覗き魔
アルスとアメリアが部屋を去り、2人きりになったとたんルミナが声をあげる。
「色々ありすぎて、混乱しそう……」
そう言って俺に苦笑いを向ける。
「だな……まさか戦争に巻き込まれるとはね」
アスール、ロッソ、アマレロの3カ国は決して仲が良いというわけではなかったが、何年、いや何十年もの間争うことはなかった。もちろん、小さないざこざはありはしたが、今回のような騒動にまで発展することはなかった。
もしかして、俺のせいか?
ドラゴン族の為とはいえ、ロッソに乗り込み、ランカーを倒し、ゼルバイジャンを倒した。カインは問題ないと言っていたが、ロッソや同盟を結んだアマレロのトップがよく思うはずはない。
俺がロッソへ行かなければ、こんなことにはならなかった?
急に自責の念にとらわれる俺に向け、それを察したかのようにルミナが優しく俺に声をかける。
「ルクスのせいじゃないよ」
「え?」
頭の中を覗かれたかと思うくらい、的確な言葉だった。
「同盟の条件に多くの命を求める王だよ。もしルクスがロッソへ行かなかったとしても、全てを支配する為にアスールに侵攻してくるに決まってる。だからこそ、いち早くロッソとアマレロで同盟を組んだんだろうし」
確かにそうかもしれない。俺個人に恨みがあるのならば、俺の首を差し出せと言ってきてもおかしくはない。
「よく俺の考えてることが分かったね」
そう言うと、にかっと太陽のような笑みを浮かべる。
「うん。きっとルクスを1番見てきたのは私だから。今までルクスには何度も助けられてきた。だからルクスが辛くなったときは、私が少しでも助けられるといいな」
そんなルミナの言葉に胸が暖かくなるのを感じる。助けられているのはこっちの方だ。戦うことしか取り柄がなく、空っぽのまま只々転生を繰り返してきた俺に生きがいを与えてくれたのはルミナだ。
この100回目の転生はルミナの為に生きるととうに決めた。ルミナもルミナが守ろうとするものも、全て俺が守ってみせる。101回目の転生があるのかは分からないが、俺は今の人生を全力で生き抜いてみよう。
「ありがとう、ルミナ」
俺はそっとルミナの頬に手をかざす。すると、ルミナは驚いた表情をみせたが、優しく微笑み、目を閉じた。唇を近づけようとした瞬間、視線を感じた。
素早く振り返ると、部屋の扉が少しだけ開いており、覗きこんでいた目と合った。
気まずくなったのか、ゆっくり扉を開ける。覗きの犯人はアルスだった。
ルミナも誰かが部屋に入ってきたことに気づき、慌てて目を開き、平常を装う。
アルスは足早にテーブルに向かい、何かを探しているようだ。
「あれぇ? 書状を一枚置き忘れていると思ったけど、ないなぁ。あっ、アメリアに預けてたんだっけ」
わざとらしい振舞いに、俺もルミナも茫然としている。下手な演技をひとしきり行った後、逃げる様にアルスは部屋を出た。思わず、俺もルミナも笑いだす。
「絶対覗いてたよな」
「うん、絶対覗いてた」
あんなのがこの国のトップなのかと考えると頭が痛くなってくる。一方でこんな緊急時にも関わらず、昔と変わらずバカをやっていることを頼もしくも感じている自分がいた。さっきまでの暗く淀んだ気持ちも、ルミナとアルスのお陰で、いやアルスはどうか分からないが、すっかり晴れていた。が、さっきまでのいい雰囲気もすっかり晴れてしまった。そして夕食まで何をするわけでもなく、城の中を見学して過ごすことにした。
外の日が落ち始めた頃、俺達が城の中を見つくして飽きてきた頃、宰相のベラールが俺達のもとにやってきた。
「ルクス王子、夕食の準備が出来ました。ご案内します」
王子と呼ばれ、ぞわっと鳥肌がたつ。
「ベラールさん、王子は止めてください。普通にルクスさんとかでいいですから」
強めに言ったのが功を奏したのか、ベラールはたじろぎながら、
「しかしそれでは……分かりました。せめて今はお客様としてもてなすよう、様付けで呼ばせてもらいます」
そう言って頭を下げ、俺達の前を歩いて先導してくれた。後ろを歩いている途中、
「恥ずかしがらなくていいじゃない。王子様っていうのは事実なんだし」
「そうだけど、これ以上広まってほしくないんだよ。全く継ぐ気もないし。町で今まで通りの生活が送れなくなるのは嫌だろう?」
この戦争でこれからどういう生活が待っているかは分からないが、もし無事に終えることができたときは、平穏な生活を送っていきたい。
「それはそうかもね。あっ、何かいい匂いがしてきたよ。久しぶりのアメリアさんの料理楽しみだね」
確かにいい匂いと言うか、懐かしい匂いが漂ってきた。最近はずっと森の中で生活していたから野性的な料理が多かった。それでもルミナの料理はおいしいのだが、鼻を刺激する家庭的な香りが食欲を刺激する。
「あぁ、楽しみだね」
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