炭坑の町ガザン
ハッピータイムのお預けをくらって、少しいじけながらも一人で寝ることにした。
「俺だって一人で寂しいのに……」
……爆睡してしまったようだ。起きてテントから出るとルミナとクレアさんの姿が見えない。どこいったんだろう。近くを歩いて探していると、女性の笑い声が聞こえてきた。その方角へ行ってみると女性二人が川で水浴びをしているではないか。この声は間違いない! ルミナとクレアさんだ。
俺はさっと木の影に身を隠す。胸の高鳴りが止まらない。心臓の音が外にまで漏れそうなくらい激しく動いている。
「落ち着けルクス。今までの転生で何度も修羅場を乗り越えてきたじゃないか。大丈夫、きっとばれない。勇気を出して顔を出すんだルクス。これこそ真ハッピータイムだ」
自分自身に言い聞かせるように独り言を呟く。深呼吸をして心を落ち着かせ、心臓の鼓動も戻ってきた。
「よし、いける」
木の影からゆっくりゆっくり顔を出す。
俺が目を木から出した瞬間、高速でスクリュー回転した石が飛んできておでこに直撃した。見えたのは片手で胸を隠し、もう片方の手で何かを投げた後のクレアさんの姿だった。さすがは史上最年少S級冒険者だ。ストライクですよ。でも意外に胸大きいんですね。石が当たりながらも、しっかり隠しきれていない胸の谷間を見ていた。
「…………ごめん」
「ごめん?」
クレアさんの声は冷たく怒りがにじみ出ていた。
「……ごめんなさい。申し訳ございませんでした」
ルミナとクレアさんが腕を胸の下あたりで組み仁王立ちで俺を見下している。
俺は二人の前で正座させられている。
「あのぉ……地面が砂利でゴツゴツしているので正座すると痛いのですが……崩してもよろしいでしょうか」
「ダメだ! あなたにはそんな罰が効かないことぐらいわかっている」
表情を見る限りルミナはそんなに怒ってないようだが、クレアさんが鬼になっている。
「クレアさん、ルクスも反省しているみたいだし、許してあげましょう?」
「いや、まだダメだ。ルクス君は全く反省してない」
うっ、なんでわかるんだろ……確かに同じ場面に遭遇したら間違いなく同じことをする自信がある。いやしないわけがない。だって俺は男だから。逆に見なければ男じゃないだろう。
「ルクス君は十五歳だったな。たしかに女性の体に興味を持ち始める頃だというのはわかる。でものぞきはだめだ。これが王都だったら捕まって牢屋行きでもおかしくないぞ。全く、私がよからぬ気配に気づいたからいいものの……まだ誰にも裸なんて見せたことないのに……」
顔を若干赤くしたクレアさんの説教が三十分ほど続き、ようやく解放された。
「はぁ、ひどい目にあった……」
砂利の跡が付いた脛を擦る。
「おつかれルクス、大変だったね。まぁ、今回はルクスが悪いから仕方ないね」
「はい。ごめんなさい」
「これに懲りたらもうのぞきとかしないことね」
と言って出発する準備をするためテントに戻っていった。
真ハッピータイム事件があってから直ぐに今日の宿泊予定の中継地点に向かって出発した。その間、この地域では出会う可能性の少ないB級の魔物に出会ったり、それなりに有名な盗賊に出会ったりしただけだった。
クレアさんもしかして……
「クレアさん、ちょっと聞きたいことあるんですがいいですか?」
「ん? なんだ?」
「クレアさんのステータスもしかして運が悪かったりします」
ピクッとクレアさんの体が動いた。
「なんだいきなり。普通だよ、普通。なんでそう思うんだ?」
「いや、俺のお父さんも運が悪かったんですが、道中よく盗賊に絡まれていたので。運が悪いと盗賊や魔物に会う確率が高いみたいなんですよ」
「そっ、そうなのか。道理で……」
動揺している。間違いない。悪いな、運。あっ、マルシェで高い金払うはめになったのも運が悪かったってことなのかな。でもS級並の戦力を集められたと喜んでいたし。よくわからないな、運のステータスは……まぁ、退屈しないでいいんだけど。
日が落ちる前に、中継地点の町ガザンに着いた。クレアさん曰く、この町は炭坑で栄えているらしい。炭坑で出稼ぎにきた人々が滞在し、町で金を落としていくようだ。町の規模も小さいわけでなく、ギルドもあるし、宿屋、雑貨屋、酒場などもある。とりあえず宿屋に向かい部屋をとることにした。
「いらっしゃい」
年寄りの女性がカウンターに立っているが、声も低く、笑顔もない。何か元気がないようにも見えた。
「三部屋空いているか? 食事付きでお願いしたいのだが」
クレアさんが、慣れたように話しかけている。
「部屋は空いておりますが、今は食事を出してはいないのですよ。食事ならば近くに酒場がありますので、そちらに行かれてください」
「分かりました。では部屋だけお願いします」
宿を見渡すと食堂らしき場所はあった。料理人がいないのか。とりあえず一旦それぞれ部屋に行き休んでから酒場に向かうことにした。酒場に入ると、客は一人もいなかった。変だな……酒場だったらこの時間はどんちゃん騒ぎしていてもおかしくないはずなのに……とりあえず空いているテーブルに三人で座ると、奥から店員の若い男がやってきた。
「いらっしゃいませ。何にいたしましょう」
「とりあえず五人前適当に料理を持ってきてくれ」
「えっ五人前ですか?」
店員も不思議そうにしている。
「そうだ。五だ」
「かしこまりました」
クレアさんも数日の旅で理解したようだ。もちろん四人目と五人目の役割はルミナがこなすことになる。
「お待たせしました」
料理が次々とテーブルに置かれていく。どれも、おいし、そう、じゃないな。ただ肉を焼いただけのような料理や、少し焦げて形の悪い卵焼きや、野菜の切り方がバラバラなサラダなど、とても料理人が作ったものとは思えなかった。
「申し訳ございません。こんな物しか用意できずに。お代は安くしておきますので」
とこちらが食べる前から店員は謝ってきた。
とりあえずみんな腹は減っていたようなので、いただくことにした。うん、確かに普通よりちょい下だ。食べられないことはなかったので、とりあえず腹を膨らませた。
「なにか変だな……」
クレアさんが店内を見渡しながら口を開いた。
「たしかに変ですね。宿にも酒場にもちゃんとした料理人がおらず、客も全くいない。町にも活気が全くないのも気になりますし、みんな表情が暗い……」
「ちょっと聞いてみるか」
そう言ってクレアさんは店員を呼びつける。
「この町は炭坑の町ガザンだよな。なんでこんなに人がいないんだ?」
「炭坑の町と言われていたのは一か月前のことです。今では炭坑が使えなくなってしまったので、なんの取り柄もない町となってしまいました。今ではプラシアから王都へいく人達がたまに寄ってくれるだけの町です。それにここでは仕事が無いと、職人達は皆、町を出ていってしまいました」
「なるほど。しかし、なぜ炭坑が使えないんだ。もう取れるものが無くなったのか?」
「いえ、そうじゃないのです。実は魔物が住み着いてしまい、誰も炭坑に入れなくなっているのです」
「じゃあ倒しましょう!」