王都ブラン
テンション駄々下がりで落ち込んでいるクレアと目の前の料理を幸せそうに食べるルミナがそこにいた。
「クレアふぁん、そのひょうりたべぇにゃいんですか?」
「ルミナ、口に食べ物詰めたまま話しちゃダメだろ」
さすがにマナーが悪いので注意した。口に詰めすぎて何を言っているかわかんないし。
「ごふぇんなさい」
まだ、つまっている…
「ルミナさん、これも食べて。なんか食欲ないから」
クレアは目の前の料理をルミナの前に移動した。
「わぁ、ありがとうござ、い、ま、す……」
ルミナの目の前に置かれた料理は鍋料理のようだった。が……鍋の蓋がさっきのバッタの仮面になっていた。
「こんなものいりません!」
すぐさま料理ごとクレアの前に戻した。おぉ、あのルミナが食べ物を返すとは。クレアさんもルミナもそんなにあの仮面が嫌かね。まぁ俺も絶対受け取らないけど。クレアさんの動きには注意しとかないと。
「ちっ!」
クレアさんが舌打ちしたのが聞こえてきた。あの仮面、持ち主の性格まで悪くするんじゃないだろうな……
「さぁ、そろそろ王都へ出発しましょうか」
いつまでも、すねているクレアに変わって俺が指揮をとった。そろそろ切り替えて欲しいものだ。
◆
「あれぇ、ケルちゃんやられちゃったー」
二本の角が生えた若い青年が嘆いている。
「まったく……合成魔獣の中では自信作じゃなかったのか?」
貴族風な男が呆れている。
「いや確かにあのケルベロスは良い成功例じゃったぞい。実験ではロッソ国のS級冒険者を殺していたからのぉ。三年前に偶然生まれた当時最強だったゴーレムより強かったはずじゃが。しかしまぁ魔物ベースではあれが限界かのぉ」
三角帽子でマントを羽織った魔法使い風の老人が髭をさわりながら話している。
「全く、私の国の冒険者を実験台にしないでほしいわ」
赤いドレスを着た美しい女性は腕を組み文句を言っている。
「倒したのはランカーか?」
「うーん、ちがうかなー。たぶん前にゴーレムを倒した奴と同じかもねー。最後のやられ方が同じなんだよなー。剣で真二つに切られている」
「ほう、それは興味深いな。ケルベロスがやられたのはガザンだったな。ということはそいつが向かうのは王都ブランかプラシアか……ブランだ。ブランに違いない。よし、誰かケルベロスを倒したやつがどんな奴か調べてこい」
貴族風な男はどういう訳かこのような二択をはずすことはないという自信があった。
「俺達に任せて下さい」
奥から男三人組のパーティーが現れた。
「ほう、お前らが行ってくれるか。【赤き竜】よ」
「はい、あなた様の為ならどこへでも」
三人の中でも中心に立つリーダー格の男が答える。
「もし戦うようなことがあれば殺しても構いませんか?」
「ふん、むしろ殺せ。このまま野放しにしては計画の邪魔になりそうだ。しかし油断するなよ。相手は一人ではないかもしれんし、あのケルベロスを倒すくらいだからな」
「あの程度の魔物、私でも楽に仕留められます。必ず良い結果を報告致します」
三人は奥へと消えていった。
「また私の国の冒険者を使って……」
赤いドレスの女はますます不機嫌になっていた。
「そう言うな。あとで詫びはしてやるから」
そう言って貴族風な男は赤いドレスの女を抱き寄せてキスをする。
「全くしょうがない男ね」
不機嫌だった表情はもはや消えていた。
◆
ガザンを出て一泊野宿して、ようやく王都ブランについた。道中魔物の群れに遭遇するという珍しいことがあったが、クレアさんが私に任せろと言って無双していた。戦いが終わった後、その表情はすっきりしているようだった。よかった、少しはストレス発散になったのかな。初めてクレアさんの戦う姿を見たがやはり強かった。剣技だけしか見れなかったがルミナでも敵わないかもしれない。
アスール国の王都、ブラン。王都というだけであり、その広さも人口もプラシアの約三倍はあり、町の奥には大きな城がありアスール王がそこにいるらしい。様々な店が並び、中心の大通りには人が溢れかえっている。
「うわぁー、すごーい。プラシアに来たときも驚いたけど、やっぱり王都は桁違いだわ。こんなにいっぱい人がいるのは見たことないわ。お店もいっぱいある。ルクス、早く見に行きましょう」
ルミナはテンションが上がりっぱなしだ。
「おいおい、観光しに来たんじゃないんだぞ。まずはギルドにいきますか? クレアさん」
「そうだな。まずはギルドに行ってクエストを見ておこう。もしかしたら新たな魔物が出現しているかもしれないからな」
「ルミナ、お店はまた後で見て回ろうな。先にギルドにいくよ」
「はーい。クレアさん、デザート楽しみにしていますよ」
「うっ、わかっている」
クレアさんに案内されギルドに着いた。王都のギルドはそれはもう大きかった。プラシアは一階建てだったのだが、三階建てになっている。一階当たりの広さも二倍はありそうだ。
中に入ると、多くの冒険者達が騒いでいた。パーティーの勧誘や、情報のやり取り、負傷して手当てを待っている者、クエストを終え祝杯をあげる者、冒険者になったばかりの若者や、超ベテランの七十歳になるような老人まで多くの冒険者で溢れかえっていた。
「さすが王都のギルドですね。活気が違います」
ルミナは感動していた。
「そうだろう。ブランギルドはアスール全体の依頼を受けている上に、同盟国の依頼まで全て受けている。クエストの内容も様々で駆け出しの冒険者からベテランの冒険者までが多くのクエストの中から自分にあったクエストを選ぶことができるんだ」
たしかに掲示板にはF級からS級まで大量のクエストが貼り付けられている。その中でもSSとつけられた掲示板があった。
「ルクス、SSってランクがあるよ……プラシアにはなかったランクだよね?」
「あっ、たしかに。初めて見るな」
「それはブランでも二、三年前にできたランクだ。最近でてきた妙な魔物の中でも強い魔物がそこにはいる。今はまだクエストがないようだが」
「いままでSSのクエストを受けた冒険者はいるんですか?」
「二人だけいる。アルス王子と、我が父だ。二人でSSの魔物に挑み、見事討伐して帰ってきた。しかしアルス王子はその時に負傷し、今も城で療法中のようだ」
アルスという名前がでてきたのでビックリした。前に言っていたアルス=ローウェル王子ね。それにしてもランカーのお父さんはともかく王子も強いんだな。ランカーか……いったいどれくらい強いんだろ。一度手合わせしてみたいものだ。
クレアはS級の掲示板をまじまじと見ている。クエストの数は他のランクに比べ圧倒的に少ない。それだけ今は平和ということだろう。
「よし、今のところ変わった魔物は出てないようだな」
「ほんとですか? じゃあブランの町を観光してきていいですか?」
ルミナはそわそわしている。
「観光じゃなくて、早くデザート食べたいだけだろ」
俺がからかうと、
「ちっ、ちがうもん。全くルクスは女性に対して失礼すぎるよ」
と、否定された。すぐに化けの皮を剥がしてやる。
「ごめん、ごめん。じゃあ美術館にでもいくか」
「えっ、あ……先にデザートに行ってもいいよ。」
やっぱり食べたいだけじゃん!
そのやり取りをみてクレアさんが笑っていた。
「ほんと君たちは仲がいいな。私は父の所に報告に言ってくる。ガザンの件もあるしな。心配するな、食費はガーランド家が持つ。二人で好きなだけ食べてくるがいい。十分に楽しんだら私の家に来てくれ。父にも紹介したい」
そう言って、家紋の入ったネックレスを渡してきた。これを見せればなんでもツケで買えるらしい。ってか、こんな簡単に渡していいものなの? 信用されているのはうれしいが……
ギルドの前でクレアさんの家の場所を聞いて別れた。最後にルクスにしか聞こえないくらいの小さな声で、
「頼む。あまり高い値が張るところは勘弁してくれ……」
と言われ、
「大丈夫です。ルミナは俺が止めます」
と返すと、
「助かる……」
と言って去っていった。
やっぱり二千五百万はきつかったんだな……