的な立場であり、時々若者達に戦闘の基本を教えていることを語った。
ガルドが戦闘の仕方を教えていると聞き、勇樹は彼に教わろうと決断する。
「ガルド、俺に戦闘の基礎を叩き込んでくれないか」
「何故だ?勇樹は王様から魔王を倒す為に旅に出されたのだろう。今更戦闘の基礎を学び直す必要はないのではないか」
ガルドは何故、自分にお願いをしてきたのか分からずに首を傾ける。
いずれバレてしまうのだ。なら、今ここで白状してしまった方が後々、面倒なことにならずに済む。
勇樹は覚悟を決め、ガルドに記憶喪失であること、ガルドの勘違いに便乗してしまったこと、戦闘経験が皆無に等しいことを全て話す。
もしかしたら彼に嫌われるかもしれないし、下手をすれば騙していた者として家から追い出されるかもしれない。様々な嫌な可能性が頭の中を過ぎったが、勇樹には後悔がなかった。
「そうか、わかった。俺も勘違いをしてしまったのにも責任がある。そのせいで少なからずとも勇樹に迷惑を掛けてしまった。罪滅ぼしのつもりで協力させてもらう」
「ありがとう」
「それよりも早く飲め食え、早速明日からビシバシと鍛えてやるからな。食べて寝て体力を付けろよ」
「はい、師匠」
「師匠か、悪くない響きだ」
ジョッキに残っているノンアルコールの飲み物を飲み干すと、勇樹は箸を使って野菜炒めを小皿に移すと一口食べる。
新鮮な野菜は火を通したことにも関わらず、シャキシャキとした触感があり、歯ごたえがある。塩胡椒の味付けも抜群で、普通に店に出していると言われたら信じてしまいそうなほどの美味しさだった。
勇樹は次々と野菜を消費していくと再び小皿に取り分ける。
「そんなに美味しそうに食べてくれるなら作り甲斐があったってものだな。やっぱり勇樹はこの街を訪れた他の冒険者達とは違うな」
「どういう意味だ?」
ガルドの言葉の意味が分からず、勇樹は聞き返す。
「ああ、前に一度、変わった服装をした女の子と出会ってな。お腹が空いたと言ったから料理をごちそうしてあげたのだが、俺の料理を食って不味い、沢山の紙の束を食べたみたいと言いやがった」
「それは酷いな。ガルドの料理はこんなに美味しいのに、きっとその女の味覚がおかしかったんだよ」
とんだ可哀想な人間もいるもんだ。勇樹はそう思ったが、次にガルドが言った言葉に興味深さを感じる。
「でもな、その女の子は不思議なことに俺の料理を全部食べ切ってありがとう。お陰で満腹度が回復したって意味の分からないことを言ったんだよ。俺の料理を不味いと言ったが、残さずに全部食べてくれたから怒るにも起これなくってさ」
満腹度が回復?それはどういう意味だ。ガルドの言い方からして彼は満腹度がどのようなものなのかが知らないみたいだが、これもプレイヤーのみが知るゲームの世界独特のものなのだろうか。自分にはゲームの知識が皆無に等しい以上、満腹度が何を示しているのかがわからない。今後はそのことについても調べる必要が出てくるだろう。
食事が終わるとガルドから二階の奥にある部屋を寝室として使って良いと言われ、部屋の鍵を受け取ると勇樹は早速二階へと上がり、部屋へと向かった。