初めての夜
日が落ち、街道の周囲が急速に闇に包まれてきたため、俺たちは街道脇の開けた場所で野営のテントを張ることにした。
思えば、アルスは昼間の移動中、ほぼ爆睡していた。
サンドラを出てからもう一度、似たような盗賊団の襲撃に遭ったのだが、一回目と同様に俺がサクッと返り討ちにした。
……そう、盗賊に襲われるという『旅のイベント』が二度もあったにもかかわらず、この親父は一度たりとも起きなかったのだ。そもそもこのエンカウント率の高さ、どう考えてもお前の不運体質のせいだろうに……。
「んー……といれー……」
途中、一度だけ虚ろな目で呟いて馬車を降りていったが、用を済ませると吸い込まれるように席へ戻り、再びグーグーとイビキをかき始めた。
(さて……テントを設営するか)
ボックスから持ち運用のコンパクトなテントを取り出しながら、ふと手が止まる。
……待てよ。俺の所有するテントは一つだけだ。ルミナはどうするんだろう? もしかして……同じテントで一緒に寝るのか……!?
(や、やばい……なんか緊張してきた……っ)
一人で勝手に鼓動を早めていた俺だったが、隣を見ると、ルミナはマイテントをしっかりと持参しており、慣れた手つきでせっせと自分の家を設営していた。
……べ、別に期待なんてしていなかったし! どうせアルスも同じテントで雑魚寝になる予定だったし!
(……っていうか最近の俺、ルミナを異性として意識しすぎじゃないか……?)
今の自分の身体が十二歳で、年齢が近いからだろうか。あるいは、ルミナが十三歳にしては少し大人びているからか。
……よく分からない。ただ、ルミナはこの世界で初めてできた同世代の親しい女の子だ。意識してしまうのも無理はない、と一人で勝手に納得しておくことにした。
幾度となく転生を繰り返してきた俺だが、ぶっちゃけ『恋』だの『愛』だのといった感情は未だにさっぱり分からない。
気づけば誰かを意識していて、いつの間にか好きになっている。そして時には気持ちが空回りして失敗したり、逆に慎重になりすぎて機会を逃したりすることの繰り返しだった。
前世までは全く容姿に恵まれなかったことも理由の一つだが、俺は根っからの恋愛不器用なのだ。恋愛経験値だけで言えば、モテモテの人生を謳歌するイケメンの一回分にも満たないんじゃないかと本気で思う。
「ルクスー! ちょっとその辺で今夜の晩飯調達してくるから、ルミナちゃんと待っててくれー!」
森の奥へと消えていくアルスの背中を見送る。
馬車の手配師さんは自分の馬車の中で早々に休んでいるため、街道の脇には俺とルミナの二人きりになってしまった。
……やばい。一度変に意識してしまったせいで、一気に緊張感が押し寄せてくる。俺は全く必要のない荷物の整理を繰り返し、必死で挙動不審をごまかした。
「ねぇ、ルクス?」
「ひゃいッ!?」
唐突に背後から声をかけられ、情けない裏返った声が出てしまった。顔が一瞬で熱くなる。恥ずかしすぎる……!
見返すと、ルミナも必死で笑いを噛み殺すように口元を押さえていた。
「ふふ……ルクス、今日はありがとう」
「えっ? あ、何のこと……?」
「盗賊たちを倒してくれて。昨日のゴーレムの時もそうだけど、守ってくれて嬉しかったの」
「あぁ、あれね……。気にしなくていいよ、あれくらいルミナの実力なら楽勝だったと思うし」
俺が謙遜混じりに言うと、ルミナは少し首を横に振った。
「今日の盗賊たちはそうだったかもしれないけど……中にはもっと強くて、恐ろしい盗賊もいるかもしれないでしょ? 戦うまで相手の強さは分からないからさ……。でも、ルクスが前に立ってくれたから、安心して見ていられたよ」
ドキッと胸が跳ね上がる。
別に愛の告白をされたわけじゃない。ただ自分の強さを素直に褒められただけだ。勘違いするな、俺……!
「で、でもさ! 盗賊なんて基本、集団で弱い者を狙う卑怯者の集まりだからね! 強い盗賊なんてそうそういないよ!」
「う、うん……そうだね……」
あ……。ルミナの表情が、またしてもスッと暗くなった。
一過性の恐怖ではなく、やっぱり『盗賊』という言葉自体に何か深いトラウマがあるのだろうか……。
「とりあえず……今日は本当にありがとうね」
少し引きつった乾いた笑顔を残すと、ルミナは逃げるように自分のテントへと戻っていった。
一人残された俺が、居心地の悪さを抱えたままぼーっと夜空の星を仰いでいると――
「おーいルクス! 大物を仕留めたぞー!」
遠くから豪快な声をあげてアルスが戻ってきた。
「何をつかまえてきたの……?」
「ちょっと小ぶりだが、極上のイノシシだ! 今夜は丸焼きにするぞ!」
……またイノシシかよ!
呆れかけたその時、ルミナのテントの方から『くぅぅぅぅぅぅ〜……』という可憐な虫の鳴き声のような腹の虫が響いた。
少しして、顔をリンゴのように真っ赤にしたルミナがテントから這い出てくる。
確かに昼も慌ただしく済ませただけだし、お腹が減るのも無理はない。
「ルミナ、ご飯にしようか。イノシシの肉は大丈夫? 食べられる?」
「うんっ、大丈夫! 大好きだよ! お父さんと一緒に旅していた頃、よく食べていたから!」
「おおおっ! それは良かった! 俺も大好物なんだよ!」
ルミナの意外な返答に、アルスが満面の笑みで喜んでいる。実家(母さん)には「野蛮な肉」として全否定されていたからな……。
拾ってきた枯れ木に初級火魔法で着火し、準備は完了。イノシシの解体は、ルミナが手際よく引き受けてくれた。迷いのない包丁裁きは、長年の旅で鍛えられたものだろう。
分厚いステーキ状に切り分けられた肉が網の上でジューシィに焼けていく。馬車の人にも「いかがですか?」と声をかけたが、野生肉の強い匂いが苦手なようで丁寧に辞退された。
「はい、お待たせ! たくさん食べてね!」
紙皿には、焼き立ての肉がデンッと鎮座していた。
……でかい。厚みが三センチ近くあり、重さも一キロ近くありそうだ。さらにアルスの前には、その一・五倍はあるであろう超巨大な『肉の塊』が置かれていた。
さすがのアルスも「あ、ありがとう……」と言いながら顔を引きつらせている。
ちなみに、ルミナの前に置かれた肉もアルスと同等の特大サイズだった。
「ちゃんと特製の塩胡椒で味付けしたから、二人とも残さず食べてね?」
にっこりと微笑むルミナ。……恐怖の呪文が唱えられました。
アルスは頑張った。「大好物だ」と宣言してしまった手前、残すわけにはいかないと必死で口へ押し込んでいく。凄まじい勢いで肉の塊が小さくなっていくが、なんとか完食したアルスは、そのまま「うぐぐ……」と苦しそうに横になって倒れた。……豚になっちゃうぞ、親父。
俺も気合で食べたものの、半分ほどで限界が来た。
「ごめんなさい、残します」と謝ろうとルミナの方を見ると……彼女の皿からは既に肉塊が消え去っていた。
「え……もう食べたの!?」
「うんっ! お腹が空きすぎてて、一気に食べちゃった!」
ルミナは恥ずかしそうにはにかみながら、てへっと舌を出した。……恐ろしい胃袋だ。
「ごめんルミナ、俺……もうお腹いっぱいで食べきれないや」
「もう、しょうがないなぁ……」
呆れ顔を見せたルミナは、俺の残した特大肉をパクリと咥え、そのままペロリと平らげてしまった。……本当にすごいです、ルミナさん。
一方、腹が破裂しそうになったアルスはそのまま爆睡モードに突入していた。何度揺さぶっても起きる気配がないため、毛布だけかけて外で寝かせることにした。気候も穏やかだし、野宿慣れしている元A級なら死にはしないだろう。
「じゃあ、俺たちも寝ようか」
「そうだね。おやすみなさい、ルクス」
「うん、おやすみ」
それぞれのテントへ戻り、横になる。一日中の移動と気疲れのせいで、一気に強烈な睡魔が襲ってきた。
◇
『……クス。起きて、ルクス……』
誰かに耳元で囁かれ、薄っすらと目をあける。
薄暗いテントの中、俺のすぐ横にルミナが膝を揃えて座っていた。
「うわぁぁッ!?」
驚きのあまり飛び起きる。
「ど、どうしたのルミナ!?」
「えっと……あのね……一緒に寝ても、いいかな……?」
彼女は両手の指をモジモジと絡めながら、恥ずかしそうに上目遣いで尋ねてきた。
……え? マジで? こんなラブコメみたいな展開、本当にありですか!?
一瞬で眠気が吹き飛び、心臓が口から飛び出そうなほど高鳴る。
「一人で外で寝るのが、なんだか怖くちゃって……。いつもはお父さんが一緒だったから平気だったんだけど……だめ、かな?」
……なるほどね。
別に変な期待なんてしていませんでしたよ。まだ十二歳と十三歳ですからね! そんな甘い展開なんてないって分かっていましたよ、ええ、分かっていましたとも……!
「だ、ダメじゃないよ。俺も普段はお父さんと一緒に寝てるしね。じゃあ、一緒に寝ようか」
「うんっ、ありがとう!」
ホッとした様子で、ルミナが俺のすぐ隣に寝転がってきた。
ツインテールをほどいた彼女の髪から、ふわっと甘く切ない香りが漂ってくる。
「じゃあ、今度こそ本当におやすみなさい、ルクス」
「う、うん……おやすみ……」
ルミナは安心したのか、すぐに規則正しい小さな寝息を立て始めた。無防備な寝顔が反則級に可愛い。
俺も落ち着いて寝ようと固く目を瞑った――その時。
「ん……ぅ……」
ルミナが寝返りを打ち、そのまま俺の身体にぎゅっと抱きついてきた。
「うおっ!?」
密着する温もりと柔らかさに心臓が破裂しそうになる。慌ててそっと彼女を元の位置に戻そうとした、その時だった。
『……お兄ちゃん……』
かすかな寝言が、ルミナの唇からこぼれ落ちた。
(お兄ちゃん……?)
父親と母親の話は聞いたが、彼女にはお兄さんがいたのだろうか……? 今度、機会があったら聞いてみよう。
彼女を起こさないよう慎重に位置を整え、俺は再び目を閉じた。
――……やばい。全く眠れる気がしない。
結局俺は、朝まで一秒も眠ることができなかったのだった。
盗賊がまた現れるかもしれないから、見張り役になろうと寝ることを諦めた。(殺気を感じれば、寝ていても気付くのだが……)




