不安、恐怖、怯え
楽しかった食事会は終わり、俺は一人アルスが用意してくれた部屋のベットで寝転んでゆったりと過ごしていた。この部屋も広すぎるくらいで、一人でいると余計寂しさを感じる。そもそも俺の為に作った部屋で、いつか打ち明けて一緒に住むことになったら使ってもらおうとしていたようだ。ルミナは三つ隣の部屋だ。アルスは一緒の部屋でいいだろうと言っていたが、アメリアがまだ結婚もしてない男女を一緒の部屋で一晩過ごすなんて駄目と言って、アメリアと一緒の寝室で寝るそうだ。女子会? というものするらしい。是非とも俺も混ぜてほしいものだが、そう言ったらアルスと二人で男子会をひらいたら? と返されたので、丁重にお断りした。そして現在に至る。
「暇だな……」
天井を見上げながら、ぼそりと呟く。今日は色々なことがあった。まさか自分が王子とは……100回目の転生だから特別なのか、それとも偶然なのか。現状を受け入れた今も、俺はまるで王という地位に興味はなかった。暴君になれれば自由に生きることができるだろうが、俺は性格上無理だろうし、そうなる気もない。無責任かもしれないが、生まれてくる弟か妹に期待しよう。王としての資質を持ち合わせていればいいが、アルスはともかくアメリアがいれば教育の方は心配ないだろう。
そろそろ寝るか……
こういう時、ルミナがノックして俺を訪ねてくることもしばしばあったが今日は何もなかった。きっと話が盛り上がっているのだろう。まぁ、俺の母親とルミナが仲がいいのは良い事だ。将来的にもそのほうが何かと上手くいくだろう。そんな事を考えていたら自然と眠りについていた。
翌朝、ばたばたと騒がしい音で目が覚めた。何事だ? 外の廊下を何人もの人が走り回っているのが分かる。外に出ると、医者らしき人物が三つ隣の部屋に入っていくのが見えた。アメリアかルミナに何かあったのか?
俺は寝起きのまま、慌ててアメリアの部屋のドアを開けた。そこには、青い顔をしてベットで寝ているアメリアとベットの脇でアメリアの手を握っているルミナがいた。アルスとベラール、そしてメイド達もベットの脇でアメリアを心配そうに見ている。
「ルミナ、何があったんだ」
俺の声にハッとしたルミナは既に泣いてしまいそうだった。
「朝起きたら、アメリアさんなんだか具合悪そうで。一度は立ち上がろうとしたんだけど、そのままベットに倒れちゃって。大丈夫だよね? アメリアさん大丈夫だよね」
俺はルミナを落ち着かせるように頭を人撫でして、医者の方を見る。さっきは分からなかったが医者は年老いた老婆のようだった。顔だけみると70代以上にも見えたが、姿勢も正しくまるで腰も曲がっていない。健康そのもとといったように顔色もいい。
「ちょっと見せてもらうよ」
そう言ってアメリアの体を一通り調べたあと、持ってきた鞄から緑色の液体を取り出し、それをアメリアの口に流し込む。みるみるうちに顔色が良くなっていくのが分かる。
「これで大丈夫。あとはゆっくり寝ていれば、明日明後日にはよくなるだろう」
老婆の医者はニカッと笑った。
「母はどうしたんですか? まさか毒を盛られたとか」
俺がそう言うと、老婆は笑いだす。
「大丈夫、大丈夫。ただ疲れが出ただけだろう。もちろん赤ん坊も元気だ。この緊急時だからね……前王が無くなり、いきなりこの国を継ぐようになって、他国の進行。妊婦なのに無理するから、心労がたたったのだろう。しっかりしなよ、アルス王! お前が頼りないからアメリアが無理するんだよ」
よかった……重篤な状況でなく安心した。アルスは面目ないといったように頭を下げる。アルスも小さいときから、この医者のお世話になることが多く、今でも頭が上がらないらしい。それにしても前王は亡くなったのか。俺の祖父になるんだよな。どうんな王様だったのだろうか。
老婆はアルスに喝を入れると、すたすたと歩いて部屋を出て行った。メイド達やベラールも安心したように次々と部屋をあとにし、自分の仕事に戻っていき、部屋には俺達家族だけになった。
「情けない……」
小さな声でアルスが呟く。その呟きに反応したのか、アメリアがゆっくりと目を開く。そしてアルスの方を見ると、にっこりと微笑む。
「あなたは情けなくなんかないわ。国民のことを自分のように考えられる良い王様よ。アルスがいるから私も頑張れるんだから。ちょっと無理しすぎちゃったけどね」
それだけ言うと再び目を閉じて眠った。
その言葉に再び目に活力を戻したアルス。
「ルクス、そしてルミナさんもありがとう。俺もそろそろ仕事に戻るよ。アメリアがいない分頑張らないとな」
そうして部屋を出ていった。するとルミナが俺の袖を引き、部屋を一緒に出るよう促した。何事かと廊下に出て、扉をゆっくりと閉める。
「ルクス、今日プラシアに行く予定だったけど、セラさんと二人で行ってもらっていいかな? 私はアエリアさんの看病がしたいの。きっと今日倒れたのは私達のせいでもあると思うんだ。疲れてるのにあれだけの量の料理を作ったり、私達をもてなしたりして……」
ルミナはまだ泣きそうだ。アメリアはきっと俺達のせいだとか微塵も思っていないだろうが、ルミナがそうしたいのならしたほうがいい。それにルミナは自分の母親を病で亡くしている。倒れたアメリアを見て一番動揺したのもルミナだろう。プラシアに行くのはシャルルちゃんがいるかいないか確認するだけである。何も二人で行く必要はない。
「分かった。きっとルミナが看病してくれたら、母さんも喜ぶよ。シャルルちゃんは俺に任せて」
俺の言葉にルミナの顔が少し晴れる。
「ありがとう、ルクス。戻ってきたらすぐに私のところに来てね」
そしてアメリアを起こさないようにゆっくりと扉を開けて、中に入っていった。
さて、俺は俺のやるべきことをやるか。まずはセラさんを探さないとな。たしか宿に泊まると言っていたな。しかし肝心の宿の名前を聞いていない。ブランは王都だけあって宿だけでも何件も存在する。しょうがない、ギルドにいってグレイブにセラさんが泊まりそうな宿を聞いてみるか。
ギルドへ向かっている途中、偶然にもセラさんに会うことができた。これも俺の運の高さか?
「やぁ、ルクス君。どうしたんだ、こんなところに一人で。ルミナさんはいないのか?」
俺は今日起こった事をセラさんに説明した。そしてプラシアに行きたいということと、その理由も。
「そうか、アメリアが……あいつはいつも倒れるまで無理するからな。まるで変ってないみたいだな」
「前も同じような事が?」
「あぁ、何度もあるぞ。その内、酒のつまみに話してやろう。それよりもプラシアだったな。シャルルという子、確かに心配だな。しかし今回は手を貸すが、便利な馬車などと思ってくれるなよ。便利な魔法だが、消費MPも半端ないからな。やっと昨日の分が回復したというのに。あんまり使いすぎると次は私が倒れてしまうぞ」
「本当に申し訳ないです。今度、何かお詫びしますから」
俺が謝ると、セラさんはクスクス笑いだす。
「いやいや、大丈夫だ。ちょっと虐めたくなっただけだ。お詫びなんていいよ。ルクス君にはこれから国の為に沢山働いてもらうのだから」
にやりと笑う。ほんとセラさんはSだよな。グレイブも結婚生活大変だったろう。
「ではさっそく行こうか」
「え、いいんですか? 何か用があったんじゃないですか?」
「いやいや、暇だったからグレイブを使って少し遊ぼうと思っていただけだ」
グレイブで遊ぶ……俺は離婚の原因はむしろセラさんにあるのではと思い始めていた。セラさんは何も気にすることなく手を俺に向けて差し出す。俺はその手を握ろうとすると、急に指を絡めてきて、恋人繋ぎのようになってしまった。
「ちょ、ちょっとセラさん?」
「ふふ、これをルミナさんに言ったらどうなるかな。ルクス君が指を絡めてきたと」
「か、勘弁してくださいよ」
慌てふためく姿に満足したのか、絡めた指を解き、普通に手を重ね合わせた。セラさんの指、意外に細くて冷たかったな。ドキドキが中々収まらなかった。
「では、ふざけるのは止めて出発しよう。ギルドの前がいいな」
やっとか。なんか無駄に疲れた気がする。
「はい、お願いします」
『トランスファー』
いつものように目の前の空間が歪み、真っ暗になり、やがて目の前に見慣れた故郷の美しい街並みが現われるはずだった。
「なんだこれは……」
茫然とする俺の横で、セラさんが声を漏らす。
目の前に広がる光景は、崩れ去ったプラシアギルドの建物、ギルドの前に横たわる十数名の冒険者達。そして倒れた冒険者達を見下すように立つ一人の男。灰色のマントに身を包み、黒髪の男だ。手には赤い刀身の剣が握られていた。
その男は、俺達の存在に気づくと値踏みをするように俺とセラさんを見た。目と目が合った瞬間、寒気が走り、全身をさすような鳥肌がたった。こんなことはここ数十回の転生では味わった記憶がない。セラさんをみると平静を保っているように見えるが、小刻みに震えているようだった。
何者だ、こいつ。只者ではない。俺が対峙したことがある人間では間違いなく最強。思わず、俺は黒刀 輝夜を手に取り構えていた。
その時気づく。俺の手も震えていた。武者震いなどではない。単純に恐怖しているのだ。
私、評価1点でもいいから欲しがっております。
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