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アリシア編 1

常に身にしていた蒼い十字架

それをナイフへと持ちかえるようになったのはいつからだっただろうか。

争うことを好まず、かといって弱気なわけでもなく。

純粋に自分の気持ちに正直であった私は恵まれた環境のなかで、

ただただ明るく優しいだけの女の子でいることを許されていた。

ある巨大すぎる霧が私の暮らす街、国をまるごと飲み込むまでは。


「……。」

いつまでも続く凍えてしまうような寒さと丸三日何も食べていない飢えから

私は目を覚ます。

私の住んでいた街であっただろうそこは、一日中光の差さない死者たちの国と化していた。

誰かが傍で自分が死んでいることを教えようと周囲には死臭が漂っている。

いつも自分に優しくしてくれていた学校や商店街のみんなは何もない空間を焦点の合わない目で見つめてはゲラゲラと笑い出したかと思うと急に倒れて動かなくなったり、急に辺りの人々を襲い始めたりして楽しんでいるようだ。

「助けて…助けて…。」

気が付くと呪詛のように呟いてしまう救いを求める言葉を消え入りそうな声で吐き出しながら私は彼らに見つからないようにして三日間歩き続けたが、どこまで歩いても死者の国は永遠に続くようだった。

どこにも出口はなく、逃げ出すことができない。

「私もあんな風になるのかな…。」

なぜ自分だけが助かったのか。

理由は分からなかったが、どうも神様に見放されているみたいだ…。

キリストの両親を持つ私は首に掛けた蒼い十字架を手に、そんなことをぼんやりと考えていた。

ドンッ。

「キャッ!」

どこか出口はないかと角を曲がろうとしたその時、勢いよく何かにぶつかってしまった。

慌てて立ち上がろうとするが、なぜかバランスを崩し再びたおれてしまう。

痛みはない。

だが…。

「あ…あ…。」

「生存者を発見した、こいつは楽しめそうだ。」

自分の左腕がどこにもなかった。

目の前の兵士に切り落とされたのだ。

「ッッ!!」

殺される!

そう思ったときには、私はすでにそこから駆け出していた。

死にたくない!

その気持ちを一心に激痛に耐えながら懸命に走り続けるが、それを嘲笑うかのように兵士が放ったのであろう銃弾が私の身体を掠めた。

外したのではなくあえて外していることに自分が遊ばれていることに気付く。

「くっ…。」

走って、走って、走り続ける。

「はぁ…はぁ…。」

ようやく逃げ切れたと思った矢先、

「へへ…待ってたぜ、嬢ちゃん。」

「そんな…。」

絶望しかなかった。

そこには男の軍服を着た男が五名。

自分の身体を舐めまわすような目つきで見下しながら陰湿な笑みを浮かべていた。

「やだ…やだ!がっ…。」

逃げようと踵を返そうとした途端、みぞおちに容赦なく拳が突き刺さる。

抗う間もなく殴る蹴るの暴行を受けたあとどこかの廃屋へ連れていかれ、

すぐに押し倒された。

「……。」

そこで私は目を澄ますと、左腕が止血され包帯が巻かれていることに気が付く。

もちろん良心からではなく、私を玩具として遊び倒すためだ。

自分が何をしたっていうんだ。

なんでこんなことになるんだ。

こんな人生で本当によかったのか。

アラン…。

こんな時に私は一番仲の良かった男の子の名前を思い出してしまう。

お互い真っ直ぐな性格な故にいつも喧嘩ばかりしてしまうが、私はそんな彼の考えが似ている所や、自分に見せてくれる優しい笑顔が好きだった。

ちゃんと好きだって告白すればよかったなぁ…。

「…………。」

「嫌だ…。」

「あ?」

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!

こんなところで殺される?

こんなやつらに弄ばれたあとに?

ふざけるな!今まで何のために必死に生きてきたんだ!?

こんなところで死ぬくらいなら…。

今まで溜めていた負の感情がぐるぐると脳内で暴れ回った結果、一つの言葉に辿りついた。

殺してやる。

そのためなら、今までの自分をすべて否定してでも、こいつらを殺してやる。

違う…殺すんだ。

だから!

私は自分を押し倒し油断している男から一瞬でナイフを抜き取る。

なぜだろうか。

それを手に取った瞬間怒りで満たされていた自分の頭は急に冴えて、左腕の痛みは綺麗に引いている。

私は今のこの状況をどうすればよいのかがはっきりと理解できた。

初めて握ったナイフを慣れた手つきで男の首元に走らせる。

「あっ…、がっ…。」

今までの非礼を詫びようとしているのか凶暴な野性が捻じ込まれたような彼の顔は奇妙な表情を浮かべながら、首元から赤い雨を部屋中に降らせていた。

「どうしたんだ!なっ…。」

一気に間合いを詰め、仲間の兵士にナイフを走らせた。

派手に飛散する赤い雨。

私はそれを全身に浴びながら笑っていた。

俄然それが楽しいわけではなかったが、私の口角は不思議なくらいに吊り上っている。

先ほどまで私を玩具のようにして遊ぼうとしていた男。

そんな彼らを今度は私がガラクタのようにして遊んでいることが愉快でたまらないのは確かなのだけれど。

次から次へと駆けつけてくる仲間の兵士たちに私はナイフ一本で立ち向かう。

自分が死んでしまうかもとしれない。

そんな憂う気持ちはどこかへと消え去っていた。

そこから先のことはあまりよく覚えていない。

ただ私が覚えているのは…。

「もう大丈夫だ…。」

貴族のような服装を身に纏う初老の男性によって、命を救われたことだった。


「ここは…。」

気付くとベッドにくるまっていた自分に安堵感を覚えつつ辺りを見回してみると、

ここはやけに豪華な城のようだった。

辺りには高そうな壁画があり、近くの窓からは無駄に広いバルコニーが見える。

「中央政府と呼ばれる国の中心地、そしてここは私が所有する城の一室だよ。」

気付くと、私の横に立つ王族らしき服装を身に纏う長身の男性がいた。

どこか澄んだ青い瞳に爽やかさを感じさせる顔立ち。

見た感じだと年齢は二十代前半だろうか。

落ち着き払った様子で真っ直ぐに私を見る彼の瞳を見て思い出した。

この人…私を助けてくれた人だ。

「私の名前はイヴァン、この国で政治をしている者だ。君は?」

「アリシア…。」

「そうか。ではアリシア、話を聞きたいところだが…。」

イヴァンは右手に着けた時計をして少し渋い顔をする。

「すまないが私は少し所用がある。」

「何かあればそこの給仕係りを呼びつけてくれ。」

「あ、はい…。ありがとうございます…。」

「すまない。では…。」

そう話すと彼は急いでいたのか、慌てて扉から出て行ってしまった。

「悪い人じゃないみたいね…。」

「ッ!!」

殺意を感じ、命の危険を感じた私は心臓に突き刺さろうと飛ぶナイフに身を翻してすんでの所で避ける。

「敵!?」

ナイフを投げたのであろう給仕係のメイドがこちらを見定めるような目つきで睨んでいた。

「危ないじゃない!誰ですかあなたは!」

「失礼、手が滑りました。でも流石は唯一の生き残りですね。」

「な…。」

突然この人は何を言い出すんだ!?

「ご無礼をしました。私はサリエル…。給仕ではなく、イヴァン様の護衛の者です。」

「貴方がイヴァン様のお役に立てるのかどうか試させていただきました。」

「試す…ですって?」

しかしいくらなんでも滅茶苦茶な人だ。

下手をしたら、死んでいた…。

「どうしてこんなことを…。」

「貴方はイヴァン様が救出に駆けつけた際、一部隊の兵士を相手にナイフ一本で全滅まで追い込んでいました。私の投げるナイフ一本ぐらい避けてもらわなくては困ります。」

「…。」

その言葉を聞いて少しずつ、思い出してきた。

私はあいつらを殺し続けていて、倒れていた所を助けてもらったんだった。

あの、イヴァンさんという人に…。

「ではアリシアさん、先ほどのナイフをかわしたご褒美を差し上げましょう。」

「良いニュースと悪いニュース、どちらを先に聞きたいですか?」

特に意図はないと思うが、つい身構えてしまう。

「じゃ、じゃあ悪いニュースから…。」

「分かりました。では、最初に説明しておきます。」

「貴方が住んでいた街を含む国、ウルクールは壊滅したと聞きました。」

やはり…。

「大体検討はついていました…。」

無理もない。三日間歩き続けても自分以外に生きている人はいなかったのだ。

未だに自分が生きているのが、信じられない。

「けれど、何が原因だったのですか?私はあの時外に出ていて急に煙のようなものが襲ってそれで…。」

気付いた時、そこはもう私の知る街ではなかった。

「ギフテッド、あの煙の正体はその薬を多くの人間に投与できるようスモッグ状にしたものです。」

「ギフテッド?何なのですか、それは?」

「人々が潜在的に持つ才能や能力を飛躍的に高める中央政府の開発した薬です。」

「しかし、それはまだ試験的な段階で強力な副作用があると聞きます。」

「そしてその結果が…。」

もはや生きているとは思えない狂気に満ちた人々の顔や死体を思い出し、顔をしかめる。

「…貴方もお気づきですが薬の副作用に身体が対抗しきれず、ほとんどの者は身体が腐敗したり脳がやられてしまいます。」

「それで、彼らが行ったのが一つの国そのものを試験場として国民を実験体にしたもの。」

「彼らは血眼になって、貴方のような生き残りを探し捕獲したでしょう。」

「再び、自分達の実験に生かすために。」

「これが、あなたの国を滅ぼした理由です。」

「狂っている…。」

こんなに狂っている国が世界の中心地とは…。

「じゃ、じゃあ…この国の人間がやったということですか!?」

そうなるとたまったものではない、すぐに逃げ出さなくては。

「気休めでしかありませんが…今回の惨状は中央政府すべての人間が意図的に行ったわけではありません。」

「今回の事件の一端を知り実行したのは、ごく僅かな王族の人間だとイヴァン様は踏んでいます。」

「………。」

私はしばらく沈黙し、今までに起きた出来事を受け入れようと唇を噛み締める。

「…何も言わないのですね。」

そのまま口を開かないサリエルに私は疑問を投げかける。

「同じ境遇を味わったことのない人間の同情ほど、当人に辛いものはありません。」

「それは、私自身もよく知っています。」

それは彼女の気遣いなのか、優しさなのか。

「サリエルさん…教えてくれてありがとうございます。」

「いいえ。イヴァン様からすべてを伝えるようにと仕っておりますので。」

「そうですか…。」

イヴァンさんはなぜ簡単に教えるように話したのだろう…。

猜疑心に心が絡まれモヤモヤとした気持ちになる。

しかしそんなことを考えていても仕方ない。

「それで…良いニュースというのは?」

「はい、今日から貴方は怪我が治り次第イヴァン様の護衛をともに務めてもらいます。」

「…え?」

一体どういうことだ?

「ここ、中央政府に在住するためには常に何らかの職に就いていることが絶対的な条件。」

「自分の持つ職のないものはすぐに国から追放されてしまいます。」

「ウルクール唯一の生き残りでしかも左腕がない。貴方が外に出たら一日も経たない内に中央政府に捕らえられてしまうでしょう。」

「そこで貴方にはイヴァン様や私とともに王族や貴族の動向を探り、事件の発端を見つけ出していく仕事を与えます。」

「でも…。」

どうして私を保護してくれるのですか?

そう聞こうとしたとするが、私の表情にその言葉が映し出されていたのだろう。

「イヴァンさまからの命令です。詳しい説明は直接聞かれてください。」

「は、はい…分かりました。」

「では、善は急げです。この車椅子に。」

彼女に促され、車椅子に乗り込む。

歩かされると思っていたが、普通に気配りはできる人みたい…。

「失礼ですね、歩いていきたいのですか?」

「い、いえ!そんなことは…。」

表情から言葉を読み取ることに軽く恐怖を覚える。

「やれやれ…。では早速直しにいきましょう。」

「直す?何を直すのですか?」

すると決まったような素振りで彼女は呟いた。

「決まっているじゃないですか。もちろん…。」

「あなたの左腕です。」

私は訳の分からないまま、鉄が打たれる音の聞こえる場所に移動していった。

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