表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/86

障害物マラソン

「マラソンと発明は何の関係もないのでは……?」


フレンチは小さくツッコミを入れつつも、更衣室に入り走りやすい恰好に着替える。体を軽くするため、ノースリーブに半ズボン、日射病予防のための帽子を目深に被って着替え終わり更衣室から出たその刹那、いきなり博士が抱き着いてきた。


「フレンチ君、肌の露出度が随分高い服を選んだね。これはつまり、きみは私に肌に触れてもいいよという許可を出したと言う事なのだよ!」


彼はフレンチを抱きしめながらも、彼の腕を触り始める。


「いい加減に離れてください、鬱陶しいっ」


彼を力づくでのけた後、対戦相手であるクロワッサンの服装を見た彼は驚愕した。それもそのはず、彼はフリルの付いた愛らしいゴスロリドレスという恰好だったのだから、フレンチが驚くのも無理もない話だった。


「まさかきみ、この恰好で走るつもりなんですか?」

「……(コクコク)」


こうして博士の鳴らしたホイッスルの合図と共に、障害物マラソンが始まった。コースは全長二十キロの一直線。曲がり角も何もなく、ただただ、真っ直ぐに走るだけだ。


『このコースは明らかに作者の手抜きですね……』


そんな事を思いながらも、彼とクロワッサンは全く互角の速力で走っている。


『おかしい。あのスピードに特化したクロワッサン君が、序盤とはいえ僕と同じなほど遅いはずがない。これは何か訳がある!』


互いに肩をぶつけ合い一歩も譲らない緊迫した(参加者は彼らだけなのではあるが)トップ争いが続いていたが、クロワッサンの速度に疑問を感じていたフレンチは、注意が散漫になっていたため転倒してしまった。

膝に少し擦り傷を負い、右目に涙を浮かべるももの痛みを堪えて立ちあがり、独走する彼を追いかける。その姿をオーロラビジョンで見ていた博士は、愛くるしさと健気ながんばりに、思わず涙を流した。その様子をチビボテ博士は邪悪な笑みを浮かべて見ていた。果たしてこの勝負、勝つのはどちらであろうか。


「フフフフ……シナモン博士、お前の助手はワシのクロワッサンに大敗するじゃろう」

「なぜそう思うのかね、チビボテ博士。勝負はまだ始まったばかりではないか。それにフレンチ君も追い上げてきて、次第に彼との距離を詰めていっている。互角の勝負になるのは時間の問題だろう」

「果たしてそうかな。ワシのクロワッサンは本気の十分の一も出しておらんぞ。何しろ総重量五十キロのゴスロリでパワーをセーブしているんじゃからな」

「!」


博士が驚きのあまり息を飲むと、彼は意地悪な表情で続ける。


「クロワッサンがあのゴスロリを外した時、それは奴が本気を出す時だけじゃ。じゃが、このマラソンでは本気を出すまでもなく、ひとり勝ちするじゃろうがなぁ」

「ハハハハハハハハハハ!きみは私の助手であるフレンチ君の底力を知らないようだね」


その声に何かを感じたチビボテ博士は、オーロラビジョンを見て目を見開いた。

なんと、フレンチは履いているシューズの靴底からローラーを出現させて、すいすいと地面を滑りながら優雅にクロワッサンを抜き去り、トップに躍り出た。


「見たかね、これが私の助手の力なのだよ」

「助手に様々な装備がされてあるシューズを履かせるとは、考えおったなシナモン博士。しかし、お前はこのマラソンが障害物マラソンである事を忘れているようじゃな」


五キロ地点に到着する彼らの前に現れたのは、なんと道を塞ぐほど巨大な二個のあんまんであった。


「コ、コレは一体……!?」


突然の巨大あんまんの登場に困惑し立ち尽くすフレンチに、チビボテ博士が設置されているスピーカーで答えた。


「それは第一の障害物、巨大あんまんじゃ!これを完食しないかぎり、先に進む事はできないようになっている。さぁ、どうするかね、シナモン博士の助手よ」


フレンチは早くも、チビボテ博士の用意した策略の前にピンチに陥ってしまった。



フレンチは巨大なあんまんを前に、持ち前の頭脳を回転させ、この危機をどうやって乗り切ろうかと策を巡らせていた。

ふと隣を見てみると、対戦相手であるクロワッサンは無言で口いっぱいにあんまんを放り込み、アッという間に食べきると、彼に勝利するのは自分だといわんばかりの微笑みを浮かべ、先を急いだ。それを呆気に取られて見ていたフレンチであったが、彼は大食いなら大食いで対抗すればいいとヨハネスを電話で呼び出し連れてくると、彼に巨大なあんまんを食べてもらう事にした。当然の事ながらヨハネスは大喜びであんまんにかぶりつき、瞬く間に完食して彼の道を切り開いた。


「ありがとう、ヨハネス君!」


普段は彼に何かをしてもらっても、お礼の言葉ひとつ返さないフレンチであったが、今回ばかりは話が違い、彼の手をがっちりと握り天使の微笑みで礼を言うと、前を走る対戦相手を無我夢中で追いかけ始めた。

一方その頃、昼食時が近くなったため、博士と一緒にマラソンを観戦に来ていたハニーのふたりは、オーロラビジョンを眺めながらランチを食べる事にした。

博士は昼食用として、予め早朝に焚いておいた出来立てのご飯を使用した、海苔を巻いた塩おにぎりをハニーに大量に作らせていたのだ。しかも博士が発明したいつでも焼きたての味が楽しめるパックに入れておいたため、冷めても美味しいハニーのおにぎりは更に美味しさを増す。


「うーん、塩味が効いて、柔らかくてアツアツのおにぎりはいつ食べても最高だねぇ。さすがはハニーちゃん、料理が上手だねぇ」

「エへへ、博士はいつも褒めてくれるから、嬉しいな♪」


彼女と博士は笑顔でビジョンに映る汗だくのフレンチにはしばらく気にも留めず、楽しく雑談しながら、美味しいおにぎりを平らげた。

それを知らないフレンチが見たら一体どんな顔をしたであろうか。それは誰にも分からない。しかしながら、ただひとつ分かっている事は、シナモン博士の助手は空腹とも格闘しているという事だけであった。


博士達がお昼を食べている頃、フレンチとクロワッサンは十キロ地点に到達しようとしていた。

マラソンの半ばであり、チビボテ博士によると、彼はここにも何か障害物を仕掛けているらしい。フレンチは先ほどの巨大あんまんという障害物から察するに、今回もまた食べ物関連の障害物なのではないだろうかと、推測する。

しかしながら、彼の予想は大きく外れていたのだ。彼らの目の前に立ちはだかったのは、白いロングヘアーで前髪をぱっつんにしてなぜか白のスクール水着を着た、彼らと同じ年頃の美少女であった。


「私は雪美ゆきみって言うの。あなたたちが越えなければならない、第二の障害物よ」


言うなり彼女はふたりに手をかざし、掌から強力な冷凍光線を発射する。ふたりは俊敏な動作でそれを避けるが、フレンチの背後にあった大木が瞬く間に凍り付き、それを見たふたりは戦慄する。


「ここを通りたければ、私を倒す事ね」


美しい微笑みを浮かべた彼女は今度は雪玉を作り、ふたり目がけて投げつける。

不意の攻撃に対応できず、直撃したふたりは、あまりの雪玉の冷たさに身震いを覚える。


「ウフフッ、フレンチ=トースト、薄着のあなたには特に堪えるでしょうね」

「あなたにだけは言われたくありませんね」

「あら、そうかしら。でも、あなたはここでお終いよ。アイスロード!」


彼女は地面に手を当て地面を凍らせていく。ツルツルになったコースはなかなか前に進む事ができない。氷のコースにフレンチが苦戦している間に、クロワッサンは靴をアイススケートモードに変えて華麗な動きで雪美の傍を通りすぎ、アイスロードを制覇し、またしても差を付けられてしまった。


『クロワッサン君の邪魔をしないところを見ると、やはり彼女はチビボテ博士の差し金ですね。雪女と氷の道……僕は一体どうしたらこの障害物を攻略できるでしょうか』


「フレンチじゃねぇか、久しぶりだな」


ふと背後で声がしたので振り返ると、そこには愛馬に跨ったロディの姿があった。

彼はいつものように営業スマイルで挨拶を返す。


「ロディさん、こちらこそ、お久しぶりですね」

「お前、こんなところで何してんだ?」


彼が訊ねてきたので、フレンチは今までの顛末を彼に話した。彼の話を聞いて彼は納得したかのようにうんうんと頷き、


「要はあの可愛いちゃんをどかせばいいんだな。俺に任せろッ!」


言うなり彼はテンガロンハットからダイナマイトを取り出し、導火線に火をつけた。それを見たフレンチは、慌てて彼を止めようとする。


「ちょ、ちょっと待ってくださいロディさん、ダイナマイトは危ないですよ。その火を消してくださいっ」

「危険もへったくれもねぇよ。一度点った火はそう簡単には消さねぇ。それがフロンティア精神ってもんだ」


彼はもう既に半分以上の長さになった導火線に更にライターで火をつけ、爆発までの時間を短くすると、


「可愛い娘ちゃんよ、これでも食らいなッ」


彼はなんのためらいもなく、彼女目がけてダイナマイトを放り投げる。


「こんなに早く退場するなんて……そんなのいやぁああああああああああっ!」


彼女は最後の断末魔と共にダイナマイトの爆発で消滅し、それと同時に氷も道も溶けてなくなり、普通の道になった。


「今のは殺人に入らないんでしょうか?」


フレンチが冷や汗を流しながら彼に訊ねると、彼は自信満々で言った。


「この作品はコメディだから、多分大丈夫だ!」

「多分って、ロディさん……」

「これで俺の役目は終わりだな。あばよ、これで問題解決だ。また会おうぜ、イーハー!」


ロディの暴走に巻き込まれつつも、障害物を突破できたフレンチは心の中でツッコミを色々入れつつも、クロワッサンと並ぶ事を考え、猛然と走り出した。



博士とハニーは食後のお茶を飲みながら、のんびりとした雰囲気でマラソンを観戦していた。


「博士、フレンチ君ってすごいんだね!お昼ご飯も食べていないのに、こんなにたくさんの距離を走り続ける事ができるだなんて、尊敬しちゃう♪」

「今のセリフは彼が聞いたら、きっと涙を流して喜ぶだろうね」

「フレンチ君が無事に完走できたら、順位に関係なく、ハグしてあげようと思うんだ~♪」

「きみにハグされたら、フレンチ君は嬉しさのあまり気を失ってしまうかも知れないね」


ふたりはお茶を飲みながら、デザートの饅頭を頬張り、観戦を続ける事にした。

博士は饅頭を一口食べ、お茶をすすり幸せそうな表情で口を開いた。


「やっぱりお茶には、お饅頭がよく合う!」


所変わってフレンチとクロワッサンは、最後の障害物が待ち受ける十五キロ地点に到達しようとしていた。ちなみに残りの五キロのうち三キロは作者の気まぐれなのか、道は急な傾斜になっていた。


「この三キロある坂道を登って、二キロの一直線を走ればゴールですね。クロワッサン君、僕は最後まで勝負を諦めませんよ」

「……(コクコク)」


ここまでの道のりをたったふたりだけで競争してきたためか、ふたりには走ったものにしか理解できないであろう友情が芽生えていた。

そして彼らは、いつの間にかふたりの博士のためだけではなく、自分のためにも負ける訳にはいかないという気持ちで走っていた。そして、上り初めて二キロが過ぎようとした時、最後の障害物がゴロゴロという音を出して急な斜面を転がってきたのである。


「アレは……」


フレンチは自分たちの目の前に高速で転がってくる巨大な岩のようなものを見て、その正体が何であるかを見抜いた。


「ミートボール!?」

「フハハハハハ……ワシのミートボール作戦に潰れてしまうがいい、シナモン博士の助手よ!」


チビボテ博士は雷の効果音を鳴らし、悪の発明家らしく大笑いを浮かべる。

そして、その笑いを傍で聞いていたであろう博士とハニーのふたりに感想を聞いてみた。


「今の笑い声点数を付けるとしたら、何点ぐらいじゃ」

「二十点ぐらいではないかね?」

「わかんないよぉ」


彼らふたりの反応に彼はほんの少しの間だけ落胆してしまったものの、オーロラビジョンに次々と映るミートボールの岩石を見て、歓喜の声を上げる。


「どうじゃ、ワシのミートボールで助手がペシャンコにされた感想は!?」

「ハハハハハハハハハハ!きみの目は節穴かね。よく見てみたまえ」

「何っ」


博士に言われたチビボテ博士がハッとしてオーロラビジョンを再度確認してみると、そこには油で服と口を汚しながらも元気なフレンチの姿があった。


「バカな。どうして奴が復活したと言うのだ!」


彼は自分専用の小型ユーフォーに乗り込み、敵の様子を伺いに行った。上空で浮遊しつつ、ユーフォーの先端に取り付けられてあるスーパーズームカメラで彼の顔をクローズアップしてみる(紳士淑女の読者は目を背けるように!)と、彼の口の周りにはミートボールの食べかすが付いていた。


「ややっ、あのフレンチとかいう小僧、巨大ミートボールを食ったのか!?」


その声にフレンチは口の周りを丁寧でハンカチで拭いて、


「美味しくいただきました。ありがとうございます!」


そしてペシャンコに潰されて、紙のようにペラペラになっているクロワッサン(コメディ作品のため、空気を入れれば元に戻る)を一瞥した後、今まで以上の力を発揮して見事勝利を収めた。この後、空気を入れられ元に戻ったクロワッサンは彼と友達になり、ハニーと博士が無事完走を成し遂げた彼にハグをし、互いに喜びを分かち合った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ