新たなパーティー
少しすると、テントの入口がめくられ、首筋を軽く手で押さえたエドゥーが入ってきた。
「よう、ランカー。体の調子はどうだ?」
驚いたことに、エドゥーはさっきまでの凶悪な決闘の時とは打って変わり、実に穏やかで温和な笑みを浮かべていた。
「……『ランカー』って呼ぶなって……。調子? 最悪だよ……精神的にね……」
「ははっ、すまんすまん。ルクス……だっけか? しかし、俺をあっさりと叩きのめしておいて『最悪』はねぇだろ。まぁでも、勝負を受けてくれてありがとな。おかげで『ランカー』という存在の本当の強さを肌で知ることができたよ。……素手で手も足も出ずにやられちまうとはな。まだまだ修行が足りん」
エドゥーはまだ痛みが残っているのか、首筋を擦りながら深々と溜息をついた。
俺との圧倒的な実力差を骨身にしみて理解し、それなりにショックを受けているようだ。
「……まあ、ランカーと言っても実力はピンキリだと思うよ。俺より強い奴には出会ったことがないし、ランカーって確か世界に十人くらいいるんだろ? たぶんだけど、俺との戦いはあまり他のランカー戦の参考にはならないと思う」
実際、俺はかつてランカーであったセラさんすらも腹パン一発でKOしている。
ルミナとの模擬戦を見る限りセラさんの強さは十分すぎるほど理解できたが、それでも百回以上も転生を繰り返してステータスを極限まで鍛え上げた俺には、物理的に敵うはずがないのだ。
だからこそ、俺に負けたからといって彼がランカーに手も足も出ないとは限らない。それに、エドゥーは普通に強かった。俺の油断があったとはいえ、俺の手刀に耐え、あの大剣の一撃で俺に確実なダメージを与えてみせたのだ。
彼は「B級」と名乗っていたが、以前王都で戦ったあのA級のゴランなんかより、実力は遥かに上だろう。
途方に暮れていたエドゥーの表情が、俺の言葉に小さな希望を見出したのか、パッと晴れやかになった。
「そうか……! 俺は、俺を送り出してくれたあいつらの期待に応えるためにも、絶対にランカーにならなきゃならんのだ」
「ん? 『あいつら』って……?」
「俺は冒険者になる前、アスール王国に仕える正規の騎士隊長だったんだ。だが……ちょっとした事件があって除隊させられてな。行き場を失った俺に『冒険者になってテッペンを目指してください!』と背中を押してくれたのが、かつての部下たちなんだよ。あいつら、こんな俺を未だに慕ってくれていてな……」
(なるほど……)
「除隊」の理由は少々気になるが、彼がB級にしては規格外に強かった理由が腑に落ちた。部下たちから慕われているということは、兵士としても非常に優秀で、人望の厚い隊長格だったのだろう。
「エドゥーさんなら、きっといつかランカーになれますよ」
俺が素直な気持ちで応援すると、エドゥーは胸を張り、自信に満ち溢れた力強い表情になった。
「おう! とりあえず、さっきルクスが言っていた王都の『グレイブ』とかいうランカーに挑んでくるぜ!」
(……あっ)
そういえば、適当にそんなことを口走った気がする。
グレイブの本当の実力はよく分からないが……もしかしたら、このエドゥーといい勝負をするのかもしれない。ちょっとだけ決闘の結果が気になって見に行きたくなったが、生憎と俺たちにはプラシアへ戻るという急ぎの旅がある。
「頑張ってください。俺から紹介されたって言えば、門前払いにはされないと思いますよ。……あ、それと、グレイブさんには魔法が一切効かない体質なので、魔法攻撃は使わない方がいいです」
グレイブには申し訳ないが、王都では俺も彼から色々と面倒なことに巻き込まれたのだ。これくらいの腹いせは許されるだろう。
「分かった、助かる。まぁ、俺は元々魔法なんてほとんど使えんがな! この鍛え上げた筋肉だけで、俺はランカーの座を掴み取ってみせる!」
そう言うと、エドゥーはフンッと息を吐き、右腕の二の腕に山のような見事な力こぶを作り出してみせた。
そのあまりにも美しく隆起した筋肉に、男子として不覚にも「触ってみたい……」という衝動が芽生えてしまった。俺も筋トレしようかな……。自分の細い腕を見つめていると、ステータス数値では圧倒しているはずなのに、男としての純粋な敗北感を覚えてしまうのだった。
「よし! じゃあ、外で待ってるバルトを連れて、俺たちは王都へ向かうとするぜ。……シャルルは約束通り、お前たちのパーティーに入れてやってくれ」
あ、そうだ。そういう賭けの約束だった。
……しかし、本当にこれでいいのだろうか。シャルルちゃん本人の意志をしっかりと確認しないまま、こんな重要な移籍を決めてしまって良かったのだろうか?
「いや……でも……エドゥーさんたちだって、シャルルちゃんが抜けるとパーティーとして困るんじゃ……?」
「確かに、俺もバルトも脳筋の近距離専門だからな。魔法に秀でたシャルルがいれば戦術の幅が広がるのは事実だ。……だが、男が一度交わした約束を破るわけにはいかん。それに——シャルルは元々『いつかルクスたちとパーティーを組んで旅をしてみたい』って、ずっと言ってたからな」
(えっ……!?)
俺と……パーティーを組みたかった……?
やっぱり、シャルルちゃんは俺のことを——。
エドゥーの言葉に胸を熱くさせ、悶々とやきもきしていた、まさにその時。
「ルクスー! お昼の食材手に入れてきたわよー!」
バンッと勢いよくテントの幕が押し開けられ、ルミナが元気いっぱいに入ってきた。
その手には、なぜか小ぶりのイノシシの生脚がドンと握られている。そしてそのすぐ後ろには、シャルルちゃんも立っていた。
(……またイノシシか。ルミナ、本当に好きだなイノシシ肉……)
「お、シャルル。いいところに来た。俺とバルトは今から王都へ向かう。シャルルはルクスたちのパーティーに入るよう、今話し終えたところだ」
シャルルちゃんは一瞬呆れたような表情を浮かべ、それから可愛らしく溜息をついた。
「もう……二人とも勝手に決めちゃって。……でも、しょうがないわね。男同士の約束だったんでしょ?」
「すまん頼む。……でも、良かったじゃないか。憧れのパーティーに入れてもらえて」
「バカッ! なんでそんな事言うのよ……ッ! 恥ずかしいじゃない……!」
シャルルちゃんは顔をリンゴのように真っ赤に染めると、「もうっ、もうっ!」とポカポカと拳でエドゥーの太い丸太のような腕を叩き始めた。
……見ているこっちまで、なんだか猛烈に恥ずかしくなってくる。
「はははっ! じゃあな、行ってくるぜ! お前たち、元気でな!」
エドゥーは豪快に笑うと、背を向けてテントを後にした。
「……頑張ってね、エドゥー」
シャルルちゃんは去っていくエドゥーの背中を愛おしそうに見つめながら、ポツリと、けれど温かい声で呟くのだった。




