強敵
目の前にいる男は、輝夜を構える俺にどうじることもなく、俺とセラさんを値踏みするように交互に見ていたが、そのうちその視線は俺だけに向けられるようになった。
「お前がルクスか?」
冷たく、低い声にさらなる寒気が襲ってくる。俺を知ってる? どこかで会ったか? いや、それはありえない。こんな奴一度見て忘れるわけがない。
「そうだ。その惨劇はお前がやったのか」
男は辺りを軽く見渡し、
「あぁ、俺がやった。お前に会ってみたくてな。ここにはいないと言うので、少し暴れたら現れるかと思ったら予想通りだ」
そう言ってニヤリと笑う男に怒りを覚えながらも、よく見ると倒れている中にもまだ動いている者がいる。
「セラさん、ここは俺が何とかするので倒れている人を見てやってください。セラさんの回復魔法があれば救えるかもしれない」
「1人で抑えられるのか?」
「やってみないと分からないですね」
困ったように俺が笑うと、セラさんは黙って小さく頷く。そして素早く俺の元から離れると、男から距離を取るように周りこんで、怪我人の元へたどり着いた。
意外にも、男は全く動かない。セラさんが動いたことに、目は反応していたが、自分に向かってこないことが分かると再び俺に視線を戻した。
セラさんは倒れている冒険者の容態を確認すると、回復魔法を使い始めた。
「俺に何のようだ?」
震えてしまいそうな剣先を抑える。男の発する威圧はどんどんと強くなる。男は黄金に輝くオーラのようなものを全身に纏わせている。
「強き者が現れたと噂を聞いてな。試したくなった」
そう言った瞬間、男の姿がブレて、一瞬にして俺の目の前に現れ、持っていた剣を振り下ろしてきた。
反射ともいえる動きで輝夜をずらして、男の剣を受ける。金属と金属がぶつかり合う鈍い音がなり響いた。
剣と剣が重なり合い、お互いの力は均衡し、押し合う形となる。相手が本気なのかは分からないが、少なくとも俺は全力だ。
「若すぎると思ったが、実力は噂通りだな。では次だ」
男は一旦、後ろに下がり距離をとったと思ったら、一息つく間もなく再び男の姿がブレたと思うと、次々に乱暴に剣を振るってきた。その適当とも思える剣技に押されながらも、俺もなんとか全ての剣を防いでいく。しかし、俺の剣に異変がおきる。視線の中に黒い欠片が舞い始めた。輝夜が少しずつ欠け始めているのだ。
このままでは剣を折られてしまうと思い、男のわずかに動きが大きくなった上段からの打ち込みを、体を横に反らし、回避する。
空振りになった男の打ち込みは、地面に当たることはなかったが、風圧により数十メートルに渡って土をえぐっていた。しかし、俺もそこで生まれた一瞬の隙を見逃さなかった。仕留めるつもりで全力で横一閃に輝夜を振るったが、相手も後ろに跳び、俺の攻撃を躱す。
「まさか、俺に傷がつくとは。何年ぶりだろうな」
手応えはなかったが、男は浅いながらも傷を受け、血を流していた。だが、そんな状況でも男は自らの手で傷を触り、手についた血を舐めていた。焦る気配どころか、むしろ嬉しそうだ。笑みもこぼれ、まだまだ余裕があるようだ。
一方俺はあの一瞬の攻防で、肩で息をし汗がとめどなく流れている。俺はこいつに勝てるのか。久しく受ける死の恐怖が襲ってくる。が、俺はこんなところで、死ぬわけにはいかない。ルミナを一人残して死ねるか。もしもう一度転生できたとしても、そこにルミナがいないのならば意味がない。
自分自身をふるい立たせ、真っすぐに男を見る。その姿に男は少し驚いたのか、
「ほう、いい目だ。俺に向かってくる勇気を称え、次はお前からくるといい。そうだな……剣の腕は見ることができた。次は魔法が見たいな。一発だけ、好きな魔法を打ってみろ。安心しろ、俺は手を出さんから」
そう言って、男は赤い剣をだらりと下げる。
なにがしたいんだ、この男は……さっきから何か試されているような気がする。でもこれはチャンスだ。倒すまではいかなくとも、どこかしら手傷を負わせる事で勝機も見えてくる。しかしこの状態では広範囲の魔法は使えない。あの男の数十メートル先にはセラさんや傷ついた冒険者たちがいる。神域魔法などもってのほかだ。ここは、あの魔法でいくか。
『ファイアレイン』
この魔法ならば、無数の炎の矢が対象をひたすら襲う。周囲には大きな被害は与えないはずだ。俺は以前、銀色のドラゴンを倒した魔法を唱えた。
「炎の覇王よ、その……」
俺が至高魔法の詠唱と唱えている途中で、目の前の男は腹を押さえながら、わっはっはっと高笑いをした。その行為にさすがに詠唱を途中で止める。
「何がおかしいんだよ」
さすがにここまで笑われるとムッとする。
「いやいやいや、悪かったな。まさか詠唱を唱え始めるとは。次は我慢するから」
無詠唱のことを言っているのだろう。恥ずかしさで顔が熱くなる。確かに無詠唱魔法を使える奴からしたら、真面目に詠唱している奴なんて滑稽だろうよ。しかし無詠唱だろうと詠唱だろうと威力は変わらないはずだ。バカにしたことを後悔させてやる。怒りを上乗せして、再び魔法を唱える。
「炎の覇王よ、その轟炎の矛で、敵を貫け」
空に無数の炎の塊が漂い、その一つ一つが鋭い槍のように変化する。
「ファイアレイン‼」
燃えさかる炎の槍が、高速で男に向かっていく。




