ヨハネスの作戦
それを見た博士は、取りあえず現実逃避すべく、ヨハネスに近づく。
「ヨハネス君、きみは本当に可愛い顔をしているね。食べちゃいたいぐらいだ」
「え?」
「私の朝食のデザートは、きみとの甘いキスだよ」
彼は彼の細い顎を掴み、上を向かせ自分と視線を合わせさせる。
そして彼の柔らかい両頬を優しく掴み、彼の美しい顔を自分の顔に接近させて、ふっくらとした柔らかい唇を塞ごうとする。しかし、ヨハネスの方が一枚上手だった。博士と彼の唇が二、三センチで触れ合うと言うところで、彼は穏やかな口調で言った。
「浮気はよくないと思いますよ。フレンチ君に嫌われてもいいんですか?」
彼のその一言に彼はギクッとする。
「僕は別に構いませんが、フレンチ君が見たら嫌われちゃうだろうなァ……」
「分かったよ。今は我慢するけど、私はいつかきみの唇を奪ってみせるぞ!」
少し涙目でヤケ気味な声の博士に、彼はにっこりと笑って、
「じゃあ指切りです。フレンチ君を助けるのにハニーさんと一緒に協力していただけるのであれば、お礼にキスしてあげてもいいですよ」
その言葉に奮起した博士は、フレンチを救出すべく外へと飛び出した。ハニーも心配そうな顔をしながら後に続いていく。彼らがレストランから出て行ったのを確かめた彼は、再び取り皿に大量の食べ物を取って席に着き、不動と闘い始めた彼らを観戦しつつ、食事を口へと運ぶ。
「まるでアクション映画を見ているみたいで最高の気分だね」
彼はニコニコ顔で彼らの闘いの行方を見守ることにした。
「許さんぞ、フレンチ!」
彼の拳がまたしても地面を抉り、亀裂を生み出す。猛禽類のような瞳の殺気は尋常でないほどの殺気を含んでおり、彼がどれほど怒りを爆発させているかがよく分かる。しかしながら、彼にとっては必要最小限度の攻撃だけを放ってくるところを見ると、どうやら本気で地球を破壊しようとしていない事が分かる。さすがは腐っても明王だけの事はある。
「ふ、不動さん、話し合いましょう!」
「……いいだろう。拳でとことん語り合って殺る」
「なんでそうなるの!?」
フレンチはツッコミを入れながら、巧みなフットワークと素早い足で彼の繰り出すパンチを命がけで避けていく。けれど、彼は昨日の風邪が治ったばかりで無理な運動は禁物だったのか、とうとう道端にあった小さな石の欠片につまずいて転んでしまった。
もはやこれまで、と彼は不動に(どんな理由があるのか分からないが)往生される事を覚悟した。その刹那、ハニーの鋭いドロップキックが不動を強襲し、彼を怯ませることに成功させると、彼女はフレンチの前に立ちはだかった。
「ここからは私と博士が相手だよ♪」
「はぁはぁ……ふぅふぅ……ハニーちゃん、もう少しゆっくり走ってもよかったんじゃないかね」
久しぶりに走しって息を切らせた博士は、ハニーの横でペタリと尻餅をついた。
「ダメだよぉ、ポーズとセリフはちゃんと決めようよぉ」
「ごめん、疲れたから無理」
そのまま倒れ込んだ博士を見たフレンチは、
『倒れたら助っ人の意味ないじゃん……』
そんなフレンチと博士にお構いなく、ハニーはいつもの決めポーズとセリフを口にした。
「可愛いは正義、可愛いは愛、可愛いは平和……萌えの力で世界を救う、雷の魔法少女、ハニー=アーナツメルツただいま参上♪」
「相変わらずのあざとさだな」
「あ、あざといですって……許さないもんっ!サンダーレィイン!」
ハニーの電撃が命中したかに思えたが、彼はそれよりも早い速度で背後に回っていた。
「俺の速さを見くびるな」
「そこまでです」
不意に、先ほどまで静観していたヨハネスが現れた。そして不動の方を向くとゆっくりと口を開いた。
「あなたは、本物の不動さんじゃありませんね」
彼の予想だにしなかった一言に、三人は驚愕する。
「どうしてそう思う?」
不動が訊ねると、ヨハネスはニコッと微笑み、
「まずひとつ、不動さんが苛立ったからという理由で弟子であるフレンチ君に八つ当たりをする訳がありません。ふたつ、不動さんは短気ですけれど、地球に自分の我儘で危害を加えるような人ではありません。三つ、あなたは不動さんにしてはやや矛盾した口調が多い。そして最後の四つ目……影が不動さんじゃない!」
ヨハネスの指さした不動の影を見てみると、それは不動とは違った影であった。
「もう正体を現したらどうですか……スターレスリングジム師匠クラスがひとり、ジャドウさん」
「フフフフフ、さすがはヨハネスと言ったところか、実に天晴れ」
その声と共に彼が煙に包まれる。煙が消えるとそこに立っていたのは、白のオールバックに白い軍服に身を包み、腰に鞘に納めたサーベルを差した長身の男性であった。正体を知ったフレンチは彼に噛みつく。
「ジャ、ジャドウさん!?どうしてこんな事をしたんですか」
「暇だったからな」
「あなたはいつでも最低な方ですねっ!」
「最低は俺にとって最高の褒め言葉でな。まあ、俺の大規模なドッキリのためにホテルに迷惑をかけたのだから、それなりに詫びをするとしよう」
彼が指を鳴らすと、彼が大穴を開けた箇所は瞬く間に修復していった。
「では、さらばだ。フフフフフ……」
「ちょっと、無責任な逃げ方しないでくださいっ!」
フレンチが引き止めるよりも早く、彼は灰色のエネルギー体になって大空へと舞い上がり、アッと言う間に見えなくなってしまった。
「とんだゲスト出演、ご苦労様でした」
彼はジャドウが消えていった大空へ向かって、ポツリと呟いた。