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08夢:大魔帝国からの……刺客?

 大昔、この星には巨大な大陸が一つだけしか存在していなかった。が、数年が経って地殻変動が起こり、巨大な大陸の周囲に幾つもの島が誕生した。

そんなある年である。多くの邪悪な者達――魔物を束ねる大魔王が現れた。名を『サヤーカ・シャムシャラ・ブムトフワー』という。名前はともかくその力は絶大で、あらゆる魔族の頂点に立ち、女の身でありながら屈強な男の魔族にも引けを取らないパワーと魔力を誇っていた。

そんな彼女は魔族同士の殺し合いを禁じ、巨大な帝国を築き上げた。それが、『ブムトフワー大魔帝国』である。この帝国は、大陸の約三分の一を掌握しており、その帝国領土内を六つの区画に別け、それぞれに区画王を用意した。彼らにはそれぞれ大魔王ブムトフワーから称号を与えられ、区画内の魔族を取りまとめ、功績をあげていった。

その大魔帝国は、今より何千年も前に滅びた。理由は、他国が和平を結んで作り上げた連合軍との戦争に敗北した事だ。

彼らの帝国は、七人の賢者によって大陸から切り離され、一つの巨大な帝国島として今も尚残っている。ただし、ここへは橋を渡らねば行けず、さらに濃い霧に包まれていてなかなか渡る事は敵わない。

最早大魔帝国の復活はないものと思われていた。が、()しくも大魔帝国は復活を果たした。その証拠に、ウェスガティークル王国が襲撃されて、女子供の大勢が誘拐されてしまったのである。

ここは、そんな大魔帝国の城内。ボロボロの城内は、なんとか形を保っている状態だった。


「ご報告致します、ブムトフワー様。ウェスガティークル王国の襲撃結果、ご婦人三十名、お嬢さん百名、子供百二十名をひっ捕らえて参りました」


 紳士のような格好をした細身の長身男性が、片膝をつきながら


「クッフフフ……ご苦労であったな、ベイペルト――って、これでいいのかしら、大臣?」


「だ、大魔王様! それでは大魔王の威厳がなくなってしまうではありませぬか!! ちゃんと、口調はそのままにございます!!」


 頭部に角を生やした女性に対し、猫背の大柄の老人が指摘する。


「むぅ~面倒ね……ベイペルト、例の王国騎士団はどうした?」


 ふてくされて大臣から目を逸らす女の大魔王。と、そこで何かを思い出したというように、ベイペルトに視線を向けた。

その問いに、ベイペルトは片膝をついて頭を下げ口を開いた。


「はい、私めが確認した所、騎士団はミサキ・ドロッサムンが消えた事によって戦意を喪失……散り散りとなって姿を消しました」


「ふぅ~ん、……クッフフフ、あの憎っくき王国騎士団め! 我が魔族をこのような場所に閉じ込めた罪……許してはおけん。必ずや、一人残らず始末してくれる!!」


「ヒェ~ヒェッヒェッヒェッ……その意気でございます、大魔王様」


 拳を握り、厚い誓いを口にする大魔王ブムトフワー。その姿を、大臣が不気味な笑い声をあげて賞賛した。


「クッフフフ……ベイペルトよ、貴様にはそれ相応の褒美を与えてやらんとな……何が欲しい? 言うてみよ」


 見るからに役者染みたセリフを口にする大魔王。ずっと片膝をついたまま同じ体勢を続けていたベイペルトは、スクッと顔を上げてキリッとした表情で言った。


「……大魔王様の」


「我の……何だ?」


「ぬ、ぬぬぬぬぬ脱ぎたてのおニーソを下さいませッ!!」


「……」


 きっぱり所望の品を口にするベイペルト。その迫力たっぷりの言葉の力強さに、大魔王はもちろん傍にいた大臣も目を丸くして絶句してしまっていた。

そして、言葉の意味を理解して数秒後――。


「ふ、……ふざけるなぁあああああああああああああああああ!!」


 裂帛の気合と共に人差し指を天高く掲げる大魔王。

刹那――。


ビギャァアアアアアアアアアアアアアアンッ!!


「アグババビババビアビリババババビアグリッパバババババ!!」


 眩い光を伴った電撃がベイペルトの頭上に降り注ぎ、彼は声を震わせながら何とも奇妙な悲鳴をあげた。


「……ハァ、ハァ。き、貴様……よりにもよってこの我のニーソを寄越せだと!? そんなにニーソが欲しければ、店で買ってくればよかろう!!」


 荒い息遣いで大魔王が叫ぶ。が、電撃を浴びて髪の毛はチリチリ、体は真っ黒状態になっていたベイペルトは、それがどうにも許せないらしく、大きく首を振って自分の意見を主張した。


「未使用ではなく使用済み……そこに意味があるのでございます、ブムトフワー様!! 分かりますか? ニーソを装着した状態で激しく動く事による発汗……それにより、蒸れた足からは何ともいえない香ばしい臭いがするのでございます!! それこそまさに至高ッ!! なんともたまらない恍惚感と幸福感、満足感を得られるのですよ!!」


「ええいうるさいうるさい!! この変態変態っ!!」


頬を紅潮させ、高みに上るような表情を浮かべるベイペルトに、怖気を感じたブムトフワーは黙らせるように鞭を振るった。


「あひぃん! な、何がいけないのですか!? はふんっ! 私めは、ただブムトフワー様の使用済みニーソが欲しいと……はぁん! 申し上げただけですのに……!!」


「それがいかんのだぁあああああああああ!!」


「はふぅぅぅぅぅぅぅんッ!!!!」


 大きく口を開け叫んだブムトフワーの声量に負けぬくらいの大きさで、ベイペルトは苦悶の声を上げた。


「はぁ……はぁ……」


 鞭を何度も打って疲れたのか、大魔王ブムトフワーは額の汗を拭って玉座に腰を下ろした。


「も、もう終わりでございますか!?」


「欲しがるなっ!!」


「くッ……!」


「悔しそうにもするでないっ!! ええい全く……」


 ベイペルトのあまりにもの情けなさに、ブムトフワーは眉間を摘むようにしながら首を振った。


「まぁまぁ、大魔王様。そう荒ぶられずとも……すぐに良い知らせが入ってきましょう」


 殆ど皮状態の指で顎鬚を撫でながら、大臣は言った。

と、その時、噂をすればなんとやらで何者かがやってきた。


「ご報告致しますぞ、大魔王様! 王国騎士団に所属していると思われる男が、仲間集めをしているとの事ですぞ!! このままでは王国騎士団が復活してしまいますが、いかがなされますかな?」


 そう言っていきなり姿を現したのは、男爵風の衣装に身を包んだやや細めの体格をしている男性だった。彼は少し特徴的な口調で報告を終了させると、大魔王の指示を仰いだ。


「何ですって!? ――おほん、何だと? その話、(まこと)であろうな?」


 一瞬素が出てしまうが、すぐに威厳を取り戻すブムトフワー。


「間違いありませんぞ……この『タクヤルト・パタムス・レンダローン』、しかと、この片眼鏡で確認済みですからな」


 自身のトレードマークとも言える金縁の片眼鏡を指差し、自信満々に答える男性――タクヤルト。


「……ベイペルト、何か言い残すことはあるか?」


「お、お待ち下さいませ大魔王様ッ!! わ、私めは確かに――」


「往生際が悪ぅございますよ、『ニーソーマ・ルーメン・ベイペルト』殿! 大魔王様にそのようなお見苦しいお姿をお見せするおつもりなのですかな?」


 しゃがれた声音で、大臣がニーソーマに諭す。


「くッ……」


 大臣の言葉に、ニーソーマは悔しくて歯噛みした。


「大魔王様、これから我輩は王国騎士団の復活を阻止しに参りますぞ!!」


「うむ、よろしく頼む」


 タクヤルトの言葉に大魔王が首肯する。が、そこでニーソーマが動いた。


「お待ちなさい!!」


「何ですかな?」


 声をかけられ脚を止めたタクヤルトが顔だけ後方へ向ける。


「……この不祥事、責任は私めにございます! ここで私めがやらずにどうします!! 大魔王様、是非ともここは私めにお任せ下さいませッ!!」


「……貴様に何か策があるのか?」


「そ、それは……」


 考えるより先に口が動いてしまったニーソーマは、そこで口ごもってしまった。

その情けない姿に大魔王は思わずため息をつく。


「諦める事ですな、ニーソーマ殿? ここは我輩にお任せなされ!

必ずや憎き王国騎士団の復活を阻止してみせましょうぞ!」


「いや、私めが!!」


「貴殿もしつこい方ですな~」


『ぐぬぬぅ~!!』


 互いに睨み合いをしていた二人は、ついに唸り声をあげて臨戦態勢に入りだした。

それを見かねた大臣は、やれやれと首を左右に振って地面を杖で突いた。


「お止めなさいッ!! お二方……ここは大魔王サヤーカ・シャムシャラ・ブムトフワー様の御前なのですよ? もう少し、態度を改めなさいませ!! それほどまでに争うのであれば、公平にジャンケンでお決めなさい!」


 と、二人を叱責した大臣は、これ以上二人が争わぬようにと解決案を提示した。


「おぉ、それはいい。ジャンケンで決めるといい……そうすれば、平和に事が決まる」


 大魔王も納得のようで、大きく何度も頷いている。両者は互いに目を見ると、少し乗り気ではない顔をした。だが、ブムトフワーの手前、やらない訳にもいかず、二人は渋々というように片手を前に出した。


「さいしょはグー、じゃんけん――」


 その結果――。


「よぉおおっしゃあぁあああああああ!! 私めの勝ちでございますよぉぉぉぉお!!」


「くっそぉおおおおお!! 納得が行きませぬッ、何故、何故この我輩が負けるのですかな!? ……くぅぅぅぅ、もう一回、もう一回我輩と勝負するですぞ!!」


「フッ、いいでしょう。何度やっても同じ事でしょうがね!!」


 そう言って三回勝負に渡ってジャンケンが行われた。当初あんなにも乗り気でなかった二人だが、今ではその面影は微塵も残っていない。

そしてすべての決着が着くと。


「いよぉおおおし、やはり私めの勝ちでございましたね」


「くぅ……納得が行きませんが、致し方ないですぞ。よろしいですかな、我輩達魔族の恥を晒さぬようにお願いしますぞ!」


「かしこまりましたよ」


 タクヤルトに勝利していい気分状態のニーソーマは、肩を竦めて大魔王の近くへ歩んだ。


「して、貴様の策は何だ? これだけの時間があったのだから、少しなりとも考えたであろう?」


「はい、大魔王様。私めの部下を使います」


「ほぅ……して、その部下というのは?」


 腕組し、片手を顎下に置いたブムトフワーが尋ねる。すると、ニーソーマが指を鳴らした瞬間、この場に三匹の魔物が現れた。

ニーソーマよりもやや身長が低い鬼と、見るからに剛毛そうな毛並みをした灰銀色の狼と、十代前半くらいの未成熟な体をした女のゴーゴンだ。


「彼らでございます」


「こやつらは?」


「私めの部下にございます。彼らならば、たかが王国騎士団一人如き、赤子の手を捻るより簡単でございましょう」


 片膝を突いて、ニーソーマは自慢気に言う。


「……そこまで言うのであれば、期待してみよう。だが、よいか? しくじれば――」


「わ、分かっております!!」


 大魔王が文字通り大魔王の様な邪悪な笑みを浮かべるので、畏怖したニーソーマは、あたふたしながらブムトフワーの言葉を遮り了承の言葉を口にした。




――◇◆◇――




「はぁ、はぁ……なかなかお強いですね……レイさん」


「くす、これくらい造作もない。……そもそも、ただの騎士が、偉そうにノコノコとわたしの楽園に足を踏み入れる事が間違いだった。せいぜい後悔するといい、レイ・サイバル・レパイラムを敵に回した時点で、あなたの敗北は決まっている」


 抑揚の無い声音で、レイさんはそう言った。俺は長剣を強く握り、彼女に言い返そうと口を開く。


「そうやって余裕ぶっこいて、あっけなくやられないでくださいよ?」


「……あなた、わたしを怒らせたね。このわたしを本気にさせちゃって……確実に死んだよ、あなた」


 俺の挑発に乗っかったかどうかはともかく、レイさんは顔を一度俯かせて含み笑いをする。それから顔をあげ、不気味な笑顔で俺に死亡宣告をする。


「くッ、俺は負けません!! 来い、ライティリング!!」


「――っ!?」


 空間の裂け目から顕現するは、一本の大剣。まるで、伝説の英雄にでも仕えていたかのように、鞘はキラキラと神々しい光を放っている。そのグリップを握った俺は、一気に鞘から剣を引き抜く。


「先手必勝!! くらえぇええええええええええ!!」


 死亡宣告をされたんだ、相手に攻撃の隙を与えなければ俺が死ぬ事はそうそうありえないと踏んだ。だが、逆に言うと俺がこのまま攻め続けていないと、攻撃のチャンスを与えた刹那、俺の命はないだろう。


「無駄っ!!」


 そう言って、レイさんは表情一つ変える事無く俺の背後を取った。


――何ッ!?



 すぐさま体を捻って向きを変え、まだ残る勢いをどうにか反対側へ変え、レイさんに突っ込む。が――。


「その熱苦しいまでの機敏さ、少し面倒ね」


 途端、俺の体温が急激に低下した。毛細血管まで血が行き渡らなくなったためか、はたまた体が凍ってしまったか、足を絡ませてしまい俺は倒れた。おまけに、俺の手からライティリングが零れ落ちる。ライティリングは、床を滑ってレイさんの足元へ。


「……ハッキリ言って驚いた、まさかこんな所でお目にかかるとは。何で、あなたが持ってるの?」


「うっく……な、何の事ですか?」


 両手を突いて体を起こしながら尋ねる俺。すると、レイさんはライティリングに触れかけた所で手を止め、俺を一瞥した。


「ねぇ……どうやって手に入れたの?」


「ライティリング……は、キムさんにもらったんです。持っていてもガラクタにしかならないとかで、俺にくれて……」


「キムさん? ともかく、この剣は……いいや、やめとくよ。さぁ、その剣を手に取るといい……」


 俺に背を向け、一定の距離を取るレイさん。どうやら何かを感じ取ったようで、彼女は先ほどよりも更に真剣な面持ちとなった。凍てつくような表情がさらに凍りつき、見られるだけで体が(すく)む。


「うッ……」


 どうにか立ち上がった俺は、ライティリングをしっかりと握って一直線に突進した。しかし、レイさんは避けない。どうやら、真っ向勝負に出るようだ。ならば、このまま押し切るッ!!


「はぁああッ!!」


 裂帛の気合と共に足を踏み込み、レイさんの得物に剣の刃が交わって火花を散らす。


「くす……なかなかの威力だ。けど、所詮その程度……ふんっ!!」


 奥歯を噛み締めレイさんが目を見開くと、俺が押されだした。


「なッ……!?」


 まさか、女の人にこれほどまでの力があったなんて!! 伊達に奴隷商人と呼ばれているだけの事はある? いやでも、奴隷商人にこれほどまでの戦闘力いるか!? このままじゃ、確実に負ける……!!


「あなたの……負けっ!!」


「そうは……いくかぁあああッ!!」


 ここで死ぬ訳にはいかないんだ! 俺の目的はあくまでも王国騎士団を復活させる事にある。だから……こんな寄り道で死ぬ訳には……そんな事になったら、アンナ姫達に合わせる顔がねぇ!!


――ライティリング……お前はさっき、レイさんを動揺させてみせた。つまり、何かがお前に備わっているかもしれない……って事だよな? だったら、見せてくれよ……お前の、本当の力ってヤツをッ!!

 


 俺が心の中でそう叫ぶと、応えてくれたのだろうか? ライティリングが突然(しろ)く光り輝き出した。そして、その光はオーラとなって俺の体を纏う。すると、ありがたい事に力がムクムクと漲ってきたではないか……!


――すげぇ……もしかして、これがライティリングの力なのか!?

 ふッ……これなら、勝てるかもしれない!!



 さっきまで諦念の気持ちが微塵ながらもあった。だが、ライティリングからパワーを貰ったおかげか、その気持ちは完全に払拭された。


「ライティリング、俺に力をッ!!!!」


 叫び、俺はもう一度レイさんに突っ込んだ。


「何だか少しパワーがあがったみたいだけど、それでもわたしには勝てない!!」


 これでもレイさんは僅かながらに表情を変えるだけで、怯んだ様子はない。どこまでも肝の据わった人だ。だが、もう俺は止まらないッ!!


「くらえぇええええええええ!!!!」


 俺はグリップを強く握り、大剣――ライティリングを横薙ぎに振るった。さながら、野球選手がバットを振るうような感じである。

 同時、ライティリングが皓い衝撃波を発生させる。


「――っ!?」


 これにはさすがのレイさんも驚愕したようで、目を見開き後方に退()いた。だが一足遅かったようで、彼女の得物は弾き飛ばされ、レイさんの衣服もろとも肉を裂いた。


「ぐぅっ!?」


 渋面を作って呻いたレイさんは、患部を抑えてよろめいた。


「ば、ばか……な。このわたしが、ま……負ける、だ、なんて――」


 それを皮切りに、レイさんはその場に崩折れるように倒れて意識を失った。

一応、命までは奪っていないと思う。

俺は、手元で輝きを失ったライティリングに視線を落としていた。


「……ライティリング、一体お前は……何なんだ?」


 確かにただの奴隷商人にしては強かったレイさんも気になるが、これからずっと俺の旅の共になってくれる相棒の事は、もっと知っておくべきだろう。だが、何も分からなかった。せめてキムさんにもう一度会えればいいのだが……。

そう思いつつ、俺はレイさんの手当てを近くにいた少女に頼んだ。


「す、すみません……ここまで深手を負わせるつもりはなかったんですけど……」


「ううん! むしろ、羨ましいくらい……」


「え」


「あ、いえ! それよりも、約束通りお金はお返しするね! あと、彼女も連れて行っていいよ?」


 彼女というのは恐らく……ていうか十中八九カプセルの中にいる亡国のお姫様の事だろう。


「え、でも……レイさんの許可は?」


「だいじょぶだいじょぶ! こっちで伝えとくから!! そだ、ねぇねぇ! コドチェンしない?」


「こ、こどちぇん?」


 突然知らぬ言葉を言われ、疑問符が浮かぶ俺。


「え、もしかして知らない感じ!?」


「えとね――」


 俺が何の事だか分からずに混乱していると、少女が信じられないというような顔で俺の隣に立って説明してくれた。

彼女が言うには、コドチェンとは『連絡暗号(コンタクトコード)』を交換―ー即ちチェンジする事を指し、所謂メアドみたいな事らしい。何だか言葉の意味が違うだけで、すごく身近な物に感じられるかもしれないが、実際は全然違った。何せ、この世界には携帯なんてものは存在しない。ではどうするのか? そこはよくゲームとかで見かけるであろうステータス画面を使用するのだ。

ゲームなどではスタートボタンやセレクトボタンなどを押せば開くが、この世界ではどうするのか? 方法は至って単純。心の中で開け! と念じれば、それで万事OKである。そんなんでいいのかと思う人もいるだろう、俺もその一人だ。だが、そうである以上その方法を取るしかない。

ともかく、この世界の事が少しずつではあるものの分かってきた気がする。


「あ、ありがとうございます」


「も~、コドチェンした仲なんだから、そんな他人行儀はやめてよ~。普通にタメ口でいいよ?」


 手を振り少女が優しく笑む。そう言われ、俺は恐る恐る口を開く。


「じゃあ、……さ、サンキュー」


「いいえ~♪」


 俺は先に受け取っていた鍵で彼女を開放してあげようとした。カプセルに備え付けてある鍵穴に鍵を差し込み回す。すると、ガチャッ! という音と共に、カプセルにくっついていたパイプからカプセル内の液体が吐き出された。

と、そこで俺は顔を真っ赤にした。


「ブッ!?」


「あらら~、そういえば彼女奴隷で結構扱いがデリケートになってたから、洋服着せてあげてなかったなぁ~」


 わざとらしく口元に手をやって悪質な笑みを浮かべる少女。あ、ちなみに彼女の名前は『ミルフィー・レパイラム』というらしい。レパイラムと聞いて、レイさんの家族なのかと言われると、そうでもないらしい。なんでも彼女は捨て子らしく、そこをレイさんに拾われて奴隷になったそうだ。捨て子の生活から奴隷の生活というのも、あまり聞こえはよくないが、彼女にとっては願ってもない待遇らしい。まぁ、本人がいいのだから俺はとやかく口を出さない。


「な、何か服はないのか?」


「そだね~、ここは奴隷市場であって洋服店じゃないから……洋服なら、新・ご主人様であるユーマが買ってあげれば? ご主人様なんだから、それくらいの甲斐性は持とうね!」


 まぁ、大抵のご主人様なら、奴隷なんだから服などいらん! とか言って、最初から着ているなら剥ぎ取り、着ていないならそのままという事もありえるだろうな……。さて、俺はどっちにしようかな~。

とかちょっと悪い事を考えながら顎に手をやり、裸の妖精姫を見ていると、片手で胸を、もう片方で下腹部を押さえ恥ずかしそうにしながら妖精姫が俺を睨んできた。


「わ、分かってるって! ちゃんと、買ってやるから!!」


 そう彼女に伝えると、少しは安堵したものの、羞恥は消えないようだった。まぁ、当然だよな。


「えっと……まだ名前聞いてなかったな」


「あ、わたしは『マユーシャ・エイレラ・トゥルリーム』と言います。マユとお呼びください、ご主人様!」


――……ん? ちょちょ、チョイ待ち。



「す、すまん……今、なんて?」


 人差し指を一本立て、少し申し訳ない顔をして訊く。


「はい? だから、マユとお呼びに……」


「えと、……え!? ま、マユ……なのか?」


「は、はい……そうですが」


 俺の確認に、不思議そうな顔で首肯するマユーシャ――もとい、マユ。

いやいやいや、ちょっと待ってくれ。俺が知ってる真夢は、こんなんじゃない。もしも彼女が真夢なら――。




「はぁ? あんたがご主人様ぁ~? マジありえないんだけど!! ざけんじゃないわよ、何でこの私があんたみたいなクズ男の奴隷なんかにならないといけないワケ!? うぉえ、マジ吐き気するんですけど!! あんたみたいなブタの方が奴隷にお似合いよっ!!」




 なんて事を言いそうなのに……。


「どうか、しました?」


 こんな恥じらいを持った清純そうな子が、マユ……? 俺はついに頭がイカれたのかと思った。だが、今までの事を考えればこっちのマユがこうなっていてもおかしくはなかった。現に、ユウヤやレイナさんがそうである。無論、ミサキさんとて同様の事。

つまり、夢の世界の住人は性格が変化するのである。時折、顔さえも。

今を思えば、どことなく彼女は真夢の面影が残ってはいる。カプセル内にいた事もあるが、レモン色に近い金髪がウェーブがかって腰辺りまで伸びているため、少しばかり分かりにくかったのだ。

とにもかくにも、こっちの世界で生意気な双子の妹を見つけてしまうとは……しかも、亡国の姫君で、妖精で、俺の奴隷……。何だかすんごく犯罪的な事をしている気分になる。


「ご、ご主人様?」


「昔はあんなにお兄ちゃんお兄ちゃんって甘えてたのにな……」


「え、お、お兄ちゃん?」


「あ、悪い、こっちの話だ。それじゃあ、そろそろ行くか。じゃあな、ミルフィー。レイさんによろしく伝えておいてくれ」


「うん、了解♪ 元気でね、ユーマ。それと、マユも」


「あ、はい」


 そういや、テレパシーの時は普通に喋ってたのに、急に敬語になったな……奴隷の身としての自覚だろうか? まぁ、俺はどっちでもいいけど。

俺とマユの二人は、奴隷市場を後にし王国へ引き返そうとしていた。

が、その前に馬だ。にしても、人がいなくて助かった。奴隷なので洋服を着ていなくても仕方ないのだが、傍から見たら俺が犯罪者に見えてしまいそうだからな。

 

「そういえば、やけに値が高かったがどうしてだ? やっぱり、亡国の妖精姫ともなれば値が張るのか?」


「いえ……それだけが理由じゃ、ないと思います」


 と、そのままマユが続きを話そうとした刹那である。


ヒヒィィィィンッ!!


 という馬の(いなな)きが聞こえた。恐らく、俺が連れてきた馬だ。何かあったのか?

マユの手を引き、俺は走って馬を繋げていた場所へ向かう。

 そして、俺は目を見開き立ち止まった。


「こ、これは……」


 目の前でもくもくと舞い上がる土煙。しかし、それ以上に俺の目を引く物があった。それは、土煙に混じった三つの不気味なシルエットである。

俺は、マユを後ろに下げて腰に提げていた長剣を抜刀した。


「誰だッ!!」


 警戒しつつ叫ぶと、怪しい笑い声と共に土煙が風に流される。そして敵と思われる三人の姿が露になる。


「――ッ!?」


 そこには、大きな鬼と、俺より大きな狼と、マユより少し背の低いゴーゴンがいた。見るからに魔族……ということは、大魔帝国のやつらか!?


「お前ら……誰だ?」


「俺様の名はホップ!」


「オレっちの名前はハーギィ!」


「あ、あたしはメイサ」

 

『わ、我ら、鬼狼蛇三人組(きろうじゃトリオ)


 何だか、トリオにしては少しばかり息があっていないような気がする。


「大魔帝国からの刺客か!」


「よく分かったな! その通りッ!!」


「オレっち達の目的はただ一つ!」


「ニーソーマ様のご命令……王国騎士団復活を目論む人間の殺害!」


 まるで打ち合わせでもしたのかというように、本来一人で言うだろうセリフを、三人で役割分担して口にする。


「……とにかく、敵だっていうんなら容赦はしない! 行くぞッ!!」


 さっそく構えた俺は、センターにいた狼に切りかかる。


「おおっと! そう簡単にはやられ――いてッ!? おい、メイサ邪魔だ! ボ~ッと突っ立ってんじゃねぇ!!」


「ご、ごめん!!」


 おっと、いきなり喧嘩しだしてるし! ホントにトリオか? これじゃお互いの力を上手く引き出せないだろうに……って、敵なんだからそんな心配はいらないか。


「スキありッ!!」


 と、俺は相手が油断している隙を突いて攻撃した。


「んなッ!?」


 よし、これで一匹仕留め――と、それこそが俺の油断だった。


「ハーギィくん!!」


 すかさず、先ほどのゴーゴン少女―ーメイサが俺の長剣を石にしてしまったのだ。これではただの鈍器である。


「イデッ!?」


 が、威力は十分。灰銀色の狼――ハーギィは、大きなたんこぶを頭部に作って目を回し、倒れてしまった。まぁ、結果はどうあれ一匹片付けた。残りは二匹!


「あ、……どうしよ」


 仲間を助けるはずが失敗に終わってしまい、あたふたするメイサ。と、俺はそこでふと思った。


――あの鬼……ゴブリンのポップはどこ行った!?



 すっかり見失ってしまった。もしかすると、あいつが一番しっかりしてるのかもしれない。このままじゃ、俺がやられちまう……。

そう思っていたのだが。


「取ったぜ、人間ッ!!」


 後方の上空から声がした。そちらに視線をやれば、俺に飛び掛ろうとしていうポップが。てかおい、俺に居場所を知らせてどうするよ!

なんとも、ダメダメな連中である。


「へへ、上空からの攻撃くらいやがれ!!」


 いや、飛び降りているお前は羽でも無い限り移動できないだろうけど、俺は地上にいるから移動出来るんだよな……。

と、俺はすかさずポップの落下地点を避けた。


「んなッ、よ、避けんなよ!! わわ、うわぁあああああ!!!?」


ドォォォォンッ!!


 ……本当にこいつら、大魔帝国の刺客なのか? とてもそうは思えないほど弱いぞ。

 地面に顔面から落下して目を回すポップを、俺は頭をかきながら見下ろす。


「ど、どうしよう……ポップくんも、ハーギィくんも倒されちゃった……こ、この人強すぎるよぉ~!!」


 いやいやいやいや! こいつら殆ど自滅だろ!! 俺殆ど何もやってないぞ!?


「……うぅ、二人の仇! くらえぇ~!」


 最後の一人、メイサが愚図りながらこっちに走ってきた。そういや、こいつはゴーゴン……目を見たらマズイッ!!

そう思って顔を腕で覆おうとしたその時である。


「きゃっ!?」


 コテッという可愛らしい擬音が相応しいかもしれない、ドジなこけ方をしたメイサ。同時、彼女の放った石化光線が俺の鎧で跳ね返り、自分の足を石にしてしまった。


「や、やだぁ! う、動けないよぉ~!!」


 ……もう一度言う。本当にこいつら、大魔帝国の刺客か? てか、俺達王国騎士団ウェスガルディアは、こんなやつらにやられたってのか!? そっちの方が恥ずかしい!

俺はすっかり戦意喪失してしまっていた……別の意味で。


「はぁ……」


 最後に大きく嘆息した俺は、石化された長剣でメイサの頭を軽く殴った。


「きゅぅ~」


 これまた可愛らしい声でノビてしまったメイサ。同時、彼女の足と俺の長剣の石化が解けた。どうやら、気絶したりすると石化は解けるようだ。


――……帰るか。



 情けない姿を晒す鬼狼蛇三人組を半眼で一瞥した俺は、踵を返して馬に跨り、マユと一緒に王国へ引き返すのだった……。

というわけで、何とか締め切り前に10万文字を突破しました! パチパチ!

これで一応一段落つけます。

今回は敵サイドにスポットライトを当ててみました。いやはや、味方側よりも個性的な口調のキャラが多いですね。また、送られてきた刺客のザコっぷり。これはただ単に自分の趣味です。敵なんだけどポンコツで、思わず気絶させるだけにするという。こういうほんわかした感じも好きです。一応、まじめに戦うシーンもご用意してはいるので、ご安心ください。

それではまた次回。

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