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彼岸花

 今まで色々と話を聞いておったが、こうやって皆で語り合うのもよいものじゃの。普段は一人でおる故に他者との付き合いは新鮮じゃ。


 「最後はお婆さまのお話やね」

 「玉尾殿ならさぞ恐ろしい話をしてくださるじゃろ」

 「そ、そうですね。た、体験談、た、楽しみです」


 何やら期待されておる様子じゃが、さて、何を話せばよいであろうか。

 妾は少し思案すると、まだ子を産む前に旅をしておったときのことを思い出した。おお、あれがよかろう。


 「よし、決めたぞ。では、今から話してやろう」


 かつて遭ったことを思い浮かべながら、妾はゆっくりと話し始めた。




 この話はもう何百年も前のものじゃ。平家が滅び、新しい武家の政権が世を取り仕切ろうとしておった頃じゃな。この国にやってきて既に千年以上が経っておったが、しばらく稲荷山でじっとしておったので世に疎くなってしもうてた。そこで一念発起して、数百年ぶりに世慣れ旅と洒落込んどったのじゃよ。

 あちこちをふらりと訪れるのが目的であった故、当時は人の姿に化けて道すがら景色を楽しんでおったのう。空を飛んでゆけばどこにでもすぐに行けたが、目的のある旅ではない故に趣を優先しておった。

 そうしてあちこち歩き回っておったが、ある日、とある村に通りかかった。特にこれと行った特徴のない村じゃったよ。良く言えば見慣れた、悪く言えば見飽きた風景ではあったから、普通ならそのまま通り過ぎるところであった。

 しかし、既に日はかなり傾いており、野宿が嫌ならどこかに泊まらねばならぬ。じゃが、村には旅籠はなさそうであったから、誰かの家に泊めてもらう必要があった。さてどうしたものかと思案しておると、前からやってきた女に声をかけられた。


 「もし、そこの旅のお方、何かお困りでしょうか?」


 村と同じようにこれと言って特徴のない女じゃった。どこにでもおる風貌故に説明するのが難しいが、ただ、まじめでおとなしそうには見えたのう。故に、妾も気安く女に応じた。


 「今晩泊まる宿をどうしようか思案しておる」

 「まぁ、それはお困りでしょう。よろしければ、私の家で一晩お休みになりますか?」


 そのときの妾にとっては、願ってもない申し出じゃった。喜んでその提案を受け入れると、「どうぞこちらに」と言って女の家へと案内された。

 向かった先にあった家は、お世辞にも良い家とは言えなんだ。しかし、風雨をしのぐ分には申し分ない。

 立て付けの悪い戸を女が開けて「今帰ったよ」と声をかけた。


 「さぁどうぞ。むさ苦しいところですが」


 女に続いて中に入ると、家の中には女以外にもう一人いた。病的に白いその女童は床の間の奥側でじっとしておる。この女童は女の娘で生来病弱で口もきけぬらしい。何でも数年前の流行病でこうなったそうな。


 「主人はどこにおられるのか?」

 「おりませぬ。私と娘の二人だけです」


 聞けば既に亡くなっておったらしい。詫びを入れると気にしておらぬと返され、更に夕餉の支度をするので上がって待つように勧められた。

 そういうことならばと床の間に上がらせてもらい、童は女の娘と向き合ってくつろいだ。話はできぬと言うが、こちらの声は聞こえておるようなので、色々と旅先の話をしてやった。

 ただ、先ほどから気になることがひとつあった。それは、なぜかこの娘からかすかに血と腐臭の香りがしたんじゃよ。最初は気のせいかとも考えたが、今女に問いかけてもはぐらかされるだけじゃと思って黙っておくことにした。


 「夕餉の支度ができました。さぁどうぞ」


 そう言いつつ、女は囲炉裏にかけた鍋から中身をよそい椀に入れ、妾に寄越してくれた。今とは比較にならぬほど粗末な夕餉ではあるが、それでも貧しいなりにもてなしてくれているのはよくわかった。その心遣いが妾には嬉しかった。

 夕餉をもろうた返礼として、妾は女にも旅先の話をいくつもしてやった。村から一歩も出ずに一生を終える者も珍しくない時代じゃったから、こういう旅の話というのは喜ばれるんじゃ。

 そうしてひとしきり話をした後、今度は女が「自分もひとつお話をいたします」と申したので、妾はそれに耳を傾けることにした。


 それは、一人息子を失った母親の話です。

 昔、子宝に恵まれぬ女がおりました。村の同じ年頃の女達は次々と子を産んでゆくのに、その女の腹だけは何年経っても大きくなりませぬ。村で子を産めぬ女とは疎まれるものです。故に、女は次第に肩身が狭くなりました。

 しかし諦めかけたそのとき、女はようやく子を産みました。しかも待望の男の子です。女は大喜びで男の子を育てました。夫も望んだ子ですからそれはもう大切にです。もちろん周りも喜んでくれました。

 ところがある年、村に流行病が襲いかかってしまいます。流行病は村の弱い者、年寄りと子を容赦なく奪い去ってゆきました。それは女の家も例外ではありませぬ。最初に子を、次に夫を失ってしまったのです。

 女は嘆き悲しみました。一度に大切な者を二人も失ってしまったからです。特にようやく産んだ子を失った悲しみは、言葉には表せぬほどでした。

 女は何日も泣きました。普通ならそれで失った者への執着は薄れるはずですが、困ったことに女はそれでも尚、息子の死を受け入れられませんでした。

 やがて女は、何としても我が子を取り戻したいという思いから手を尽くします。そしてついに、死者を蘇らせる禁忌の呪法に手を出しました。この禁忌の呪法によると、息子の魂と引き留める体を作るには、多数の死者が必要となります。故に、その女は近隣の村々から同年代の男の子を攫っては殺したそうです。

 結果はどうなったかわかりませぬが、念願が成就していなければ、今でも子のために男の子を攫っては殺しているのかもしれませぬ。


 なぜそんな話を妾にしたのかはわからぬ。

 しばらく考えておったが、それを見て女は妾が眠そうにしていると思ったのじゃろう。「そろそろ寝床を用意します」と言って座を離れた。

 女の娘に視線を向けると、こちらはうつらうつらとしかかっておる。とうの昔に日は暮れておるのじゃから、確かに床につくべきであろう。気になることはあるが、妾は勧められるままに眠りについた。


 そのまま何もなければ朝まで眠れたのじゃろうが、残念ながらそうは問屋が卸してはくれんかった。

 どのくらい眠っておったのかは覚えておらぬが、夜更けに何者かが自分に近づいてくる足音を妾は聞き取った。そして、あと少しというところで妾は目を開き、その者を見据える。それは、月明かりに照らされた女じゃった。

 刃物を手にして立ちすくむ女に対して、妾は体を起こして対峙した。そして、何をするつもりなのかを問いかけた。


 「我が娘のためにございます」


 それで妾は全てを悟った。女の娘からかすかに漂う血と腐臭の香り、それに先ほどの女が話した子を蘇らせる話。


 「子を蘇らせようとしておるのは、そなたじゃな」

 「あと一人、あと一人で娘は元通りになるのです」


 聞けば、数年前に亡くした一人娘を蘇らせるために禁呪を使い、泊めた女の旅人を何度も殺していたそうな。

 しかし、そもそも一度死した者を蘇らせることなどできぬことじゃ。無理に成そうとすれば必ず破綻する。現に娘からは血と腐臭がするではないか。例え妾の血肉を娘に与えても、腐肉は腐肉のままじゃ。

 妾はそれを丁寧に説明したが、女は震えながらも話を拒む。


 「娘は私の全てです。どうしてもあの子を失いたくないのです」

 「じゃが、どのみち妾の血肉ではそなたの願いは叶えられぬよ」


 寝床から立ち上がった妾は、人の姿を解いて本来の姿へと戻った。

 もちろん女は驚いた。まさか泊めた相手が化け狐じゃとは思わんかったじゃろうしな。


 「妾は玉尾。世間で言う九尾の狐じゃ。人ではない我が血肉では、用をなさぬであろう」

 「ああ! そんな」


 妾の正体を知った女はその場に崩れ落ちた。ただの女では妾に太刀打ちできぬし、例え我が血肉を手に入れられたとしても無駄じゃと言うことは先ほど話したとおりじゃ。

 そうやって妾が女と対峙しておると、腐臭が一層強くなってきた。娘の方を見ると姿形が崩れ始めておったのじゃ。


 「なぜ?!」

 「その禁呪が、誰かに知られてはならぬ類いのものならば、術が解けたのじゃろう」

 「そんな、話が違う!」


 よくある話じゃ。禁呪など正しく使ってもろくなことにはならぬし、そもそも一介の女が簡単に手に入れたり使えたりできるようなものでもない。大方、教えた奴がいい加減じゃったか、騙されたんじゃろう。

 やがて完全に崩れてしもうた娘は、ただの肉塊へと戻ってしもうた。

 女はしばらく泣き続けておったが、やがて泣き止んでこちらへと向き直る。その顔はまるで幽鬼のように生気のないものじゃった。


 「玉尾様、ご迷惑をかけました。娘が逝ってしまった以上、もはや生きる意味はありませぬ。それでは、これにて失礼いたします」


 取り落とした刃物を再び拾い、女はそれを逆手に持つ。そして、自らの首を貫いた。力の抜けた女の体は、そのまま娘の肉塊へと倒れ込む。

 それをしばらく見ておった妾じゃが、いつまでもそうしておるわけにはゆかぬ。そのままにしておくのは多少気が引けたが、妾はその場を後にした。




 「随分と悲しいお話ですね」

 「ほんまやな。二人ともかわいそう」


 む、お雪も美尾も恐れではおらぬのか。禁呪を使う恐ろしさを伝えたかったんじゃが、選び間違えたか?


 「親の愛情の強さがわかる話やったね」

 「それに、禁呪を使うことの危うさもわかる話じゃったな」

 「おお、お銀はわかってくれたか」


 妾が喜ぶとお銀は当然とばかりにうなずいてきた。逆に義隆には伝わらんかったらしい。まぁ、禁呪などに縁はなさそうじゃからよかろう。


 「た、大変興味深かったです」

 「また随分と古い話やねぇ。わしが生まれる前ですかいな」

 「儂、いつ生まれたっけ?」


 何やら一人ぼけておるようじゃが、放っておこう。

 残念ながら怖がらせることはできんかったみたいじゃのう。まぁ、皆が楽しんだのであればよいか。

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