シャルルの魔法
「どうした!?」
俺が声をかけると、御者は馬車を急停止させ、蒼白な顔で前方の一点を指さした。
指された方角へ視線を移すと——まだ距離はあるものの、視界の先でとてつもない大きさの黄色い土煙が巻き上がっているのが見えた。
(……なんだありゃ!?)
目を凝らしてよく見ると、土煙の渦の中から地響きと共に何かが怒涛の勢いで接近してきている。
小型の魔物の群れだ。だが、数が尋常ではない。
十? 二十? いや、前列の影の後ろから、黒い波のようにどんどん魔物が湧き出してきている。下手したら百体……いや、それ以上いるかもしれない!
(……一体どんな魔物だ? 1体1体が強い種族だったら、ちょっと面倒なことになるぞ……)
俺が頭の中で警戒レベルを引き上げていると、隣で様子を見ていたシャルルが、拍子抜けするほど落ち着いた声で口を開いた。
「この地域であそこまでの土煙を上げるのは、間違いなく『ラビットホーン』の群れですね。単体なら足が少し素早いだけで、D級冒険者でも十分倒せる相手ですが……群れで暴走しているとなると、少々厄介です」
(……さすが元ギルド職員! 魔物知識の引き出しが早い!)
ラビットホーン。額から鋭利な一本角が生えたウサギ型の魔物だ。
ウサギとは名ばかりで、体長は大型のイノシシほどもあり、時速数十キロで突進してその角で獲物を串刺しにする。あの数が一斉に突撃してくれば、並の馬車など一瞬で木粉に砕かれるだろう。
「よし……じゃあ、とりあえず俺がサクッと倒してこようか? いくらD級相手でも、あの数を相手にするのはルミナでもちょっと大変だろ?」
「そうだねぇ……何百匹いるか分からないし、さすがに突撃を全部一人で捌くのはちょっと不安かな」
普段は自信満々で無鉄砲なルミナでさえ、地平線を埋め尽くす魔物の大群には少し引き気味だ。
「じゃあ、俺がサクッと片付けてくるから、二人は馬車で待って——」
「ルクスさん。今回は……私に任せてもらえますか?」
馬車を飛び降りようとした瞬間、不意に袖をキュッと掴まれた。
振り返ると、シャルルがまっすぐな瞳で俺を見つめていた。
「え……? シャルルが……?」
(……シャルルがやるって? でも、さっき馬車の中で聞いた話じゃ、レベルは50くらいだったよな……?)
確かにD級の魔物なら1対1なら楽勝だろうが、相手は百体を超える大群だ。レベル50のシャルルに任せるには、あまりにもリスクが高すぎる。
シャルルの戦いぶりを見てみたい気持ちはあるが、大切な仲間になったばかりの彼女に無茶はさせられない。俺が「いや、危ないから俺がやるよ」と止めようとした——その時。
シャルルは俺の不安を察したように、ふわりと可憐に微笑んだ。
「ふふ、心配しなくても大丈夫ですよ? 私、こう見えて元ギルド職員ですから。勝算のない無謀な戦いは絶対にしません」
その笑顔には、不安や強がりの欠片もなかった。ただ純粋な『絶対の自信』が満ち溢れている。……そこまで言われて、実力も見ずに頭ごなしに止めるのは失礼だろう。
「……わかった。任せるよ。でも、俺もすぐ後ろについて行くからな? 危なくなったら一瞬で手を貸すから」
「はい! ありがとうございます、頼りにしてますね」
「ちょっと! 私だけのけ者にしないでよ! 私もシャルルの魔法が見たいわ!」
ルミナもぴょんと馬車から飛び降り、俺たちの後ろをついてきた。
◇
馬車から離れ、荒野に立つ。
土煙は刻一刻と大きくなり、地響きが足裏を激しく揺らす。
「で、シャルル。あの大量の群れをどうやって倒すんだ?」
「もちろん、魔法ですよ。私は剣や槍を使うのは苦手ですが……魔法なら、ちょっとだけ自信があるんです。……見ていてくださいね」
シャルルはすっと胸の前で両手を合わせ、静かに瞳を閉じた。
(……魔法で一掃する、か)
だが、あの数を一撃で殲滅するには、並の中級・上級魔法では範囲も威力も全く足りない。
広域の至高魔法以上が必要になるはずだが、レベル50のシャルルにそんな魔法が扱えるはずが——。
俺の疑念を置き去りにするように、シャルルの唇から澄んだ詠唱が紡ぎ出された。
『——砕けし幾億の星々よ。天より舞い降り、其れを悉く殲滅せよ』
(……なんだこの詠唱!? 俺の知ってる魔法の知識のどこにもないぞ……!?)
瞬間、周囲の空間が圧迫されるような強烈な威圧感が走り、空気がピリピリと静電気を帯びて肌を刺した。シャルルが開眼し、合掌していた両手を前方へと勢いよくかざす!
「——『メテオフォール』ッッ!!」
朗々とした叫び。
……しかし、かざされたシャルルの手元からは、何の火炎も雷撃も放たれなかった。
失敗か……!? と焦ってシャルルの顔を見るが、彼女は凛とした険しい表情を崩さない。
直後——世界が暗転した。
頭上に巨大な『影』が落ち、俺たちの周囲一帯が真っ暗闇に包まれたのだ。
嫌な予感に襲われ、俺とルミナが揃って空を見上げた次の瞬間。
——言葉を失う、絶望的な光景が目に飛び込んできた。
遥か上空の雲を突き破り、幾千、幾万の流星群が降り注いでいた。大小さまざまな大隕石が、燃え盛る紅蓮の炎と衝撃波を纏いながら、凄まじい速度でラビットホーンの群れめがけて落下してくる!
ズドドドドドドドドドッッ!!!!!!
天地を揺るがす爆音。
直撃を受けた大地が炸裂し、ラビットホーンの大群は叫び声をあげる暇すら与えられず、瞬時に蒸発・粉砕されていく。隕石の雨は止むことを知らず、激しい衝撃波と土煙の暴風が、遥か手前にいる俺たちの前髪を猛烈に吹き荒らした。
……やがて。
流星の雨が止み、吹き荒れていた土煙がゆっくりと晴れていく。
そこに広がっていたのは——。
無数の巨大なクレーターが穿たれ、完全に地形そのものが変形した荒野の無残な姿だった。
魔物の群れは、一匹残らず消滅していた。
「……ふぅ。よかったぁ、無事に全部倒せたみたいです!」
あまりの惨状に口をぽかんと開けて放心していた俺は、シャルルの呑気な声でハッと我に返った。
隣のルミナを見ると、目が点になったまま「……あ、ありえない……」とガクガク肩を震わせている。
「な、なに……!? いまの……今の魔法、一体何なの!?」
「ふふふっ、神域魔法の『メテオフォール』ですよ。今の私が使える、とっておきの最強魔法です!」
シャルルは自慢げに両手を腰に当て、「えっへん!」とばかりに小柄な体で胸を張ってみせた。
豊満なバストが強調され、隣でルミナが「くっ……色々と負けてる……」と悔しそうに胸元を押さえている。
(……し、神域魔法だと……!?)
道理で俺も聞いたことがないわけだ。神域魔法といえば、神話の世界や古代の文献にしか出てこない伝説級の禁呪だぞ!?
だが、おかしい……!
神域魔法といえば、一発撃つだけで膨大なMPを消費し、国が抱える魔法使いでも再起不能になるほどの代物だ。
なのに、レベル50のシャルルがなぜ撃てる!?
しかも撃ち終わった後のシャルルは、息一つ乱れておらず、顔色も至って普通だ。
(……レベルを偽っているのか? それとも、何かスキルを持っているのか……!?)
「シャルルすごーい!! 神域魔法なんて初めて見ちゃった! ……っていうか、なんでそんな魔法使えるの!? 私なんて、レベル100超えて究極魔法を一回使っただけで気絶しちゃったのに!」
「なんでって言われても……実は、私にもよく分からないんですよねぇ。気づいたら使えたというか……詠唱は代々家宝として伝わっているものなのですが……何代かに一人使える者が現れるそうです。実際、魔法を使って、疲れたこともなくて……」
「(本人も分かってないのかよ!!??)」
……まあいい。
理由は分からないが、シャルルが想像を絶する超強力な『隠し玉』を持っていることは確かだ。頼もしすぎる仲間が増えたのだから、素直に喜ぶとしよう。
「さて! 街道の足止めも解消されましたし、急いでロッソへ向かいましょうか!」
そう言って笑顔で馬車へ戻っていくシャルルを追いかけながら、俺とルミナは顔を見合わせ、笑いあうのであった。




