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05夢:弓道部の麗人

 俺は現在、部活棟のとある場所を訪れていた。


ギギギ……パシュンッ!!


「おぉ」


 思わず感嘆の声を洩らす。

ここは、弓道部の部室だ。ここでは、主に弓道部の生徒が的へ向かって矢を射ている姿が見受けられる。そして、俺は現在一人の女子生徒の矢を射る姿を見ていた。長い黒髪を結い、ロングポニーテールにしている彼女は、銀色の縁をした眼鏡をかけ、キリッとした目つきで的に向かって矢を射ようとしている。

物凄い集中力だ。立ち姿もシャンとしていて、袴姿も似合っている。和服美人といった感じだろうか? 

 そして、また一本の矢が放たれた。的へ視線を向けてみれば、その矢は見事に的の中心を射ていた。


「さすがです、先輩!」


「きゃ~素敵!!」


 同じ部活内の部員達が、拍手しながら歓声をあげる。


「ふぅ……これくらい、ただのウォーミングアップです。ん?」


 軽く息を吐いて、皆の声に応えると、その女子生徒は畳の上で正座をして待っている俺の姿を見つけた。


「あ、どうも」


 一応と、俺は軽くお辞儀をした。すると、彼女は他の部員に練習を続けるように告げ、俺の横を通り過ぎた。


「少しそこで待っていて下さい、着替えてきますので」


 そう言うと、扉を開けて女子生徒はこの場を後にした。

彼女が、今回の依頼主である高等部三年生の稲荷川豊先輩だ。

 弓道部の部長である彼女の依頼内容は、既に確認している。何でも、彼女の妹の周囲に変質者が出没するらしいのだ。

だが、それだけでは情報不足なので、詳しい話を聞くために、こうして俺が出向いたのである。


「……お待たせしました」


 数十分して扉が開き姿を現したのは、結っていた髪の毛を下ろし、眼鏡を外している稲荷川先輩だった。長い黒髪はしっとりと水気を含み、室内の照明に照らされて艶めいている。その髪の毛を、先輩はタオルで拭いているところだった。


「……ごくっ」


 き、綺麗だ……。普段眼鏡かけてたり、髪の毛結んでる女の子があまり見せない姿を見せると、ドキッとしちゃうらしいぞって浩介が言ってたけど、ホントなんだな。


「しゃ、シャワーでも浴びてたんですか?」


 まさか汗な訳あるまいし、俺はふとそう尋ねてみる。


「はい。殿方の前ですので、ちゃんと清い体でいなければ」


「さ、左様ですか……」


 い、いかん、思わず普段使わない言葉遣いに……。

 にしても、な、何という真面目ぶり……いや、これはマナーというべきか?

いずれにせよ、先輩は佇まいも完璧だし、和装の麗人って感じだな。


「どうかなさいました?」


「あ、いえ……ところで、依頼内容ですが」


 どうにもこの空気は苦手だな……なんていうか、堅苦しい感じ。


「はい。実は、私には妹がいるのですが……」


「ああ、変質者が出るって話ですよね?」


 俺としては情報の詳しい部分を知りたいので、大まかな部分は省きたかった。

しかし、稲荷川先輩は片眉をヒクつかせて声をあげた。


「……あなた、人の話は最後まで聞くように言われてないのですか?」


 機嫌を損ねたか、少しムスッとした表情で稲荷川先輩が俺に問う。


「あ、いや……その、すみません」


「分かればよろしい。それでは続きを話しますね?」


 それからは地獄だった。約二時間――いや、それ以上かかったかもしれない稲荷川先輩の説明。途中からは、ほぼ妹の話しかしてなかった気がする。

かいつまんで説明すると、稲荷川先輩の妹『稲荷川(いなりがわ) (みのり)』は、初等部に通う小学六年生だ。セミロングの髪の毛を両結びにしているらしく、身長は135cm、体重は27.8kg、スリーサイズが上から62.5、49.5、69.8、好きな食べ物が稲荷寿司。嫌いな食べ物が緑の野菜、下着は、月曜が水玉、火曜がストライプ、水曜が――って、これじゃ俺が誤解されちまう! ご、誤解しないでもらいたいが、これはあくまで俺が入手した情報ではなく、稲荷川先輩が俺に教えてくれた情報だ。いや、ここまで教えてほしいとは頼んでいないのだが。

 とにかく、穣ちゃんの事になると必要としていない事でさえ出てくる程だ。恐らく、稲荷川先輩はそれほどまでに妹の事を溺愛し、大切にしているのだろう。だからこそ、その大切な妹に害虫が纏わりつくのは我慢ならないのかもしれない。

 ちなみに、その穣ちゃんの近辺に変質者が見受けられるようになったのは、二、三ヶ月ほど前の事らしい。


「……このように、穣の周りには明らかな変質者がいます。これを即刻ひっ捕らえ、私の前に引きずってきて下さい」


「ひっ捕らえろと言いましても、手段が……」


 確かに、怪しい人物を取り押さえたいのは俺も同じだ。でないと、あの生徒会から開放してもらえないからな。だが、そのためにも情報が必要だ。せめて、どの辺りに出没するとか……分からないのだろうか?

 そんな事を思っていると、眼鏡のブリッジをあげた稲荷川先輩が俺を見た。


「仕方がありません、着いて来て下さい」


「は、はい……」


 どうにも先輩の無表情と眼鏡の奥に見える鋭い眼光は苦手だ。




 しばらく歩いて到着したのは、弓道部が使用する女子更衣室の前。


「ちょ、ちょっと、こんな所へ俺を連れてきて何のつもりです!?」


「少し待っていて下さい、すぐに持って来ますので」


「え?」


 持ってくる? 一体何を持ってくるのだろうか?

 首を傾げ、訝しげに稲荷川先輩の後姿を見届ける俺。先輩は更衣室の中に入ると、ものの数分で戻ってきた。その片手には、小型端末が握られている。


「こ、これは?」


「映像受信機のようなものです。これで、とある場所に設置しているカメラの映像を見る事が出来ます。確か……一昨日の15時32分13秒に……」


 俺に一通り端末の説明をくれると、稲荷川先輩はブツブツと独り言を呟きながら端末を操作した。それから俺の隣に立ち、端末の映像を見せてくれた。

 余程高画質なのか、端末の映像は凄く見やすいものだ。場所は、どこかのロッカールーム。恐らく更衣室と思われるが、一体その映像が何で……。

と、疑問が解決する前に映像に変化があった。扉が開いて大勢の女子生徒が入ってきたのである。しかも、その格好ときたら水着姿である。どうやら、体育でプールの授業があったらしい。でも、これってどう見ても……。


「先輩、これって……盗撮――」


「何を言っているのですか? これが盗撮? バカバカしい、私は何も犯罪的な事など行っていません。私はただ、穣が悪い男達にいかがわしい事をされていないか、心配しているだけです」


 いやいや、どう考えてもこれはその範疇を超えてる気が……。


「で、ですが……」


 う~ん、本当はこの人が変質者なんじゃないのかと、思わず疑いたくなってしまう。

と、そこで映像に稲荷川先輩に似た可愛らしい女の子が映る。髪の毛を両結びにし、元気よく更衣室に現れるその少女。間違いない、彼女が稲荷川穣だ。


「この子が穣ちゃんですか?」


「はい、どうです? 可愛いでしょう? 穣はいつも髪の毛から洗うのですよ? それも、前髪からです。その後は両手、それから両腕、両足と来て……ムフ」


 間違いない、この人が変質者だッ!!


「あの、稲荷川先輩。本当は、あなたが変質者なんじゃ?」


「なっ!? し、失礼にも程があります!! 私があんな悪質な変態達と同類であると!? ありえません!!」


 いや、盗撮してるし……妹のプライベート知りすぎだし、何よりも今俺の目の前で犯罪臭がプンプンするものが流れてるんだけど。


「いや、でも……現に着替えの映像が流れて――」


 と、そこで稲荷川先輩が端末を俺から取り上げた。


「こ、ここからは殿方には見せられません! ここから先は、同姓である私のみが見る事を許されているのです!!」


 顔を真っ赤にした稲荷川先輩が、端末を己の胸に抱きながら言う。


「いやいやいや、同姓でもさすがにこれはマズイですよ!! ちゃんと、生徒会に報告しないと!」


「そ、そんな! つ、通報するのですか!? す、少しオーバーすぎではありませんか!?」


 さすがに己のしている事が悪い事であるという常識はあるようで、動揺した稲荷川先輩の表情に変化が表れる。


「つ、通報って……そんな、警察じゃあるまいし。そもそも、俺に何かを見せようとして連れてきたんじゃないんですか?」


「はい、もちろんそのつもりでしたよ? これです」


 そう言って再び端末を見せてくる稲荷川先輩。そこには、部活棟近くを歩いている穣ちゃんの姿を上から捉えた姿が。ていうか、この角度も明らかに盗撮だろ!


「せ、先輩……」


「そ、それよりも、肝心なのは穣の後ろです!」


「後ろ?」


 言われて後ろに注目してみれば、そこには確かに一つの人影が。しかも、何か黒光りする物を手に持っている。ま、まさかアレは……!?


「カメラ、ですか?」


「はい、私もまさかとは思いましたが……。まさか、あの可愛い穣の魅力に、ついに盗撮に走ってしまうだなんて。それほどまでに穣が可愛いという事ですね」


「は、はぁ……。ていうか、あなたのこれも十分盗撮ですよ?」


「とにかく、この盗撮野郎を捕まえなくてはいけませんね!!」


 その盗撮野郎と稲荷川先輩は、大して変わらないと思うんだがなぁ……。と、俺の感想はともかく、確かに身内より全くの赤の他人の方が、盗撮された穣ちゃんの危険度は高い。急いで探さないと!


「稲荷川先輩、これってもう少し拡大とか出来ないんですか?」


「そうですね、それなら打ってつけの知り合いがいます」


 そう言って再び俺は稲荷川先輩の先導の下、どこかへと連れて行かれた。

そうしてやってきたのは、科学研究発明同好会。なんとも名称から怪しさムンムンの場所ではあるが、ここにあの真面目な稲荷川先輩の知り合いがいるのだろうか?

と、思っていると。


ガラララ。


「え!?」


 さも当たり前のように、稲荷川先輩が躊躇なくノックもなしに扉を開け放つ。


「ちょっとせんぱ――」


チュドォンッ!!


 俺の言葉を遮るように、大音量で爆音が轟く。しかし、稲荷川先輩は特に驚く様子もなく、毅然とした態度で中へ。

と、爆音が収まった所で、見知らぬ二人の少女が白衣姿で駆け回る姿が視界に映った。


「お久しぶりですね、麻博、博美」


 どうやら二人のと思われる名前を口にする稲荷川先輩。


「あっ、豊ちゃん! おひさだね!」


「豊ちゃん、おっぱい揉ませてぇ~!!」


「駄目に決まっているでしょう!」


 自分の胸を庇う様にしながら稲荷川先輩が顔を赤く染める。


「ぶぅ~! いいじゃん、減るもんじゃなし」


「そんなに揉みたいのであれば、自分のを揉めばいいではないですか」


「え~、あたしのはつるぺったんだし……」


 袖から手がちゃんと出ていない少女は、自分のまな板の様な虚しいそれに手を添えながら言う。その言葉に、その隣に立っていたもう一人の少女は、口を手にやってクスクス小さく笑った。

それにしても、よく似たこの二名。見るからに双子のようだ。


「あの、稲荷川先輩。彼らは?」


「あ、説明が遅れましたね。二人は家が近所でして、よく公園で遊んでいたのです」


 そう言って二人との出会いの話をしてくれる稲荷川先輩。


「そうそう! 豊ちゃんって、今でこそこんなんだけどー、昔はねー?」


「や、やめてください! 人の過去をいろいろ言うのはプライバシーの侵害です!!」


「ちぇ~」


 突然昔話をしかける双子の一人を止める稲荷川先輩。それが不満なのであろう少女は、心底つまんなそうな顔をする。

と、そこで、俺はずっと気になっていた事を口にした。


「あ、あの……どっちが麻博さんで、どっちが博美さんなんですか?」


 頬をかきながらそう俺は質問した。双子である二人。どっちがどっちなのかいまいち分からなかった俺は、そう確認の問いを投げかける。

すると、双子の片割れが元気よく手をあげた。


「あ、あたしが博美だよー?」


 白衣姿の少女。髪の毛が肩口をくすぐる程度に伸びている。だが、それはもう一人も同じのため、どうにも見分けがつかない。


「ぼくが麻博だよー?」


 と、次いでもう一人が手をあげ口を開く。一人称が「ぼく」とは、また変わってるな。少しボーイッシュな性格なのだろうか?


「お二人は何年生なんですか?」


 俺の質問だ。身長が低いが、見た目に反して……という場合もある。制服を見れば一目瞭然なのだが、白衣をきちんと身に着けてボタンをとめているため、制服がよく見えなくて分からないのだ。まぁ、その白衣は、手が袖から出ていない事と裾が地面すれすれであることから、サイズが合っていないようだが。


『中等部三年生だよ~!!』


 二人は声を揃えて言った。心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべる二人。息もぴったりで、ますますどっちがどっちだか分からなくなる。にしても、やはり一卵性双生児なのだろう。こんだけ似てるんだし……。


「えっと、じゃ……敬語じゃなくても、いいんだよな?」


「うん、いいよ。そもそもあたし達、敬語なんて気にしてないし。それに、ふつーに上級生にもタメだもんね?」


「そーだね」


 俺の言葉に、麻博と博美はお互いに顔を見合わせ首を倒しながら言う。お互いに顔を向け合っていると、まるで鏡のようである。


「さて、本題に行きますね。麻博、博美。二人に頼みがあります」


「んー? なになに?」


「楽しいこと!? 実験とか!?」


 稲荷川先輩の頼みという言葉に、麻博、博美の双子姉妹はきゃっきゃと楽しそうにはしゃぐ。まるで遠足を楽しみにしている子供のようだ。


「いいえ、違います。二人にはこの映像を解析してほしいのです」


 そう言って先輩は、スッと二人の目の前に端末を差し出す。


「これは?」


「以前麻博達にもらった端末です。ありがたく、使わせてもらっています」


 お前らが作ったんかいッ!!

真面目な先輩を駄目にした原因がこの二人であると判明し、俺は内心ツッコんだ。


「あ、そーいえば作ったっけ? ごめ~ん、なにぶん昔の事だから忘れちゃってたよー」


 博美が、大して悪びれた様子もなく笑う。てか、昔の事って一体いつから稲荷川先輩は妹を盗撮しているんだ?


「それで、これを解析してほしいってゆーのは?」


 麻博が首を傾げながらその真意を問う。


「実は、穣が何者かに盗撮されているようなのです」


「ほぉ! それは一大事ですな~」


 なんとも芝居がかったような口調で、博美がキラキラした笑みを浮かべる。まるで、面白い話にワクワク感を抑えられないという感じだ。


「ふむふむ、ではさっそく解析してみよー!」


 そう言って解析が始まった。


「そういえば、ここって科学研究発明同好会って書いてあったが、どんな事をするんだ?」


「んー? そだねー、主に実験かなー? 爆発とか、それと……爆発とか、後エクスプロージョンとか!」


 いや、爆発しか言ってないし。てか、さっきのもそうだけど、それって学校側としていいのだろうか?

ふとそんな素朴な疑問が浮かぶが、まぁ了承を得てるからこの同好会は存在しているのだろうし、いいんだろう、うん。


「後は、たまに研究してるかな? 最近だと、液体の研究とか……。う~ん、後は発明をやってるよ。えっと、この間は……何したっけ?」


 麻博が、顎に人差し指を添えてう~んと考え込んでから、博美に訊く。


「えとね、確か味の変わる飲み物の発明じゃなかったかな? これ一本であらゆる飲み物が飲める~ってやつ!」


「あ、そーだった! あれはなかなか面白かったね」


「最終的には、わさびとか飲み物じゃないものが完成しちゃったけどね」


「あはは!」


 二人はそう言って互いに笑った。しかし、早く端末の映像を解析してほしい稲荷川先輩としては、それが気に入らないのだろう。不機嫌そうな顔をしている。


「早くしてください」


 腕組した稲荷川先輩が、仁王立ちでそう言うと、身の危険を感じたのか麻博と博美は何度も頷いて作業へ取り掛かった。

それから約三十分が経過した頃、解析が終わったようで博美(……だよな?)が、手招きして俺達二人を呼んだ。

彼女の近くへ行くと、端末をパソコンに接続した状態から映像を引き出し、それを解析し終わった動画が流れていた。


「これを見て!」


「ん?」


 言われて画面に接近してみる。


「あはは、ごめんごめん。拡大するからちょっと待って?」


 俺達が見にくそうにしているのを見て、苦笑した博美が映像を拡大してくれる。これで少しは見やすくなった。


「こ、これは!!」


「い、稲荷川先輩、知ってる人なんですか!?」


「いえ、知らない男です」


「ガクッ!」


 先輩の紛らわしい反応に、俺は思わずズッコケてしまった。


「あ、それ写真部の人じゃないっすか?」


 そう言って俺達の背後から声をあげた何者か。そちらに顔を向ければ、そこにはたっぷりとお腹に肉をつけた白衣姿の男子生徒が、抱き締めるように両手でポテチの袋を抱え、口に一枚ポテチを咥えている姿があった。


「もー、だるまっち~部室内では飲食禁止だよー? ちゃんと飲食エリアで食べてくれないと!」


「あ、すんません。ちょっと小腹が空いちゃって」


 両手が塞がっている彼は、軽く頭を下げて謝罪するとそそくさとこの場を後にした。


「あの男子生徒は?」


「ああ、だるまっち? 本名は『樽間(たるま) 周平(しゅうへい)』。樽間って苗字で、名前がしゅーへいなんてありきたりな名前だから、だるまっちって呼んでるの」


 俺の質問に、博美があまり興味なさそうに返事をして紹介をくれる。


「部員なのか?」


「うん、この部活にはあたしと麻博も含めて三人しかいないからねー」


 右手の三本の指を立てて博美が言う。


「じゃあ、さっきの樽間ってやつが三人目か。ん、ちょっと待てよ? あいつって――」


 と、そこで俺は思い出す。さっきの男子生徒の制服。あれは高等部の物じゃなかったか?


「うん、高等部一年生だよ?」


 俺の心を読み取ったか、博美が笑顔で学年を教えてくれた。


「え!?」


 衝撃の事実というか確信に、俺は目を丸くする。ちょっと待て、確か麻博と博美は中等部三年生だったよな? で、さっきの樽間は高等部一年生。いやいやいや、立場逆転してるだろ!!


「ちょっと待ってくれ、博美。一つ質問いいか?」


「どーぞ?」


「部長って誰?」


「あたしだよ?」


 なんでやねん! 俺は思わずノーマルなツッコミをしてしまった。だってそうだろ、何で高等部一年生である樽間じゃなくて、中等部三年生である博美が部長なんだよ!!


「ちなみに、副部長は?」


「ぼくだよ?」


 声が聞こえていたのだろう。近くにいた麻博本人が、顔をひょっこり覗かせて声をあげる。

おいおい、マジかよ。

ちょっとした変な同好会に、俺はなんとも言えない気持ちになった。

何はともあれ、樽間のさっきの言葉のおかげでヒントは得た。


「写真部の人間だって言ってましたよね?」


「はい。まぁ、カメラを持っている時点でそんな感じは薄々していましたが……」


 いやいや、そしたら趣味でカメラ持ってる人も写真部になっちゃうでしょ!!

と、内心ツッコミながら、俺達二人は科学研究発明同好会を後にした。

そうしてやってきたのは、写真部。ここに穣ちゃんを盗撮していた犯人がいるのだろうか?

コンコンとノックをして扉を開けると、電気を点けていないために真っ暗な部屋が広がっていた。パイプ椅子があちこちに放置され、カメラが何台か机の上に置かれている。


「むむっ、君達は何だ? この僕に何か用でも?」


「あなたですね、私の可愛い妹を盗撮していた犯人は!!」


「おやおや、一体何の事やら僕には分かりかねるね~」


 あくまでシラを切るのか、肩を竦めて首を左右に振る男子生徒。


「では、あなたの後ろの白板に貼られた何枚もの写真は、何なのですか?」


「ギクッ!? い、嫌だな~。こ、これはただの写真だよ。実に美しい景色が広がっていたものでね、つい撮ってしまったのだよ、ハハハ」


 稲荷川先輩の鋭い指摘にたじろいだ男子生徒は、目を逸らしながら乾いた笑いをあげる。


「もう観念しては如何ですか? あなたが犯人なのは既に分かっています」


「ふんッ、証拠でもあるのかね? 私情で僕を犯人に仕立て上げているのだとしたら、それは悪い事では?」


「いいえ、証拠ならあります。この端末に」


 そう言って稲荷川先輩が端末を突き出す。同時、映像が流れ出す。その映像を目にした男子生徒は、大量の冷や汗を流し始めた。それから白板に背中を密着させて首を左右に振り出した。恐らく、否定をしているつもりなのだろうが、その反応が何よりの証拠だった。


「さぁ、あなたの名前を聞かせてもらいましょうか?」


「い、嫌だ……黙秘権発動ッ!!」


「答えなさいっ!!」


「ひぃっ!?」


 稲荷川先輩のそのあまりにもの迫力に、男子生徒は顔面蒼白となって背中を密着させたまま腰を落とした。どうやら腰が抜けたらしい。また、背中を密着させていたせいで、白板に貼られていた写真が剥がれ落ちてしまった。その一枚を手に取った稲荷川先輩は、少しニヤついた笑みを浮かべた。


「せ、先輩?」


「なっ、何でもありません! さ、え~っと……()明くんでしたっけ?」


()明です! 種明じゃありません! 穂明遊馬ですよ」


「では、穂明くん。彼を拘束して名前を聞いてください。そして、二度と私の妹に近づかないと約束させて下さい」


「は、はぁ……」


 何故俺がやらなければならないのだろう。自分で頼めばいいのに、男が苦手? って訳でもなさそうだし……。


「あ、あの……お名前は?」


 一応制服から見て先輩なのは間違いないので、俺は一応敬語で尋ねる。


「ほ、細長……『細長(ほそなが) 琢也(たくや)』。高等部三年生だ」


「えと、細長先輩……」


 名前を確認した俺は、先ほど稲荷川先輩が言っていた言葉を思い出して彼に要求する事にした。


「あの、細長先輩。どうして穣ちゃんを盗撮したんですか?」


 と、理由を尋ねている途中で、俺は先輩の傍に落ちていた何枚もの盗撮写真を手に取る。そして、目を見開いた。先輩はどうやら、穣ちゃん以外にも女の子を盗撮していたようだ。

明らかに盗撮と思われる写真の数々。被写体の少女達は明らかにこちらに目線を向けておらず、その存在にも気づいていない様子だ。現に、その無防備な姿を多く晒している。だが、まず何よりも問題は……。


「先輩、これって……初等部の女子生徒ばかりなんですけど」


「当たり前だ、僕は十二歳以下の女の子にしか興味がない!」


 眼鏡をかけてもいないのに、眼鏡のブリッジを上げる細長先輩。。同時、架空の眼鏡が光った気がした。


「は、はぁ……」


「なっ、そ、それってロリコンではないですか!!」


「ふッ、ロリコンの何が悪いのだ? 元より人間の大半は子供が好きになるように出来ている。そして、子供達は育ててもらえるように、構ってもらえるように可愛い顔をしているのは当たり前なのだ! つまり、僕は彼女達の写真を撮っていいのだ!!」


 いや、意味分からないんだけど! 駄目だ、この人の言っている意味が分からない!! どういう理屈で彼女達を撮っていい事になるんだ?


「先輩、どんな理由にせよ、盗撮はいけない事だと思います」


『うぐっ!?』


 気のせいだろうか、細長先輩ともう一人声が聞こえた気がした。


「ましてや、小さな女の子を撮るなんて、もしも誤って犯罪に走ったらどうするんですか!」


『うぐっ!?』


 またもや細長先輩以外の声が。いや、まぁ……この場には三人しかいないんだから、後一人は容易く判明するんだが。


「とにかく、この事は生徒会に報告しますからね! 停学なりなんなり、くらってください」


『そんなっ!?』


「……あの、稲荷川先輩。どうして細長先輩と同じ反応するんです?」


「は、はて? な、何の事だか分かりませんね」


 眼鏡のフレームに人差し指と中指で触れ、気品溢れる女性……みたいな雰囲気を出す稲荷川先輩。だが、既にその中身を知りすぎた俺は、そうは見えなかった。おかしい、初対面ではあんなに和装の麗人みたいだったのに。今では、ただの妹好きの変態にしか見えない。ていうか、細長先輩と大して変わらないようにしか見えない。


「や、やめたまえ穂明君」


「え?」


 と、いきなり細長先輩が、稲荷川先輩を庇いだした。一体、どういう風の吹き回しだろうか?


「彼女は悪くない。彼女はただ、妹を守りたかっただけなのだよ。悪いのは僕だ。僕が盗撮なんて馬鹿な事をしたのがいけなかったのだ」


「いや、まぁ……罪を認めるのはいい事ですけど」


 逆に気持ち悪いと感じるのは、俺だけだろうか?


「ほ、細長くん」


「すまなかった稲荷川さん。僕はただ、可愛い女の子を撮りたかっただけなんだ。中でも君の妹はとびきり可愛かった。毎日明るくて部活棟へ訪れては笑顔を振りまいてくれていた。僕は彼女の笑顔に感動したんだ。そして、気づいたら彼女の虜になってしまっていた。本当に申し訳ないッ!!」


「……穣が、天使……」


 膝をつき、四つんばいで項垂れ己の犯した罪を告白する細長先輩。それを聞いた稲荷川先輩は、顔を少し俯かせると俺の横を立って細長先輩の近くで立ち止まった。

それから片膝をつくと、細長先輩の肩に手を置いた。


「ふふ、穣の笑顔……その偉大さ、素晴らしさに気づいたあなたは、私の同士です」


 え?


「私も穣の笑顔に魅了されていました。おかげで、あの子を盗撮(みまもる)事になってしまいました」


 いや、みまもるって……どう見ても見守ってはいないと思う。


「そうだったのか……出来れば、許してもらえないだろうか? 穣ちゃんを撮った写真は全て、稲荷川さん……君にあげよう」


「――!?」


 いやいや、さすがに稲荷川先輩でもそれは、許さないだろう。


「許しましょう」


 おいいいいいいいいい!! あろうことか、稲荷川先輩は細長先輩の買収に乗ってしまった。しかも、キリッとした表情で細長先輩の手を両手で包み込むように握っている。あれって本来逆じゃないか?


「稲荷川さん、この際だ。僕と一緒に穣ちゃんを見守る会を創立しないかい?」


「是非っ!!」


 さらに細長先輩の手を握る力が強くなっている稲荷川先輩。ちょっと、稲荷川先輩、妹の事で熱くなりすぎじゃないか? ていうか、ナンダコレ。最早ただの茶番じゃないか。本来の目的が……。


「ところで、一つだけ頼みを聞いてもらえないだろうか?」


 その言葉に俺と稲荷川先輩は顔を見合わせた。

何でも話によると、最後に一人だけどうしても撮りたい女の子がいるらしい。穣ちゃん以上の美少女がいるだなんてありえないと、稲荷川先輩はご機嫌ナナメだったが、逆にそこまで言うのだから余程なのだろうと、俺と稲荷川先輩は細長先輩に同行した。

と、やってきたのは中庭。その近くに生えている木で俺達三人は中庭の噴水近くのベンチを見た。

そこには、見た事のない女の子がいた。制服からして中等部。しかし、それだと細長先輩のいう十二歳以下の女の子に当てはまらないのではないだろうか?


「あの、先輩……あの子って中等部の子じゃないですか?」


「うむ……だが、中等部一年ならば十二歳の可能性もありえる! それに、あの童顔っぷり、間違いない!!」


 いや、どこから来るんだその自信。それに、近頃では童顔系の大人だっているし。もしかしたら、範囲外の可能性だってありえると思うんだけど。まぁ、本人がいいならいいか。

少女はボ~ッと何かを見ている。眠たそうな目つきで、今にも寝てしまいそうだ。綺麗な銀髪はちゃんと梳かれていないのかボサボサで、あちこちにハネている。


「一体何をしているんですかね?」


「ふッ、何はともあれ彼女を撮らぬ事には始まらん!! むむッ、シャッターチャンスか!?」


 そう言ってカメラを素早く構え、レンズを覗き込む細長先輩。そしてシャッターを切った瞬間である。

少女の方に視線を向けていた俺と稲荷川先輩がとんでもない物を目撃してしまった。


「き、消えた!?」


 思わず驚きの声をあげてしまう俺に、稲荷川先輩も同様の反応を示す。


「一体、どこへ!?」


 少女の行方をキョロキョロと探し回る俺達だが、その姿はどこにも見受けられない。


「うわぁ!?」


と、細長先輩の悲鳴めいた声が聞こえた。そちらに顔を向ければ、彼のすぐ傍にシュタッと片膝をついている先ほどの少女の姿が。


「あたしに何か用? さっき、撮ったよね?」


 その表情には、先ほどのボ~ッとしている様子は全く持って微塵も感じられない。

眉尻をあげてやや怒気を含んだ声音。表情が少し分かりにくくはあるものの、眉が吊り上っている様子からも、怒っているのは間違いない。まぁ、盗撮されれば誰だってそんな反応を示すだろう。


「い、いや……ベンチに座って黄昏ている君を見ていたら、思わず撮りたくなってしまって……も、もうしないから、許し――」


 バキッ!!


「ぎゃあああああああああああああ!?」


 少女の蹴り上げた足が細長先輩のカメラに直撃し、砕け散った。直後、細長先輩の悲痛な叫び声が木霊した。


「問答無用! 悪は滅びるべき。あたし、悪い人は絶対に許しておけないっ!!」


 なんとも正義感に溢れた少女である。先ほどまであんなにボ~ッとしていたのに、同一人物とはとても思えない。


「ぼ、僕のカメラが……データが、可愛い女の子達が……」


 大粒の涙を目に浮かべ、細長先輩は四つんばいになってガックシ項垂れ、悲壮感に打ちひしがれた。


「自業自得だよ……」


 まるでトドメと言わんばかりに、少女は厳しい一言を細長先輩に吐き捨てた。


「あ、あの……君は?」


「? あたしは『酒井(さかい) 満月(みつき)』。中等部三年生なの。あなた達は? こいつの仲間?」


 ほ、細長先輩をこいつ呼ばわり……。その度胸とも何ともいえない言い方をする酒井を、俺は少し尊敬してしまった。




 その後、事情を説明し、酒井には十分謝罪をして許してもらえた。もちろんカメラの修理費なんてものは請求していない。悪いのは全面的にこちらなのだから。

これでようやく案件は解決。無事にもう一つの案件をクリアした俺は、いろんな生徒に会ってクタクタになりはしたものの、ちょっとした達成感に満ち溢れ、生徒会室へと帰還した。


「お疲れ様。どうやら、案件は無事に解決したようね」


「素晴らしい成果だよ、穂明くん。やはり、君に頼んで正解だったね」


「ところで、その変質者はどこにいるのかしら?」


 ギクッ!!

そこで俺はふと思い出す。あの後、稲荷川先輩と一緒に彼女の妹の穣ちゃんに会いに行ったのだが、そこで細長先輩の処分について話し合ったのだ。そしたら、なんと同士である彼を停学処分などにさせる訳にはいかないなどと、依頼者である稲荷川先輩が言い出して、結局犯人は判明したものの処分はなしの方向という、微妙な終りを迎えてしまったのだ。

俺は、その旨を生徒会室にてこの場にいる全員へ伝えた。


「……は? え、何? つまり、あれ? 犯人は分かったのに、捕まえる必要がなくなったって事?」


「そ、そういうことに……なりますね」


 頬をかきながら、俺は生徒会長の鋭い睨むような視線から目を逸らす。


「何よそれっ!! そんなの納得がいかないわ!! そいつには厳重な罰が必要よ!!」


 どうにも気に食わないのか、西恩条生徒会長は、ご立腹のご様子だ。


「いやでも、依頼主である稲荷川先輩自身がもういいって言ってますし、いいんじゃないですか?」


「そうだよ、杏那。僕としても、あまり生徒をそういった刑罰に処すのは好きじゃないんだ。だから、どうかここは穏便に事を済ませようじゃないか。そもそも、彼に頼んだのだってこれ以上の被害拡大を阻止するためだろう?」


「う、うっさいわね! 私の玩具のくせして、生意気よ光!」


 と、真意を佐保藤副生徒会長にバラされ、頬を紅潮させた生徒会長が、軽く毒づく。


「やれやれ」


 しかし、それが彼女の照れ隠しだと分かっている佐保藤先輩は、肩を竦めるだけだった。

とにもかくにも、これで俺は生徒会から解放された。いろいろあって大変だったが、それなりに頑張れたと思う。

季節はもう間もなく夏……そう、即ち夏休みがやってくるのである。

だが、この時俺はまだ気づいていなかった。俺の体に異変が起こり始めているという事に……。

というわけで、プロローグ編がここで終わりました。今回は生徒会に与えられたもう一つの案件が内容です。そして、ここでも新キャラが続々登場。本当は他にも出したいキャラが多くいたのですが、そうするとタイトル変更の恐れがあるので夢の世界で初登場という形にさせていただきたいと思います。

次回予告、プロローグが終わってようやくタイトルの事態が起きます。それではまた次回。

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