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最初で最後のわがまま

「剛力先輩、久しぶりですね」


「星野、本当に久しぶりだな。お前と会うのは……」


「先輩、僕がどうしてあなたの元に現れたのか、分かっていますよね」


彼は微笑みを浮かべながらも、確認をとるかのように彼の顔を覗き込む。

そんな彼に対し剛力は青い空を見上げ、ニヒルに笑った。


「――ああ、ついにこの時が来ちまったようだな」


「そうですね。でも、こればかりは仕方ありませんよ」


「星野、お前にひとつだけ頼みがあるんだが、いいか」


「頼み?」


「そうだ。それはな――」


「フフッ、やっぱり剛力さんらしい頼みですね。分かりましたよ、掛け合ってみます」


「……ありがとうよ」


後日、彼は博士の家に向かった。インターホンを鳴らすとハニーが出てきた。


「剛力君♪」


ハニーは大好きな彼の姿を見るなり、満面の笑みで抱きつく。彼女より背の高い彼は、少しかがんで優しさと真剣が入り混じった表情で、彼女を見つめる。


「ハニーお嬢さん、こんな事を聞くのは性に合わねぇが……俺の事、どう思っていますか」


「もっちろん、大好きだよ!まさか、私が浮気するとでも思っているのカナ?」


「――そうですか」


「剛力君、どうかしたの?」


「いえ、なんでもありませんよ。ご心配なく。ただ今日は、俺からの最初で最後の我儘を聞いてもらおうと思いましてね、この家にやって来たと言う訳です」


「我儘?それってもしかして、キス!?」


彼女が瞳をキラキラさせて彼を見つめるが、彼は首を振って、


「いえ、そんなもんじゃありません。最初で最後の我儘、それは――」


彼は目を閉じ、たっぷり一分間時間をとった後、ゆっくりと目を開き、


「俺とリングの上で闘ってくれませんか?」


急遽公園前に設置されたリングでは、ハニーと剛力がリングインする。

その様子を博士とフレンチが見守っていた。

彼らふたりは、公園の土手に腰を下ろす。


「博士、あの剛力さんって言う人、なんだかキザじゃないですか」


「まあね。でも、彼は中学生とは思えないほど大人びいているし、なんだかカリスマ性を感じるのだけれど、きみは感じないかね?」


「うーん、多分それは博士だけでしょう。あの人はあまり美形じゃないですし、彼女だって言うハニーさんにあまり優しく見えないですが……」


「そうかね。私は凄く優しい少年に見えるよ」


「あの暑苦しそうな、彫りの深い外見でですか?」


「きみも酷い事を言うものだね、フレンチ君。彼はワイルド系なのだよ」


「ワイルド系……ああ、確かに言われてみればいかにも一匹狼って感じですね。でも、どうしてあんな人がハニーさんと釣り合うのか、僕には理解できませんね」


すると博士は彼に笑顔を向け、


「試合を見ていれば分かるさ」


リング内では、対戦相手ふたりが会話をしていた。


「剛力君、どうしてこんなお願いをするの?」


「そんな事、どうだっていいじゃないですか。ただ、今言える事は、俺が勝ったら俺と別れて、アップルと付き合って貰うって事だけです」


「なんで、どうして剛力君と別れてアップル君と……」


彼を問い詰めようとするが、突如彼の瞳から放たれた殺気に、彼女は開きかけた口を閉じた。


「お嬢さん、時間は無制限です。好きなだけ本気で闘りあいましょうや」


「私分かった。剛力君の思いに答えて手加減はしない!全力で闘うっ!」


「――それでこそハニーお嬢さんだ。じゃあ、いかせてもらいますよっ」


彼はゴングが鳴るや否や白のスーツ姿で飛び出した。

恋人同士の本気の闘いが、今幕を開ける――。


剛力はハニーに拳を次々に見舞う。しかしながら彼女は優れた動体視力でそれを見切り、全て避ける。そして拳を放ってきた彼の腕を掴み、一本背負いに持っていく。彼は投げられたもののすぐさま立ち上がり、今度はロープに飛ぶと人間魚雷を食らわせようとする。ハニーはそれを読んでいたのか、彼が頭から突っ込んでくるのを逃さず、キャッチするとマットへと叩き付ける。彼は難なく起き上がると、キザな笑みを浮かべた。その笑みに気を取られてしまい一瞬の隙を突かれ背後に回られたハニーは、アトミックドロップからのバックドロップを受け、ダウンする。彼はコーナーに戻り、彼女が立ちあがってくるのを、まるで狼のように孤高ながらも優しさに溢れた瞳で待つ。

彼女が立ち上がってきたところにスライディングキックで体勢を崩し、そこから突き上げるようなフライングキックを炸裂させ、二度目のダウンを奪おうとするが、彼女は両手で素早く受け身を取り、細身ながらも超人的な腕の力だけで体勢を立て直す。彼女は飛び上がりニードロップを敢行するが、剛力は両腕をクロスさせそれを防ぐと、彼女の足を掴み、ジャイアントスィングでグルグルと回し始める。回転速度と回転数を上げ、彼女をロープ目がけて放り投げた。反動で跳ね返ってきたところを、中学生とは思えぬ鍛え上げられた腕でラリアートを命中させる。場外に転落した彼女を追いかけ、リングを降りる。そこから彼女に容赦の無いストンピングの嵐を見舞い、エアプレンスピンで彼女をリング内へ放り投げると、自分はコーナーポストの最上段へ上り、そこからムーンサルトを披露する。

けれどハニーは、それを間一髪で身をかわして避ける。かわされた彼はそのままトンボをきってロープの反動を利用してUターンすると、彼女の後頭部に延髄斬りを叩き込み、ふらつかせる。

彼は真っ直ぐ彼女の瞳を見つめ、試合が始まって初めて口を開いた。


「ハニーお嬢さん、お嬢さんはまだ心のどこかで本気を出さないように考え、力をセーブしていますね」


「……」


彼と目線を合わさない彼女に対し、彼が取った行動は、彼女の頬を拳で殴り飛ばす事だった。彼女は剛力に殴られながらも、心の中は困惑でいっぱいだった。


『私、大好きな剛力君を痛めつけるなんて、そんな事できない。大好きな剛力君が苦しむ姿なんて見たくないよ……』


剛力は視線を反らす彼女の両肩を掴み、指を食い込ませる。

その痛さに、思わず彼と目線を合わせる。


「ハニーお嬢さん、俺の声が聞こえますか」


「うん……」


「俺は、本気のお嬢さんと闘いたい。遠慮は何もいりません。お嬢さんのへなちょこパンチでぶっ倒れるような、俺じゃありません。だから、安心して、全力で向かってきてください!俺を愛しているのなら、たった一度の我儘ぐらい聞いてやれるはずだ!それとも、お嬢さんは俺を愛していないんですか!!」


「違うっ、私は剛力君を愛してるっ」


彼女は自分の愛を込めた一撃を彼の顔面へ見舞い、吹き飛ばす。


「お嬢さん、ようやくこれで俺も本気を出す事ができますよ」


ゆっくりと起き上がって来た彼は両手をだらりと下げ、ノーガード戦法を取った。



「フレンチ君、そう言えば今思い出したんだけどね」


「何を思い出したんですか、博士」


「ホラ、この前私が歯医者さんに行ったらキスしてあげるって話だよ」


「ああ、それですか、ソレはですね――」


彼は人に悪意を抱かせない天使のような微笑みで彼を見るが、その瞬間、彼は背筋が凍り付きそうなほどの恐怖を覚えた。今の博士は瞳に青白い炎を宿し、口元こそ笑みを浮かべてはいるものの、その全身からは異様なほどの殺気が放たれており、その様子に彼はまるで今にも爆発寸前の火山のように感じられた。


『コレは下手な受け答えをすれば、確実に殺される!普段怒らない人が怒ると怖いって聞いた事がありますが、今の博士はまさにその状態ですね……ここは潔く約束を守るしかないのでしょうか』


彼はチラッと博士を横目で見るが、彼の殺気と威圧感は先ほどより増しており、今にも拳をボキボキと鳴らしかねない雰囲気である。命の危険を察知したフレンチは、文字通り必死の覚悟で頭を回転させようと試みるが、あまりの博士の恐怖のため、うまく回転する事ができない。


「フレンチ君、約束は守るためにあるのだよ」


「――そう、ですね……」


彼は生唾をごくりと飲み込み、覚悟を決めると、博士の頬にキスをした。

彼のキスを受けた博士はデレっとした表情になり、彼を抱きしめると、顎を掴み彼の顔を上に向かせ、自分と目線を合わせる。


「フレンチ君、私は君を誰よりも愛してる。それは、君が一番知っているはずだよ」


彼はフレンチの唇と自分の唇を重ね合わせようとするが、彼が手で制止する。


「ごめんなさい――唇にキスは、ダメです」


「どうしてもかね?」


「はい……」


彼は偽りではなく、本当に申し訳ない気持ちを込め、彼に頭を下げる。


「きみは前に、私のおでこにキスをしてくれた事があったね。今度は私がきみにキスを返す番だ」


彼の額にチュッとリップ音がしたため、彼の頬は真っ赤に染まっていく。フレンチは少し彼と距離を置きながら、試合を観戦する事にしたが、頭の中は博士に額にキスをされた事で頭がいっぱいになっていた。


『僕は以前なら博士に対し、軽蔑の感情以外湧いてこなかった。けれど、今は違う。何か――言葉にできないほど特別な感情が僕の心の中に生まれてきている――それは、一体なんだろう?』


剛力はノーガード戦法に打って出た。

ハニーは彼に拳や蹴りなどの乱撃で応戦するものの、先ほどとは違い、今度は彼が本気の彼女の攻撃を避けている。

しかも、ただ避けているだけではなく、全ての攻撃を紙一重でかわしているのである。攻撃をことごとく空振りさせる彼は、彼女の僅かな疲労を突き、ボディブローを浴びせる。ズシリと重いパンチが痩せた彼女の腹に食い込み、彼女は前のめりに倒れる。ゆっくりと、ダウンするかと思った次の瞬間、剛力の放ったアッパーが完璧に彼女の顎を捉え、炸裂。

そのままハニーは吹き飛ばされ、ダウンすると、ガックリと首を垂れ、失神していた。試合終了を告げるゴングが鳴り響き、彼の勝利を告げる。

彼は喜びと寂しさの入り混じった表情をした後に、スーツのポケットから封筒を取り出すと、ヒラリとリングを飛び越え、博士達のいる方向へ足を進める。

そして博士に封筒を渡すと、


「コレをハニーお嬢さんが起きたら、渡してやってください」


彼が無言で頷くと、安心した顔で今度はフレンチの方を見て、肩に優しく手を置くと彼と耳元で、ソッと囁いた。


「ハニーお嬢さんに、よろしくな。あばよ」


彼はフレンチの肩をポンッ!と叩いた後、振り返る事なくその場を去って行った。


「どうでしたか?」


「星野、お前にはなんてお礼を言っていいか分からねぇな。俺の『ハニーお嬢さんと決着をつけ終わる日まで、行くのを先延ばしにしてくれ』って最後の望みを聞いてくれて、ありがとうよ」


「いいえ、これぐらいどうって事ありませんよ」


「そうか――」


「では、そろそろ出発しますか」


「フッ……そうだな。頃合いだ」


こうして彼は、星野に連れられ、どこかへと向かった。

彼がどこへ行ったのか、それを知る者は、星野しかいない。

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