この世界ではお金で生きています 一章2
一章神の作ったゲーム2
エミリーが勇樹に手を差し伸べる。エミリーは笑顔を勇樹へと向けてはいるが、内心はイライラしていた。後、十分もしない内に次の善良な魂が三途の川を超え、この場へとやって来てしまう。勇樹がまだこの場所に留まっている段階で次の人物が現れてしまっては、話しがややっこしい方へと進んでしまう可能性が高い。
「さぁ、どっちにしますの?決められないのであれば、チャンスを得る意思がないとみなし、フジツボになってもらいますわよ」
「わかっている。俺は決めた。フジツボとしてではなく、もう一度人として生きることのできるチャンスがあるのであれば、是非、俺を神の作ったゲームに参加させてくれ」
「わかりました。では、貴方をゲームの世界に転送する前に貴方の生前の貯金を確認させてもらいます」
エミリーの手に一冊の本が出現すると自動的にページが開かれ、勇樹のことが記されているページが開かれた。
「なる程、六百三十五万、三千四百九十九円ですか。貴方の年齢にしてはかなり持っているほうですね。まぁ、年齢=彼女のいない歴に加え、これと言ってギャンブルなどの多くのお金が動く娯楽や、大きな買い物などは一切してはいないようですから、これぐらい貯まるのは普通なのかもしれませんね」
「余計なお世話だ」
この年齢になっても彼女がいないことは内心気にしていた。本当なら、怒声の一つでも上げたいところだったが、死んでしまっては今としてはどうでも良いことなのだ。
「この貯金金額が、そのままあちらの世界で反映されますが、ここで一つ取引をしませんか」
「取引だと」
「ええ、貯金金額が多いお客様にはいつも提案していることなのですが、あちらに行く前にこちらでアイテムをご購入されませんか?」
提案を持ちかけるとエミリーは一枚の紙を勇樹に手渡す。A4サイズの紙には様々な特典やアイテムらしきものと、それに見合った金額が表示されていた。
『デイリーボーナス、三百万円』『肉体エステ、百五十万円』『契約の腕輪改、百万円』『艦鋼石十個セット、十万円』『宿屋無料宿泊券十枚セット、五十万円』『ゼクスの剣、五百万円』『ゼクスの鎧、三百二十万円』『ゼクスの盾、二百八十万円』『味覚機能の追加、八百万円』『プレミアムガチャ、所持金額全て』
どれも万単位の代物だ。ここには書かれているものははっきり言って高い。一般庶民には到底手が出せないだろう。だが、金を持っているものからすれば安い金額だと思えるのも事実。何故、このような金額なのだ。
「これを見た人の感想は決まって二つ。一つはあまりの高さに驚く。そして、もう一つは金額の安さに驚き、怪しむ。おそらく、霧雨勇樹は後者の方を考えたでしょう」
「ああ、そうだな。一つ聞きたいのだが、何故、この金額なんだ?俺はただ貯金がある普通の人間だが、富豪達からしてみれば、安い金額に思えるのだが」
「その問には答えることはできません。既に霧雨勇樹は解答権を全て使い切っているのですから…………ですが、これはゲームの攻略には関係のないことなので教えても良いでしょう。それは、善良な魂である富豪はほとんどおられないからです。人間とは欲が強い生き物、得にお金に関しては見るに堪えない程酷いものです。お金を持っている者はその資産を増やそうと、下劣な方法で資産を増やします。時には人を利用して資産を増やし、時には人を騙して資産を増やします」
エミリーの言う通り、富豪と呼べる者の中で善良だと言える人間はあまりいないだろう。ニュースで政治経済のニュースを見ていればわかることだが、お金を持っている政治家は自分の資産を増やすことを考え、自分達の有利にことが運ぶように国民を誘導している。経営者も利益を第一に考え、働いてくれている社員のことを利益を出すための家畜程度にしか考えていない企業も少なくない。自分達さえ良ければ良いという考えの富豪達は確かに善良とは言えないだろう。
「それで、アイテムの購入、新たな特典はどうされますか。ここにかかれているものは、あちらの世界では新たに入手したり、付け加えたりできない物ばかりです。なので、ここでいくつかご購入していくことをお勧め致します。お勧めはプレミアムガチャですね。全財産という大きなかけですが、その代わり運が良ければその見返りは大きいものとなります」
プレミアムガチャをお勧めされ、もう一度プレミアムガチャの欄に目を通す。
プレミアムガチャは二種類あり、その両方を回す。一つは一回十連ガチャで様々な特典やアイテムがランダムで十個手に入り、もう一つはゲームを開始するときの所持金を決める。金額は100~500000Q(キュアリ―)の中からランダムで決まる。
つまり、これを購入すればランダムで十個のアイテムや特典が手に入り、神の作ったゲームの世界の通貨で100~500000の所持金額が決められると言うことだろう。
「どうしますか。私はそのまま旅立つよりも、ここで何かしらの準備を整えてから行った方が良いかと思いますが」
「金額についてもう一つ聞きたいのだが、生きていた頃の貯金金額がそのままHPになると言うことは、こっちの一円は向こうの世界でいうところの一Qという相場であっているか」
「ええ、その通りです」
「なら、答えは決まっている。俺はここでは何も買わない。必要な物は向こうで調達するさ」
危うくエミリーの言葉に誘導されてよくわからないのにアイテムや特典を買ってしまうところだった。これは来世の話し以前に自分の魂が懸かっている。無闇にここでお金を浪費するよりも、向こうの世界で情報を入手し、そこで考え、必要な部分だけお金を消費したほうが良いに決まっている。
これが一番だと勇樹は考えた。だが、彼の発言にエミリーはあどけない表情を変え、汚物を見るかのような視線を勇樹へと送る。
「そうですか、貴方は本当につまらない男ですね」
エミリーの言葉は先程までの声音とは違い、冷たく感じ取られた。
「そんなんだから生前は生きる意味を見失っていたのですよ。何故、安全な道を選ぼうとするのですか。何故、危険な道であったとしてもその道に挑戦しようとはしないのですか。堅実に生きようとし過ぎた結果があの人生だったと気付かないのですか」
エミリーは更に声音を変え、語気を強める。言葉も弾丸のように繰り出され、勇樹に突き刺さってくるが、不思議と彼女の言葉からは愛が感じられ、反論する気が起きない。
大声で捲し立てていたからだろう。エミリーは小さく肩を上下に動かし、呼吸を整えていた。
「わかった。俺も自分の身の可愛さに逃げていたようだ。どうせ一度死んでいるんだ。生まれ変わったつもりであっちの世界で人生をやり直してみるさ」
勇樹はエミリーの瞳に視線を合わせる。
「エミリー」
「な、何ですか」
「ありがとう」
まさかお礼を言われるとは思っていなかったのだろう。エミリーは頬を朱に染め、少し慌てる様子を見せる。
「べ、別にお礼を言われることの程ではありませんわ。私は思った事をそのまま言っただけでしてよ」
「俺も男だ。なら、生まれ変わる前の大博打を打とうじゃないか。プレミアムガチャを頼む」
「プレミアムガチャですね。では、霧雨勇樹の貯金は全額預からせていただきます。それではガチャの用意をしますね」
エミリーは持っていた本を一度光の粒子に変換しすると、再び粒子が集まり、再度本の形状へと変化した。
「さあ、この本に手を翳しなさい。そうすると、アイテムと最初の所持金額が決まります」
これがガチャと言うものなのか、ガチャと言うからには子供の頃、親に強請ってやらせてもらったガチャポンを思い浮かべていたが、ここは現実の世界ではない。ここではこう言うものなのだろう。
指示通りに勇樹は手を翳してみる。すると本が発光し、自動的にページが捲られる。開かれたページからは光が溢れ、中央部分から十個の発光する球体が現れ、円を描く。
青色の球体が四つ、銀色の球体が二つ、金色の球体が三つ、そして虹色に輝く球体が一つ。
「へぇー、意外と運があるようですね。まさか出現率二%の虹レアが出るとは思いもしませんでした。それに金レアが三つも」
ガチャの結果にエミリーは感心する。目の前に出現している色の違う球体の良さを勇樹はわからないが、エミリーの表情を見る限り、結構良かったのだろう。
十個の球体は一番上から時計回りに一つずつ形状を変え、その姿を現した。
「鉄の剣、鉄の鎧、ピーポー人形、棘の輪、この四つがノーマルランクのアイテム。街の地図、契約の腕輪、これがレア枠の銀レアアイテム。デイリーボーナス、肉体エステ、味覚機能の追加、金レア枠のレアアイテムです。そして、最後のこれが私の羽に魔力を込めて作り上げた最高レア枠虹レアのエミリーの羽になります」
十個のアイテムの内、装備品やアイテムは落下して勇樹の足元へと落ち、特典アイテムは光の粒子となって勇樹の体内へと入り込んだ。その刹那、彼の身体が発光したかと思うと光に包まれ、光が消えると、そこには勇樹の姿は何処にもなく、変わりに勇樹の居た場所に一人の少年が立っていた。
「あら、あちらの世界で発動すると思っていたのですけど、まさかもう発動するとは思いませんでした」
エミリーは少年に向け、手を差し伸べ、彼に笑顔を向けた。
「その御姿では、おひさ…………初めましてですね。十七歳の霧雨勇樹」