黒幕
カインの敗北に観客達は言葉を失って静まり返っていた。無理もないだろう。自分達の町のギルドマスター、しかもランカーがなすすべなく他国の冒険者に敗れたのだ。そのショックは計り知れないだろう。
その時、強い殺気を感じた。その方角に目をやると、先ほどまでグラムとジェシカと呼ばれる男女が座っていたVIP席だった。……が、そこには既に誰もいなかった。気のせいか……それとも同盟国のランカー倒されて怒っちゃったかな。
カインがゆっくりと立ち上がる。
「ルクスとか言ったか……とりあえず、確認したいことがある。ロッソへは人を探しに来たんだよな。戦争を起こしに来たわけではないんだな」
とてもこれ以上戦えるような状態ではないが、目は死んでいない。もしここで俺が侵略しに来たとでも言えば、刺し違えてでも止めに来るというような覚悟が感じられる。
「大丈夫だよ。ほんとはこんな戦いもしたくなかったんだ。お前があんなことしなければな」
俺がそう言うと、安心したようにカインはその場に座り込む。
「ほんと悪かったよ。シャルルちゃんって女の子にも後で謝罪する。冒険者達の手前、A級の冒険者がやられて何もしないわけにもいかなかったからな」
……あっ、そういえば、腕を急に掴まれたとはいえ、イグナイトの冒険者をぶっ飛ばしたのはうちのルミナだったな……何故か急に申し訳ない気持ちになる。
「い、いやこちらも全く非がないというわけでは……ま、まぁ、シャルルにちゃんと謝ってくれたらいいよ。それで許してもらえるか分からないけどな。それにちゃん付けとか子供扱いしないほうがいいよ。かわいいけど、もう大人だし本人は嫌ってるから」
「そ、そうか。わかった」
俺達は闘技場を後にして、カインに呼ばれてギルドの中にあるギルドマスターの部屋に招かれた。グレイブの部屋に比べても数倍広い。豪邸の一室といっても遜色ない。高級感のある調度品や絵画なども並んでいる。正直落ち着かない……その中心にあるテーブルの周りに並べられているソファーに俺、ルミナ、シャルルという順に座っている。対面にはカインが座っている。
「さて、話を始める前にやっておくことがあるな」
カインは立ち上がり、シャルルの横で膝をつき頭を下げる。
「大勢の前であんなことをして、本当に申し訳なかった。煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わない」
頭を下げたまま少しも動かない。シャルルは笑顔を見せ、落ち着いた声で話し始める。
「もう大丈夫ですよ。私の仇はルクスが討ってくれたみたいですし。謝ってくれたから許します。顔を上げてください。それよりもあなたこそ大丈夫ですか?」
カインは膝をついたまま顔を上げる。
「ありがとう。俺はとりあえず大丈夫。いっとき戦えないだろうがな」
約束通り真剣に謝ってくれた。実際はそんなに悪い奴じゃないのかもな。それにしても優しい、なんて優しいんだシャルル。あんなことをされたのに、許すどころか傷の心配までするなんて。すぐに手が出るルミナにも見習ってほしい。ちらっとルミナを見ると、ルミナも何かを感じたのか俺の方に振り返り目が合ってしまった。
「なによ」
「い、いえなんでも……」
「ふーん」
危ない、危ない。またビンタあたりがとんでくるのかと思った。話を変えなければとカインに話を振る。カインも既にソファーに戻っている。
「そういえば魔法が得意なんだよな?」
「そう思ってたけどな……お前のせいで自信喪失さ」
「無詠唱は使えても、回復魔法とか使えないのか?」
カインは無詠唱で至高魔法や究極魔法をバンバン使ってきた。ならばセラさんのように回復魔法も使えないかと思ったのだが……しかし自分の体を回復させてはいないようだし。
「は? そんなもんあるかよ。本の見過ぎだぜ。そのへんはまだガキだな」
呆れたようにバカにされた。魔法に特化した国とか言ってたが、回復魔法の存在は認識されてないようだ。セラさん特有の魔法なのか? バカにされて悔しかったので話したくもなったが、セラさんに迷惑がかかると悪いので、黙っておいた。
「それより誰か探してるんだろ? 名前は?」
「名前は分からないんだよ。特徴を説明するから、合うやつがいたら教えてくれ」
俺は、二人組の弟分の見た目の特徴や使っていた技などをカインに伝えた。すこし考えるような素振りを見せ口を開いた。
「恐らく、ウチの冒険者だ。しかもS級のな……二人組でバインドなんて使うやつはあいつ等しかいない。名はガボとジャンだ」
S級!! 驚いた。まさかS級とは。確かによく考えればドラゴンを捕えたり、少しの間とはいえ、ルミナを行動不能にした技といいS級でもおかしくはない。ルミナには結局ボコられたけど。
「それで、今どこにいるか分かるか?」
「いや、数日前から姿は見ていない。最近クエストでない怪しい仕事をしているという噂を聞いていたが。もしかして何か知っているのか?」
言うかどうか迷ったが犯罪を犯している訳ではないし、正直に俺達がロッソに来た理由、ドラゴンを捕えている魔術師のような人物を探していることを伝えた。
「……なるほど。俺にはちょっと力になれそうにないな。いや、見当がつかないわけではないのだが……すまん、協力するといったのに……」
歯切れが悪い。何か知っているようだが……まぁ、カインにも国のギルドマスターとしての立場がある。なんでも他国の冒険者に話すわけにはいかないだろう。
「いや、ありがとう。名前とこの町の冒険者ってわかっただけ有難いよ」
「そう言ってもらえると助かる。あとはこの町にいる間、君たちをこのギルドの客人としてもてなそう。これでちょっかいだす冒険者もいないだろう。まぁ、俺との戦いを見て手を出すやつもいないだろうけどな。何かあったら相談してくれ」
カインは笑っている。しかし有難い。正式な客人としてくれるならこの町でも動きやすくなる。俺達はカインに礼を言って、部屋を出ようとしたその時……
「ルクス!」
カインに呼び止められた。
「うちの冒険者以外に気をつけろ……」
変な言い回しだ……黒幕は冒険者以外ってことだな。やっぱりカインはいい奴かもしれないな。
「わかった、ありがとう」
ギルドを出ると、すでに外は暗くなっていた。宿を探そうと足を踏み出すと、嫌な感覚に体中が襲われた。
「ルミナ、シャルル止まれ!」
腕を真っ直ぐ横に伸ばし、二人を静止するが、ルミナも気づいていたようだ。シャルルだけがキョトンとしている。
「何これ……なんか気持ち悪い」
「どうしたの二人とも?」
「誰か来る……」
前方からゆっくりと人が近づいてくる。やがてその人物の姿が明らかになる。
三角帽子でマントを羽織った魔術師風の老人……ガボとジャンが言っていた奴はこいつか。