お蔵入り
「次は、わしが話そう」
「お銀ちゃんはどんな話をするん?」
わしが名乗りを上げると、すかさず美尾が反応した。その目は話を楽しみにしているというより、どんな話をしても驚かないという決意を伝えてくる。義隆の言うとおり、この怪談話をするにあたって結構煽ったからのう。
「ええんとちゃうか。聞かせてくれや」
代表して貧乏神が先を促してくれた。一応周囲を見ると誰も口を挟もうとせぬ。よし、それでは語ろうか。
この話は、わしが生まれ故郷で知り合った女の座敷童から聞いた話じゃ。その座敷童が実際に体験した話と聞いておる。
生まれはとある地方じゃったが、ある程度生きて暇をもてあましたということもあって、その座敷童は江戸へと出てきた。当時は五代将軍の御代じゃから、今から三百年以上前になる。
しかし、出てきたはいいがもちろん右も左もわからぬ田舎者、更に自身は人ならざる身であるから、気軽にものを尋ねるわけにもいかぬ。なに? 見た目は人の幼子ではないかとな? 確かにそうじゃが、当時は今と違って人さらいもおったのでな、厄介ごとを避けるためにも身を隠しておいた方がよかったんじゃよ。
このように、江戸に出てきていきなり困り果てた座敷童は、とりあえず思いつくままあちこちをふらふらしておった。どうにもならぬなら、気の向くまま歩き回ってしまえと思ったわけじゃ。
するとある日、原っぱで幼子が遊んでいるのを見ておると、その奥にある土手に同じ年頃の男の子が座っておった。最初は他の幼子が遊んでいる様子を眺めておったが、ふとしたきっかけで座敷童に気づいたらしい。それからは、一人だけこちらをじっと見つめておった。
しかしそれはおかしなことじゃ。なぜならそのときの座敷童は姿を消しておったからの。普通の人には見えぬはず。気になって左右に動いてみると、きちんと顔を向けてきよった。どうも見えておるらしい。
やがて日が傾き、他の幼子が家路につく中、尚もその男の子はこちらに顔を向けておった。気になった座敷童は、興味が湧いたのでその男の子へと近づいていった。
「お前さん、わしの姿が見えておるのか?」
「おお、見えておるぞ。おれと同じ背丈じゃ」
当たり前のように返事をした男の子に驚きつつも、座敷童は尚も言葉を交わした。
聞けば近くにある商家の三男坊らしい。体が弱くて友達と一緒に遊べぬ代わりに、いつも土手でみんなの様子を見ておったそうじゃ。
「わしは座敷童じゃ。妖怪じゃぞ」
「座敷童? それはどんな妖怪じゃ?」
「なんと?! 知らぬのか!」
その三男坊は幼かった故か、まだ妖怪のことをろくに知らなんだらしく、反応がえらく薄かった。それが悔しかったのか、座敷童は己がどのような妖怪なのか丁寧に教えたらしい。
「ほう、そんな幸運を呼ぶ妖怪とはなぁ。偉いなぁ」
「そうじゃ、わしは偉いんじゃぞ」
純粋に尊敬されて嬉しくなった座敷童は、自尊心が満たされてすっかり上機嫌となった。本当ならこのまま一緒に遊びたかったが、もはや日が暮れるのもそう遠くはない時刻じゃ。
「なぁ、明日から一緒に遊ばんか? 動き回らねばよいのじゃろう?」
「うん、このままじっとしててもつまらんし、一緒に遊ぼう」
すっかり意気投合した座敷童と三男坊は、その日は一旦別れたものの、翌日から毎日遊んだ。お互い遊び相手がおらなんだから、ちょうどよかったんじゃろうな。
しかし、ここで困ったことが起きた。座敷童の姿は三男坊には見えても他の人には見えぬ。端から見れば、三男坊は誰もいない場所に向かって話しかけながら一人で遊んでいるようにしか見えんかった。そのため、三男坊の行いは奇行として徐々に周囲へと伝わっていった。
さすがにこれはまずいと思った座敷童と三男坊は、以後、人目を避けて遊ぶようになった。座敷童とすれば、せっかく得た大切な遊び相手を孤立させるのは本意ではなかったからの。
こうしてしばらく、二人は仲良く遊んでおった。
知り合ってわずかに月日が経ち、梅雨に入った。それまでの陽気な日差しは雲に隠れ、連日雨が降り続けた。
普段外で遊んでいた座敷童と三男坊は、この雨のせいでほとんど遊べんようになってしまう。
座敷童はつまらんかった。もっと三男坊と遊びたかった。じゃから、座敷童は三男坊の屋敷に行くことにした。いつも遊び終わると、この商家の家の前で別れるのが常じゃったから、場所はよく知っておったんじゃよ。
「遊びに来たぞ」
「あれ、どうしてここに?」
「中には入ることなど造作もないこと。さぁ、遊ぼう」
最初は驚いておった三男坊じゃったが、座敷童と遊べることが嬉しくて、すぐに二人で一緒に遊んだ。
おお、言い忘れておったが、多少強引ではあったものの、父親は商才自体はあったらしく商売で儲けておったらしい。そのおかげで、三男坊の住んどる屋敷はなかなか大きかったそうじゃ。
二人が遊び場にしておったのは二ヵ所じゃ。ひとつは、ほとんど使われておらぬ蔵、もうひとつが、やはりほとんど使われておらぬ離れの小屋じゃった。手狭ではあったものの、遊べぬよりかはずっとましと思った二人は、梅雨の間はずっとそこで遊んでおった。
梅雨が終わると暑い夏になった。二人はまた外で遊ぶようになったが、さすがに木陰でないとつらかったので、近くの林で遊ぶことが多かった。
しかし、一度三男坊の屋敷で遊ぶことを覚えた二人は、回を重ねるごとに警戒心が徐々に薄くなっていった。それがいけなかったんじゃろうな。座敷童の姿は三男坊にしか見えなんだから、家中の者達にはまるで三男坊が見えない相手と遊んでいるようにしか見えぬ。そのせいで、三男坊の気が触れたのではと思うようになってしまった。
ところが、三男坊の父親だけは、本当に座敷童と遊んでいるかもしれぬと考えたらしい。そして、家に取り憑いてくれるように頼んで断られたあげくに逃げられるよりは、もっと確実な方法をとることにしたという。
三男坊の父親は座敷童を囲うために手を尽くし、やがて大枚をはたいて呪術的な檻を作った。二人が遊び場にしている蔵にな。
そうとは知らず、二人はある日、蔵の中に入っていつものように遊ぼうとした。すると、突然座敷童は苦しみ出す。
「どうしたんじゃ一体? 具合でも悪いのか?」
「なんじゃこれは。まるで体が鉛になったようじゃ」
苦しむ座敷童に対して、三男坊は何もできずにおろおろするばかり。呪術のことなど何も知らぬのじゃから仕方あるまい。
しばらくすると、家人を率いた三男坊の父親が中に入ってきた。
「ははは! この儂にも座敷童が見えるぞ! こんな女童の姿をしておったのか」
「父上、これはどういうことですか!」
「お前が座敷童と遊んでいるということを知ってな、儂が家を繁栄させるために捕らえたんじゃ」
それを聞いて三男坊は愕然とする。知らぬとはいえ、遊び相手の座敷童を捕らえる手伝いをしてしもうたんじゃからな。
「父上、早くこの戒めを解いてくだされ!」
「何を馬鹿な! この妖怪はな、これから末永く我が家を栄えさせるために必要なのだぞ!」
三男坊は何度も父親に頼み込んだ。しかし、一緒にやってきた兄弟にも責められてしまい、ついには反省するまで蔵に閉じ込められることになってしもうた。
父親をはじめ三男坊以外が全員出て行くと、扉にすがりついたまま三男坊は泣く。まさかこんな結果になろうとは思いもせなんだろう。
「これ、もう泣くでない」
「すまぬ、すまぬ」
「もうよい。そなたも騙されたのじゃろう。わしらは一緒じゃ」
このような形で無理矢理取り憑かされたことに座敷童は怒ったが、三男坊に罪はない。無邪気に遊んでいた自分にも非があることを知っていた座敷童は、三男坊を責めることはなかった。
それから数年間、この商家は大変繁盛した。無理矢理とはいえ、座敷童の加護があったからの。やることなすこと全てがうまくいくことに、三男坊以外の一家は誰しも喜んだという。
しかし、その三男坊はそれ以来すっかり気落ちしてしもうた。座敷童が慰めてやったときは力なく笑うが、それ以外ではすっかり笑顔を見せなくなったそうじゃ。
そんなある日、珍しく三男坊以外の者が二人蔵に入ってきた。商家の家人らしき男が布団一式を、女は少し大きめの籠を蔵の床に置いたかと思うと、すぐに出て行く。そしてその後に、三男坊が入ってきた。
「これは一体どうしたことじゃ?」
「肺の病にかかったんじゃ」
そういうと、三男坊は咳をする。そういえば、最近はやたらと咳をしておったことを座敷童は思い出した。
肺の病というのは今の結核のことじゃが、当時は一度かかれば必ず死ぬ不治の病として恐れられておった。そのため、三男坊は蔵に隔離されてしまったんじゃよ。座敷童の慰め役も兼ねてな。
じゃが、三男坊はどうやら目的があってこの蔵へやってきたらしい。悲壮というよりも決意に満ちたその顔を見て不審に思った座敷童は、その理由を尋ねた。
「どうせおれはもう永くない。それなら、最後に何としてもそなたをここから出してやりたいと思うてな。離れの小屋からこの蔵に変えてもらったんじゃ」
「そんな、そんなことをすれば、そなたは」
「気にせんでええ。どうせもう家中じゃ俺は爪弾き者じゃ。こんなことをすれば殺されるかもしれんが、なに、どうせ死ぬ身じゃしの」
そう言って笑う三男坊の姿が、あまりにも痛々しく思えた座敷童はその場で涙した。
「なぁ、一緒にこの呪術の檻を打ち破ろう。そなたには、是非自由になってほしいんじゃ」
「わかった。やられっぱなしは面白くないしの。わしも諦めるのはやめじゃ」
涙を拭いて決意を新たにした座敷童は、三男坊と手を取り合ってこの蔵から抜け出す道を探し出すことにした。
それから数ヶ月の間、座敷童と三男坊はどうにかならないか手を尽くして調べた。しかし、さすがに力のある商家が大枚をはたいて作らせたものだけあって、なかなか糸口が見えぬ。
そうこうしているうちに、三男坊の様態は悪くなる一方じゃった。最初は丸一日起きていてもたまに咳き込むだけじゃったが、しまいには大半のときを寝て過ごさねばならんようになってしまう。
じゃが、ようやく天井の一角にある木彫りの札を見つけ出し、それを壊せば座敷童を閉じ込める結界は綻び、抜け出せるようになることを突き止めた。そしてついに、三男坊が力を振り絞ってそれを壊すと、結界が解けた。
「やったぞ!」
「おお、真に自由じゃ!」
二人は手を取り合って喜んだ。
ただ、これを境に三男坊は立ち上がることすらできなくなってしまう。
「この屋敷に呪術者はおらん。じゃから結界がなくなっても誰も気づかんじゃろう。そうなると後はこの蔵から出るだけじゃ。おれ以外に誰も見えんのじゃから容易かろう」
「そなたはもう永くないのじゃろう? ならば、最後を看取らせておくれ」
人に姿を見せたり見せなんだりすることは容易くできる故に、やってくる者をごまかすことはいくらでもできる。そう考えた座敷童は、最後まで三男坊のそばに寄り添うことにした。
三男坊が亡くなったのは、それからすぐじゃった。最後は座敷童に看取られながら穏やかな顔で逝ったそうじゃ。
ただ、肺の病を煩っておったこともあって、その葬儀は実に簡素で雑なものじゃった。大きな商家の者としての扱いどころか、家人でさえもっとましじゃろうというほどであったらしい。
「あんまりじゃ。これではあやつが浮かばれぬ。許さぬ、許さぬぞ」
それを見ていた座敷童は、自分ばかりではなく、血を分けた家族である三男坊への仕打ちに怒った。
最初は三男坊の言うとおりにすぐ逃げようした座敷童じゃったが、この商家へ呪いをかけるためにもうしばらく残ることにした。幸いなことに、三男坊が亡くなってからは蔵に近づく者もおらぬ故、取り繕う必要もない。
座敷童はの、普段なら取り憑いた家を繁栄に導くが、逆に家を没落させることもできる。ただ、かなり無理をせねばならんがの。
この座敷童は、余程商家が憎かったのじゃろう。どんな無理をしてでも商家を呪い続けた。その甲斐あって、繁栄を謳歌していた商家であったが、三男坊の死を境にして家運が傾き始めた。
最初にけちがついたのは、米相場に手を出したときじゃった。本業が好調すぎて商家の主は余計な色気を出したんじゃよ。最初は順調じゃったらしいが、いい加減な気持ちで手を出してもろくな結果にはならぬ。数年後には本業で稼いだ儲けを全てはき出してしもうた。
次は本業じゃった。元々強引に物事を進める気質であった商家の主じゃが、成功にあぐらをかいて阿漕なことをするようになっておった。そして、先の米相場の失敗をきっかけに、悪い噂が一気に広まって周りからは嫌われるようになってしまい、本業に支障をきたしてしもうた。
そしてとどめは一揆勢の襲撃じゃ。本来なら米屋が襲われるんじゃが、こういうときは悪評の立つところへも不満の矛先は向かうもの。そのため、この商家へも一揆勢はやってきて、屋敷を打ち壊し、蔵の中のものを全て持ち出していってしもうた。しかし、座敷童のいる蔵にだけは、ついに誰も手をつけなんだがの。
そうして全てを失った商家の主は、全てが終わってから蔵にやってきた。
「ほほほ、すっかりみすぼらしくなったのう」
「なぜじゃ! なぜそなたが家に取り憑いておるのに我が家が傾くんじゃ!」
「阿呆め。望まぬ相手を富ますとでも思うたか」
「用意させた呪術の檻におるのにそんなことができるものか」
「ふん。その自慢の檻はな、わしとあやつが力を合わせて、とうの昔に打ち破っておるわ。もはやここに用はない。さらばじゃ」
座敷童はそう言い残すと、商家の主の眼前で姿を消した。
商家の主は地団駄を踏んで悔しがり、座敷童を探したが見つけられんかった。
その後、商家の主はもはやどうにもならぬと諦めたらしく、一家心中をしたということじゃ。
話し終えて改めて周囲を見ると、その表情は様々じゃった。しかし共通点として、誰も怖がっておる様子はない。
「うん、まぁ、強制させることは良くないってことはわかった」
「遠回しな言い方じゃの。はっきりと言わんか」
「別に怖くなかったで、お銀ちゃん」
言葉を選んで感想をくれた義隆に向き合うと、横から美尾が正直な感想を投げつけてきた。
「確かに教訓めいたお話ではありましたけどね」
「座敷童を無理矢理使うことはできひんってゆうことやな」
「おう、本職の儂ほどやないけど、お前らも結構えげつないなぁ」
お雪、千代、貧乏神と順に感想を言ってくるが、望んだものはないの。結局、座敷童がどういうものかということを紹介しただけに終わったようじゃ。
「くっ、他の話にするべきじゃったの」
「まぁ、それはまた別の機会にな」
義隆に慰められながら、わしの番は終わった。美尾の勝ち誇った顔に腹が立つ。次は本当に怖がらせてやるからな!