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Hey!  作者: ヤナイ
4/6

Vol.4 (The Most) Easy Money

https://www.youtube.com/watch?v=JK9QUqUGmb4

4.

 事務所の中は横山さんの生前に何度も訪れていたときと特に変わらない様子だった。名前も知らない長身でメガネをかけた黒髪の女性は、勝手知ったる、といった感じでキッチンを漁って、僕と自分の分のインスタントコーヒーを入れてくれた。レンタルのウォーターサーバーが常備されているので、お湯は捻ったらすぐ出てきた。

 聞くところによると、横山さんは定休日に一人でタンクに入り、普通であれば強い浮力が働くので、仰向けに浮かんだまま熟睡したとしても寝がえりは打たない(打てない)はずなのだけど、無理矢理ごろんとうつぶせになってしまったのか、大量のエプソムソルト溶液に顔面をひたして、なおかつがぶがぶ飲み込んでしまって溺死したそうだ。それを、次の日にやってきた客が発見して通報――あの騒ぎにいたる、というわけだ。

「尾崎さん――ああ、失礼しました……。まだ自己紹介をしてなかったですね。私は泉岳寺ひかると申します。生前、京子とは親しくしてまして、ここ二、三年は会ってなかったけど、電話でよく尾崎くん――尾崎さんのことを話してましたよ……ふふ……」

 なにわろてんねん。……口元をゆるく握った拳で隠して、妖しく忍び笑いをする泉岳寺さん。メガネの奥からこちらを盗み見るような細い目が端的に言っていやらしい。目が合っただけで勃ってしまいそうだ。僕は顔を直視できずに、泉岳寺さんのブラウスの胸元のヒラヒラを見つめながら曖昧にへへへと笑っていた。

「京子のことは残念だったけど、まぁ今はやることやらないと……。ふふ、まさかあの尾崎さんがいるとは……」

「泉岳寺さんは、横山さんとは同級生なんですか?」

「いや、むしろ尾崎さんと……同級生だよ」

 あ、年まで知れていたのか。

「大変だったでしょ、京子と……その……ふふふふ……」

「あ~……まぁ、大変だったけど、助かりはしました、よね……実際」

「もう……お仕事は見つかったんですか?」

「いえ、実は……まだ、まだまだ、全然……」

 何度も何度もお祈りされて気分は即身仏なのだ。あまりその話題には触れてほしくなかったが、まぁ一期一会というか、親とか昔からの知り合いじゃない分、初対面の人にはけっこうあけすけに深刻な話題も話せるのは不思議だ。

「あら、そうなんだ……ごめんなさい、気軽にこんなこと聞いちゃって。……京子、めちゃくちゃ稼いでたみたいだね、うらやましかったなぁ」

 ハスキーだけど、注意して聞かないと聞き逃してしまいそうな小さくて細い声だ。

「尾崎さんは、どんな仕事探してるの?」

 少し距離が縮まったような、ハローワークの職員のような気やすくリラックスした感じで話す泉岳寺さん。

「う~ん、なんでもいいというか……特に資格とかもないし、免許すら持ってないので、何ができるのか……って感じですね……」

 何が悲しくてこんなことを言っているのだ。

「ここで会ったのも……何かの縁。ちょっとしたお仕事……紹介できるけど」

「え?」

 こちらを見てほほ笑む(直視できないので、雰囲気でそう思っただけ)泉岳寺さん。まったくこちらのことを知らないわけじゃないから頼むのだろうか。にしても急すぎる。

「言い方は悪いけど、誰にでもできる仕事だし……。ちょうど人手が必要だったからねぇ。……それに、『尾崎くん』とだったら私も気やすいし……」

 どういう意味だろうか。とにかく、目の前の美女を警戒した方がいいのだろうか。……いや、でもしかし……。

「取っ払い……」

「うっ……」ピクンッ

 囁きながら、徐々に近づいてくる泉岳寺さん。

「非課税収入……」

「うぅぅ……」ピクピクッ

 ついに、息がかかるほど近づき、こしょこしょと耳朶を打つウィスパーなボイス。腕に鳥肌が立ち、背中が自然と弓なりに緊張する。

「封筒手渡し……」

「あぅぅ……っ」ビクンビクンッ

「現…ナマ……」

「っくうぅ……!」どくんどくんっ(?)

 床に押し倒され、泉岳寺さんのにやにやと勝ち誇ったような顔を仰向けになって見上げながら、はぁはぁと息も絶え絶えに「どんな、お仕事なんでしゅか…」と振り絞るのがやっとだった。


 起き上がり、机を挟んで対面して座り直して、改めて仕事の話を聞くことにした。

「まぁ、簡単な事務……ですね……」

「はぁ、パソコンが軽く触れるくらいですが、大丈夫ですか?」

「問題……ないよ……」

「場所はどこですか?」

「ここからすぐ近く、両国のあたり……あとでメールで地図送ってあげるね……。尾崎くんのスマホ、LINE入ってる?」

「ああ、はい」

 いつの間にか呼び方が『尾崎くん』で定着している。まぁ悪い気はしない。IDを手帳に書いて破いて渡す。

「いつから……来れるかな……?」

「正直、いつでも行けますね」

 言ってて悲しくないのか、自分。

「本当……? じゃあ、明日からでも来てほしい……かも……」

「行けますよ」

 初日は簡単に仕事内容を教えるから、私服で来てほしいと告げられた。

 それっきり、仕事の話はしないで、泉岳寺さんの本来の目的である『故・馬喰横山京子の遺品整理』を手伝ったりしたのだ。

 今思えば、親族でもないし年も離れた彼女が『遺品の整理』なんて、わりと大層な仕事を誰から頼まれたのか、どうして彼女一人なのか、ということに考えが至らなかったのは、そして深く追求しなかったのは本当にバカだったとしか言いようがない。そして、またしても下心で安請け合いをしてしまったのも本当に愚かだった。

 だって横山さんと同じで、非課税で日給五万円って言われたんだもん。だもん、てお前。

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