この世界ではお金で生きています一章1
第一章神の作ったゲーム1
「ここは……何処……なのだろうか」
目が覚めた勇樹の瞳に映し出されたのは、見知らぬ天井だった。首を左右に振ると大理石で作られた床が見え、自分が硬い大理石の床の上で仰向けになっていることに気付く。
状態を起こすと不思議と痛みを感じない。
どうして痛みを感じない?
勇樹はこれまで自分の身に起きた出来事を思い出す。
いつもと同じように会社で業務をこなし、会社を出て繫華街の先にある横断歩道を歩いていた。そこでよそ見をしていた運転手の運転をしていたトラックに撥ねられ、宙を舞った。そこまでは覚えており、しっかりと記憶にある。だが、その後自分に何が起き、こうしてこの場にいるのかがわからない。
訳が分からず、頭を掻きむしろうとしたところで腕に硬い物が当たった。
これはいったい何なのだろうか。気になり、上空を見上げるが、そこには何もない。不思議に思い、後頭部に手を回そうとすると再び硬い物体に腕が当たった。
もしかして頭部の上に一定の距離を保った正体不明の物体があるのだろう。
そう判断し、勇樹は頭の上に腕を伸ばし、物体を触ってみる。
頭の上の物体はリング状の形状をしていることが分かった。
最後に車に轢かれたときの光景、そして頭の上にあるリング状の物体から推察すると、自身がどのような現状に置かれているのかがすぐに理解した。
「俺、死んでしまったのか。だとすると、ここはあの世なのか」
周囲を確認するが視覚でわかる情報からはこの建物は中世ヨーロッパの宮殿のような作りをしている建物、そして先がわからないと思えるほどの長い廊下であると言うことぐらいだ。
とにかくこのままこの場所に留まっても仕方がない。取り敢えず何か情報収集をするべきだと判断した勇樹は長い廊下を歩き始める。
暫く歩き続けると僅かながら先の方に扉らしきものが見えた。あの場所に行けば何かがわかる。勇樹は歩くスピードを上げ、扉へと向かう。
扉の前へと行くと扉の取っ手を握り、鍵が掛かっていないかの確認をした。
取っ手を下に下げロックが解除され、扉を押すと鍵は掛けられていなかったようで数センチ開けることが出来た。
本来であれば、扉を開ける前にノックをして誰かがいないのかを確認するべきである。
だが、ここが何処なのか、本当に安全であると言いきれない以上用心にこしたことはない。
扉をゆっくりと開け、頭だけを部屋の中に入れて様子を窺った。
この部屋は書斎のようで部屋の周囲には複数の本棚と、棚の中にはぎっしりと敷き詰められた沢山の本が収納され、それでも収まり切れない本は床などに置かれ、積み重ねられている。
勇樹は積み重ねられている本の一番上の本に視線をやり、本のタイトルを視界に収めた。
本には日本語でも英語でも、アラビアン語でもない文字が掛かれ、とても人間の書物であるとは思えない。
この場所は危険だ。早くここから脱出しなければ。
人間の理解を超える文字で書かれた本がここにあると言うことは、この建物は人間を遥かに超えた何者かの屋敷であるということだ。人型だった場合は何かしろの意思疎通が可能かもしれないが、化け物のような生き物という可能性だって十分にある。相手が化け物だった場合は意思疎通が不可能に近いだろう。
この書斎には奥の方に窓がある。窓から外の様子を窺い、可能であれば窓からの脱出を試みよう。
幸い、この場には何者かがいる気配は感じられない。できるだけ音を立てないようにつま先立ちになって窓の方へと慎重に歩みを進める。
「待っていましたよ。霧雨勇樹」
二、三歩足を動かしたところでまだ声変わりもしていない幼い声で自分の名を呼ぶ声が聞えた。
何故だ。気配は何処にも感じられなかった。もしかしたら気配を消せれる生き物がいたとでも言えれるのか?だがしかし、ここが現実世界でないのなら十分に考えられることだ。
「誰だ。何処にいる」
声の主に勇樹は問い掛け、虚勢を張った。だが、恐怖心からなのか、彼の声は上擦り、虚勢が意味をなさない。
周囲を見渡す。
周囲は本棚に囲まれ、とても何かが隠れるスペースはない。可能性があるのは書斎にある机の下か、こちらに背を向けている椅子の反対側だ。
勇樹の予想通りに椅子が回転し、隠れていた人物が姿を現した。
黄金色に輝くウェーブのかかった長髪。瞳はルビーのように赤く、童顔なのかどこか幼さないあどけなさがある。身長は百四十センチもなさそうな小柄な少女だ。
「あら、ずいぶんと虚勢を張るのね。そんなに私が怖いのかしら」
現れたのは人型の小柄な少女。こんな小さなお子様に恐怖心を懐いていたのかと思うと自分が情けなく思え、緊張の糸が切れたのか脱力感を感じた。
「ようこそ私の書斎へ霧雨勇樹、貴方を歓迎いたします。ここはお客様である貴方に一杯の紅茶をお出しするのが礼儀かもしれませんが、時間がありません。単刀直入に言います」
そう告げると少女は人差し指を勇樹へと向け伝えるべき言葉を言う。
「貴方は来世であるフジツボとして生きて行きますか?それとも神の御創りになったゲームの世界に参加して見事クリアし、もう一度人として来世を生きたいですか?」
予想もしていない少女からの言葉に勇樹は目を丸くする。
「あのう、どういう意味だ?君の言っている意味が俺には理解することできないのだが、悪いがわかりやすいように説明をしてはくれないか。それにどうして俺の名を知っている」
「良いでしょう。ですが時間がないので一度しか言いません。二度目はないので心してお聞きになってください」
少女は勇樹に説明を始める。
少女の名前はエミリー、彼女は今年で百二十歳になる天使であり、今は神の使いとして働いていると言う。彼女の仕事は善良な魂の持ち主にもう一度来世に人として生まれ変わるチャンスを与えること、そのチャンスを得るには神が暇つぶしで作ったRPGゲームの世界の住人となり、目的を達成してゲームを終わらせることだという。そして、勇樹の来世はフジツボと決まっており、このゲームに参加しなければフジツボとして生涯過ごすことになることを伝えた。そして、自分が本当に天使であるという証明のために勇樹にも見えるように天使の輪と翼を出現させ、名を知っている事も天使であるからと答えた。
「さぁ、お決めになってください。フジツボとして生きる道を選ぶか、それともゲームの住人となってもう一度人として来世を生きるか」
エミリーが手を差し伸べる。
勇樹はもう一度冷静になって物事を考えた。
普通なら、誰だってフジツボとして死ぬまで暮らすのは嫌だろう。もし、同じ選択肢を与えられたら、間違いなくほとんどの人間が一か八か、ゲームの住人となってもう一度人として来世の道を選ぶだろう。だが、この選択肢には裏があるようで信憑性に欠ける。まずは様々な情報を得て自分の考えからどのように行動に移すべきかを考えるべきだろう。
「いくつか質問させてもらうが構わないか?」
「良いでしょう。ですが時間が余りないのも事実。まもなく次のお客さんが来られるので質問は三つまでとさせていただきます」
質問ができるのは三つまで、あまりにも少ない回数であるが、いくつか頭の中に浮かんでいる質問の中から最良だと思える質問を選び、彼女に聞かなければならない。
「では、まず一つ目の質問だがゲームの中は安全なのか。もし、仮にも死んでしまった場合はどうなる?」
この質問であれば、このゲームは安全なのか、死ぬことはあるのか、死んでしまったときのペナルティはあるのかの三つの質問を同時に行うことが可能だ。
勇樹の質問にエミリーは含みのある笑みを浮かべた。
「成程、考えましたね。その質問であれば一つの質問に三つの答えを得ることが可能です。ですが、それに気付いてしまった以上、その質問に三つ分の解答権を使用しすると言ったらどうします?」
流石にそう簡単上手くいくなんて都合の良い展開が起きる訳がない。しかし、これだけの情報を得られれば後は何とか対策を得ることができるだろう。
「わかった。今の質問で三回分の解答権を使用して良い。天使様の目を欺こうと考えた下等生物の戯言だと思っていてくれ」
「良いでしょう。私は人類のような下等生物であっても貴方のように自分の立場をわきまえ、物事を冷静に考え、そして思慮深い人間は嫌いではありません。特別に今の質問に対しては一つの解答権で三つの答えを教えてあげます。ですが、次は一つの質問だけお願いします。一つの質問に二つの解答を求められる内容であれば残り二つの解答権を失い、三つ以上ならば答えませんので注意してください」
「エミリー様の慈悲深いお言葉に感謝です」
一つの難題を乗り越えたことに勇樹はホッとした。
天使と言っても複数の種類が存在する。人と人との仲を深め、恋人にさせるキュウピット、神の身の回りのお世話をするものや、エミリーのように神に与えられた仕事をこなす天使もいるし、中には人類をバカにする者も存在する。魂だけの存在になるまで天使や悪魔などの存在はいないだろうと思っていたが、こうして眼前にいるのだ。ならば、ここは敵意を見せずに相手のご機嫌取りをした方が最善の策であろうと結論付けた。
「では一つ目の質問にお答え致します。神の御創りになったゲームではプレイヤーに緊張感をもってもらうために死ぬことがあります。そして、万が一死ぬことになればペナルティーとして魂は消滅し、二度と生物として来世に生きることはないでしょう」
「おいおい、いくら何でも重すぎやしないか、死ねばペナルティーとして魂が消滅するなんて」
勇樹がぽつりと漏らした言葉を待ってましたと言わんばかりの明るい表情を作り、笑顔を見せる。
「ではその質問に答えましょう」
「待て、今のは質問ではない」
「ダメですよ今は質問タイムなのですから、貴方の疑問は全て質問とさせてもらいます」
やられた。エミリーは最初から残り二つの質問に答える気はなかったのだ。わざと疑問を思わせる解答をすることによって、誘導的に質問の権利を失わせるのが彼女の狙いだったのだ。
「では、先程の質問にお答え致します。これは神が御創りになったゲームですが、来世が掛かっている大事な勝負です。ゲームの死は現実の死として受け止めて頂くために敢えて厳しいペナルティーを課しております」
いくら来世が懸かっていても所詮はゲームだと思う気持ちから、いずれは気が緩んでしまう。そうなれば見ている側は面白くないはずだ。ゲームを創作した以上これを作った神はゲームを視聴しているはず。神を飽きさせないためでもあるのだろう。
「さぁ、最後の質問をお願いします。あまり時間をかけ過ぎると最後の質問すら失うことになりますよ」
遂に最後の質問になってしまった。さっきの出来事から不用意に口に出すことはできない。しかし、このまま考えすぎていてはタイムアップとなり、質問の権利すら失ってしまう。
本来であれば他にも聞きたいことは沢山あるが、これだけは聞いておいた方が良いだろう。
「なら、最後の質問だ。ゲーム内で死ぬ条件とは何だ?」
「死の条件ですか?良いでしょう。ならその質問にお答えいたします。死ぬ条件、それは所持金がゼロになること。プレイヤーは生前に溜めていた貯金金額がゲーム内のHPとなり、それがすべて失ったときにゲームオーバーとなります」
全ての質問に答え終わるとエミリーは再び自分の手を勇樹の方へと向けた。
「さぁ、どちらを選ぶかお答えください。霧雨勇樹」