04夢:ケモっ娘達との出会い
時刻は七時過ぎ。
「ご馳走様~」
「はい、お粗末様」
俺は晩御飯を食べ終えて自分の部屋へ向かった。
「はぁ、また面倒な事になったな……」
あの後、生徒会室に戻り生徒会長の西園条先輩に事情を説明した。一応、部内のゴタゴタは解決したが、その他のクラス内でのイジメはまだ解決していないという事などだ。
先輩は少し驚いていたようだが、すぐに口元に笑みを浮かべて怪しい目つきで俺を見てきた。なにやら嫌な予感がしてさっさと逃げようと思ったが、生徒会随一の力持ちである、重量挙げ同好会部長の野武勢先輩に捕らえられては逃げられるはずもない。
敢え無く捕らえられた俺は、野武勢先輩に羽交い絞めにされ、まったく身動きが出来ない状態になった。
俺は悔しい思いで、後ろを向いて野武勢先輩を睨みつけた。
「許せ、穂明。今のオレはお前の知るオレではない。力を失ったただの肉の塊だ。命令に従い抗う事さえ出来ぬ、情けないクズよ」
「ふっ、そんな事言うなよ。タケちゃん」
「意外だな、お前がまだそう呼んでくれるとは」
一つ上の先輩に対し、俺はそう軽々しく呼んだ。それには理由がある。余程鍛えた結果であろう、その凄まじい筋肉を持つ彼は『野武勢 猛』。俺の幼馴染の一人で、近所では有名な力持ちのヒーローだった。その武勇伝は数知れず、俺もかつてタケちゃんに救われた経験がある。ちなみに、タケちゃんというのは幼馴染である俺達の間で使っているあだ名だ。少し気恥ずかしそうにはするものの、タケちゃんは今でもその呼び方を許してくれている。
だが、そんなヒーローの活躍する時代は幕を閉じた。それにはとある一つの事件が関わってくるのだが、それはまた別の話。
「そ、それよりも、例の案件を担当したなんて……本当なんですかぁ?」
「え、ええ」
俺に問い詰めるように訊いてきたのは、高等部二年で俺と同じクラスの『棚町 牡丹』。彼女は生徒会の一人で、図書委員長を担っている。あまり喋らずだんまりな部分もあるため存在は薄いが、一度宿題の資料集めで図書館を利用した際に彼女を見かけた俺は、その存在をきちんと認識できている。
ちなみに、少し丁寧気味に返事をしたが、少し勢いに圧されただけだ。
「真実はどうであれ、あなたは部内のいじめ問題のみを解決したのよね?」
「え、ええ……そうです。ですが、まずは大きな一歩じゃないですか? まだクラス内や学年間でもいじめ問題はありそうですが、そこもこれから改善していけばいいですし……」
「ふんっ、甘いわねあなたは。とにかく、あなたは私との約束を破った。だから、ペナルティーよ!!」
「えぇ!?」
いやいや、それはあまりにも酷くないか? 確かにいじめ問題を解決しろとは言ってたけど、どこでいじめが起きているかなんて詳細は分からないし、調べようにもどうすれば……。せめて部活動内のイジメ問題は解決したんだから、そこだけでも成果を認めてくれても。
「ちょっといいかい、杏那?」
手を挙げて俺の前に立つ副会長の佐保藤先輩。
「生徒会長と呼びなさい!」
「生徒会長、僕からも一言いいかな? あまりにもそれは彼に対して厳しいと思うよ? 彼は立派な成果を上げてくれた。それに、僕達は部内の問題も解決出来なかっただろう?」
生徒会長の西園条先輩に指摘されて呼び方を修正した佐保藤先輩が、そう口にする。
「そ、そうだけど……」
「だから、こうしたらどうかな?」
「?」
新たな提案をしようとする佐保藤先輩に、この場にいる全員が首を傾げる。
「彼には、もう一件の厄介事を片してもらうってのは?」
「んなッ――!?」
てっきり俺は、佐保藤先輩が俺の味方だと思っていた。だが、真実は違ったようだ。彼はどちらの味方でもない、第三者――審判者という所だろうか? なるだけ平等な判断をし、審査結果を公表する。
と、驚愕して開いた口が塞がらない俺に、西園条先輩が口元に笑みを浮かべて言った。
「そうね、じゃあ彼にはとっておきの案件を引き受けてもらいましょう。もちろん、拒否権はなしよ?」
「そ、そんな……」
あまりにも無茶苦茶だ。またイジメ問題だの面倒な案件が来たら、マズイな。
「あなたへの案件はこれ」
スッと生徒会長の席から紙を持った手を突き出される。
タケちゃんに開放された俺は、少し戸惑いつつ歩いていき、その紙を受け取った。生徒会長に渡された一枚の紙。目を落としてみると、そこにはこう書かれていた、『変質者の捕獲』――と。
「……あの、すみません。これって?」
「書かれてある通りよ。情報の提供者は高等部三年生で、弓道部に所属している『稲荷川 豊』さん。彼女、中等部に妹がいるんだけど、その子の周囲に最近変質者が出没しているらしいのよ。あなたにしてほしいことは、もう分かったわよね?」
「まぁ、ここに書いてある事をすればいいのは分かりますけど……これだけじゃ、情報が」
頬をかきながら俺は片手で紙面に書かれてある文字を読んでいく。とりあえず、この稲荷川先輩って人に会って直接事情を訊いた方が早そうだな。
「で、これ解決したら本当に開放してくれるんですよね?」
「ええ、とりあえず今あなたにしてほしい事はこれだけね」
「ん?」
何やら今の生徒会長の言い方に引っかかりを感じた俺であったが、気にしたら面倒になりそうなので、やめておいた。
とにもかくにも、まずは行動あるのみ。が、今日は既に遅いので後日に伺う事にした。
で、今に至る。
「……どうしてこうも俺は面倒事に巻き込まれるんだ? はぁ、とにかく疲れたし、今日はもう寝るか」
風呂は既に晩御飯前に入っている。最近は部屋着で寝る事のほうが多いし、いいだろう。
「お休み……」
独りごちった俺は、目を閉じ眠りに就いた……。
――◇◆◇――
今日も来てしまった。この世界に……。これで何度目だろう? 大分こっちの世界にも慣れてきたものの、未だ体の自由は利かない。さて、今日も騎士団の仕事だろうか?
そう思いながら見える景色を見ていると、場所は飲み屋っぽい雰囲気漂う飲食店のようだった。
「いや~、今日のユーマかっこよかったぜ?」
「そ、そうか?」
「おう! 俺守られちまったからな! この恩は必ず返してやるから楽しみにしとけよ?」
俺の――というか、ユーマの背中を叩きながら、首に腕を回しているユウヤが笑う。
「まぁ、期待せずに待つよ」
「んだよ、失敬なやつだなぁ~」
「ユウマ」
俺とユウヤが会話していると、背後から俺の名前を呼ぶ誰かの声がした。後ろを振り返れば、そこには王国騎士団の団長であるミサキさんがいた。
「ミサキさん、どうかしたんですか?」
首を傾げてそう尋ねると、ミサキさんが頷き口を開く。
「ああ、お前の強さと能力の強さは、騎士団の中でも五本の指に入る。特に、ユウマの能力は希少能力だからな。そこで考えた。今までのお前の働きぶりと、今回の一件の成果を以って、お前を我が王国騎士団のNO.2に任命しようと思う」
その発言に、俺はもちろん隣にいたユウヤも開いた口が塞がらず、目を丸くした。
「え、あの……それって」
すぐに理解出来ず、俺は詳しい話を聞こうとした。
「ああ、私の次に騎士団の中で偉いという事になる」
全てを言う前にミサキさんがさらに続きを話し、ますます俺は頭がこんがらがった。そして、ようやく理解して慌てふためく。
「そ、そそそんなッ!? お、俺なんかが……本当にNo.2でいいんですか!?」
何かの間違いではないかと思い、俺は改めてミサキさんに聞くが、ミサキさんの意思は揺るぎそうにない。
「勿論だ。皆の同意は得ている」
「でも、実力的に言えば、No.2はレイナさんや他の皆じゃ……」
「ふっ、聞いて驚くがいい、ユウマ。この推薦はレイナが推したんだ。中には文句を言う面々もいたそうだが、レイナの説得で納得したらしい。あいつに感謝しておけ」
「は、はぁ……」
それを聞いて、俺はますます混乱した。レイナさんは王国騎士団の中でも団長であるミサキさんの次くらいに強い力の持ち主だ。
その実力は誰もが理解している。何よりもあのヴァーミティの人間だ。俺なんかよりも凄く強いはずなんだが……。
長年こちらの世界に来た俺は、大分こっちの世界での人間を観察してきた。その一人がレイナ・ヴァーミティだ。
王国騎士団の料理長も兼任している彼女は、ヴァーミティという一族の出身で、爆炎能力の使い手だ。
ちなみに少し話はズレるが、この世界には能力者という人間が存在するらしく、その大半はお偉い方の護衛につく人間――騎士団の人間や、冒険者にいるらしい。そして、この能力の種類だが、大きく分けて四つに分けられる。自然能力、特殊能力、身体能力、希少能力の四つだ。爆炎能力はその中で自然能力に分類される。俺――ユウマの力は先ほどミサキさんが言っていたように希少能力だ。
話を戻そう。ヴァーミティは元々殺戮傭兵部隊として有名だったらしく、大昔帝国を二つ程潰した経験があるらしい。また、ヴァーミティの一族は皆真っ赤なスカーレットの髪の毛らしく、それも特徴の一つらしい。そして、もう一つの特徴が全員能力者で、爆炎系の能力を持っている点だ。これにより、ヴァーミティの襲撃後は、消し炭になった建築物や炎、黒煙が立ち上っているらしい。そのため、王国騎士団に入団したての頃のレイナさんは嫌われていたらしい。しかし、その活躍ぶりと料理の腕前などでイメージの回復に成功、今の厚い信頼を得たそうだ。
そんな彼女は『爆殺の緋剣』という異名を持つ。
と、このように語り出したらたくさん出てくる訳だが、そんな彼女が何故俺を推したのだろう?
と、噂をしていると、当人がやってきた。
「ご苦労であったな、ユウマ。貴様の働きぶりには、私もとても感謝している」
「いえ……それより、どうして俺を推薦したんですか?」
「ふっ、貴様は鍛えれば鍛えるほど強い力を得る。まるで、刀のようにな……。剣も、鍛えれば鍛えるほど強度を増すそうだ。鍛冶屋の親父が言っていた。だからこそ、私は貴様がどこまで成長するかを見てみたい。だが、そのためには上から見下ろすだけではダメだ。下から見上げる事も大事だと思うのだ」
つまり、レイナさんは俺の成長がもっと見たいから推薦したって事か? でも、それだけで皆が納得したのか?
「ちなみに、皆を説得したって言ってましたけど……」
「うむ、美味い飯を作ってやると言ったら、了承してくれたぞ?」
軽ッ!? 騎士団の連中、それでいいのかよッ!!
少し騎士団の今後が心配だが、今は俺の今後だ。
「……ユウヤは、いいのか?」
「ん? ああ、俺はユーマの実力を近くでよく見てきたからな! もちろん文句はねぇよ! 頑張れよな!!」
応援されてしまった。どうやら、本当に俺は騎士団のNo.2になってしまったようだ。
「さて、そこで」
と、ここでミサキさんが口を挟む。
「ユーマの昇任祝いにあの場所を訪れようと思う」
その言葉に、俺以外の騎士団面々がざわめきだす。
「マジすか、団長!!」
ユウヤが目の色を変えてミサキさんに真偽を問う。ミサキさんは腕組したままコクリ頷いた。
それを見た騎士団の男連中は、互いの顔を見合わせるや否や、いきなりテンションMAXでその場に立ち上がりだした。
「うっしゃああああああああああ!」
「いやっほぉおおおおおおおおお!!」
「ユーマ、サンキュー!!」
「生きててよかったぁあああああああああ!!」
何をこんなに盛り上がっているのだろう? 中には涙を流すものや、俺を拝むやつまでいる始末。こりゃ、どうなってるんだ? 俺だけが理解出来ず、現在頭上にはたくさんの疑問符が浮かんでいる状態だ。女性メンバーは苦笑したり、男連中の興奮する姿にドン引きしていたりしていたが、中には喜んでいるメンバーも何人かいた。一体、どこへ向かおうというのだろうか?
「あの、団長。あの場所……というのは?」
恐る恐る団長に訊いてみると、団長が「ああ」という風に声をあげた。
「そういえば、お前はまだ一度も訪れた事がなかったな。極まれにだが、我々は英気を養うためにある場所を訪れる事がある。名前くらいは聞いた事があるだろう、『ケモッフル共和国』だ」
その名前を聞いた俺は――。
「……はい」
――いいえ。
おおっと、こっちの俺は知っているようだ。だが、俺は知らんぞ、そんな名前の国は。
初めて聞く名前ではあるが、雰囲気的にはこう……モフっとしてるな。
と、勝手に国名でイメージを膨らませていると。
「そうか、一応説明をしておこう。ケモッフル共和国はウェスガティークルの南東に位置する国だ。未開拓地も多いが、それらを含めて大体大きさはウェスガティークル一個半だ」
「この国より大きいんですか?」
「ああ、先ほど国名を言ったが、この国は共和国……即ち、共和制を取っている。つまり、王は存在しない」
なるほど、共和制か。言葉は聞いた事あるが、意味はよく分からないんだよな。多分、国民が選んだ代表がまとめる~みたいな感じだろう。
とりあえず、今はミサキさんの説明を聞いていよう。
「そして、ここの国民は少々特殊でな。全員、普通の人間ではない」
「え?」
そのミサキさんの言葉に、俺はふと脳裏にある人物を思い浮かべた。そう、先日少し関わりを持った叶絵だ。
「人間は分かるな?」
「ええ」
一瞬、ミサキさんは俺をバカにしているのかと思った。
「では、動物は分かるな?」
「はい」
いや、やはりバカにしているのか?
「その二つが合体した生き物は分かるな?」
「はい――って、え?」
返事をしかけて俺はもう一度言われた事を内心で反芻した。合体した生き物? 人間と動物が……合体? それって……最近、ゲームとかで見るアレか? 所謂獣人ってやつ?
「獣人族……それがケモッフル共和国に住む人間の呼び名だ」
「獣人……族」
「イメージが沸かんか。かいつまんで説明しよう。能力の中に身体能力があるのは知っているな?」
ミサキさんの問いに俺はコクリ頷いた。
「そこに獣化能力という物が存在した。それを得た人間は、自由自在に獣人化出来たんだ。また、それによってその動物の特性も使えるようになった。だが、問題は子孫だ」
「え?」
思わず疑問の声があがる。
ミサキさんは続けた。
「身体能力の中には副作用を起こす物が数多く存在する。その一つが、この獣化能力だった。これを持つ人間の子孫は、能力を持たないにも拘らず、獣化して産まれるんだ」
「――ッ!?」
身体能力にそんな短所があった事も驚きだったが、何よりも子孫に能力が影響する事に驚愕を覚えた。
「つまり、最初から獣化してるって事ですか?」
「ああ、しかも能力を持っていない分、人間の姿に戻る事が出来ない。だが、研究や調査が進むにつれて面白い発見があった。それは、能力者よりも力の使い方や、言い方が悪いかもしれないが性能がいいという事だ。だから、一気に研究者や奴隷商人などあらゆる組織に目を付けられた。そこで同じ境遇の獣人族が集まり、国を興した。それが現在のケモッフル共和国だ」
なるほど、そんな事があったのか。でも、国を興したからと言って、奴隷商人達の魔の手からは逃れられないんじゃないか? それに……。
「でも、一箇所に集まったら、余計に襲撃されやすいんじゃ?」
「ああ、だからこうして我々が時折見に行くのさ。勿論、我々騎士団以外にもケモッフル共和国を護衛する国は多い。分かったか?」
なるほど、交代でケモッフル共和国を護衛してるって訳か。そうすれば、襲撃される危険も大分押さえられる。……考えたな。
「なら、安心ですね」
「おっと、少し話が長すぎたな。急ごう、夜の森は危険だ」
「そうッスよ! 急ぎましょう、団長!!」
もう早く行きたくてしょうがないユウヤが、急かすようにミサキさんに詰め寄る。
「全く、いつもお前はそうだな」
ミサキさんも、最早怒るどころか呆れ返ってしまっていた。
「では、行くぞ! 目的地はケモッフル共和国だ!!」
『おおうッ!!』
団長のミサキさんの掛け声に、団員全員が手を天高く突き上げ声を張り上げた。
と、同時。
「すいやせん、店内ではお静かにお願いしやす」
「あ、すまん」
店長に注意され、ミサキさんが頭をかきながら軽く頭を下げた。
俺達は急いで店を退出し、目的地であるケモッフル共和国へと急いだ。
「ふぅ、結構歩いたけど、まだつかないのか?」
俺の質問だ。あれからもう一時間は歩いた気がするが、ケモッフル共和国は全く見えて来ない。まぁ、そもそも来たことがないので、どんな建物があるのかも分からないのだが……。
すると、前方を歩いていたユウヤが体はそのままで声をあげた。
「もうちょっとだから頑張れよ! もうケモッフル共和国の領域内には入ったはずだ。団長も言ってたろ? ケモッフルは未開拓地も多いから、こういう森が結構あるんだ。運が良けりゃ、ケモッフルの子に会えるかもしんねぇぞ?」
「こ、この辺にもいるのか?」
道を塞ぐ邪魔な葉や植物をどかしつつ、ユウヤに問う。
「ああ! この辺りなら……えっと、栗鼠族や野衾族とかかな」
なんだよ、その名称。てか、そのままじゃん! ていうか、小動物も含まれるのか……。
と、思ってその場に立ち止まり上を見上げていると。
「立ち止まってはイカンでごわす。おい達が進めんで、早く先へ進むでごわす」
……誰、この人? てか、こんな人騎士団にいたっけ? いや待て……どこかで見た事あるな。
「すみません、タケシさん」
――た、たたたたタケちゃんんんんんんんんんんッ!? な、何で……タケちゃんがこんな力士っぽい口調の人に!? てか、現実世界よりももっとゴツくなってる!!
「謝る事はないでごわすよ、ちょっとした指摘でごわすから」
これ、使い方あってんのかな?
と、そんな心配はさておき、早く先に進まないと。と言っても、俺が動かしてる訳じゃないんだが。
「おい、ユーマ。早く行かんか。後がつかえてる」
「あ、すみません!」
レイナさんがタケちゃ――タケシさんの右肩から顔を覗かせて睨む。その声に、慌てて俺は動き出した。
「おい、急げよ、ユーマ!」
「あ、ああ!!」
少しユウヤとの距離が開いてしまっている。それを埋めるように、俺は少し駆け足で手を振っているユウヤの下へ。
と、その時だった。
「きゃああ!?」
突如頭上から誰かの悲鳴が聞こえ、俺は何かに押しつぶされるようにその場にうつ伏せに倒れた。
「いっててて……」
「ムムッ、大丈夫でごわすか? ユーマ殿」
「あ、はい大丈夫です。でも、一体何が……?」
何かにのっかられて身動きが出来ない俺は、首だけを出来るだけ動かして背中側を見た。すると、そこには見たことのない出で立ちをした幼い少女が俺に馬乗りになっていた。
「きゅぅ……」
「だ、大丈夫か、君?」
「ぁ……あれ、えっと……」
「おい、ユーマ大丈夫か――って、うおおおお! おい、ユーマ! その娘、ケモッフル共和国の栗鼠族じゃねぇか!!」
俺の上に乗っかっている少女を見るや否や、ユウヤが目を爛々と輝かせて言う。
「そ、そうなのか?」
確かに彼女の体躯は栗鼠のように小柄で、尻尾が自分の体と同じくらいの大きさだった。
「えと……わ、わたし」
「お嬢さん、お名前は?」
少女の顔を覗き込むようにユウヤがズイッと肉薄する。
だが、その顔に恐怖を感じたのか、少女は自分の大きな尻尾を体の前に持ってきてしがみついた。
「ひぅ……!?」
小さく可愛らしい悲鳴をあげ、プルプル震える少女。その様子を見て、レイナさんがキッとユウヤを睨んだ。
「おい、ユウヤ何をしている! 貴様に怯えているではないか。早く離れろ!」
「そ、そんなッ!?」
レイナさんに怒られ、ユウヤはただならぬショックを受けていた。
と、忘れられてる気がするので、俺は手を半分くらいあげて口を開いた。
「あ、あのぅ……そろそろ降りてもらえると助かるんだが」
「ぁ……、ご、ごめんなさいっ!」
ようやく少女も気づいたようで、慌てて俺の上から降りてくれる。これで体の自由が戻った。
「あ、痛たたた」
「だ、大丈夫?」
心配そうに少女が俺を見上げてくる。
「あ、ああ、大丈夫だよ」
彼女の心配を拭ってあげるように、俺は彼女の小さな頭に手を置き撫でてあげた。すると、少女は嬉しそうに尻尾を振り、耳をピョコピョコ動かした。まさに、動物の反応である。
「あ、ごめん。つい……」
「う、ううん……別に、大丈夫……だから」
少女は顔を少々赤らめながらそう答えた。
「団長、栗鼠族の子……はぐれちゃったみたいなんですけど、どうします? って、あれ?」
そこで、ユウヤが気の抜けた声をあげる。その声に嫌な予感がしたのか、俺を含めた皆がユウヤの方を向く。すると、前方にいたはずの団長含めた何人かが闇に溶けるように消えていた。その人影も、日の光が届きにくい暗がりの森では見えにくかった。
なんて事だ……。
「おい、ユウヤ! 貴様、団長の後ろについていたのではないのか!?」
「す、すんません姐さん!! あ、えっと……」
「はぁ、……こう暗いと動くのは難しいか……」
「レイナさん達はケモッフル共和国への道は知らないんですか?」
俺の質問だ。すると、レイナさんが渋い顔で顎に手をやりながら口を開いた。
「……知らない事はないのだが、なにぶん久しぶりだからな。こう道なき道を行くのは……危険だろう」
長年の経験からか、そんな回答を口にするレイナさん。確かに、鬱蒼と茂った森の中の上、だんだん夜が近づいてきてる。これでは動くのは危険かもしれない。
と、そこで少女が俺の服の裾を引っ張った。
「あの、ケモッフルまで案内……しますよ?」
たどたどしく、少女が声をあげる。相変わらず、自分の尻尾を体の前で抱き締めている。
「ほ、本当か!?」
ユウヤが項垂れていた顔をバッとあげて声をあげる。
「ひぅ……!? は、はい」
「ユウヤ、貴様は少し引っ込んでいろ」
「は、はい」
レイナさんの鋭い眼光に、ユウヤは顔面蒼白で後退する。
「それでは、案内を頼めるか?」
「わ、分かりました。こちらです」
こうして俺達は、栗鼠族の案内のもと、ケモッフル共和国へと歩いていった。
「カッハッハッハッハ! それは災難だったな、お前ら」
あれから数時間後、俺達はどうにか無事にケモッフル共和国にたどり着いた。まぁ、領域内には既にいたのだが、住民が住む町の中に出れたという事だ。
そこでは、既に団長や何人か先頭を歩いていた騎士団の仲間も待っていて、俺達の事を心配していた。
そうして、俺達は招待客の意味も込めて大きな建物(恐らく、パーティ会場のようなものだろう)へ通されて、昇任祝いのパーティが始まった。
「全く、笑い事ではないぞ、団長。ユウヤのせいで、危うく野宿する所であった」
団長の隣に座って腕組をしているレイナさんは、未だにユウヤの事についてご立腹のようだ。
「ほ、本当に面目ないっす……」
正座状態のユウヤが、顔を俯かせて謝る。
「まぁ、そうカリカリするなレイナ。気づかなかった私にも責任はある。だから、それ以上ユウヤを責めてやるな」
「だ、団長~!」
ミサキさんがレイナさんからユウヤを庇い、その有難さにジ~ンとなったのか、ユウヤが目を潤ませる。
「だが、ちゃんと後をついて来れなかったユウヤにも、責任の一端はある。ちゃんと反省しろよ?」
「は、はいッ!」
急に真剣な面持ちでユウヤを見たミサキさん。その迫力に圧されたか、ユウヤは慌てて敬礼をした。
と、そこへ、先ほどの少女がテテテと駆けてきた。
「さ、さっきは助けてくれてありがとう」
それは俺へ向けられたお礼の言葉だった。
「あ、いや……怪我がなくて良かったよ。そういえば、名前……聞いてなかったね」
「わ、わたしは……『コナギ・マログラス』っていいます」
こ、こなぎ? はて、どっかで聞いた事あるような、ないような……そういえば、この子……見覚えがある気も……。
「俺はユーマ・ライティリティ、よろしくな!」
「は、はい!」
俺が握手を求めると、少し遅れてコナギが握り返してきた。握手し終えると、コナギはこの場から出て行った。
と、ウェイトレスみたいな格好をした少女が出てきて、料理を運んできた。
「お待たせしました、こちら料理で――いにゃあああああああ!?」
が、何もないところで足を躓かせ、ビターン! とウェイトレスの少女は倒れてしまった。料理を乗せたトレイは宙を舞い、放物線を描いて地面に落下し、見るも無残な姿に。
少女の方に視線を戻せば、涙を溜めて今にも泣き出しそうな顔をしていた。ていうか、転んだ拍子にミニスカートが捲れたのか、白地にピンクのストライプが入ったパンツが丸見えになっている。
だが、それよりも俺の目を引いたのは、彼女の頭部と尾てい骨部分だ。頭部には可愛らしい猫の耳が、尾てい骨には同じく猫の尻尾が、それぞれ生えていた。
「あ、あの子って……」
「ああ、あれは猫族だな」
俺の独り言が聞こえたのか、レイナさんが料理を口に運びながら答える。
すると、体が動き出す。どうやら、俺は助けに行くようだ。まぁ、彼女全然動かないからな。もしかしたら、打ち所が悪くて気絶してるのかもしれない。
「君、立てるか?」
「あいたた……な、何、あんた? ……邪魔しないでくれる?」
え?
「どいてよ、仕事の邪魔なんだけど」
……何だろう、すんごく身近にこんな感じの喋りの知り合いがいた気がする。
「あぁ~! もう、せっかく作ったのに……また、怒られちゃう」
「あ、あの」
「何よ! わたし、忙しいんだから邪魔しないで!!」
一方的に怒った彼女は、そのまま奥へ引っ込んでしまった。一体俺が何をしたというんだ。
間違いない、あの理不尽なまでの怒り方……真夢に違いない。でも、あれは真夢の顔には見えない。どちらかというと……な、夏海? いや、でも……あのいっつもにへら~ってしてる夏海が、今の子と一緒には見えないし。
と、そこで俺は思い出す。こちらの世界での人達は、俺が知ってる人物と性格が異なるパターンが多い。もしかすると、夏海も同じなのかもしれない。タケちゃんもそうだったし。
「……レイナさん、俺何かしたんですかね?」
「むぐ? ……ごくっ、そうだな。恐らく、気にでも触れたのだろう。まぁ、気にするな」
余程空腹なのか、レイナさんは再び食事に戻る。近くにあった骨付き肉を片手で持ち、豪快にかぶりつく。とても、現実世界の逢河と同一人物とは思えない。まぁ、性格の違いがここに大きく表れているのだろう。
「お待たせですぅ~。こちら、ご注文のエッグライスですぅ」
何やら甘ったるくてゆっくり口調で話す少女が、料理を持ってきた。見れば、彼女は垂れた犬耳に、くるんとカーブした尻尾をしている。どうやら犬族のようだ。
「うっひょぉ~、かわいいなぁ~」
ユウヤの興奮した小声が、俺の後ろから聞こえてくる。よく見れば、確かに彼女の胸元には豊満な果実が実っていた。年は俺と同じか一つ下くらい――って、ん?
俺は即座に思った。この子もどこかで見たことがあると。そして、記憶を振り返った結果、ようやく分かった。彼女の容姿、まさしくコマちゃんにそっくりだ! 現実世界のコマちゃんはとても犬っぽいと思ったが、本当に犬になっていたとは……さすが夢の世界!
と、それはさておき、エッグライスとか言ってたな。どんな食べ物なんだ?
ふとそう思って見やると、見た目はただのオムライスだった。 おい、これ完全に現実世界と同じ食べ物じゃねぇか!!
そんなツッコミをしたくなるが、俺は体をどれも操作出来ないので、我慢するしかない。
「トメィトゥソースかけてもらえます?」
そう言って俺の隣の席に座っていたユウヤが、人差し指を一本立てて声をあげる。すると、それを聞いた少女が笑顔を作った。
「は~い、何がいいですかぁ~?」
「う~ん……あ、ご主人様LOVEって書いてもらえます?」
おい、それじゃただのメイド喫茶じゃねぇか!!
「あ、は~い!」
って、あんたもいいんかいッ!!
と、俺が内心で動揺していると、先ほどのドジな猫族の少女が裏から出てきて、犬族の少女の姿を見つけるや否や、ズカズカ歩いてこちらに近づいてきた。
それから犬族の少女からトメィトゥソースを奪い取ろうと手を伸ばしたのだが、そこで問題が起きた。猫族の少女はどうにもドジらしく、またもや何もないところで足を躓かせて前のめりに倒れそうになった。しかも、前方には犬族の少女。結局、勢いを止める事は出来ず、猫族の少女は、犬族の少女に抱きつくような形になった。が、それだけでは終わらなかった。その両手は、あろうことか少女の豊満な胸を揉みしだいていたのである。
「ひやあああああ!?」
悲鳴をあげる犬族の少女。同時、蓋が開いていたトメィトゥソースからソースがブジュゥ~ッと噴射し、ユウヤの顔面を直撃した。
「ギャアアアアアアアアアアア!? 目が目がぁあああああ!?」
顔面を真っ赤なソースで覆われたユウヤは、叫び声をあげてその場に立ち上がった。
「あわわわわ!! も、申し訳ないですぅ~!!」
「ちょっと! あなた何やってるの!?
「は、はい! すみませぇ~ん」
いや、悪いのはどう考えてもお前だろ!!
と、怒られるのは犬族の子ではなく、猫族の子であると指摘したい俺ではあるが、やはり体は動かせない。なんとも歯がゆい限りである。
そうこうしていると、食事を終えたレイナさんが呆れた様子でその場に立ち上がった。
「何をしているのだ貴様らは!!」
「ひぃ、ご、ごめんなさい!」
「わ、わたしは別に……悪い事してないし」
レイナさんの張り上げた声に、犬族の少女はすっかり震え上がり、猫族の少女も少し怯んだ様子だ。
と、レイナさんは犬族の少女からトメィトゥソースを取り上げた。一体、何をする気なのだろう?
しばしそのまま見守っていると、顔面をソースに覆われて視界不良のユウヤがあたふたしながら周囲を駆けている方へ歩み寄っていった。
「ちょっと、レイナさん? あ、危ないですよ?」
間違ってぶつかってしまい、お互い怪我でもしたら大変だ。そう思ったのだろう、俺は声を張り上げる。が、レイナさんは止まらない。
そして――。
「こういう時には、こう……するのだっ!!」
バコォンッ!!
「へぶるぅしッ!!!?」
――ええぇえええええええええええええええええええ!?
あろうことか、レイナさんはあたふたしているユウヤの顔面に向かって、トメィトゥソースを持った手を横薙ぎに振るったのである。ソースの底の部分は、見事にユウヤの頬に直撃! ダイナミックに回転したユウヤの体は、地面を滑りながら大きな柱へと向かい、顔面を思い切り柱にぶつけて止まった。
もしかすると、心臓さえもが止まってしまったのではと、俺達はユウヤへ向かって合掌し頭を下げた。
「レイナ、もう酔ってしまったのか?」
「え?」
ミサキさんの言葉に、俺はレイナさんを改めて見てみた。すると、言われた通りレイナさんの目はどこか虚ろでどこを見ているかよく分からない感じだった。
ていうか、レイナさんって未成年じゃないのか!?
ふと、そんな事を思った俺だが、その疑問を解決する前にまずはレイナさんをどうにかしなければ。レイナさんは、余程酔っているのか、体がフラついている。足元も少しおぼつかない様子だ。
「れ、レイナさん! そんな状態で立ってたら危ないですよ! 椅子に座りましょう!!」
慌てて体を支えようとする俺だが、レイナさんは男の力を借りるのが嫌なのか、はたまた俺の言葉を理解していないのか俺に対して攻撃してきた。
軽く腕を振るっただけ、それだけだ。それなのに……。
「うわぁ!?」
ドォンッ!
まるで人形のように、俺の体はフワリと宙を舞い、放物線を描いて柱にぶつかった。しかも、その際に後頭部を打ったらしく、俺の意識はそこで途切れてしまった……。
――◇◆◇――
「ハッ!?」
目が覚めると、そこは現実世界だった。後頭部をさすりながら、たんこぶがないかを確認する。
「……ないな」
「ん~? 何がないのかな~? あ、もしかして……女の子になっちゃったとか?」
「んなわけないじゃん――って、うわぁああ!?」
普通に誰かと会話している事に気づいた俺は、ベッドから飛び起きた。
「あっははは! おはよ、ゆ~くん?」
「な、何だ……さや姉か、びっくりさせるなよ。後、朝っぱらから下ネタはやめてくれ」
顔に手を当て、俺はそう注意する。すると、俺の言い分に文句があるのか、少しふくれっつらをしたさや姉が口を開いた。
「ちょっと、お姉ちゃんに先にネタを振ったのは、ゆ~くんでしょ?」
「いや、あれはただたんこぶがないかを確認してただけで……」
「どこか打ったの?」
急に心配そうな顔をするさや姉。
「いや、そうじゃないけど……」
少し視線を逸らして曖昧な返事をする。その返答に、さや姉は怪しい者を見るような眼差しで「ふぅ~ん」と言った。
「まぁいいや。それより、早く降りてきて? 朝ごはん冷めちゃうって、お母さん言ってたよ?」
「分かった」
俺がそう返事をすると、さや姉は笑顔を浮かべて俺の部屋から退散した。
さて、夢の世界ではどうなってるんだろうな。恐らく、酔っ払ったレイナさんの介抱でてんやわんやの大騒ぎだろうな。
とりあえず、俺は例の案件を片付けないと。
そう意気込んだ俺は、制服に着替えて一階へと向かうのだった……。
というわけで、今回はちょっと夢の中の話をしました。次回生徒会の案件を解決して、そろそろ、プロローグを終わりにしようと思います。
今回はサブタイ通り、ケモっ娘たちが登場しました。他にもいろいろキャラが出ました。幼馴染も一人増えましたね。あだ名はタケちゃんです。夢の世界でも出てきます。
次回予告、生徒会の案件を解決して、プロローグを終了したいと思います。
更新は、なるだけ一週間以内を目指します。