ブラン祭
「色々とお世話になりました。では、本当に本気で絶対に帰ります! また会いましょう。みんな仲良くしてくださいね!」
ドラゴンたちは名残惜しそうに見送ってくれているが、さすがにこれ以上ここで時間を無駄にするわけにはいかない。
最後に俺とルミナの二人で深々と頭を下げ、俺たちは思い出深い(?)ドラグーン山脈を後にした。
◇
山を下り、特に何の問題もなく拠点であるブランの街へと帰ってきた俺たちだったが、街の入口に足を踏み入れた瞬間、異変に気付いた。
(あれ……? なんか街が妙に騒々しいぞ……?)
とにかく人が多い。そもそもブランは王都と並ぶ大都市だけあって普段から人口が多いのだが、今日の人の多さは尋常ではなかった。街の大通りが人の波で埋め尽くされている。
「あっ! ねぇルクス、前に宿を借りようとした時に、受付の人が『年に一回のブランのお祭りがある』って言ってなかった?」
人波にはぐれないよう、ルミナがキュッと俺の服の袖を掴みながら顔を覗かせてきた。
(袖を掴むくらいなら、普通に手を繋げばいいのに……)
そう思いつつも、人前で手を繋ぐのは恥ずかしいらしい彼女の乙女心を察し、野暮な突っ込みは野心の中に収めておいた。
しかし、祭りか……。この世界に転生してから祭りに参加するのは初めてだな。プラシアではそういうイベントは無かったし。
「確かに言ってたね。ルミナはこういうお祭りは初めて?」
「そうだよ、サンドラの村にはなかったからね! ルクスは何度も経験あるでしょ?」
ルミナは俺の過酷な転生の歴史を、いつも通り重くならず明るく口にしてくれる。こういうカラッとした優しさには、本当に救われる。
「うーん、経験はあるけど……あんまり良い印象の残ってる思い出はないかなぁ」
なんせ、過去の人生では両親とくらいしか行ったことがないのだ!
何度も言うようだが、俺はこれまでの人生でまったく、これっぽっちもモテなかったのだからッ!!
「え〜、意外だな〜。……じゃあ今日は、私といーっぱい楽しい思い出作ろっ♪」
そう言って見上げてきたルミナの顔は満開の笑顔で溢れていて、息を呑むほど可愛かった。あまりの眩しさに、一瞬心臓が変な跳ね方をした。
「そ、そうだな! 今日は思い切り楽しもう! ……でも祭りって言っても、一体何があってるんだろ?」
「人が多すぎて何も見えないね。あ、ルクス! あそこ何か配ってるよ?」
ルミナが指さした先には、以前ブランに初めて到着した際にお世話になったあの冊子——
【ブランの町ガイドブック〜これ一冊でブランの町は丸裸〜】
を配っていた名物の男性が立っていた。観光客らしき人々へ熱心に紙を配っている。
手渡されている紙の表紙を見ると、でかでかとこう書かれていた。
【ブラン祭ガイドブック〜これ一冊でブラン祭が素っ裸〜】
(ネーミングセンスが全く成長してねぇええええええッ!! 丸裸も素っ裸も一緒だろッ!!)
ツッコミを禁じ得なかったが、俺たちも一枚受け取って中身を改めてみる。
ふむふむ、内容は至極真面目だ。この先の大広場で様々なイベントやステージが行われているらしい。屋台の数も相当な規模で出店しているようだ。
「とりあえず、この先の広場に行ってみる? 屋台もいっぱい出てるみたいだし」
「行く行くーッ!! 今日は絶対あまーい物が食べたいな〜! あ、早く行かなきゃ売切れちゃうかも! 急ご、ルクスっ!」
『屋台』というワードに目が眩んだルミナは、俺の袖をぐいっと引っ張って広場へと猛ダッシュを開始した。
◇
辿り着いた広場は、さらに輪をかけて人、人、人の海だった。
美味しそうな香煙が立ち込める中、多種多様な屋台がひしめき合っているのだが……どの店も絶望的な長蛇の列を作っていた。
最後尾に立つスタッフが掲げるプラカードを見ると、短い店でも『30分待ち』、長い店になると『90分待ち』と書かれている。みんなよく大人しく並ぶなぁ……。
「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん……っ」
ルミナがプラカードを見つめながら、唸り声をあげて頭を抱えている。
さすがの食いしん坊ルミナと言えど、この待ち時間には参ったらしい。諦めて空いている店を探すかと思いきや——
「ルクス、私あれにするッ!! 早く並ぶよッ!」
「えっ!?」
違った。ルミナは『並ぶか諦めるか』を悩んでいたのではなく、『どれを食べるか』で悩んでいただけだった。食欲の鬼・ルミナの辞書に『食べ物を前にして諦める』という文字は存在しないのだ。
ルミナが指さした店のプラカードを見る。そこには【35分待ち】と書かれていた。
(ふぅ……助かった……)
周りが60分や70分と書かれている中での35分は、かなりの狙い目だ。これならルミナの機嫌を損ねずに済む。
……と、安心したのも束の間。
俺たちが最後尾に並んだまさにその瞬間、プラカードを持っていた男性スタッフが胸ポケットからスッとペンを取り出した。
(ま……まさかッ!?)
やめろ! やめてくれぇぇぇぇッ!!
男はキャップを外し、プラカードの数字を書き換える。
そして再び掲げられた看板には、大きく【60分待ち】と書き直されていた。
(こんなの詐欺だろぉぉぉぉぉぉぉッ!!)
「あ〜あ、しょうがないね〜。美味しいものを食べるためには、多少の苦難と我慢も必要なのです!」
ルミナはまったく意に介した様子もなく、腕を組んでドヤ顔で言い放った。強い、強いよこの子。
「が、がんばって並ぶよ……。ところでルミナ、ここは何のお店なんだ?」
「えっ? 『クラケン焼き』って書いてあったよ! 私、食べたことなくて楽しみだな〜!」
……クラケン焼き。
小麦粉の生地に野菜と魔物クラーケンの足を細かく切ってたものを入れて丸く焼き上げる料理だったような。魔物の中には食材として出回る素材があるが、最初に食べた人の勇気に感服する。
……待てよ? さっき「甘い物が食べたい」って言ってなかったか?
しかもクラケン焼きくらいなら、材料さえあれば俺が作ってあげられるのに……わざわざ60分も並んで……。
しかし、隣で目を輝かせて「わくわく」と効果音がつきそうな笑顔で待っているルミナを見ていると、何も言えなくなってしまった。
まあ、ルミナが楽しそうなら俺も一緒に並ぼう。こういう不便な待ち時間も含めて、祭りの醍醐味というヤツだろうしな。
◇
意外にも順番はあっという間に回ってきた。
というより、ルミナと「あっちの屋台も気になるね」とか「あの大道芸すごいね」なんて会話をしながら並んでいたので、時間が飛ぶように過ぎ去ったのだ。
「わぁぁ……! すっごくいい香り……!」
屋台の鉄板の上では、まん丸いクラケン焼きたちがコロコロと香ばしく焼き上げられていた。
味付けも豊富で様々な六色のタレが用意されている。香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、俺の胃袋も刺激された。頼む前に、それぞれの味を確かめることもできた。
「いらっしゃい! おっ、可愛い彼女さんだねぇ! 彼氏も男前だし、いや〜お似合いのカップルだ!」
屋台の威勢のいいおじさんが、極上の笑みで声をかけてきた。
「〜〜〜〜っ!?」
『彼女』と呼ばれたルミナは一瞬で顔を真っ赤にし、照れ隠しのように俺の服の袖をぎゅーっと強く引っ張った。俺もなんだか無駄に緊張して顔が熱くなるのを感じる。
くっ……商売上手なおやじだ。お世辞だと分かっていても、これだけ気分を良くされたら多めに買わざるを得ないじゃないか。
「じゃあ……俺は【黒】と【白】のタレを一つずつでお願いします」
黒のタレは果実と野菜の甘みがギュッと凝縮されたコク深い濃厚な味で、照りと光沢を纏っていた。
白のタレはコクと塩気、酸味が絶妙なバランスで調和したクセになる旨味があり、まろやかでクリーミーな舌触りだ。
パックには一つにつき六個入っている。二人で二パック買えば、食べ歩きとしては十分な量だ。……普通は。
「へい毎度! お姉さんは何にするかい?」
「じゃあ私は……全種類ちょうだいッ!!」
「えっ? ごめん、もう一回教えて?」
「全種類よ! 全部美味しそうだもの!」
(デジャヴ……!!)
このやり取り、もう何度目だろうか。ルミナが食べ物を注文する際、店員は100%の確率で聞き返すのだ。
今回は六個入りが六種類……合計三十六個。
ルミナの胃袋からすれば「おやつ」程度の量だろうが……まさかルミナさん、これを取り分として食べた後に「次はあの70分待ちの肉焼きに並ぶよ!」とか言い出さないよね……??
俺は冷や汗を流しながら、三十六個のタコ焼きを嬉しそうに抱える愛くるしいヒロインの姿を見つめるのだった。




