この世界ではお金で生きています一章4
一章神の作ったゲーム4
プロットの街の地図で場所を確認しながら勇樹は集会場へと向かった。身体を動かす反動で鉄の鎧が僅かに上下に動き、ガシャガシャと音を奏でる。
重く、動きにくいにも関わらず、鉄の鎧を装備したのはスーツを隠すためだ。この世界でスーツ姿は目立ってしまう。そう考えた勇樹は新しい服を入手するまではこの鉄の鎧を着ていることにした。
集会場は街の中央にある。側には樹齢五百年となる大木が一本あり、その大きさから集会場の場所が一目でわかった。
集会場の入口は扉がなく、暖簾を潜ることによって建物内へと入って行ける。暖簾を潜り、中に入ると依頼を受ける者、アイテム受け取り所でアイテム受け取る者、両替する者、テーブルに着き、酒を飲んでいる者などを多くの人で賑わっていた。
紙に書かれていた指示にはアイテム受け取り所で10000Qを両替して、買い物しやすい環境を作ることと書かれており、勇樹は両替するためにまず受付でアイテム受け取り所の場所を聞く。
受付嬢に話し、アイテム受け取り所の場所を尋ねると右手奥に革袋のマークを掲げられたカウンターがあり、そこで両替が可能とのことだ。
教えてもらった場所へと向かうと一人の女性がカウンターで仕事をしており何かを執筆していた。
「すみません、両替をお願いしたいのですが」
勇樹の声に反応して執筆作業を止め、顔を上げると立ち上がり一礼をする。青髪のミディアムヘアーで赤い瞳の女性だ。背は勇樹の目線の高さぐらいで、スレンダーな体型をしている。
「いらっしゃいませ。ワタクシ、アイテム受け取りの受付を担当させてもらっているマリアと申します。両替の件ですが、今回はどのような両替をご希望なのでしょうか」
「10000Qを両替したいのだが、お任せで頼めるか」
マジック袋から10000Qを取り出し、マリアに見せる。
「わかりました。もしかしたらこちらの都合で、貨幣が隔たるかもしれませんがそれでもよろしいでしょうか」
「それで頼みます」
「それとコインケースはお持ちでしょうか?ないのであれば無料で御作り致しますが」
コインケースとはおそらく、貨幣を入れておく財布のようなものだろう。確かに、マジック袋から一々取り出していては手間だし、時間もかかる。コインケースに仕舞っておれば、それだけを取り出し、直ぐに精算することができるだろう。無料なのだし、持っていて損のない代物だ。
「いや、持っていないのでお願いします」
「かしこまりました。では少々お待ちください」
マリアはカウンターの奥へと向かうと接客マニュアルに両替のマニュアルでもあったのか、一分程で戻ってきた。
「お待たせしました。こちらが両替となる1000Q六枚、100Qが三十枚、10Qが百枚コインケースに入れております。それぞれの箇所に入れる各コインの絵柄が書かれておりますので、そちらを見ながら今後は入れるようにお願い致します」
マリアからコインケースの説明を聞き、これは収納の仕方で性格がわかってしまう仕組みに気付く。几帳面の者が使えばきちんと揃えられるが、ずぼらな人間が使えばバラバラに収納され、必要なコインを取り出すのに時間が掛かってしまう。
「ありがとう。それじゃあこれ」
カウンターの上に10000Qを置き、コインから手を離した瞬間、勇樹は全身の血液が凍り付いたかのような感覚に襲われたかと思うと、視界が黒ずんでいき、目の前が真っ暗になる。そして心臓を握りつぶされたかのような痛みが全身に走り、勇樹は我慢が出来ずに断末魔の叫び声を上げた。
「うあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
勇樹の叫び声は集会所全体に響き、叫び声を聞いた人々がいったい何が起きたのかと形相を変えて勇樹の近くに集まってきた。
「お客様、早くこれを握ってください」
マリアの声が聞えたかと思うと右手に何かを添えられ、指示通りに渡されたものを握り締める。すると視界は元に戻り、全身の痛みが引いて行く。しかし、先程起こった現象の副作用なのか、軽い頭痛と吐き気に襲われ、直ぐに立ち上がることができないでいた。
「なんだなんだ」
「おい、どうしたんだよ」
「一時の失いだってよ」
「お客様大丈夫ですか」
マリアは一度カウンターの奥へと行くと、タオルを持って来て勇樹に渡すと彼は受け取り、額の汗を拭い取る。
「お前何者だ?一時の失いを起こすなんて自殺行為だぞ。この世界に生きている者はあの現象を恐れ、発動させないように気を配っているはずだ」
スキンヘッドの大男が勇樹へと近付き、彼に語りかける。
「はぁ、はぁ、一時の失いってのが、はぁ、はぁ、……さっき起きた現象……だって言うのは理解している……が、はぁ、はぁ、……何故起きた」
「おい、おい、そんなことも知らないのかそれは……」
「お客様が一時的とはいえ、所持金を全て失っていたからです」
男の言葉を遮り、マリアが説明する。
この世界ではお金は命、所持金がゼロになると死に至る。完全に所持金がなくなった場合は死であるが、両替などで一時的に所持金がゼロになった場合、一時の失いが発動し、先程のような現象が起きると言う。
コインが二枚ある場合、一枚のコインを両替するので一枚のコインが残り、所持金が全て失ったことにならず一時の失いは発動することはない。
つまりコインが一枚もない状態ではない限り、一時の失いが起きることはないとのことだ。
どうしてもコインが一枚しかないのに両替をしなければならないときは、誰かからコイン一枚を借りて両替を行い、コインを貸してくれた方に謝礼金を支払うのが一般的に行われている。しかし、これを利用してコインを貸し、後で莫大な謝礼金を支払うように言う者もいるので、信頼できる人物に借りなければ自分の身を滅ぼすことにつながってしまうのだと言う。
「もう一度言うが、お前は何者だ?一時の失いはこの世界では常識なことで誰でも知っている事だぞ」
「そうだったのか。実は俺、、記憶喪失なんだ。覚えていることは自分の名前だけで、何処から来たのか、自分が何者なのかがわからないんだ」
できるだけ声のトーンを下げ、陰りの見える表情を作る。こうすれば相手は同情し、追究してくることはない。それに運が良ければ何か協力してもらえるかもしれない。
「すまない。余計な事を聞いた」
「別に良いさ。気にしていないと言えば嘘になるが、早く忘れることにするよ」
予想通りに記憶喪失の単語を聞いた瞬間、周囲の人は勇樹に同情の眼差しを向ける。
この空気はヤバイ。何より哀れむ視線が勇樹を差し、嘘を付いて騙していることに心が痛む。
早くこの場の空気を変えたいと思った勇樹は話題を変えようとする。
「そう言えばもう一つ覚えていることがあった。俺は何か目的があって旅に出たのだが、その目的がなんなのか思い出せないんだよ。だから、この街の集会所で情報を得ようとしていた来たんだ」
咄嗟に思い付いたセリフをスキンヘッドの男に話す。
「目的?」
「ああ、とても重要な目的だ。使命と言っても過言ではないぐらい大切なことだ。確か誰かとても偉い人の命令だった」
この思いついた設定は嘘ではない。実際、勇樹はこのゲームの世界をクリアし、来世も人として生まれ変わると言う目的がある。それは彼にとってとても大切なことだ。それに神の使いであるエミリーも見方によっては偉い人物である。
「偉い人からとても重要な使命をされた……まさか!」
スキンヘッドの男は一瞬驚きの表情を作るが、直ぐに顔が綻び、笑顔を見せる。
「こいつ、もしかしてあの国王が任命したと言われる勇者じゃないのか」
「そうだ、俺も風の噂で聞いた。国王が一人の男を魔王を倒す旅に出したと」
「まさか、この街に来ていたとはな。だが、これで世界が平和となる日も近いだろうよ」
スキンヘッドの男が勇樹を勇者だと勘違いし、持て囃す。スキンヘッドの男の喜ぶ笑顔が連鎖したのか、周りの人々も喜び、中には抱き合う人もいた。普通なら、一人の男が一言言ったぐらいでこの場全員がここまで共感することはないはずだ。だが、一人も反論を唱える人がいないところを見ると、このスキンヘッドの男はこの街では信頼の厚い人間なのだろうか。
「待ってくれ、俺は勇者なんかじゃないぞ。唯の冒険者の一人でしかない」
「ハハハ、そうだな、勇者と言うのは勇敢な者の称号であって、職業ではない。だが、そんな検挙な所も気に入った。この街に滞在している間は俺が面倒を見てやる」
大笑いしながらスキンヘッドの男は勇樹の肩を叩く。彼の発言で自分が魔王を倒すために王様から派遣された勇者だと言うことになった。結果はどうあれ、ここはこの展開を利用した方が良いだろう。勇者であると言うことがこの街に広まれば、魔王を倒す者として協力を惜しまないはず。そうなれば、情報を得やすくなる。だが、メリットばかりではない。勇樹は戦闘経験が皆無に等しい。子供の頃に喧嘩で殴り合いをしたことがあっても、得物を使っての勝負をしたことがない。それが街の人々に知られれば怪しまれるに決まっている。それに本物がこの街にやって来る可能性も無いとは言えない。もし、本物が現れれば話しがややっこしくなり、その人にも迷惑が掛かってしまう。だが、せっかく街の人々が喜んでいるというのにそこに水を差すわけにはいかない。ここは時を見てこのスキンヘッドの男に本当のことを告げた方が良いだろう。
勇樹は立ち上がると空気を吸い込み、肺へと一度送るとゆっくりと吐き出して深呼吸をする。そして、拳を握り、右腕を天井へと突き上げた。
「皆、俺が目的を思い出したからには安心しろ。俺が必ず魔王を倒す。だから、申し訳ないが困ったときは力を貸してくれ」
「おうとも、この世界が平和になると言うのであれば、皆勇者様に力を貸すぜ」
勇樹が宣告すると、周囲の人々は一斉に気持ちが昂り湧き上がる。
慣れない言葉を言ったせいか、勇樹は急に恥ずかしく、この場から早く居なくなりたい気持ちになった。
「それじゃあ、俺はこれから色々準備をしないといけない。なので一旦外にでることにする」
無難なセリフを言い、逃げ口上を作るとゆっくりと歩き出し、出入り口へと向かった。
そして、外に出ると周囲に人が居ないことを確認して可能な限り全力疾走をして集会所から離れる。勇樹の顔は真っ赤になり、先程のセリフを後悔した。