再びプラシアへ
先ほど六人で話し合った部屋とは別の部屋に案内された。ベラールが扉を開けると、三十畳ほどの部屋の真ん中にニメートル四方ほどの真っ白なテーブルが置かれている。テーブルの上には所狭しと様々な料理が並べられている。彩り豊かなサラダ、じっくりと煮込まれた魚料理、持ち上げれば肉汁が滴り落ちそうな分厚いステーキ。他にもスープやご飯物などルミナや俺が好きそうな料理ばかりだった。それにしても品数も一品一品の料理の量も凄まじい。とても四人で食べる量とは思えない。まぁ、アメリアはルミナの大食いを知っているから納得だが。
そしてアルスとアメリアの二人がテーブルに既に座っており。メイドがグラスに飲み物を注いでいた。
「おっ、来たな。早く来いよ、料理が冷めちまう」
アルスが大声で俺達を呼んで手招きする。ルミナはよだれをだらだらと、いや流石にそこまでまなかったが、生肉を前に待てをくらって我慢する空腹のライオンのように今にも飛びつきそうだった。
俺がはいはいといってテーブルに向かって歩きだすと、ルミナは俺を追い越し、物凄い勢いで席に着いた。まぁ、ルミナは我慢できないよな。待たせるのも悪いので、俺も足早になり席に着く。それにしてもたかが四人が食事するだけなのに広すぎるんだよ、この部屋。広い空間にちょこんとテーブルが置いてあり、俺達家族四人とメイドが二人っきり。そのメイドは俺とルミナのグラスに飲み物を注ぐと、合わせたように一礼をして部屋を出て行った。
「ごめんな、落ち着かないよな。食事ができる部屋で一番狭いのがこの部屋なんだ」
申し訳なさそうに頭を下げるアルス。謝る必要なんてない。ここは王宮なんだ。そしてアルスはこの国の王。きっと人払いをするだけで、このような場を作るだけで、様々な労力を使ったのだろう。それにこの料理の数々。どれも凄く手の凝った料理だが、全て見覚えがある。どれもここぞという時に、アメリアが手を振るった料理だ。少ない時間でよくもここまでの料理をつくれたものだ。王女が料理を行うなんてことも普通ではあり得ないはずだ。きっと無理をいって、厨房へ入り、包丁を握ったのだろう。二人とも久しぶりに会った俺とルミナの為に。
「いや、もう大丈夫。それよりも早く食べようよ。こんな美味しそうな料理が冷めたらもったいない」
そう言って、フォークを手に取り俺が好きだった魚料理を口に運んだ。
「うっ……」
一口食べて固まったのを見て、ルミナが心配そうに俺を見ている。
「うまい!」
久々に食べる母親の料理だからといっても決してお世辞ではない。心の底から美味いと感じた。正直この体で食べたどの料理よりも美味かった。隣にある肉料理にも手を伸ばす。大きな肉の塊なのに、ナイフを使わず、フォークだけで切り分けることができた。味わう前から口の中に唾液が溢れそうになる。ゆっくり口の中に運ぶと、その肉の塊はまるで溶けるように口の中から消えさり旨味が俺の全身を駆け巡るようだった。是非感想を言いたいが、美味さを表現する言葉が見つからないぐらいだ。
俺の反応を見て、ルミナも自分を抑えきれず、目の間にある料理を次々と口に運んでいる。まるでマナーなどなっていない食べ方だが、それでいいのだ。この場は高級なレストランではないし、貴族たちの社交場でもない。ただの家族の夕食なのだから。
俺達が我を忘れて夕食を食べる姿をアメリアは微笑ましく見ているようだった。そして嬉しそうだった。
十分後……勢いよくかきこんだせいか既に俺の腹は満腹になっていた。目の前にはまだまだ食べていない料理があるのに体が受け付けない。一方、ルミナは最初の勢いこそないものの安定して一定のペースで次々と口の中に料理を入れていく。
ときより会話に入ってくることはあるが、中心は食だ。
一番驚いていたのはアルスだ。
「ルミナさん、本当に大丈夫? 無理して全部食べなくていいからね」
そう言うアルスに、ルミナはキョトンとした目を向ける。
『何言っているの、この人。全部食べるに決まっているじゃない』
そう言わんばかりの目だ。アルスはルミナがプラシアの家に来てすぐに出て行ってしまった。ルミナがここまで大食いとは思ってもいなかったのだろう。この量の料理もアメリアが張り切り過ぎて作り過ぎてしまったものと勘違いしていたくらいだ。一方、アメリアも心なしか余裕がなくなっている気がした。
確かにルミナは昔からよく食べていた。しかし、プリンちゃんにスキルを見てもらってからのルミナはもはやあの頃とは別人だ。食べても食べても太らないどころか、食べれば食べる程強くなる。そう知ってしまってから、ルミナの食に対するエネルギーは凄まじい。日に日に食べる量が増えている気がする。幸い、ルミナには好き嫌いが殆どないので、食料は森に入ればいくらでも見つかる。しかし最近は猪ぐらいのサイズだったら丸焼きにして一人で食べてしまうくらいだ。このままいくと……将来の食費が不安になってきた。
二十分程たった頃には既にテーブルの料理はほとんど消え去っていた。ルミナ以外の三人が満腹になり料理に手をつけなくなってからのルミナの食の勢いはさらに凄まじかった。一応、俺達に気を使っていたのだろう。途中、メイドが追加の飲み物を注ぎに来たとき、テーブルに残されたわずかな料理を見て、きょろきょろと辺りを見渡していた。他にも人がいると思ったんだろうな。
やがて、ルミナはふーと一息はき、ナイフとフォークをテーブルに置いた。
「ごちそうさまでした」
これ以上ないような幸せそうな顔をしていた。俺は食後のコーヒーを飲み終わった頃だった。どこかで味わったことがある高級なコーヒーだったが、さすがに慣れたのか美味しくいただくことができた。
「アメリアさん、とてもとても美味しかったです。今度、お料理を教えてください」
その言葉に世辞などの偽りは少しもないだろう。それほど幸せそうだった。アメリアも嬉しそうだ。
「でも確かに美味しかったよ。食材とか超高級なものなんじゃ」
その言葉にアメリアはムッとした表情を見せる。
「全部、ブランの市場で買える一般的な食材ですよ~だ。それでも美味しかったっていうんなら、会えなかった数年分の愛情を料理に込めたからかしら」
そんなことを恥ずかしがることもなく堂々と胸をはって言うアメリアがとてもカッコよく見えた。
アルスも最初は驚きのあまりに茫然とひたすら食べ続けるルミナを見ているだけだったが、いつの間に受け入れたのか、もっと喰えと自分の周りにある料理を分け与えていた。
そして皆がひと段落して落ち着いた後、アルスが口を開く。
「そういえば、お前達は出発までの間どうするんだ? ブランでゆっくり過ごすのか?」
ぜルバイジャンに見知らぬ森に飛ばされたあと、俺はずっと気にかけていたことがあった。シャルルちゃんのことだ。思えば、恐怖に震えるシャルルちゃんをイグナイトに置いてきたままだ。俺達が帰らない事を心配しているだろう。諦めて無事プラシアに戻っていればいいが、未だに敵国の中心、イグナイトに留まっているとしたら……いや、自分の意思でいるのならまだいい。監禁もしくは殺されでもしていたら……最悪なことを考えればキリがないが、一刻も早く居場所を知りたかった。
「父さんはシャルルちゃんが今どこにいるか知らない?」
シャルルという名を聞いて、しばしアルスは固まったがハッとして、
「あぁ! プラシアのギルドのお嬢さんか。懐かしいなぁ。俺はプラシアを離れて以来会ってないからなぁ」
アルスはアメリアの方を見る。
「私がプラシアを出たときはまだギルドにいたはずだけど」
どちらも俺達と再会した後のことは知らないようだ。
「ルクス、一度プラシアに戻ってみない? もしかしたら自分で戻ってきてるかもしれないし」
俺はしばし考える。イグナイトに行くまでに普通に往復する時間はないが、セラさんに頼めば一瞬でプラシアに行くことができる。シャルルちゃんか無事かどうか確認して、戻ってくればいい。もし居なければイグナイトでやることが一つ増えるだけだ。
「そうだな。明日、セラさんにお願いしてみよう」
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