博士は運動不足
ハニーが菓子作りに専念している間、博士たちは最近作られたばかりの陸上競技場でランニングをしていた。
最近、博士の運動不足を指摘したフレンチが、彼を外へ半ば強引に連れだしたのだ。しかしながら、博士の足はまるでカメのように遅かった。
「ハア……ハァ……ま、待ちたまえ、フレンチ君」
「待つわけないじゃないですか。悔しかったら追いかけてきてください」
頭に赤いハチマキを巻いたフレンチは、彼にパチッと可愛くウィンクをして挑発しながらも、どんどん距離を引き離していく。彼は小さい頃からジャム職人である母からジャムの配達を任されていたので、自然と足が速くなっていた。
ちなみに彼の必殺技のひとつである営業スマイルも、この時習得したのだ。
彼はあまりにも博士の走る速度が遅いため、少しスピードを落とし、彼が追いつくのを待った。しかし、いつまで経っても彼が追いつく様子がない。どうしたのだろうかと気になった彼が背後を見てみると、博士の姿はそこにはない。
ふと、ここにきて初めて、彼は背中にかかる何か重い存在に気付いたのだ。
「……いい加減、僕から降りてくれませんか」
「やだ」
博士はまるで子供のように彼にだだをこねるが、それを彼が聞き入れるはずもなく、下ろされてしまった。そんな彼に、フレンチは呆れを覚える。
「全く、あなたはどうしてこんなに運動が嫌いなんですか!?」
「私は体育の成績はずーっと一だったからね」
体育座りをしてすっかりふてくされてしまった博士の過去を聞いて、少し可哀想に
思ったフレンチは、こんな事を提案した。
「僕と一緒に二人三脚しませんか?」
二人三脚とは、運動会でお馴染みの二人一組となり、隣り合う足を結んで息を合わせて走るアレである。これが運よく美少女とペアになったりすると一緒に肩を組んで走るだけではなく、さりげなくボディタッチもできるという、男子にとっては嬉しいおまけがついてくる。それに気づいた博士はぴょんと立ち上がり、これまでにないほど目を輝かせて、
「よし、やろう!」
いきなり積極的になった博士を見たフレンチは、
『一体この人はどこまで変態なんでしょうか……』
博士とフレンチは隣り合う足を革ベルトで固定して、二人三脚を開始した。ところが、ふたりはまったく息が合わず、何度も転倒する。
「博士、もう少しスピードを上げてもらえると、僕も息を合わせやすいんですが」
「……」
フレンチが呼びかけても、彼は返事をしようとしない。恍惚な顔で鼻の下を伸ばしているだけだ。それもそのはず、彼は今フレンチと密着している状態なのだから、彼の反応は当然と言えば当然のものであった。
彼は額に手を当てて、この状況をどうやって打破しようかと必死で策を巡らせる。このまま息が合わないまま続けても効率が悪い上に、下手をすると博士がより運動嫌いになってしまうと踏んだ彼は、一旦立ち止まって、彼に話しかけた。
「僕と肩を組んで走ることができて嬉しいですか?」
「私は夢を見ているのだろうか。あの毒舌のフレンチ君が二人三脚をしようと言い出すなんて夢に違いない」
その余計なひと言に内心ムッとした彼は、博士に夢でない事を確かめさせるために彼の右頬を思いっきりつねった。
「滅茶苦茶痛いね、夢じゃない」
「当たり前ですよ。さあ、一緒に走りましょう!」
「わかったよ、フレンチ君!」
その十秒後にふたりは誰かが放り投げたバナナの皮で転倒することになるとは、この時夢にも思っていなかった。それからもふたりは走るのを続ける。
「博士、僕たちだんだん息があってきましたね」
「ウム。きみの私に対する愛が深まってきた証拠だね!」
「そ、そうですね」
彼はにこやかな笑みを浮かべながらも、心の中ではこんな事を思っていた。
『そんな訳ないだろっ、僕はあんたなんかちっとも愛していませんよ!でもまあ、知らぬが仏という諺もあるぐらいですし、ここは笑って彼を誤魔化しましょう』
彼はそれからしばらくは、無言で歩幅を合わせたりしながら彼との息を合わせることだけを考えそれ以外の考えを排除していたが、博士があまりにも無言をいいことに背中を触りまくってくるため、彼は徐々にイライラを募らせていく。もちろん、猫かぶりがうまく、世渡りのうまい彼の事、怒りを顔に出してせっかくの二人三脚を無駄にするようなことはしない。
しかし、彼は内心ドス黒い禍々しい笑みで、博士のボディタッチに対する仕返しを持ち前の頭脳を生かして思案する。彼が誰もが聞いて驚きそうなほどの仕返しを考えているとは、博士は露とも思っていなかった。




