ルミナの成長
洞窟の奥へと伸びる薄暗い坑道も、俺の『ライト』の超光量のおかげで何の問題もなくぐんぐん進むことができた。
「近いな……」
後ろを歩いていたクレアさんが低く呟く。……まあ、俺はかなり前から気配に気づいていたのだが。さらにしばらく進むと、暗闇の奥に不気味な巨大な影が見えてきた。
「ん……? 三匹もいるか? 一匹しか見えないが……」
俺は目を凝らし、少し距離を詰めてその全貌を捉えた。
……なるほど、確かに『三匹』だ。だが、胴体はひとつ。ひとつの巨大な胴体から、禍々しい三つの犬の頭部が生えていた。
「ケルベロスだ……!」
俺は小声でルミナとクレアさんに伝えた。
なるほど、これなら知識のない採掘師が「三匹の犬」と見間違えても無理はない。必死で逃げる最中に三つの頭だけを目撃したのだろう。
ルミナもさらに接近し、魔物の全貌を確認すると――破顔した。
「よかった〜〜っ!! 全然可愛くない!! これなら容赦なくやれるわ!!」
ほっと胸を撫で下ろすルミナ。
確かに、あの見た目なら「可愛くて斬れない」なんて心配は万に一つもない。鋭く伸びた漆黒の牙、ダラダラと滴り落ちる粘着質な涎、紅蓮に染まった血走った目。真ん中の頭に至っては、口からゴウゴウと激しい黒炎を噴き出している。可愛さの欠片もなく、ただただ禍々しい。
しかし……ケルベロスは本来なら【B級】の危険度を誇る上位の魔物だ。
普通のB級個体なら今のルミナ一人で何ら問題ない。だが……もし、あのサンドラの町で戦ったゴーレムのように「変異個体」だったとしたら? B級パーティが全滅している点を考えても、あのケルベロスは実質S級相当の脅威と考えて間違いない。
「ルミナ、油断しちゃダメだ。普通のケルベロスだと思わない方がいい」
「わかっているわ。まだ距離があるから、まずは遠距離魔法で先制攻撃をかける。その後に向こうの出方を見るわ」
「俺が魔法で片付けようか?」
「だめよ! ルクスの魔法なんか使ったら、一瞬で跡形もなく吹き飛んで試せなくなっちゃうじゃない!」
「はいはい……」
後ろでクレアさんが戦慄の眼差しで見つめてくるのを感じつつ、俺たちは手短に作戦を練った。
「よし、いくわよ! 『ファイアボ――』」
「ちょっ! ちょっと待った!!」
俺は慌ててルミナの腕を掴んで止めた。
「えっ、なに!?」
「炭鉱の中で火の魔法は絶対にNGだろ! 壁や床の石炭に引火して爆発したらどうするんだ! ただでさえあのケルベロスが火を吐いてるってのに!」
「せきたん……?」
「簡単に言えば『よく燃える石の塊』だよ!」
「よく分からないけど……とにかく火はダメってことね!」
……相変わらず脳筋というか、学術知識には乏しいヒロインである。
「そうそう。土魔法の『ストーンランス』あたりでいいんじゃないか? 土の上級魔法だけどいけるか?」
「ふふん、私を誰だと思ってるの? 昔の私とは違うのよ。魔法が苦手な私でも、上級くらいなら一発よ! ——『ストーンランス』!!」
ルミナが掲げた手から、鋭利に研ぎ澄まされた巨大な岩石の槍が高速で射出された。
ドゴォォォンッ!! と凄まじい着弾音が響き、岩槍がケルベロスの胴体に直撃する。大量の土煙と砕けた岩片が炭鉱内を満たした。
申し分ない威力の射出だ。……さて、どうなった?
俺とルミナは剣を同時に引き抜き、身構えた。
すると、土煙が収まりきる前に、暗雲を切り裂くように巨大な火球が一直線に飛来した!
「ルミナ!」
「大丈夫っ!」
ルミナは避ける素振りすら見せない。剣を上段に構え、迫り来る火球に向かって一閃——!
ズバァンッ! と、火球は真っ二つに両断され、洞窟の左右の壁に着弾して激しい炎を上げた。
息つく暇もなく、火球の陰から巨大な影が躍り出る。ケルベロスが猛然と突進し、丸太のように太い右前足を振り下ろしてきた!
だが、ルミナの集中力は研ぎ澄まされていた。
鋭いバックステップで爪撃を紙一重でかわすと、そのまま踏み込んでケルベロスとすれ違いざまに腹部へ一太刀を叩き込む!
「ガアアッ!? ギァアアアッ!?」
気味の悪い悲鳴が轟いた。
間近で見るとデカい。通常のケルベロスの軽く倍はある特大サイズだ。だが、今のところルミナが完全に圧倒している。ゴーレムの時と違って攻撃も普通に通っているし、スピードもルミナの方が数段上だ。このまま押し切れるか……?
……パチパチ、と嫌な音が聞こえてきた。
見ると、さっきルミナが斬り裂いた火球の残骸が左右の壁に燃え移り、石炭層が煤けて煙を上げている。
(……半分に切り裂くから両側の壁が燃えてるじゃねぇか!)
俺は呆れつつも、そっと手元で水魔法を流し込み、壁の火を消し止めた。
◇
その後もルミナの独壇場が続いた。
ケルベロスの猛攻を華麗なステップで軽々と回避し、その度に白の剣が煌めいて傷を刻んでいく。やがてケルベロスの巨躯は傷だらけになり、全身から赤黒い血を流して膝を折りかけていた。
追い詰められたケルベロスは突然くるりと背を向け、奥へと走り出した。逃走かと思いきや、一定の距離をとると再びルミナへと向き直る。
直後、三つの頭部が大きく跳ね上がった。
三つの口が同時に開く。
……真ん中の頭が吐き出したのは熾烈な【火球】。だが、左の頭は凄まじい【氷塊】、右の頭はバチバチと放電する【雷球】だった!
それら三つの異なる属性弾が空間で激しく交錯し——ド黒い【漆黒の合体属性球】へと変化して、ルミナ目掛けて圧倒的な質量で押し寄せてきた!
これまで静観していたクレアさんが、血相を変えて叫んだ。
「ルミナさん! 避けなさいッ!!」
しかし、ルミナは避けない。ニッコリと笑って後ろを振り返った。
「ルクス、お願いッ!」
「あいよ」
俺はすでに発動準備を終えていた魔法を口にした。
「『マジックウォール(魔法障壁)』」
ルミナの目前に、光り輝く薄い結晶のような壁が展開された。それが重なり合うように、一瞬で【十枚】連なって出現する。
ドゴォォォォォォンッ!!
ケルベロスの放った漆黒の合体弾が激突した。
パリンッ! パリンッ! パリンッ! と、ガラスが砕けるようなけたたましい音が響き、光の壁が三枚まで一気に破砕される。……だが、四枚目の壁を揺らしたところで、禍々しい漆黒のエネルギーは完全に霧散したのだった。
「おぉ! 三枚も割られたか! なかなか強烈な威力の攻撃だな」
俺は感心して頷いた。
俺の『マジックウォール』が三枚も突破されたのは、長い転生人生の中でも片手で数えるほどしかない。さすがは変異種の魔物だ。
一方、大技を放ち切ったケルベロスは、肩で息を荒くして消耗し切っていた。
◇
(な……なんだ、あの次元の違う攻防は……!?)
後ろで見守っていたクレアは、全身の毛穴が開くほどの衝撃に震えていた。
まず、ケルベロスが「火・氷・雷」の三属性を融合させた合体魔法。あんなもの聞いたこともない。もし自分が直接喰らえば、S級の防御力を以てしても即死しかねない壊滅的威力だ。
だが、それ以上に恐怖を感じたのはルクスの防御魔法だった。
本来、『マジックウォール』とは一枚の光壁を展張する魔法。超一流の特級魔導士ですら「二枚同時展開」が限界とされている。
それを彼は……何でもない顔で【十枚同時】に重ねて見せたのだ。
単純計算で、国の宝とされる大魔導士の五倍以上の魔力量と並列制御能力。
(あの少年……一体どれほどのステータスを隠し持っているというのだ……!?)
◇
「ありがとうルクス! 助かったわ!」
「いえいえ。……そろそろ俺と交代するか?」
ルミナの顔にも、さすがに疲労の色が滲み始めている。S級相当の魔物とソロでここまで渡り合ったのは素直にアッパレだが、これ以上の無理は禁物だ。
そう思って声をかけたのだが、帰ってきたのは予想外の答えだった。
「う〜ん……ちょっと試したい『新技』があるから、十秒だけ時間稼いでもらっていい?」
「試したいこと……?」
ルミナがそんなことを言い出すのは初めてだった。不安はあったが、彼女が何をしようとしているのか猛烈に気になった。
「なんか新しい技でも開発したのか?」
「そんなところ! 楽しみにしていてね!」
ルミナは不安を微塵も感じさせない、とびきりの笑顔を見せた。
「わかった。じゃあ任せとけ」
俺は前へ躍り出ると、ケルベロスの意識をこちらへ惹きつけるように煽った。
その間、ルミナは両手を固く組み、深々と息を吐き出すと……何やら物々しい詠唱を始めた。
(……え? まさかあの詠唱って――!?)
「深淵より来たりし黒き王よ……其れを闇の世界にいざない、闇において自由を奪え……っ!」
ルミナはケルベロスへ向けて右手を力強くかざした。
「ルクス、離れてっ!!」
「えっ!? ちょっと待って! その台詞は——!?」
俺が慌てて飛び退いた直後。
「『グラビティィィィィッ・ドミニオォォォォン!!』」
ズドンッッッ!! と、凄まじい重力波がケルベロスを襲った。
漆黒の靄が巨躯を包み込み、ケルベロスはまるで巨大な見えない足で踏み潰されたように、地面にメリメリと叩きつけられて動かなくなった。
「……動けないだろ。お前がなぜこんな場所に住み着いたのかは知らない。……だが、倒させてもらうぞ。俺の大切な家族と仲間を傷つけたんだからな」
ルミナが、どこかで聞き覚えのあるキザな台詞を、わざと低い男っぽい声で真似しながらポーズを決めた。
(……俺だぁぁぁぁぁぁぁつ!! 昔、盗賊相手に調子に乗って言った俺の痛い台詞だぁぁぁぁぁぁつ!!)
「やめてくれぇぇぇぇぇぇつ!! 恥ずか死ぬからやめてぇぇぇぇぇつ!! 誰も傷ついてないからぁぁぁぁぁつ!!」
俺は頭を抱えて地面に転がり、必死の形相で懇願した。
「えぇ〜? なんで〜? すごく格好いいのに! ……あっ、ケルベロスが動き出しそう。やっぱりルクスの重力魔法と比べると、まだ拘束力が甘いなぁ。早くトドメを刺さなきゃ……あっ」
ルミナが歩き出そうとした瞬間、急激な立ちくらみを起こしたようにフラフラと身体を揺らし、洞窟の壁にペタリと寄りかかった。
「ごめん、ルクス……魔力使いすぎちゃった……。あと、任せていい……?」
……まあ、そうなるだろう。
『グラビティ・ドミニオン』は究極魔法だ。MP消費量はエグいなんてものではない。MPが底をつきかけると酷い倦怠感に襲われ、使いすぎれば立っていることすら困難になる。少し横になって休めば自然回復するのだが。
「わかった、ゆっくり休んでろ。……お疲れ様」
「うん……ありがとう……」
ルミナは安心したように、その場にチョコンと座り込んだ。
俺はピクリとも動けないケルベロスの前に歩み寄ると、『黒の剣』を片手で一閃した。ザシュッ——と軽い手応えを残し、ケルベロスは綺麗に真っ二つに両断され、霧のように消滅していった。
「さて……宿に帰りますか」




