prologue
大量の兵士の目の前に一人の少女がいた。
「こいつは…。」
神に祈りでも捧げにきたのだろうか。
神聖な真夜中の教会に訪れた軽装を身に纏う幼い少女
しかし巡礼者のそれと違うのは、彼女が残虐に満ちた笑みを浮かべるとともにナイフを握っていたことだ。
少女と対峙する機械の兵士たち。
もちろんその理由は彼女を殺すためである。
三十対一。
さすがに無理がある。
自分を守るようプログラムされた兵士が自分の視界を覆う。
この光景はさながら自分が悪者のような気分だと感じていた。
ほんの数秒前までは…。
少女を始末しよう、敵である彼女を殺そうと剣を振り下ろす前に一瞬何かを切る音がしたかと思うと、手足であった兵士の一部分が一瞬にしてただのガラクタの塊となってしまう惨状を目にしてしまう。
数秒もしない内に一体、また一体とただのガラクタへ形を変えていく悲鳴すら上げられぬ有能な機械の兵士たち。
「何てことしやがるんだこのガキ…。」
アベルはそう怒りを覚えるとともに、感嘆の念を抱かざるを得なかった。
最新の技術をつぎ込まれて作られた兵士たちが一瞬にして破壊されとうとう兵士であっただろうそれらはただのガラクタの山となったのだ。
何の防具も身につけないたった一人の少女の手によって。
「…。」
敵であるのは理解するが、只者でないのは確かだ。
「お前…誰に雇われた…?」
「…………。」
少女は答えない。
が、自分の声に応えるようにして彼女の手にするナイフが風を裂くような音を上げる。
「!?」
ガキンッ!
一瞬で詰められた距離に応えるように剣撃を少女に放つ。
極限まで硬度が上げられた剣が混じることで発する高音。
「ほう…。」
目の前に飛び散る火花に興奮を覚える。
こんなのは久々だ。
まさか、こんな面白いガキがいたとはな…。
「!!」
「そらっ!」
アベルは右手をかざすのと同時に発生させた小さな炎の球体を少女に押し付けるように放つ。
しかし、少女は男と距離を取ると同時に造作なくナイフでそれらを払い取る。
弾いた…?
あんな小さなナイフで炎の玉を?
「く…くくくっ…。」
初めて目にした芸当に何故か笑みが零れてしまう。
「面白くなってきたなぁ!」
いいだろう。
むしろここからが本番だ。
「って…。」
そう思った矢先、少女は煙幕弾を放つとともに背を向ける。
こちらの戦力を確認しにきたのが目的だろう。
あくまで俺を殺すのが目的ではないらしい。
「逃がすかよっ!」
周囲の壁もろとも吹き飛ばそうとばかりの巨大な火の玉が大きな唸りをあげながら、
少女がいた場所一帯を大きく抉るように吹き飛ばす。
地鳴りを響かせるようにして教会の壁は大きく崩れてしまう。
「チッ…。」
格好の獲物を逃したことに後悔の念に苛まれた気分になる。
「逃がしたか…。」
まあいい。
俺を狙うとなると、ついにレジスタンスの動きがばれたってことか…。
だとすれば、いずれ会う機会もあるだろう。
「だ、だいじょうぶですか?」
教会の奥から女性の声がする。
「あぁ、もう大丈夫だ。」
安心したのか、慌てて男の方へと駆け寄る。
「さっきのは一体…。」
「俺も詳しいことは分からないが、俺たちの計画が外部に漏れてしまった…と考えるのが妥当だろうな。」
「そんな…。まさかもう…。」
「詳しいことは分からん。ただ奴らも流石に今は表立った行動はできないはずだ。」
「国王が本気で中央政府そのものを変えようとしているのだからな。」
「今は貴族や王族を監視する目がかなり厳しい。」
「同じ階級同士の人間が血で血を洗う内部抗争…崩壊を続けるこの国に未来なんてありませんからね。」
落ちついたような、けれどどこか落ち込んだような声で口を開く彼女。
毎回こうもどこで襲撃をもらうのか分からない状況だ。
あまり無理はさせたくない。
「とりあえずお前はオル爺のところで匿ってもらえ。あそこなら大丈夫だろ。」
「ええ、分かったわ。けれど貴方も気をつけて。」
「最近では、国王に賛同する貴族や王族を手掛けている奴がいると聞くわ。」
「十分に気をつけて。」
「ああ…。」
二人で道を別れて俺はある島へと向かう準備をする。
もちろん尾行は絶対にないように何度も気を払って。
「これはまずいことになったな…。」
なあ、ホゼアよ…。
アベルは空を見上げる。
どこまでも青く澄んだ空が自分の心情とひどく相対的で、疎ましげに睨み付けた。