この世界ではお金で生きています一章3
第一章神の作ったゲーム3
十七歳の俺?どういう意味だ?
エミリーの言葉の意味が分からず勇樹は首を傾げる。
「今、ガチャから排出された特典により、霧雨勇樹の肉体に変化が起きました。まぁ、口で言ってもわからないでしょうから、自分の目で確かめてください」
エミリーは机の上に置いてあった手鏡を勇樹へと渡すと、彼は受け取り、自分の顔を鏡に収める。そして、いったん鏡に自分の顔が映らないように横に向けるともう一度自分へと向け、鏡にその素顔を映し出す。
「なんだこれは」
鏡に映る己の素顔を勇樹はマジマジと見た。少し濃ゆめだった顎は髭が生えてくる前の肌色へと変わり、仕事のストレスにより寝不足となった結果、次第に濃ゆくなり始めた目の下のくまも完全に消え、皺一つなくなっていた。この顔は間違いなく、十七歳だった頃の勇樹の顔だ。
「さっきも言いましたようにガチャの特典である肉体エステの効果により、霧雨勇樹の肉体は十七歳の頃へと変わりました」
「何故、十七歳なんだ。あの説明文では、過去であれば好きな年齢を自分で指定できるようなことが書かれていたが」
「それは私が勝手に決めさせてもらいました。肉体エステをされましたお客様は何時の年齢に戻るのかで、
かなり悩まれておりました。ですが、今回の場合は時間がないので残念ながら私の好みで年齢を設定させてもらいました。異世界の冒険は高校生が巻き込まれるのが定番ですから」
勝手に年齢を設定されたのは嫌だったが、そのような理由があるのであれば仕方がない。しかし、勇樹は内心エミリーのチョイスに感謝した。就職し働くようになった二十代でもなく、就活か進学かを悩む必要があった十八歳でもなく、十七歳。この時は青春真っ只中の生活を送り、友達と楽しく過ごしていた記憶が多い。身体が若返ったからか、あの頃の気持まで思い出してきた。
「よし、後は金額だけだな。早く金額の方の結果を教えてくれエミリー」
「な、なんだか性格が少し変わってしまったでしょうか。でもそれでこそ、本当の霧雨勇樹という男。貴方は今、豪運に恵まれています。きっと良い結果が出るでしょう。さぁ、出て来て下さい。霧雨勇樹の所持金よ」
本が再び輝き、球体が出現する。その色は青色だった。青色といえば、レア度の中でも最低ランクであるノーマル。その結果に勇樹ではなく、何故かエミリーが驚愕し、両手を床に突き落ち込んでいた。
「エミリーは悪くはないよ。さっきので運を使い果たしてしまったってことだろう。お前が落ち込むことなんてないって]
落ち込むエミリーを見て、哀れに思った勇樹は彼女を励まそうと言葉を選んで言う。
「慰めはよしてください。先ほどの自信満々だった私の言葉が今はとても恥ずかしくって、数秒前の私を思いっきり殴り倒したい気持ちでいっぱいなのです。それに今、優しい言葉を言われても自分が惨めになるだけです」
この現状をどうしようかと悩んでいると、青色の球体は形状を変え、一枚のコインが床に落ちる。
そのコインは中央に10000Qの文字が刻まれていた。
床に落ちたコインを拾うと、勇樹は取り敢えずエミリーに見せ、このコインについて説明してもらおうとする。
「なぁ、このコインだけど、どう言う意味だ?」
「それは10000Qです。あちらの世界は1Q、10Q、100Q、1000Q、10000Qコインの種類があり、350Qの商品を購入する場合は100Qが三枚、10Qが5枚必要となります」
「つまり、俺のいた世界で言うところの一円玉、十円玉、百円玉、千円札、一万円札の役割を果たしている訳だな」
「ええ、その通りです」
このコインの数字がどういう意味を示しているのかは分かった。後は完全にエミリーの機嫌が直れは後は心起きなくゲームの世界に送ってもらえるのだが。
仕方がない。この方法だと逆にエミリーの機嫌を悪くしてしまう可能性があるが、落ち込んで元気がないよりかはマシだろう。
「おーい、そんなところで落ち込んでいるぐらいなら、早く俺をゲームの世界に送ってくれ。それに早くしないと次の客人が来るんじゃないのか」
「そうでした。次のお客様が来たときにこんなお姿を御見せする訳にはいきませんね。わかりました。では今からあちらの世界へと送りましょう」
重い腰を上げ、エミリーは立ち上がると勇樹に一つの封筒を手渡すと耳元に近づき、小声で話す。
「あちらの世界に着いたら中身を見てください。きっと役に立つでしょうから」
この部屋は自分とエミリーの二人だけしかいないのに、何故小声で説明する必要があるのだろうと考えたが、彼女なりの理由があるのだろうと胸中で結論付ける。
「では目を瞑ってください」
瞼を閉じ、エミリーの言われた通りにすると彼女は勇樹の額に人差し指を添え、人間の耳では解読できない言葉を唱えると勇樹の身体は一瞬にしてこの場から姿を消した。
勇樹がいなくなった書斎には一時の沈黙が流れ、エミリ―は天井を見上げる。
「私達に証明してくださいね。まだまだ人類には可能性があり、捨てたものではないことを」
もうすぐ、次のお客様がこの扉を開け、この場を訪れる。その前にもう一度椅子へと座り、迎え入れないといけない。
椅子に座ると同時に扉がノックされる音が聞こえ、女の子の声が扉越しに聞こえた。
「空いていますのでお入りください」
◆◆◆◆
いつまで経ってもエミリーから瞼を開けて良いという合図がなく、痺れを切らして両の瞼を開くとその瞳に映ったのは書斎の部屋ではなく、外だった。
周囲を見渡すとどうやらこの場所は森の中のようで周囲には大木しかなく、聞こえる音は鳥達の囀り音だけ。
「どうやら無事にゲームの世界に着いたみたいだな」
ゲームの世界に送られたことを確認すると、早速エミリーから受け取った封筒を開け、中身を確認する。封筒の中には二枚のA4サイズの紙と一つの布袋が封入されており、一枚目にはガチャで手に入れたアイテムと布袋の説明が書かれ、二枚目にはこれからの行動を指示する内容のことが書かれていた。
布袋はマジック袋と呼ばれ、普通の皮袋とは違い魔力が込められている。そのためデータの容量を圧縮し、小さくするように、この中に入れた物は魔力により収縮され最大三十個まで収納が可能である。それに加え、伸縮自在であり、伸ばすことによって見た目以上の大きさのものでも収納可能。もちろんこのマジック袋に入れば生き物でも収納は可能であるが、その際に膨大な魔力による圧縮に肉体が耐えきれずに殆どが絶命してしまうのである。
地面に転がっている鉄の剣や鉄の鎧といったアイテム類をマジック袋の中に収納し、ベルトに紐を括りつけて落とさないようにするともう一度紙に目を通す。
「この紙通りに行動するべきだとすると、西の方角に始まりの街と呼ばれるプロットの街があるみたいだ。太陽があの位置にあってまだ最高到達点に達していないから、あの場所が東だとするとその逆方向に進めば言訳だ」
現在位置を確認すると勇樹は街へと向かい歩き出す。この場所は人や馬車などが行きかう場所としても使われているのだろう。道が舗装され歩きやすいようになっている。一歩道を外せば獣道となっており、草木が生繁、石ころも散乱しており、歩くのに不便さを感じさせる道となっている。
街へと向けて五分程歩いたころ、森の奥の方から獣の咆える声が聞え、勇樹は驚いて後方をみる。
この森には危険な生き物でもいるのだろうか。勇樹は身の危険を感じ、マジック袋から鉄の剣、鉄の鎧を取り出し、装着する。しかし、鉄で作られた装備だからであろう。鉄の鎧はズシリと重く、歩くことは出来ても危険から逃げるときにはこれが足枷となって逃げきれることが出来なくなってしまう。
防御力よりも素早さを優先した方が逃走する際も生存率は上がるはずだ。鉄の鎧を脱ぎ、マジック袋に収納すると鉄の剣だけは護身用に握ったまま道なりに歩みを進める。
太陽が最高到達点に達した頃、ようやく街の門が見えて来た。門には二人の門番がおり、彼等は鍛え上げられた屈強の戦士だと証明するかのように、鎧の隙間から晒される肉体には筋肉が張り詰めていた。
まずは彼らからこの門を通してもらわないと何も始まらない。勇樹は門へと近づくと門番の一人に話し掛ける。
「ここはプロットの街で間違いないか」
「そうだがお前は何者だ?見たところ貴族のような格好をしているようだが。見たところ従者もいないようだな」
門番の一人が少し強めの口調で勇樹に言葉を放つ。しかし、彼がスーツ姿だからだろう。貴族と勘違いをしており、威嚇をするような鋭い視線はなく、口調を強めるだけに留め、勇樹の機嫌を損ねないように慎重になっている。
どうやらスーツ姿で居ると貴族の出だと思われるようだ。これはチャンスだと思った。このまま門番達に貴族だと勘違いさせれば、無事に門を潜ることができるかもしれない。
勇樹は一人称を俺から私に変え、社会人として学んで来た目上の人に対する振る舞いや礼節を屈指し、可能な限り貴族の佇まいに見えるように演じる。会社ではお客様に商品を購入してもらう時や、取引先に交渉を持ちかける時は相手に気に入って貰えるように時には媚びを売ったり、猫を被って口調を変えていた。まさかここでその能力が役に立つとは思わなかった。
「そうだ。私の名はユウキ、とある貴族の出だが訳があってこの街に来た。機密事項のためにこの街に来た理由は話すことができない。これも情報漏洩を防ぐためだ。従者がいないのは複数人で行動すると目立ってしまうのでな。爺やには護衛を付けるように言われていたが、こっそりと抜け出して一人で来たと言う訳だ」
真実と偽りを混ぜ、二人の門番に語りかける。偽りの中に真実を混ぜることによって、何処からが嘘で何処からが真実であるのかが判別し難いからだ。
実際に勇樹と言う男であるし、このゲームをクリアすると言う機密事項もある。
苦し紛れのような感じがするが、これで上手く行くことを胸中で神に祈った。
「わかりました。その佇まいや口調は貴族様そのものだと証明されました。我々の無礼をお許しください」
門番の二人は扉を開けると門の端に下がり、頭を下げる。
それにしても先ほどのセリフ、門番達の声が僅かながらにも振るえがあった。先入観で物事を言うが、何処の世界でも貴族は金や権力がある=偉い人間だと勘違いしているものが大半なのだろう。
門を潜ると勇樹はマジック袋から街の地図取り出す。何も描かれていなかった部分が瞬く間に描かれて、プロットの街の地図へと変化した。
勇樹は地図で集会所を確認するともう一度マジック袋から鉄の鎧を取り出して身に付け、集会所へと向かった。