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この世界ではお金で生きています一章5

 一章神の作ったゲーム5


 集会場を抜け出し、街の中を歩く。できるだけ集会場で口走ったことを思い出さないようにしながら、勇樹は頭の中を整理しながら今後の方針について考えた。

 

 まず、この世界は神の作ったゲームの世界であり、魔王が存在している。集会場で出会った人達から聞いた話から考えるに、この世界のどこかににいる魔王を探し出し、討伐する。これがゲームをクリアする条件のはずだ。そして、この世界には所持金額が自身のHPとなっていることから、おそらく寿命の概念はないはずだ。


 そう考えたが、勇樹は前提が間違っていることに気付き、先程の考えを訂正する。


 いや、すでに死んでおり、魂だけの存在になっているのだ。この肉体だって仮初でしかない。


 他にわかっていることは時間の概念があると言うことだ。さっきまで太陽は最高到達点に達していたが、今は少し西の方に傾いている。


 そして、これが一番肝心なことだが、ゲームなのに痛みがあるという事実。一時の失いテンポラリーロストが発動した際のあの痛みは、間違いなく神経を通して脳が痛みを感じたから起きた現象だ。しかし、今は魂だけの存在だけあって、この肉体も本物ではないはず。なのに、どうして痛みを感じることができる。


 頭の中で様々な可能性を思考してみるが、これと言って真実が見えてこない。今ある情報だけではパズルを完成させるだけのピースが足りない。なら、今はこのことについてはいったん保留し、情報が集まり次第、再度この難問について考えを巡らせるべきだ。


 今わかっていることはこれぐらいだ。そして、これから成すべきことは魔王を倒すために武器の扱いを学び、戦闘経験を重ねて行くことだ。それが達成されるまではこの街に留まることになるだろう。


 これからの方針を決めると目の前に服の看板が掛けられた建物が視界に入って来た。おそらくあのお店は服屋なのだろう。


「今の内に新しい服でも調達するとするか」


 鉄の鎧の下にはスーツを着込んでいる。この世界ではスーツ姿は貴族となり、とても目立ってしまう。そうなるとこの街で自由に動くことが出来なくなってしまう。先程、集会場では記憶喪失だと嘘の供述をしてしまった。もし、仮にもあの噂が街中に広まったとすれば鎧を脱いだ後の衣服を見て、貴族だと勘違いされれば騒ぎはまた大きくなってしまう。


 この服屋に噂が流れていないことを祈りつつ、勇樹は服屋に向け足を進め、目の前に行くと扉を開けた。


 来客を知らせる鈴の音が鳴り響く。その音を聞きつけ、商品となる衣服を綺麗にたたみ直していた一人の女性店員が勇樹の前に来ると用件を尋ねる。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「取り敢えず俺に似合いそうな服を上下一枚ずつ買おうと思うのだけど、お願いできますか」


「ご予算はどのぐらいでしょうか」


 服を購入するための予算か。しかし、この世界での服の相場はどのようなものなのだろうか。見た所、この店は古着ではなく、新品の状態で販売されているみたいだ。それにメーカーが一つだけなら良いのだが、メーカーが複数あり、その中にもブランド物が存在しているのだとすれば、それだけで金額が大きく変わる。


「そうだな。取り敢えず一般の人が手を出しやすいお手頃な値段で考えているのですけど」


「そうですね。内は様々なメーカーの品を取り揃えて販売していますが、その条件だとブランド物は論外ですね。何か質感や着心地などのご要望がありますでしょうか」


 女性店員からの質問を聞き、勇樹は驚かされる。


 かなり細かい店だな。普通の店なら質感や着心地などの質問がされるようなことはまずない。


 一時そう考えたが、勇樹は直ぐにその考えを否定した。そもそも勇樹は衣服にはあまり興味がなく、着ることが出来れば、何でも良いと言う考え方の人間だ。衣服を買いに店に行ってもサイズと値段を確認し、直ぐに精算する。人気や流行を気にすることがなかったので、店員に相談するようなことなど一度もなかった。もしかすると、店員はそこまで客の好みを聞いてからじゃないと商品を進めることなどできないのかもしれない。


「いや、そこまでのこだわりはないです」


「それなら、あれがお似合いかと思います。どうぞこちらですので」


 女性店員に誘導されながら、彼女の後を着いて行く。案内された場所はこの世界で多くの人が購入されており、メーカー側も客のことを考え、ぎりぎりまで値段を抑えてくれているので、販売額も他のメーカーに比べ、三割ほど安い商品が棚に陳列されている場所だ。


「これなんかどうでしょうか」


 女性店員が勧めてきたのは、黒色の記事で作られたポロシャツだ。左胸の所にはメーカーの柄なのか、龍を模ったエンブレムのようなものがワンポイントとして刺繍されていた。


「ならそれでお願いします」


 服装にこだわらない性格だからか、勇樹は直ぐに購入を決め、サイズを店員に伝える。そして次にチェック柄のグレーのズボンを勧められ、それも購入することにするが、試着してしてみたいと言い、試着室まで案内してもらった。


 試着室の中に入ると鉄の鎧を脱ぎ、マジック袋の中に収納する。続いてスーツのブレザー、ネクタイ、白色のシャツ、黒のズボンを脱ぐとそれもマジック袋の中に入れた。


 何故、マジック袋の中にスーツを収納したのかと言うと、今はここでしか安全に着替えることができないからだ。もし、試着を終えて見た目を確認し、スーツに着替え直す。その後再び鉄の鎧を装備して服を購入したところで宿屋を探し、泊まる手続きを行ってから部屋で着替える必要が出てくる。そうなれば時間も手間もかかり、無駄な時間と労力を消費してしまう。だが、今ここで試着した姿のまま会計を済ませば、無駄なく行動に移れると考えたからだ。


 下着姿になるとポロシャツとチェック柄のグレーのズボンを穿き、試着室のカーテンを開ける。


 試着が終えるのを待っていたのか、目の前には先程の女性店員が待機しており、試着した勇樹の姿を見て自分のチョイスが間違っていないことを確認したのか、満足顔で頷いていた。


「うん、私の選択に間違いはなかったようですね」


「ありがとうございます。とても気に入りました。これを来たまま支払いを済ませても宜しいですか」


「ええ、構いませんよ。それではレジはこちらになります」


 社交辞令を行い、レジに移動すると店員から服の金額を伝えられた。金額は三百八十Q。勇樹が生きていた頃のあの世界とこちらの世界の貨幣の相場は同じ。メーカー側の良心から三割ほど減額されているとしても上下セットで三百八十円で服を購入することができると言うことである。物価に対しての価値観が違うのだろう。


「三百八十Qになりますが、支払い方法は等価交換で宜しいでしょうか?」


「等価交換?」


 等価交換という単語を聞いて勇樹は首を傾げる。


 等価交換と言うのは同等の価値のある物を物々交換することで交渉を成立させることだ。なぜ、現金での支払いではなく、そのような物での支払い方法を言ってくるのか疑問に思ったが、この世界ではお金が命そのものとなっている。そのような世界ではそう簡単に命を削るような買い物をすることはないのだろう。


「いや、現金で支払いをします。今は等価交換が出来そうな物を持ってはいないので」


 実際にはガチャで手に入れたアイテムがある。だが、それはもしものときのためにとっておきたかった。


 等価交換ではなく、現金で払うことを告げた勇樹に女性店員は驚いた表情を見せるが、理由を聞いて納得したのか直ぐに表情を元に戻す。


 マジック袋からコインケースを取り出すと中を開けて100Qを三枚、10Qを八枚取り出し、店員に渡した。その刹那、勇樹は心臓を握られたかのような痛みを感じる。一時の失いテンポラリーロストと比べると痛みのレベルは軽いが、それでも苦痛に表情が歪んでしまう。これが、命を削る痛みと言うことなのだろう。


 痛みは数秒続いたが、それが治まると不思議なことに痛みが起きる前のように気分が晴れやかだった。


「お客様大丈夫ですか」


「大丈夫です。現金で買い物するのが初めてだったので、ちょっと驚いてしまって」


 女性店員は心配気な表情をしていたが、勇樹が大丈夫だと告げるとホッとしたのか明るい表情へと変わった。


「ありがとうございます。また何かあったらまたこちらによらせてもらいますので」


 女性店員にお礼を言うと勇樹は店を出て次の目的地である武器、防具屋を探した。


 地図で確認すると、場所はここから三百メートル先に歩いた所に両方店があるみたいだ。


 勇樹はまず武器屋を目指し、歩き続けると暫くして二つの剣が交差している看板がある建物を見つけた。


 地図を見比べながらあの建物で間違いないことを確認すると、勇気は扉を開けて中に入る。


 武器屋は服屋に比べ中が狭い印象がある。四畳半ぐらいの広さだろうか。二メートル先にカウンターがあるだけで周囲には展示品が一つもない。


「いらっしゃい」


 奥の方で作業をしていたのだろうか。一人の男性が顔を出すとカウンターの前に来た。


 僅かながら不安を感じつつ、勇気は彼の前に行くと用件を伝える。


「一つ聞きたいのだが、この店で武器の買取はできますか?」


 買取の単語を聞くと男性は困ったような顔を一瞬見せるが、お客様の機嫌を悪くすると思ったのだろう。直ぐに表情を元に戻す。


「買取は可能だが、出来れば等価交換が良い。価値が同じぐらいになりさえすれば、、武器ではなく、防具やアイテムなどでも構わない」


 男の説明に勇樹はどうしたものかと考える。


 売却でも等価交換を持ち込まれると言うことは、そう簡単に売却での収入源を得ることができないと言うことだ。もし、欲しい物があったとしても売却予定の品と等価交換が成立しなければ、現金を支払わなくてはならなくなり、また死へと一歩近づくことになる。そう考えると収入が入る方法が見つかるまでは、簡単には現金を出す訳にもいかず、考えて買い物をする必要が出てくることになる。そして、今後の買い物には交渉術にも長けていないといけないだろう。


「わかった。なら、この鉄の剣と鉄の鎧だが、この二つに釣り合う剣の中で軽く、扱いやすい武器はあるか」


 マジック袋から鉄の剣と鉄の鎧を取り出し、男に見せる。


「一、二回ほど装備したが、こいつを使っての戦闘はまだ一度も使っていない。新古なので、あまり傷や刃こぼれというようなものはほとんどないと思うが」


 勇樹の説明を聞きつつ、男は鉄の剣と鉄の鎧をじっくりと時間をかけて見定めていく。


「そうだな。お前さんの言うように新品同然の状態だな。わかった。この二つと同等の価値であり、軽く扱いやすい武器というならば…………うーん」


 男は暫く考えると眉間に皺を寄せる。


「もし、金額が足りないのならその差額分を引いた金額を出すが」


「いや、俺が悩んでいるのは金額ではない。ちょっと条件に合う武器が思いつかないのでな」


 再び真剣に考えると男は何か思い出したのかポンと手を叩き、勇樹の顔を見る。


「中古品で良いのであれば、その条件で出せる武器が一つだけあるのだがどうだ」


「わかった。それを見せてくれ」


 勇樹が了承すると男はカウンターの奥へと向かい、五分程して戻って来た。


「待たせたな。収納場所を思い出すのに時間が掛かってしまった」


 男は抱えていた木箱をカウンターの上に置き、蓋を開けると中には一つの剣が入っていた。剣の鞘の幅は十五センチほどの太さであり、鍔の部分は鳥の羽を模った形状になっている。


「こいつは」


「こいつは昔、俺が冒険者だった頃に使用していた武器だ。名を天空鳥の剣、中古だが切れ味は抜群。軽く、ご婦人でも扱えるのが特徴的だ」


 男は木箱から天空鳥の剣を取り出すと勇樹へと手渡した。柄を握り、鞘を抜いて刀身を確かめる。


 柄は手に吸い付くようにしっくりし、刀身は太陽の光に反射し、美しく輝いている。


 試しに天空鳥の剣を使い素振りをしてみると羽のように軽く、鉄の剣に比べるととても扱いやすい。


「良い武器だな。気に入った」


 自分の愛用していた武器を褒められ、男は気分が良いのだろう。ニコニコと微笑み、何度も頷く。


「本来、新品ならその二つと全然つり合いが取れないが、中古であるし、そこまで褒められて悪い気はしなかった。特別サービスということでその二つの装備で取引しよう」


「本当か、それは願ったり叶ったりだ」


 鉄の剣と鉄の鎧を男に渡し、勇樹は天空鳥の剣を腰に帯刀させる。


「そうそう、そいつは後三回進化を残している」


「進化?」


 勇樹は首を傾げると男は武器、防具の装備の進化について話し出した。


 装備品には使用者の熟練度により、進化し、形状を変えて能力を変える武器、防具が存在している。男の場合は長年天空鳥の剣を使用していても熟練度が上がらず、武器を進化させることが出来なかったのだという。


「ありがとう。大事にするよ」


「お礼を言うのはこっちのほうだ。また、その武器が活躍する日が来たことを嬉しく思う」


 男は右手の親指を突き出し、グッドラックと言うと勇樹の背中を見送った。

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