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フレンチの憂鬱

挿絵(By みてみん)



フレンチは美形だった。自他ともに認める美形だった。

幼い頃から女の子にモテ、男子には嫉妬され、授業参観日にはお母様方たちが、写メを取りまくる。しかし、彼はそんな日常がたまらなく嫌だった。


「こんな生活面白くないなぁ……」


帰宅途中、日頃の不満もあってかそんなことを呟いた。それが彼の運命を大きく変えることになるとは、彼自身まだ知らない。下を向いて歩いていたからだろうか、誰かにぶつかって尻餅をついてしまった。


「す、すみません、大丈夫ですか!?」


これが少女漫画なら、一目ぼれの展開になるだろうが、この作品の作者がそんな事を許すはずもなかった。

彼がぶつかったのは、燕尾服にシルクハットというどこからどうみても十九世紀の怪盗を彷彿とさせる外見の不審者だった。彼はフレンチを一目見るなり、言った。


「私の助手になりたまえ!」


「嫌ですね」


彼は得意の営業スマイルでそう返事をし、スタスタと帰り道を急ぐ。


「待ちたまえ、そこの性別不詳の子ども!」


「僕は男ですっ」


「男……フム、だが私からしたら、女の子にしか見えん」


「気安く話しかけないでくださいっ、何の助手かは分からないけど、僕はあなたの助手になるなんてまっぴらごめんですよ」


彼はその美しい髪をなびかせながら、ツンとした態度を取り、後ろを振り返らずに歩く。彼は普段は爽やかな笑顔の人あたりのいい美少年だが、本性は冷めており、かなりの毒舌家である。それを始めに知った人は彼を避けていくのが常であった。だから彼はこの紳士もそうだろうと思い、冷たく返したが、この紳士は強者だった。


「少年よ、きみが私の助手になるのは運命なのだ!」


「あー、はいはいそうですか」


「雪のように白い肌、血のように赤い唇を持った少年を助手にすると、三年前私は決めたのだ。きみこそ私の理想の助手……意地でも逃すわけにはいかん」


その声と共にフレンチの背後でガシャンガシャンと言う金属音が響いた。何事かと思い彼が後ろを振り返ると、そこには背中に十本の虫取り網を持ったロボットアームを装備した紳士がいた。


「覚悟するがいい、美少年君」


「ヒイィィッ!」


少年は走った。無我夢中で走った。息を切らせ、汗を流しながらも、必死で走った。彼は足が遅い方ではない。けれど、早い方でもなかった。

しかし、背水の陣とはよく言ったものだ。彼にとって、これ以上ないほどの危機が己の中に眠る潜在能力を限界まで引き上げたのだ。

後ろを振り向かず、流れ落ちる汗をぬぐうこともせず、白い頬を真紅に染めて、少年は安全圏である、我が家へと急いだ。

体力も限界に達し、目は虚ろになり、もうダメかと諦めかけたその時、奇跡は起こった。少年の目の前に我が家が見えたのだ。

彼は自分の全力を振り絞り、ありったけの力で家に突進しドアを開け、天敵が入ってこないようにカギをかけた。


『これでさすがの彼も諦めるだろう』


だが、彼のその考えは甘かった――



翌日の土曜日。彼はいつもより遅く起きて、食卓に向かった。彼は母とのふたり暮らしだ。彼の父は、彼が五歳の頃に他界してしまった。しかし小さい頃であるし、彼はその時から周りの子より大人びていたのも手伝って、今となってはそれを既に受け入れていた。


「母さん、聞いてよ。昨日変な人が僕を追いかけてきたんだ――」


彼は昨日の帰宅途中に起きた出来事の一部始終を母親に話した。

すると彼女は笑って、


「面白い冗談を言う子ね。いつの間にユーモアのセンスが育ったのかしら」


「冗談じゃないよ、僕は本気だよ」


「あら、それはごめんなさいね」


彼女は口元を押さえ、必死で笑いを堪えている。それに耐えられなくなった彼は、無言で食卓を立ち、自室へと向かった。ベットの上に寝転がり、適当に本を読む。

すると次第に睡魔が彼を襲い、彼はすやすやと眠ってしまった。



目を覚ました彼は、心臓が飛び上がるほど驚いた。なぜなら、昨日の紳士が彼の顔を覗き込んでいたからである。


「どこから入ってきたんですか」


彼は内心驚いていたものの、表面にはそれを出さずに、いつもの営業スマイルで訊ねた。彼のよく使用する武器は天使の微笑みである。


「きみの部屋のドアからだよ。ママさんとは仲良くなったから安心したまえ」


「僕は全く安心できませんね。それから昨日から気になっていたんですが、あなたは何者なんですか」


すると彼は胸を張って答えた。


「私は天才発明家のシナモン博士!そう言うきみの名前は何かね」


「家の表札見なかったんですか……僕はフレンチ=トーストと言います」


「美味しそうな名前だね、食べちゃいたいくらいだ」


「あなたにだけは言われたくありませんっ」


「ところで、フレンチ君。もう一度頼むが、助手になってもらいたい」


「嫌ですっ」


彼がそっぽを向いたので、博士は邪悪な笑みを浮かべ、懐から怪しげな紙袋を取り出した。


「こうなったら奥の手を出すしかないようだね」


彼が紙袋から取り出したのは、フライドチキンだった。実はフレンチは鶏肉が何よりの大好物。彼の母親からそれを聞いていた彼は、チキンで彼を釣ろうと考えたのだ。


「食べたいかね?」


それを見たフレンチは瞳をキラキラ輝かせ、これ以上ないほどの笑顔で言った。


「はいっ!」


「助手になってくれるんなら、毎日あげてもいいんだけどなぁ」


「僕の負けです。あなたの助手になってあげますよ」


こうしてフレンチは、シナモン博士の助手になった。

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