二つの剣
ルミナが我が家で一緒に暮らすことが決まった、その翌日。
俺たちは二人きりで街へ買い物に出かけることになった。
(……待てよ。これって、もしかして……初デートってやつか……!?)
いやいや、落ち着け俺! お互い前のサンドラでの戦いでボロボロになった武器の代わりを買いに行くのがメインだ。ついでに母さんから買い出しを頼まれただけだし、この街に慣れていないルミナのために案内してあげるだけだ。
緊張なんか……緊張なんか、これっぽっちもしてないんだからな!
一人で脳内会話を繰り広げ、必死で平静を装っていると――
「私、この街に来るの初めてだから……案内、よろしくね? ルクス」
ルミナが隣で首を少し傾げ、太陽みたいな笑顔で話しかけてきた。
「う、うん。任せてよ。まずは武器屋から見に行こうか」
引きつりそうな表情をどうにか抑えて答える。だが、胸の奥では心臓が警鐘のようにバクバクと猛烈な音を立てていた。
くっ、情けない……! 前世を含め無数の修羅場をくぐり抜けてきた男が、十三歳の少女の一言にここまで動揺させられるなんて……。
向かったのは、以前誕生日にアルスに連れてきてもらった武器店だ。この街で最も品揃えが良く、店主の親父さんも気さくで腕の立つ職人だ。
「よぉ、ルクスの坊っちゃん! カランカランと威勢よく入ってきたと思ったら……今日は可愛いお嬢ちゃんを連れてデートかい?」
「ち、ちがいますよ! 武器を買いに来たんです! なんか良い剣ありませんか?」
「なんだ、前の剣はどうしたんだい? あれも一級品の鋼を使っていたんだが……」
「ゴーレムを斬ったら、刃がボロボロになっちゃいました」
「わ、私も……刀身が折れちゃいました」
「ほう……? お嬢ちゃんも冒険者なのかい?」
「はい! ルミナといいます。サンドラから来ました。一応、C級冒険者をやっています」
「C級! その歳でそりゃ驚いたな! 坊っちゃんもこの前C級に昇格したんだっけか。二人とも末恐ろしいなぁ。ゆくゆくはランキング上位のランカー様か?」
先ほどまで軽口を叩いていた店主が、急に眉根を寄せて真剣な職人の目つきになった。
「……ちょっと待ってな」
奥の鍛冶場へ消えた店主は、しばらくすると布に包まれた二本の小ぶりな剣を大切そうに抱えて戻ってきた。
カウンターの上に置かれた二本の剣――それは、息をのむほど美しい「双剣」だった。
一本は『黒の剣』。柄と鍔が光を反射して白銀に輝き、逆に対照的な漆黒の刀身は、吸い込まれるような美しい光沢を放っている。
もう一本は『白の剣』。こちらは柄と鍔が漆黒で、刀身はまるで自ら発光しているかのように透き通った純白だ。
どちらも体格に合わせて刀身がやや短く、子供〜少年用といったサイズ感だった。
俺とルミナが言葉を失って見とれていると、店主が静かで低いトーンで語り始めた。
「この二本は『対』になっている。極めて希少な魔法鉱石で作ったんだが、なにぶん量が少なくてね。このサイズで打つのが限界だった。……こいつらには特別な性質がある。黒と白の鉱石が互いの近くに存在するほど、強度と切れ味が爆発的に増すんだ。……まるで、互いを守り合うようだろう?」
店主は二人を交互に見つめ、笑みを深めた。
「しかもどういう訳か、一人で二本持っても意味がない。持ち主の魔力波長が同じだと効果が発揮されないんだよ。サイズ的にも、これを扱えるお前らの実力的にもピッタリだと思ってな。どうだ? ……まあ、お前たちがそんな『お互いを高め合う関係』じゃないって言うなら、無理にとは言わないがね?」
思わず横を見ると、ルミナとバッチリ目が合ってしまった。彼女の白い頬が、ぽっと朱に染まっていく。
「わ、私……この剣がほしいです! 一目惚れしちゃいました!」
「うん……俺もほしいな。すごく格好いいし。……でも、お高いんですよね?」
手持ちの資金は、ゴーレムの報酬を合わせても数十万ピア程度だ。このクラスの業物となれば、数百万、下手すれば数千万ピアは下らないはずだ。
「私も……そんなにお金持っていなくて……」
「ガハハハ! 金のことなら気にするな! C級昇格と、二人の出会いを祝した『お祝い』だよ」
「えっ!?」
「ただし! 一つだけ俺の『個人依頼』を受けてくれ。俺はこの剣を生きているうちに完璧な形で完成させたいんだ。お前たちが成長して大人になれば、その剣は小さくて使いづらくなる。だからそれまでに、この『黒と白の鉱石』を集めてきてほしい。そしたら、お前たちの体格に合わせて一から打ち直してやる。……言わば、剣の代金は『先払い』ってやつだ」
なんという男気溢れる店主だろう。
「わかりました! 必ず集めてきます。ありがとうございます!」
俺とルミナは顔を見合わせ、深く頭を下げて剣を受け取った。店主は剣の雰囲気にぴったりの、黒と白の洗練された鞘までサービスしてくれた。
店を出る間際、店主から鉱石の詳細を聞くことができた。
黒の鉱石は『ブラックロンズ』、白の鉱石は『ホワイトロンズ』。
問題はその入手方法だ。――【黒龍】および【白龍】と呼ばれる伝説のドラゴンが絶命した際、その肉体が結晶化して生まれる奇跡の鉱石らしい。
手に入れる方法は、寿命で死ぬのを待つか、自らの手で討伐するかの二つに一つ。
だが龍の寿命は果てしない。現実的には『討伐』一択だ。しかも黒龍と白龍は、数あるドラゴンの中でも最上位の存在。クエストになればS級――いや、それ以上になるだろう。
前世での膨大な記憶を遡っても、普通のドラゴンは何度も倒した記憶があるが、黒と白の特異個体など戦ったことも見たこともない。この世界独自の存在なのかもしれない。
(まあ……俺が本気を出せば倒せない相手じゃないだろうが、そもそも見つけるのが一番大変そうだな……)
店を後にした俺たちの腰には、俺が黒、ルミナが白の鞘に収まった剣が揺れていた。
ふと、人気の少ない裏路地に差し掛かった時――前を歩いていたルミナがいきなり振り返った。パッと舞うツインテール。
「ルクス! この剣の力を発揮するためにも……私たち、ずっと一緒に居なきゃね!」
太陽のように眩しく、一切の陰りのない満面の笑顔。
「っ……! そ、そうだね。ずっと一緒に居ないとな」
……あれ!? これって実質、プロポーズみたいなものになってないか!?
まだ「好き」とか「愛してる」とか、肝心な言葉すら口にしていないのに……!
だが――いい加減、自分の気持ちから逃げるのはやめよう。
俺は、ルミナが好きだ。
いつ、どんな形で伝えられるかは分からないけれど、この溢れる想いをいつか必ず言葉にしよう。
そう心に決め、俺はルミナの隣へと駆け寄った。ふと横を見ると、ルミナは真っ赤になった顔を伏せ、もじもじと下を向いていた。
「じゃあ……次はお母さんから頼まれたお使いに行こうか。そのあとはルミナの欲しいものを買いに行くから、買うものを頭の中でまとめておいてね?」
「……うんっ! わかったわ!」
二人で笑い合いながら、俺たちは鮮やかな午後の陽射しの中へと歩き出したのだった。




