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お泊まり会

 春から始まった専門学校の授業も先週で終わった。まだこれから期末試験があるけど、それで大変な目に遭うのは学生であって教師やない。むしろ教師はその後の採点と成績評価で苦しむことになる。

 ということで、非常勤講師の俺はつかの間の休息をとっていた。収入が不安定な代わりにこういうときは自由になる。


 「義隆ぁ、お婆さまが来はったで~」


 玄関から廊下を経て、台所の俺達へと美尾ちゃんの声が届く。

 家の呼び鈴が鳴ると、最初に玄関へと向かうのは美尾ちゃんとお銀ちゃんの役目になってる。今回も真っ先に二人で玄関へと向かって、本日来訪予定の最初の人物、いや、お狐様を出迎えてくれた。


 「ほほほ、久しぶりじゃのう、義隆、お雪」

 「あ、こんにちはです、玉尾さん」

 「ああ、こんにちは。こんな格好ですみませんね、玉尾さん」


 夕飯の支度を始めていた俺とお雪さんは、料理の準備をしながら玉尾さんに挨拶をした。

 居間へと入ってきた玉尾さんは着物を着た人の姿をしており、赤く染まり始めた日差しを横から受けて、儚げな雰囲気を漂わせていた。


 「人の姿に化けても目立ちますね、玉尾さんは」

 「そうかの? 着物は落ち着いた柄のものにしたんじゃが」

 「そんな美人に化けてたらあんまり意味なんてないですやん」

 「お~、義隆が玉尾殿を口説いておるぞ!」


 なんて恐ろしいことをゆうんや、お銀ちゃん。どこからどう見ても完璧な和服美人なんやけど、中身を知ってる俺は何とも思わない。お仕置きは勘弁や。


 「小さい子に興味がなさそうなんですから、いいじゃないですか」

 「いやいや、両方いけるかもしれんぞ?」

 「二人とも好き放題ゆうてくれるやん」


 最近のお雪さんとお銀ちゃんは俺に対して容赦がない。よそよそしいのは寂しいけど、誹謗中傷を冗談として使うのはやめていただきたい。


 「ならば、今夜のわらわは義隆に夜這いをかけられるのか。恐ろしいのう」

 「なんか一瞬で消されてしまう未来しか予想できないんですけど」

 「お婆さまは今晩うちと一緒に寝るから、義隆はそんなことできひんもん!」

 「いや、そもそもそんなことせぇへんよ、美尾ちゃん」


 美尾ちゃんの俺に対する信頼度が垣間見えてつらい。

 今の流れである程度予想がつくと思うけど、今日はお客さんを迎えてのお泊まり会がある。美尾ちゃんと出会ってから今まで一度も知り合い全員を集めたことがなかったから、みんなを呼ぼうと美尾ちゃんが提案したんや。

 ということで、今日は玉尾さんだけでなく、千代さん、貧乏神、そして亜真女さんがやってくることになってる。全員夕飯の時までに集まる予定や。

 そのとき、呼び鈴が再び鳴る。


 「あ、誰か来た!」

 「よし、行くぞ、美尾!」


 二人が勢いよく廊下へと飛び出した。今度は誰が来たんやろう?




 夕飯前には全員が揃った。ぎりぎりにやって来たのは亜真女さんや。何でも締め切りの近い仕事をまとめて片付けてきたらしい。

 これで、俺、美尾ちゃん、お銀ちゃん、お雪さん、玉尾さん、千代さん、貧乏神、そして亜真女さんの計八人と結構な人数になった。さすがに食卓では手狭やから、居間に足の低い大きな食卓と小さな食卓をひとつずつ出してくっつけた。椅子に座って使う洋式テーブルと違って、座布団強いてあぐらをかいたり正座したりして使うやつや。ほら、田舎のお宅を拝見する番組なんかで、親戚一同が料理の並んだそれを囲んでるところを見たことないか? あれや。

 ともかく、今晩は料理も多めに作ってある。大皿は全部で二つあり、唐揚げやソーセージなどの肉類が積んであった。そして、それに寄り添うようにして置かれている深皿には、キャベツの千切りやレタスなどの野菜が山のように盛られてた。もちろん、ご飯に味噌汁は人数分用意してあるし、お茶の入ったやかんもこっちに持ってきてある。

 本来なら、八人もいるとはいえ食べきれるか怪しい。けれど、残ったら明日以後のおかずに使うから問題ない。この量を作るのに結構手間がかかったんで、明日以後は少し楽をしたいという俺とお雪さんの思惑やったりするんやけどな。いやもう、揚げ物って仕込みから後片付けまでほんまに面倒やねんて。


 「それじゃ、食べよか」

 「「いただきます!」」


 全員が和式食卓の前に座ったのを見計らって俺が声をかけると、真っ先に美尾ちゃんとお銀ちゃんが反応した。いつものことや。


 「よっしゃ、やっと食えるんか! 遠慮せんといくで!」

 「こりゃ、少しは遠慮しぃな、貧乏神」


 次に動いたんは貧乏神と千代さん。貧乏神は一応客人として遠慮していたみたいやけど、美尾ちゃんとお銀ちゃんが食べ始めた時点で、わずかにあった奥ゆかしさを捨てる気になったらしい。普段は口にできないものを自分の取り皿にぎょうさん積んでいく。横でたしなめてる千代さんも、似たようなもんやから面白い。


 「で、できたての揚げ物なんて久しぶりです」

 「たくさん食べてくださいね」


 こういった料理には一番慣れていると思っていた亜真女さんが、なぜか感動していて驚いた。後で聞いたところ、総菜としては買って食べるけど、独り暮らしで揚げ物なんて作らないから揚げたては数年ぶりらしい。お雪さんに勧められて野菜と一緒に食べてる。


 「ふむ、これは美味じゃの。義隆とお雪が作ったのかえ?」

 「ええ。下ごしらえはお雪さんもやってたんですよ」


 お雪さんは暑いのが苦手やから火を使う作業は主に俺がしてた。けど、火を使わない下ごしらえや野菜の千切りなんかでは大活躍やった。そこをさりげなく主張しておく。ちなみに、普段の料理ではちゃんと火を使って料理をしてくれるで。火を扱えんわけやないしな。

 そうして夕食は進んでゆく。みんなが近況を語り合いながら箸を進めるが、後半になると胃袋の大きさが明確に表れてきた。

 お雪さんと玉尾さんはあまり食べる方ではないので、既に箸は箸置きの上に寝かされてた。湯飲みを手にして話をしたりみんなの様子を見たりしてる。逆に、貧乏神と千代さんのペースはほとんど落ちていない。全部食べ尽くす勢いで箸を動かしてる。この二人の食欲はある程度知ってるつもりやったけど、今日は一段とすごい。明らかに食い溜めをしてるのがわかった。


 「それにしても意外やなぁ。亜真女さんがそんなに食べるなんて思いませんでしたわ」

 「うぐっ?!」


 俺の指摘で亜真女さんが体の動きを止める。

 そう、俺としては亜真女さんの箸が未だによく動いていることが意外やった。たまにこちらへ食べに来るものの、そのときはこんなにたくさん食べたことがなかったからなぁ。


 「そうゆうたら、今までそんな勢いで食べてるところって見たことなかったなぁ」

 「そうじゃの。いつもは遠慮しておったのか?」

 「い、いえ! そ、そんなわけではないんですけど! つ、つい美味しくて!」


 美尾ちゃんとお銀ちゃんの言葉に亜真女さんが慌てながら言い訳をする。周りのみんなは生暖かい視線を亜真女さんに向けてた。千代さんも貧乏神も一緒に。


 「今度から倍の量を用意しますね」

 「いえ、今までの量で充分ですよ!」

 「「無理せんでええんやで?」」

 「ちょっと黙っててもらえます?!」


 お雪さんと話をしてる横から、良い笑顔の千代さんと貧乏神がちゃちゃを入れてくる。

 あまりのことに焦ってしまってるせいか、口調からどもりが消えていた。余裕がなくなると亜真女さんも普通に話せるんか。


 「皆が集まると愉快じゃな」

 「そやろ! お婆さまももっとこっちに来たらええねん!」


 玉尾さんの独り言に反応した美尾ちゃんが寄ってきた。もう満腹になったらしい。

 その様子を見ながら玉尾さんは「そうじゃの」と返しつつ、美尾ちゃんの頭を撫でた。




 夕飯が終わる頃には、食卓の上にあった料理はほとんどなくなってた。予定ではいくらか残るはずやったんやけど、想定外の食欲を発揮されてしまったからや。あの三人の体のどこに入ったんやろ?

 そんな疑問を抱きつつも俺は食器を片付ける。八人分の食器は結構な数や。みんなにお茶を配って回ったお雪さんが、そのあと食器洗いを手伝ってくれた。

 食器を洗ってる俺とお雪さんの背中にみんなの声が伝わってくる。どうやら今はトランプでばば抜きをしてるらしい。


 「随分と楽しそうですね」

 「ばば抜きであそこまで楽しめるとはなぁ」


 主にはしゃいでるんは美尾ちゃんとお銀ちゃんなんやけど、二人と一緒になって千代さんと貧乏神がはしゃいでる。まぁ、あの二人はノリがええからなぁ。


 「やったぁ! い~ちぬ~けたぁ!」

 「ぬおお! またそなたか、美尾!」


 今日の美尾ちゃんは絶好調らしい。さして苦労することもなく二回連続で最初に手札を全て捨てられたようや。


 「もう少しで終わりますから、後で中に入れてもらいましょう」

 「そうですね。でも八人ですると、手持ちのカードは六枚か七枚か。どうなるんやろ」


 自分がカードを引く相手にお目当てのカードがあったらええんやけど、八人もいると、真っ正面の相手がほしいカードをもってたらどうにもならへんよな。みんなが次々と抜けていく中、最後の一枚を握りしめながらひたすら待ち続けることになりかねん。結構焦りそうやなぁ。


 「義隆さん、こっちは終わりましたよ」

 「俺ももうすぐ終わるから、先に行っといてください」


 残ってる皿はもう洗い流すだけやから大したことはない。問題があるとすれば、水切りの上に山と積まれてる食器にこれ以上は積めへんっていうことやな。仕方ないから、脇に置いておくとしよか。

 お雪さんが軽く頭を下げてから今に行くのを横目で見ながら、俺は残る皿を蛇口から流れる水にさらした。




 「あー! やっと来たぁ!」


 洗い物が終わって居間へと行くと、美尾ちゃんが獣耳をぴこぴこさせながら指さしてきた。それにつられて全員が俺を見る。


 「義隆、ひとつ尋ねたいことがある。そなたは怪談話というのを知っておるか?」

 「怪談話ですか? 言葉の意味でしたら知ってますけど」


 俺が座ると、玉尾さんがいきなりそんな質問を投げかけてきた。さっきまではトランプで遊んでたはずやけど、今度は怪談話でもするんやろか?


 「美尾ちゃんが怖い話を聞きたいって言い出したんですよ」

 「なんでまた?」

 「うち、怖い話聞けるもん! 怖ないもん!」


 お雪さんに説明してもらおうと話をしている中に美尾ちゃんが割って入ってきた。隣にいるお銀ちゃんを見てるとにやにや笑ってる。何となく見えてきた。


 「お銀ちゃん、挑発したな?」

 「いやいや、わしは大したことは言っとらんぞ?」

 「絶対に嘘や。そのにやけた顔が何よりの証拠やん」


 俺の言葉を聞いて千代さんと貧乏神がにたにたと笑い始めた。全く、止めたらええのに。


 「で、これから怪談話をするんですか?」

 「え、ええ。そ、そうなっちゃったんですよ」

 「だから玉尾さんが怪談話のことを聞いてきたんですか」


 俺の言葉に玉尾さんがうなずく。そうなると、あの質問は怖い話のネタを持ってるのかってゆう意味か。


 「あ、でもそうなると困ったな。俺、怪談話なんて知らんぞ」

 「義隆もうちと同じやったんか。なんか嬉しいなぁ」


 美尾ちゃんが俺に向かってにぱっと笑う。同士が見つかって嬉しいみたいやけど、これは素直に喜んでええんやろか?


 「では、次は怪談話でよいのかの?」

 「みたいじゃな。美尾や、わらわのところへ来るがよい」


 「は~い」という返事とともに美尾ちゃんは玉尾さんの膝の上に乗っかった。


 「いやしかし、まさか怪談話になるとはなぁ。もっと明るく遊ぶんやと思ってたわ」

 「義隆、臆したか?」


 不敵に笑うお銀ちゃんが挑発してくる。なんか今日はやたらと挑戦的やな。ばば抜きで美尾ちゃんに勝てんかったのかもしれん。

 こうして気がつけば、夏の風物詩である怪談話が始まった。

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