エンド
俺が放った、炎の槍は一本残らず、目の前の男に直撃した。轟音が鳴り響き、激しく土煙を撒き散らす。
これだけの魔法をまともに受けて無事でいられるはずがない。土煙の中を目を細めて、男の姿を探す。
やがて、煙が引いていくと、その場に立ち尽くす男の姿が見えた。
まさか効いていないのか?
これだけの魔法を受けて、無傷でいられるなら、もはや勝ち目は薄い。祈るように煙が晴れるのを待つ。
だか俺の祈りは虚しく、男は平然として、魔法を受ける前と変わらずその場に立っていた。いや、変化はあった。男の周囲を青く薄い膜が張り巡らされてる。
あれはアクアシールド!
マジックウォールの上位互換の魔法。火属性魔法を防ぐことに特化した魔法だ。強力な魔法だが、普通なら発動まで時間がかかり実践向きではない。それに実力差があれば、耐性を持った魔法で防がれても突破できるのだが、この男には通用しなかった。
「まともに当たってくれるんじゃなかったのか?」
「手を出さないといったのだ。それに、こうした方が詠唱をすることの弱点が分かると思ってな」
俺はその言葉にハッとした。魔法に詳しい者ならば、詠唱の途中で、何の魔法を唱えるのか分かる。いや、はっきりと分からないまでも、ある程度の属性は分かる。ならば、それに対応する魔法を唱えればよい。
今までの詠唱のある世界では、気にしたことはなかったが、この世界は違う。これまでの戦い方では、強者には通用しないのかもしれない。
「どうやら理解できたようだな。では、次は俺の番だ」
そう言うと、右手を前に突き出し。
「ウォーターレイン」
ファイアレインと同じ至高魔法だ。上空に水球が浮かび、一瞬にして鋭い針のように変化し、幾千、幾万もの針が俺に高速で向かってくる。このままでは全身が串刺しにされてしまう。咄嗟に防御魔法を唱える。
「マジックウォール」
俺を守るように、光り輝く壁が何枚も重なりあう。
頼むっ、もってくれ!
マジックウォールに無数の針が突き刺さり、俺の願いも虚しく、壁が次々と割れていく音が聞こえる。そして、俺を守っていた最後の壁が割れた。魔法の直撃に堪えようと、歯を食いしばる。が、俺のマジックウォールを全て割り切ったと同時に男の魔法も消え去った。
「ほう、この魔法にも無傷で耐えるか」
男は自分の魔法を防がれたというのに、どこか満足そうにも見える。
「ギリギリだけどな。で、これからどうするんだ? 真剣にやり合うのか?」
俺の言葉に、男はしばし考えて込むように沈黙し、
「いや、今日は止めておこう。まだ時期尚早だな。また会う日を楽しみにしておく」
俺はホッとした。正直、このままやり合って勝てる絵は見えなかった。強がってはいるが、相手の発する圧力に、緊張で喉は乾き、震える手をなんとか抑えている。しかし、なぜこのタイミングで現れたのだろう。これだけは聞いておかなければならない。
「何が目的だ? もしかして、ロッソかアマレロのスパイか?」
男は軽く笑い、答える。
「まさか。どっちが勝っても、俺は興味ない。興味があるのは、強さだけだ。ただ戦争になるかもしれんと聞いて、お前が死んでしまう前に実力を知っておきたかったまでだ。しかし、そう簡単には死にそうにないようだしな。予想以上だったぞ」
「合格できたようで、嬉しいよ」
男は再びニヤリと笑い、
「次、会うときは……いや、それまで腕を磨くことだな」
そして、後ろを振り返る。男の目線には倒れた冒険者達と、手当を続けるセラさんがいた。まさか、セラさん達に手を出す気なのか。そう思い、一歩前へ踏み出そうとしたとき、
「そう、慌てるな。エレメントキュア」
男が俺の知らない魔法を唱えると、緑色に輝く暖かな風が吹く。その風は俺、倒れた冒険者達、セラさん、視界に入る全ての人々を包み込むと、倒れていた冒険者達が次々と目を覚ます。俺も不思議と疲れが取れていくのを感じる。まさか、回復魔法か。しかもこれだけの人数を一気に回復しておいて、男は顔色一つ変えない。一体何者だろうか。
「あんた何者だ?」
「俺の名はエンド。では俺はそろそろ行くとしよう。あぁ、金を置いていく。これで、ギルドを立て直すといい。加減が難しくてな」
ボックスからパンパンに膨れた大きな麻袋を取り出し、俺の前に投げた。そして、一瞬で姿を消した。
エンド……初めて聞く名だ。セラさんなら何か知っているだろうか。俺の実力が知りたいと言っていたが、一体どこで誰から聞いたのだろうか。謎は深まるばかりだがとりあえず何とか乗り切れたようだ。男の気配が完全に無くなると、俺は剣をしまい麻袋を手にし、セラさんの元へ歩いた。




