クエスト失敗!?
プラシアに到着した翌日の朝、俺とルミナは久しぶりにシャルルちゃんに顔を見せるため、冒険者ギルドへと足を運んだ。
たった一ヶ月前までは毎日のように目にしていた街並みなのに、どこか妙に懐かしく感じられる。
ここ最近は本当に色々なことがありすぎた。凶悪なケルベロスを討伐し、妙な技を使う他国の冒険者と戦い、さらには伝説のドラゴンと刃を交え、果てはブランでランカーに祭り上げられたりと、怒涛の毎日だったからな……。
朝のプラシアの街は、ブランのように大勢の人々で行き交う喧騒はなく、どこか凛とした静けさと落ち着きに満ちていた。
(……やっぱり俺には、この穏やかな街が性に合ってるな)
そんなことを考えながらギルドの重厚な扉を押したのだが——一歩足を踏み入れるなり、異様な熱気とザワつきが俺たちを迎えた。
受付の周りにも冒険者たちが群がり、何やら深刻そうな顔で口々に話し合っている。
「ねぇ、ルクス……何かあったのかな? なんだかただ事じゃない雰囲気だけど……」
三年近く、ほぼ毎日のように通い詰めたプラシアのギルドだ。ルミナもいつもと違う不穏な空気を察し、困惑気味に周囲を見回している。
「ちょっと待ってて。誰かに聞いてくるから」
俺は人混みの中から、見覚えのある顔馴染みの男に声をかけた。
まだ10代後半の若い冒険者だ。……名前? 確か……いや、忘れちゃったな。仮に『冒険者A』としよう。
「なぁ、何かあったのか?」
俺が肩を叩くと、冒険者Aは振り向き、驚いたように目を丸くした。
「おぉっ!? 『迅雷』のルクスじゃないか! 久しぶりだな、王都の方へ行ったんじゃなかったのか? ……あっ、奥には『疾風』ちゃんもいるじゃん! 久しぶりー!」
冒険者Aはルミナを見つけると、パッと顔を輝かせて親しげに手を振った。ルミナも「あ、久しぶりです〜」という感じで、胸元で小さく手を振り返している。
(……それにしても『迅雷』って呼ばれるの、久々だな。妙に背痒くて恥ずかしい……。でも『疾風ちゃん』って響きは可愛いな。今度二人っきりの時に呼んでみよう)
そんな脱線を頭の中で展開しつつ、俺は表情を真面目に戻した。
「あぁ、王都の方は一旦落ち着いたんだ。それより、この騒ぎは何なんだ? 何か大きな依頼でも失敗したのか?」
「ん? なんだその腕輪。へぇ、なんか重厚で格好良いデザインじゃないか。『Ⅳ』って刻印されてるけど、何か意味でもあるのか?」
(……こいつもランカーの腕輪のこと知らないのか)
というか、これまでこの腕輪の意味を正しく理解していた冒険者に会った試しがない。本当にランカーって世間に認知されているのだろうか……? まあ、目立たずに済むから俺としては助かっているのだが。
……いや、今はそんな呑気な考察をしている場合ではない!
問題はこの『冒険者A』だ。さっきから俺が切実に質問しているのに、ことごとく別の話題で返してくる。わざとなのか? それとも筋金入りの自己中なのか!?
「腕輪はブランで買ったんだよ! それより、この騒ぎの理由を聞いてるんだ!」
諦めずに問い詰めると、冒険者Aは意味ありげにニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。
「いや〜、それにしてもルミナちゃんは相変わらず可愛いなぁ。あんな美少女と毎日パーティー組んで冒険できるお前が羨ましいよ、本当に」
——パチン、と俺の中で何かが切れる音がした。
気づいた時には、俺は冒険者Aの胸元の襟ぐりを固く捻り上げ、猛烈な勢いで前後にガクガクと揺さぶっていた。
「俺はぁぁぁ! 何があったのかを聞いてるんだよぉぉぉぉッッ!!」
「おぐわぁぁぁッ!? ご、ごめんって! そんな怒るなよ! ほんの軽い冗談じゃないかぁぁッ!」
脳揺れを起こして目が回った冒険者Aは、壁にもたれかかるようにズザザッと座り込んだ。
俺は彼を見下ろし、極道の取り立て屋のような冷酷な眼光を注ぎ込む。
「……お前の冗談は無駄に敵を増やすぞ。次でラストチャンスだ。……何があった?」
冗談が一切通じない俺の冷徹な雰囲気に気圧されたのか、冒険者Aはヘラヘラした態度を改め、ゴクリと唾を飲み込んで真顔になった。
「……シャルルちゃんが、クエストに行ったまま帰ってこないんだよ」
「……えっ?」
思わず固まった。シャルルちゃんが……クエスト……?
「……なんでギルド職員のシャルルちゃんが、クエストに行ってるんだよ?」
「あぁ……お前らは知らなかっただろうけどさ。シャルルちゃん、ずっと前からギルドの受付をやしながら、裏で冒険者登録をしてコツコツと依頼をこなしてたんだよ。お前ら二人に心配かけまいと、内緒でな」
(本当……なのか……? またこいつのタチの悪い冗談じゃないのか……?)
疑いの目を向けて冒険者Aの顔を凝視したが、彼は嘘をついている風でもなく、真っ直ぐに俺を見返してきた。
「……なんで俺たちに隠してそんなことを……言ってくれれば、いくらでも手伝ったのに……」
「さあな。でもプラシアの冒険者はみんなシャルルちゃんのことが大好きだからさ。『ルクスたちには内緒にしてほしい』って本人から頼まれたら、誰も口を割らなかったんだよ」
胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚がした。
……だが、理由を悔やんでいる場合じゃない。一番の問題は、彼女が今なお戻ってきていないという事実だ。
「……シャルルちゃんが受けたクエストは何だ?」
「確か……B級の討伐クエストだ。今まではずっとC級の採取や討伐を受けてたんだけど、ランク昇格のために別のパーティーと組んで、三日前に『フォールズの森』へ向かったんだ。森に『キングライオン』が出現したからってな。……そろそろ戻ってきていい頃合いだから、みんな心配してソワソワしてるのさ。まあ、森は広いし、多少の遅れならまだ心配するほどじゃないかもしれないが……」
フォールズの森——。
豊かな水と緑に恵まれ、数多くの動植物が生息する広大な森林だ。奥地にある巨大な滝は観光名所としても知られており、プラシアの街から馬車で一日もかからない距離にある。
だが……そこに現れたという『キングライオン』。
名前の通りライオンの姿をしているが、体長は通常のライオンの三倍以上。パワーもスピードも通常の魔物とは桁が違う暴虐の肉食獣だ。放っておけば森の生態系を食い荒らし尽くしてしまうため、即座の討伐が求められる凶悪なB級モンスターである。
……すっと、背筋に冷たい寒気が走った。
(まさか……クエストに失敗して、キングライオンに……!?)
いや、駄目だ。悪い想像をするな!
フォールズの森は広大だ。巨大な滝の周辺や深い樹海の中で、標的を見つけるのに時間がかかっているだけかもしれない。きっとそうだ!
気づけば俺は、足早にルミナのもとへと歩み寄っていた。
掲示板の依頼書を眺めて時間を潰していたルミナは、顔色を変えて戻ってきた俺に気づき、すぐに話しかけてきた。
「ルクス、何か分かったの……?」
「……シャルルちゃんが、クエストから戻ってきていないらしい」
「えっ……!? シャルルさんがクエスト……!? なんで……!?」
ルミナも俺と同じように、驚愕で目を丸くした。
「細かい理由は後で話す! とにかく今すぐ馬車を手配して、フォールズの森へ向かうぞ! シャルルちゃんを助けに行く!」
「うん……っ! 分かった!」
俺たちはまともな準備を整える余裕すら惜しみ、すぐさまギルドを飛び出してプラシアの街を駆け抜けた。




