01夢:これが現実……。
いきなり、毎日更新に失敗するというw
夢を見始めてもうすぐ十七年になる。
俺――『穂明 遊馬』は私立西園条学園に通う高校二年生だ。
そんな俺には、摩訶不思議な現象が付きまとっている。それが、何度も同じ夢を見るというものだ。同じ夢と言っても、同じ出来事がループするというわけではなく、夢の中に出てくる異世界で物語が展開されているという意味だ。
少し意味が伝わりにくいかもしれないが、現に俺はこうして夢の中の世界にいる。
「ユーマ、そっち行ったぞ!!」
「おうッ!!」
ウェスガティークル王国騎士団の短剣使いである『ユウヤ=ポローニィア』が、俺に指示をくれる。それを合図に、俺は以前キムさんから貰った大剣――ライティリングを横薙ぎに振るう。
「ギャアァ!?」
中型のモンスターは、悲鳴をあげて泡と化した。この夢の中の世界で戦い続けて十六年と少し(メンドイから今後は十七年とする)経つが、この現象は未だに少々謎だ。
仲間の話によれば、この泡は所謂敵の残留思念なのだそう。これが蓄積され一定ラインを超えると、変貌を遂げて大型のモンスターになるらしい。つまり、先ほどの中型モンスターも、元は小型のモンスターだったということだ。
この謎の泡は未だ調査が続いているらしく、原因究明にはまだまだ年月がかかるらしい。
「ふぅ、とりあえず敵の一掃は完了したな。団長に報告しに行こうぜ!」
「そうだな」
俺とユウヤは、それぞれ武器をしまって団長の下へと急いだ。
団長というのは俺達二人のボスである王国騎士団の団長の事だ。
だが、俺はこの団長が少し苦手である。まぁ、それにはいろいろ理由があるのだが……。
「どうやら、片付いたようだな。ご苦労だった、ユーマ、ユウヤ」
切り株に足を組んで腰掛けていた女性が、俺達の足音に気づいたのか瞑っていた目を開けて声をかける。
黒髪ショートヘアのその女性こそ、俺達の所属するウェスガティークル王国騎士団の団長である『ミサキ・ラーヴェス・ドロッサムン』さんだ。
「レイナが食事の用意をしてくれている、すぐに食べろ。その十分後、本国へ帰還する!」
『り、了解!』
ミサキさんの言葉に俺達は元気よく返事をし、森の奥へ。
すると、仄かに美味しそうな匂いがしてきた。
「お、ようやく来たな。早く食べぬとスープが冷めてしまうぞ?」
少し古風な口調が特徴のスカーレットヘアの少女。やや釣り目勝ちな彼女の瞳は、綺麗なエメラルドの双眸だった。
「姉御の作ったスープ、有難く頂戴します!」
「うむ、有難く食べるが良い」
やけに低姿勢なユウヤがスープを受け取り、俺は傍の椅子に先に腰掛ける。
「お前、相変わらずレイナさんに頭が上がらないのな」
「当たり前だろ? 姐さんは料理は出来るわ、能力の使い方は上手いわ、剣の腕もヤバイわ、完璧じゃねぇか!」
そう、彼女――『レイナ・ヴァーミティ』は、俺達の先輩にあたる人物で、少々姉御肌な面もある。俺達の剣の稽古もつけてくれて、俺が入団したての頃は、よく彼女に扱かれて大変な目に遭ったのも、今ではいい思い出だ。
――◇◆◇――
「ほら、起きなさい、ゆーくん?」
あれ? どこだ、ここ?
「もう、起きないと学校に遅刻するわよ!」
聞き覚えのある声。気だるくはあるが、どうにか体を起こす。重い瞼を擦りながら、片方の目を開けると、そこには黒髪セミロングヘアの女性が、腰に手を当てムスッとしてこちらを見下ろしている姿があった。
「さ、さや姉」
「お・は・よ・う、ネボスケゆーくん?」
彼女の名前は『穂明 咲夜花』。三つ上の姉ちゃんだ。世話焼きな部分があり、小さい頃から俺達を甘やかしている。でも、たまに抜けているのが少しキズ。この間なんて、俺を起こすはずが隣で寝ていたしな。
「今、お姉ちゃんの事で変な想像してたでしょ?」
「し、してないよ! それと、そういう言い方はやめてくれ、勘違いされるかもしれないだろ?」
「へぇ~? どう勘違いされるのかなぁ~、うん?」
怪しい目つきで、俺の顔を覗き込むように体を倒す姉ちゃん。
「そ、そうだー早く着替えなきゃー、遅刻しちゃうー(棒)」
俺は姉ちゃんから目を背けるようにしながら彼女を部屋から追い出した。それから制服に着替える。
「はぁ、またあの夢だ……」
俺は少し変な事態に巻き込まれている。と言っても、現実の話ではなく、夢の話だ。「何をバカな事を言っているんだお前は」と、そう思う人物もいるだろう。だが、本当だ。現に俺はさっきまで夢の中で冒険してたのだから。
夢の中では、俺は王国騎士団の一員になっていろんな任務を行っている。さっきも王国近辺の森に出没するモンスターの退治を女王様から仰せつかっていたのだ。そして、その任務を終えて食事を取ろうとしていたのだが、その途中でさや姉に起こされてしまった。恐らく、夢の世界では、食事をしている頃だろう。
俺はこの数年でいろんな事を知った。まず、夢の世界では俺と同じ名前のやつが存在する。ただし、俺が小さい時には既にいくらか成長していて、十七年が経とうとしてる今でも俺と同い年か一歳年上くらいしか姿が変わっていない事から、向こうの世界では時間の流れが遅いと考えられる。また、そいつの中に俺の意識があるのだが、体を動かす事も喋る事も出来ない。単純に言えば、そいつの視点で起こる出来事を、見たり聞いたりする事しか出来ないのだ。無論、食事中もその味を感じる事は出来ない。
「やっべ、急がないと朝食食べてる時間もなくなっちまう!」
勉強机の上に置かれたデジタル時計の時刻を確認して、俺は慌てて通学鞄を手に持ち部屋から飛び出す。
それから階段を駆け下りようとしたその瞬間である。
バンッ!
「ぶぎゃッ!?」
突然目の前に障害物が出現し、俺はそれに思い切り顔面をぶつけてしまった。
「んごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?」
超絶な痛みに苦悶の声を洩らす俺。鼻を押さえたままブリッジしたり、左右に転げたりなど、あまりにもオーバーリアクションな動きを広げるのだが、一体何者による攻撃だろうか!?
「あんた、何やってんの? くっそキモいんだけど……」
毒を含んだその不快でしかない口調。鼻を押さえたまま顔をあげてみれば、そこには少し俺の面影がある可愛らしい美少女が、通学鞄片手に汚物を見るような眼差しで立っていた。
「お前、気をつけて扉を開けろよな! いきなり扉開けるから、思いっきり顔面ぶつけちまったじゃねぇか!!」
「はぁ? あんたがそんなトコに突っ立ってるのが悪いんでしょ? あたしのせいじゃないし。てか、話しかけないでくんない? あたし、あんたみたいに暇じゃないから」
そう言うと、彼女は謝りもなしに一階へと降りていった。
「んだよ、あの態度!」
彼女の名前は『穂明 真夢』。あんな感じで滅茶苦茶俺に対する態度が解せないが、俺の双子の妹である。小さい頃から一緒にゲームで遊んだりなど、とにかくいろんな事をして成長してきたのだが、大きくなるにつれて俺への態度があまりにも冷たくなっていった。その冷たさはまるで、ツンドラ気候のようだ。しかも、小さい頃は双子らしく顔も似ていたのだが、今となってはその面影はほんの少しで、学校の知り合いからも「お前らホントに双子なの?」と言われるほどだ。
「俺、なんかしたか?」
不意にそんな事まで考えてしまう。だが、心当たりは皆無。あまりにも理不尽に毒を吐かれるため、俺のライフはいつも毒状態だ。
とりあえず、早く一階に行って回復しないとな。
一階へ降りリビングの扉を開くと、食卓にサラダや目玉焼きなど、そこまで重たくない料理が並べられていた。
「遅かったわね、遊馬。早く食べなさい、遅刻しちゃうわよ?」
俺の母さん――『穂明 美夢那』が、牛乳の入ったカップを食卓に置きながら言った。その格好は洋服の上に暖色系のペールトーンのエプロンと、いかにも主婦然としている。
だが、それより俺はあるものを見て思わずぎょっとしてしまった。
「よっ、久しいね遊馬くん?」
俺がいつも座っている食卓の定位置の向かい側にいる誰か。その後姿から声がして、俺は恐る恐るというように声をあげる。
「お、叔母さん……」
「ちょっと、叔母さんはやめてくれるかなー? わたしはこれでも二十八なんだから」
そう言われても仕方ない。俺にとって彼女は叔母にあたるのだから。
『橘 美紗希』。それが母さんの妹であり、俺の叔母である彼女の名前だ。
まだ二十八歳と若者のため、叔母さんと呼ばれるのを嫌がるのだが、これ以外に俺は呼び方がない。
「じゃあ、なんて呼べば?」
「う~ん、美紗希ちゃん?」
あごに人差し指をあてがい、呼び方を口にする叔母さん。
「いや、それはさすがに……」
それだと友達じゃないか。
「じゃあ、美紗希さんとか、お姉さんとか!」
「さや姉がいるんで、お姉さんは紛らわしいと思います。……じゃあ、美紗希さんで」
というわけで、叔母さん改め美紗希さんが何故ここにいるのか、それを聞かなければ俺は気がすまなかった。
「どうしてここに?」
「あぁ、うん。いやぁ~お恥ずかしい話、昨日ちょっと飲みすぎちゃって? 気づいたらこの家の門扉の中で寝てたってワケ。あはは~」
「いや、あははじゃないですよ、それ」
下手したら危なかったかもしれない。ウチの前だったからまだ良かったものの、見知らぬ家とかだったら、不法侵入とか勘違いされて逮捕されてたかもしれないし。
「もう、ミサキちゃん? あれほど飲みすぎはダメだって言ったでしょ? ほら、お水」
「あはは、ありがとうお姉ちゃん」
母さんはやれやれという呆れ顔で美紗希さんの前にコップ一杯のお水を置いた。それをくいっと一気に飲み干すと、美紗希さんはぷは~っと、息を吐いて濡れた口を腕で拭った。
「……やっぱり、全然違うな」
「ん? どうかしたかね? 遊馬くん?」
渋いおっさんの真似事のように声を低くして尋ねる美紗希さん。
「い、いえ」
口頭ではそう答えたものの、本音は違う。俺がさっきから気になっていた事、それは美紗希さん自身だ。
もしかしたら既に気づいている人もいるかもしれないが、相でない人もいるかもしれないから敢えて言おう。
美紗希。この名前に聞き覚えはないだろうか? そう、俺の夢の中で出てきた王国騎士団団長のミサキさんと一緒の名前なのだ。しかし、名前くらいならば、そう珍しい名前でもないため被る事だってあるだろう。だが、それだけではない。髪の毛の長さと体型が少々異なる点を除けば、二人は恐ろしいくらい似ていたのである。ただ、もう一点決定的な違いがある。
それは性格だ。現実の美紗希さんは酒癖が悪い上にすぐ酔っ払って寝てしまうダメダメな人だ。対し、夢の世界のミサキさんは、そりゃあもう騎士団の憧れだ。男口調なのもあるのだろうが、女であるにも拘らず、強面のモンスターに向かって果敢に突入する姿は、騎士団の女性陣から嬉々とした声があがる程だ。逆に言えば、男が情けなさ過ぎる気がする。
そんな彼女のあの強さには、誰もが惚れ惚れしてしまう。何よりもその戦闘スタイルだ。彼女は剣の腕はもちろんの事、体術にも秀でていて、剣がなくとも大型モンスター十匹は倒せるパワーと体力を持っている。恐らく、騎士団のぺいぺいが束になってかかっても、一瞬にして返り討ちだろう。
このように、現実と夢では天と地くらいの差がある。まぁ、彼女だけという訳ではないのだが。
「ちょっと、何ぼ~っと突っ立ってんのよボンクラ!」
背後からいきなり毒を吐かれた。ぐほっ、更なるダメージを受けて俺のライフは瀕死に近い! は、早く回復せねばッ!!
「ま、真夢……お前な。俺が何をしたってんだ?」
心臓を押さえながら、俺は引き攣った笑みで彼女がぷりぷりしている原因を尋ねる。
が――。
「おぇ、名前で呼ばないでくれる? あたしの名前が穢れる」
「ぐおッ!?」
な、何なんだよホントに……。
そんな双子のやりとりを、叔母の美紗希さんは愉快そうに笑いながら眺めていた。人の不幸を見て笑うとか、酷すぎるだろ。
「行ってきまーす!」
「いってらっしゃ~い」
爪先を地面にトントンと数回当てながら通学シューズを履いた俺の言葉に、母さんがニコニコと笑顔で手を振ってくれる。
玄関ドアを開け、眩い朝日に一瞬腕で顔を覆う。それから俺はダッシュで学校へと急いだ。
と、前方に憎たらしい後姿。……真夢のやろうだ。あいつのあの態度を思い出すだけで、俺は腹が立つ。しかも、忘れかけていたのに後姿を見たせいで余計にだ。
「よっ!」
「うわッ!?」
急に肩を叩かれると同時に声をかけられ、俺は驚愕の声を洩らす。
「なんだ、誰かと思ったらお前かよ……」
駆けていた足を止め、体ごと後方へ向ける。
「なんだとはご挨拶だな、遊馬よ。俺とお前は幼稚園からの付き合いだろ? もうお前と俺との間に知らない事などないくらいだ。一心同体と言ってもいい」
「お前、モテないからってついにそっちの気に目覚めたのか? 悪いな、俺そういう友達とは関わりたくないから、馴染みの縁を切らせてもらうわ」
いきなり現れてそうそうキモいセリフを口にし出すそいつに、俺は半眼の眼差しで辛辣な言葉を口にする。
「ちょちょちょちょ! か、軽いモーニングジョークないか遊馬くぅ~ん」
俺のあからさまな言葉に、彼は胡麻を擂って猫なで声をあげながら、肉薄してくる。
「ぬおッ!? わ、分かったからそれ以上近づくな!!」
「そうか」
おい、何で少し残念そうなんだお前。
言い忘れていた、実にそっちの気がありそうで怪しいこいつの名前は『門路原 浩介』。苗字が少し変わっている事から、小さい頃からあだ名は門路から「もんじ」である。まぁ、俺は「浩介」と呼んでいるが。
「おい、どうしたんだ、ぼ~っとして。最近多いぞ? まぁ、季節は春で陽気な気分になるからな~」
別にそういう訳ではないのだが、説明するのも面倒なのでそういう事にしておいた。
「あ、やっべ! 時間ねぇぞ!!」
ふと腕時計を見て、血相を変えた俺に、浩介も慌てて駆け出した。
「……疲れたぁ~」
机にぐだ~っと寝そべり、両腕を前に出す俺。さっきから心臓の鼓動が早い。
あれから俺と浩介はもうダッシュで校門へ駆けた。なんとかギリギリ遅刻は免れたものの、代わりに物凄い汗をかいてしまった。
「ふぅ、あっちぃ~」
春のためまだ冬服の期間。結果、今日も俺はブレザーを着て登校してきたのだが、今は脱いで椅子にかけている。カッターシャツの第一ボタンを外し、裾を親指と人差し指で挟んで中に風を送る。少し涼しくなった。
「えいっ」
「うひゃ!?」
後ろから何か細いもので背中を突かれ、俺は変な声をあげてその場に立ち上がる。
「あっはは! どしたの、ゆ~ままん? 随分お疲れだねぇ?」
「て、てめぇ……いきなり背中を突くやつがあるか!」
背中の突かれた場所に手をやりながら、俺はこんな事をしでかした犯人を睨む。
そこには頬杖をつき、もう片方の手でシャープペンシルの端を持ってブラブラと揺らしている女子生徒の姿があった。
彼女は『弥栄 夏海』。俺と浩介と同じ幼稚園の頃に出会ってから一緒に遊んでいる幼馴染だ。実際、俺の幼馴染はまだいるのだが、このクラスにはとりあえず俺を含めて三人だけだな。
「わたしはただ、ゆ~ままんにお疲れの理由を聞いただけだよ?」
「あのな、ずっと言おうと思ってたんだが、そのゆ~ままんって呼び方、やめてくれないか?」
ゆ~ままんと言うのは、言わずもがな俺のあだ名だ。こんなあだ名、はっきり言ってお断りなのだが、こいつは俺の事をこう呼ぶ。きっかけになったのは、恐らく過去のアレが原因だろうが、そんな昔の事、俺はとっとと忘れ去りたい。
「え~、あの時のゆ~ままん、カッコよかったんだけどなー?」
「いや、カッコいいも何も、アレ……助けなかったらお前死んでたぞ?」
「そだよね。いやあ、ほんとゆ~ままんはわたしの命の恩人だよ」
まるで他人事の様に頭をかいて笑う夏海。昔からどうもこいつは能天気で楽観的な部分がある。まぁ、ポジティブに生きるのは大事だと思う。
一時間目の終了を告げるチャイムが鳴った。
「あぁ~! 終わった~」
数学はどうにも苦手だ。特に、二次関数あたりになると、俺は弱い。普通の計算なら得意なんだけどなぁ。
と、強張った体を伸ばすように両腕両足をそれぞれピンと突き出し、椅子の背もたれに体重を預けて体を仰け反らせる。
「こほん、気の抜けているところ悪いけど、少しいいかしら穂明君?」
口元に手を運んで小さく咳払いした女子生徒が、俺に話しかけてくる。
目を開けそちらに顔を向けてみれば、そこには黒髪ポニーテールのメガネをかけた女子生徒が俺を見下ろしていた。
「ど、どうかした逢河さん?」
「どうもこうも、あなただけ提出が遅れてるんだけど」
「え? 提出?」
何の事だかさっぱりな俺は、腕を組み首を傾げる。
「数学の宿題だよ、もう忘れたのかい穂明君?」
俺が困っている所に、隣の席で黙々と自習していた男子生徒がメガネのブリッジをくいっと上げながら答える。
「げッ、やってねぇ!!」
「はぁ、しっかりしてよね」
あまりにも俺が情けない姿を見せるためか、呆れ返ってため息をつく眼鏡の女子生徒。
彼らの紹介も必要だろう。しかも、結構この二人はあっちでお世話になっている人物でもあるしな。
黒髪ポニーテールの眼鏡をかけた女子生徒。彼女の名前は『逢河 玲奈』。このクラスの学級委員長を勤めている成績優秀者だ。無論、頭の出来は俺とは比べ物にならない。
そして、俺に何の提出についてなのか親切に教えてくれた男子生徒。彼の名前は『桐原 裕也』。こいつもまた眼鏡をかけた優等生である。一応俺の隣の左隣の席なのだが、口数が少ないのか、もしくは自習で忙しいためか殆ど会話した事はない。
「わ、悪い。あ、明日でいいかな?」
「じ、冗談じゃないわ! 今日提出して!! いいわね!?」
ひぃ!? この表情……ホントにそっくりだ。眼鏡をかけず、瞳をエメラルドにして黒髪をスカーレットヘアにしたら……完璧だ。
そう、彼女達も俺の夢の中で別人となって登場を果たしている。王国騎士団の料理長も兼任している片手剣の使い手――レイナさんだ。
ちなみに、ゆう――桐原もそうだ。俺と幾つものモンスター戦を潜り抜けてきた同士――ユウヤがそうなのだ。
俺も当初は驚きだった。二年生になる前に夢の中で既に二人に出会っていたのだが、現実世界で二年生になった際、二人の姿を見つけて驚愕した。こんな偶然、有り得るのか……と。だが、こうして俺の目の前に二人はいる。これが動かぬ証拠だ。
また、これは蛇足ではあるものの、随分前に俺が夢の中で出会ったゴトーさんとキムさんだが、あの時感じた名前の違和感に、俺はようやくたどり着いた。
答えはすぐ近くにあったのだ。母さんに、ゴトーさんとキムさんって知ってると、聞いたのだが、その際に母さんがある写真を見せてくれた。そこには、俺と真夢が産まれた産婦人科の病院をバックに、俺の家族と見知らぬ二人の人物が写っていた。聞けば、五十代くらいの男性が木村先生、看護婦の格好をしている女性が後藤さんというらしい。つまり、俺の夢の中で木村先生はキムさん、後藤さんはゴトーさんとして出ていたという事だ。あれの驚きったらなかった。何せ、性格どころか顔まで違っていたのだから。
このように、あの世界では、性格だけでなく時折姿形まで違う場合があるのだ。それ以来、俺は出くわす相手がことごとく自分の知り合いなのではないかと警戒するようになった。別に夢の中だし、俺は関与出来ないから気にする必要はないような気もするが。
「わ、分かったよ。なるべく早く終わらせる」
「そうして」
冷たく一言告げると、逢河はスタスタと歩いて自分の席へ戻っていった。
「あぁ~俺の放課後が~」
俺は絶望して机に顔面から突っ伏した。両手はだらんと重力に引っ張られて下に垂れている。
「ゆ~ままん、おっつ~」
「へいへい、遊馬。お前がちゃんと好き嫌いせずに消化しないからだぞ?」
俺の不幸をあざ笑うように、夏海が俺の背中をバシバシ叩き、浩介が憎たらしい笑みを浮かべる。
「んだよ……それと浩介。その言い方だと、食べ物みたいだから」
結局、この日の俺の放課後は大嫌いな数学の宿題(しかも、二次関数ばっかり)に追われて終わりを迎えた。放課後から実に四時間くらいかかったのではないだろうか。
でも、俺は幼馴染の浩介と夏海が協力してくれたので、とても嬉しかった。
四月中旬というこの時期、七時過ぎになるともうすっかり夜だな。
俺達三人は、ポツンポツンと点在する電灯に照らされながら夜道を歩き、帰路に着いていた。
「すっかり遅くなっちまったなぁ~」
「夜風が冷た~い」
「悪かったな、二人とも。就学の宿題手伝わせちまって」
浩介と夏海が並んで歩いているその少し後ろから、トボトボとついていきながら俺は謝罪した。
「いいって事よ! 困った時はお互い様。それが、ダチ……いや、馴染みってもんだろ?」
「そだよ、これくらいじゃ恩返しにはならないし」
暗い道を照らす電灯の明かりに負けないくらい明るい笑顔で、二人はそう言ってくれる。思わず涙ぐんじまった。
「ありがとな、今度お礼するよ」
「おっ、じゃあ今度行きつけのコンビニでエロ本買ってきてくれよ!!」
「んなッ!? それ罰ゲームじゃねぇか!!」
浩介がいきなり軽口を叩きやがるので、俺はムキになってツッコんだ。
「も~う、もんじってばえっちなんだから~」
夏海も浩介の冗談に気づいているようで、おかしそうに笑った。
普通の女子なら悲鳴もんだろうな。
「ナハハ! 男ってのはそ~ゆ~イキモンなんだよ! それとな、夏海、この場合はえっちじゃなくてスケベって言うんだよ」
「いや、どっちも変わんねぇだろ!」
腰に手を当て呵呵大笑する浩介に、俺は顔の前で手をないないと動かしながらツッコむ。
「あはは!」
そんな俺達の会話が面白いのか、夏海は笑いながら俺達の後を着いてくる。
やっぱり、幼馴染っていいもんだなと、ふとしんみりしながら俺は家路を急いだ。
その後、何故か妹に怒鳴り散らされた。何でも、俺の帰りが遅いせいで晩御飯を食べるのが遅くなったのだとか。いや、先に食べてればいい話じゃんと、そう言いたかったが、テーブルを見やれば真夢の食器の上にあるはずの料理は綺麗さっぱりなくなってるし、訳分からん。
とにもかくにも、俺は今日もベッドで眠りに就き、あの夢の世界に行くのであった……。
というわけで、プロローグ二話目です。まだ、夢の世界に閉じ込められるまで時間かかります。予定では、プロローグ終えてから閉じ込められます。少しずつキャラが増えてきましたが、まだ増えます。基本的にプロローグで現実世界のある程度のキャラを出していくつもりでいます。
次回更新は明日……は難しそうなので、一日空くかもしれません。