グレイブの災難
セラさんはさっきまでの怒りに満ちた表情とは打って変わって、笑みを浮かべながら俺達に尋ねる。しかし笑みの裏に冷ややかなものを感じるのは俺だけだろうか……
「この男どうやって起したらいいと思う?」
俺はルミナと顔を見合わせ、答える。
「えっと、普通に肩でも揺すって起こせばいいのでは?」
まともな答えだったと思うが、セラさんはため息をついて、軽蔑でもするかのごとく俺を見た。
「甘い、甘すぎるぞ、ルクス君は。そんなことじゃ、アスールを守ることなんて、いや、ルミナさんを守ることなんてできやしない」
俺にはその発言が少しも理解できなかった。できなかったが、あまりの迫力に思わず頷きそうにもなった。
「こいつは最近腑抜けすぎている。1回この辺りで締めておかないと」
そんなことを言いながらセラさんはブツブツと何かを呟いている。
やばいぞ、グレイブ。早く起きろよ。そんな俺の心配をよそにひたすらグレイブは寝続けている。こんな騒いでるのによく起きないな、こいつ。
「ルミナさんは何かいい案はないか?」
そう言われたルミナは少し考え、
「ん~、じゃあ力いっぱいビンタしてみるとか?」
それを聞いたセラさんはニコっと微笑み、
「たしかにそれも悪くない。今度、ルクス君が何かやらかしたら試してみるといい」
「ちょっと勘弁してくださいよ」
寝ている時にルミナの全力のビンタなんてたまったもんじゃない。只でさえルミナのレベルは上がり続けているんだ。
「まぁ、何も悪い事をしなきゃいい話だからな。それともそんなに慌てて何かやましいことでもあるのかな」
ニヤニヤと悪い顔をして俺に面倒な言葉を投げかける。予想通りルミナが睨んでくる。
「ほんとに勘弁して……ルミナもずっと俺と一緒にいるんだから疑うことなんて何もないだろ」
そう言うと、ルミナは少し顔を赤らめ、
「確かにそれもそうね」
納得してくれたようだ。とりあえず今日は安心して眠れそうだ。それよりもこの後グレイブはどうなってしまうのか……それ以前にそんな皆から責められるようなことなんだろうか。別に法を犯しているわけでもないし、セラさんとも別れているのに。女性ってやはり恐ろしい。
「さぁ、では正解を教えてやろう。こいつは今裸だからな。どうせならそれを活かした事がいいだろう」
正解を教えてやろうって、こんな事に正解なんてあるわけないだろうに。変なスイッチが入っちゃったんじゃないだろうな。セラさんはまともな人だとおもってたのに。
しかし裸を活かす?
「裸のまま外にでも放り出すんですか?」
思わず聞いてしまったが、それを聞いたセラさんはさらに深いため息をつく。
「本当に甘い男だな。そんなことしたら喜ぶだけだろうが」
「え?」
そんな性癖なんてしらないよ……
「答えはこれだ!」
セラさんはボックスを使ってあるものを取り出した。それはどんな家庭にも常備されているガムテープだった。
「はぁ……」
ドヤ顔でガムテープを掲げるセラさんに若干引いてしまった。ルミナを見ても、さすがにポカンとした表情をしていたが、ハッと何かを閃いたようで、
「分かりました。そのテープでグルグルにして海に沈めるんですね」
ルミナ……なんて恐ろしいことを言い出すんだよ……
「ほう。確かにそれもいい案だな。でもそれではさすがにこの男でも死んでしまうかもしれないしな。こんな奴でも今後使いようはあるから全てが終わってからにしよう」
可哀想に……全てが終わったら、魚の餌か……
「さて、では始めるとするか」
ガムテープを30センチほどでちぎり、それをグレイブの濃い胸毛に貼り付けた。そして次々とガムテープをちぎってはグレイブのあらゆる場所の体毛に貼り付けていった。
5分もするとグレイブの体はガムテープだらけだ。その間グレイブが起きないかと冷や冷やしたが全くその気配がなかった。
「ふぅ、こんなものかな。こいつは一度寝たらなかなか起きないんだよ。さすがにランカーだからこっちが殺気を出してしまうと気づかれるがな。この程度ではこの通りだよ」
「はぁ……」
俺の邪気のない返事にセラさんは、
「ルクス君、こんな悪戯じみたこと大したことないとか思っているだろう。しかしこのテープは特注品でな。一度貼ったら中々剥がれず、剥がすと強烈な痛みと共に全ての体毛が失われるだろうよ」
ほんとに地味で嫌な嫌がらせをするなこの人。
「はい、セラ先生」
ルミナが授業を受ける生徒のように真っ直ぐ手を上げている。
「おっ、どうしたルミナさん」
「私、そのテープを剥がしてみたいです」
ルミナは何故か目をキラキラと輝かせている。ルミナってやっぱりSなのかな……これで変なものに目覚めないといいが……
「そろそろ起きてもらわないと時間も惜しいしな。よし、では思いっ切り剥がしてみたまえ」
「お任せください」
ルミナがそう言うと、グレイブのもとに近づき、一番痛そうな脛の部分のテープに手をかけた。そして勢いのまま引きはがした。
「だぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
グレイブは奇声を上げるとともに上半身を起こし、何が起こったか分からないといったように辺りを見渡していた。
ルミナの手には、グレイブの毛で真っ黒になったテープが握られており、毛で覆われていたであろうグレイブの右脛は長方形の形に真っ赤になっていた。
セラさんは笑いを堪えるように口を押えていた。そして、何やってんだろうなぁ俺達、とその状況を眺める俺……
「え……何?」
グレイブは赤くなった脛を擦りながら、俺達に尋ねた。




