00夢:この夢は一体……?
あとがきが長いのは相変わらずです。
どっくん、どっくん。
不思議な音だ。だが、それが心地良くて落ち着ける。あぁ、また眠くなってきた……。
――◇◆◇――
真っ白な壁に四方を覆われた部屋。ただ、その内の一つの壁にはガラスが設置されており、待合室からその部屋を見れるようになっている。そこには、両手を突いて涙を浮かべてる男性の姿があった。それは、悲しいというよりは、嬉しいという風に窺える。
「あら、お母さん……この子、これから産まれて来ようとしてる途中で寝てしまいましたよ」
分娩室にいた二人の女性の内の一人が、クスリと笑う。
「珍しい事もあるもんだ。きっとこの子はよく寝る子になるだろうね。まぁ、寝る子は育つとも言うし、いいことだ!」
五十代くらいの男性が、マスクをしているために篭った声で笑う。
「しかし、木村先生。このままではもう一人の赤ん坊が」
「そうだね、では……多少強引ではあるが、この子には早く起きてもらう事にしよう」
――◇◆◇――
不思議な感覚だ。周囲の光景は霞んでいて、はっきりとしない。
一面白い靄がかかっている感じ。足元を何かがくすぐる。どうやら、ぼくは今裸足らしい。ふと視線を下げると、青々とした草がびっしり周囲に生えていた。
空気が澄んでいて美味しい。今度は視線を上にあげてみる。自分の知っている世界ではない……直感的にそう感じた。
そんな時だった。ぼくは目の前に一つの人影を見た。
「ぁ……」
上手く声が出せなかった。まだ会話の交わし方というものが分かっていないのかもしれない。
すると、相手がこちらに気づいたようで振り返った。瞬間、白い靄が一気に晴れた。いきなり視界が明るくなり、目を瞬かせる。大分目が慣れたところで目を開け、サッと顔を覆っていた腕をどかしてみると、そこには綺麗な少女が立っていた。赤毛混じりの綺麗な髪。まだ幼い顔立ちで、十歳に満たないかくらいだった。
少女はにっこり優しい笑顔をぼくに見せる。
それから一言、こう言った。
「また、会いましょう」
瞬間、ぼくの意識は覚醒した。いやだ、ぼくはまだあの不思議な世界にいたかったのに! 何で起こすんだよ! もう一度会いたい、あの子にっ!!
そんな思いが爆発した。ぼくはその気持ちを言葉に表す事が出来ず、とにかく泣いた。知ってほしかった。でも、泣いてるだけじゃ相手には伝わらない。
「おやおや、元気な産声だ。お母さん見えますかな? 男の子ですよ! こりゃ、元気に育つでしょうな」
聞いた事のない男性の声だ。さっきとは違うようで同じような白い靄が視界を埋め尽くす。眩しすぎて目が開けられない。
それから数分してからだろうか、ぼくと同じく大きな産声をあげる声が聞こえた。
「おぉ、これまた元気な産声だ。お母さん、こっちは女の子ですよ」
ぼくの体は軽々と運ばれ、誰かの隣に寝かされた。
「すみません、後藤さん。抱かせてもらっていいですか?」
「はい、いいですよ?」
聞いたことはない……はずだった。それなのに、どこか安心出来る声。
スッと体全体を包み込まれる感覚。この温もりは……知ってる。
「ふふっ、かわいいわ……遊馬」
どくん、小さな心臓が跳ねた。
遊馬……それがぼくの名前なのか?
「どうぞ、お母さん。女の子ですよ?」
「ふふっ、さすが双子ね。よく似てるわ……真夢」
真夢……双子? よく分からないが、それよりもぼくは早くさっきの光景が見たかった。どうすれば、見れるのだろう?
必死に願った。と、そんな時、ふと眠気が……。
もし今寝たら、さっきの光景が見れるだろうか? そんな淡い期待を抱きつつ、ぼくは再び眠りに就く。
本当に、来れた。夢の中のためか、多少靄がかかってはいるが、それでも十分だった。
周囲を見渡すと、先ほどとは違う光景ながらも同じ世界である事は間違いなかった。
ぼくは少し変な格好をしていた。腰に刃物を引っ提げ、背には荷物を背負っている。
場所は獣道のような鬱蒼と葉が生い茂った森の中。そのせいか、随分薄暗く、本当に獣が出てきそうな雰囲気だった。
と、その時、背後から声がした。
「ぼく、どこに行くんだい?」
ふと誰かに声をかけられ、ぼくはドキッとして後ろを振り返る。
そこには、見知らぬおじさんが荷車に乗って一頭の馬の手綱を引いている姿があった。
「え、あの……」
不思議と言葉を喋れた。まだ、ぼくは何も知らないはずなのに。
この世界についても、自分のやるべき事も。それなのに……。
「……ウェスガティークル王国まで、お願い出来ますか?」
まるで誰かに乗っ取られたかのように、ぼくの意思に関係なく言葉が紡がれた。
「ウェスガティークルだね? ちょうど良かった、おじさんもそこに用があるんでね。ついでに乗っけてやるよ。ほら、乗んな」
義理人情溢れる、気さくなおじさんだ。
「ありがとうございます」
それからしばらく、ぼくはおじさんの荷車に乗って、目的地と思われるウェスガティークル王国? とかいう場所へ向かった。
道中は、申し訳程度の道のためか整備など無論されておらずガタガタで、荷車が大きく揺れる事が多々あった。
「うっぷ……」
そりゃあ、酔いもするだろう。
「はっはっは、すまんねぇ。この道はデコボコしてるから、結構揺れるよ?」
「い、いえ……乗っけてもらっているだけでも有難いですから」
またも自然に紡がれる言葉。最早、ぼくはただ意識があるだけで、体全てが勝手に動く全自動機械のようだった。
「しっかし、あの王国に何のようなんだい? どうやら、見た感じ冒険者みたいだが?」
「いえ、冒険者……ではないんです。ただ、これをもらって」
そう言ってぼくは、懐から一枚の封筒を取り出した。ご丁寧に封蝋され、ウェスガティークル王家の家紋が印璽されていた。
「それは?」
運転中でじっとは見れないおじさんが、どこから来た手紙なのかを尋ねる。
「ウェスガティークル王家からの招待状です。差出人はえーと、メイリーナ女王からと書かれてますね」
メイリーナ女王? 聞いた事のない名前だ。まぁ、ぼくはここへ来たばかりだから、知らないのも無理ないか。でも、一体どうしちゃったんだ、ぼくの体は……。体は思い通りに動かないし、喋る事も出来ない。
「ほ~! 女王からか……まさか、愛の告白とかか?」
「な!?」
「な~んてな! はっはっは! 冗談だ冗談! 第一、メイリーナ女王は既婚者だからな。にしても、お前さんの親もよく了承したなぁ!」
「いえ、ぼくは……天涯孤独なので」
え!?
突然の衝撃発言にぼくは驚いた。
瞬間、ぼくは目が覚めた。
「あら、起きたの遊馬? ふふ、そろそろミルクの時間だものね」
ど、どうなってるんだ? これは……ぼくは、一体?
どうやら、現実に戻ってきたみたいだ。多分、びっくりした事が原因で意識が覚醒してしまったのだろう。
「うわぁん、うわぁん!」
はいはい、今行くからね~」
緩く一つに結った髪の毛を右肩から垂らしている女性が、笑顔で誰かの下へ向かう。そうだ、確かぼくには双子の妹がいるんだった。
確か名前は……。
「ほぉら、真夢……ミルクでちゅよ~?」
そう、真夢だ。あの眩しい場所でぼくは彼女と一緒に産まれたんだ。
女性のその表情は実に晴れ晴れとしていて、嬉しそうだった。それを見てるぼくさえもが、笑顔になってしまうほどに……。その笑顔を見てると、再びぼくは眠気に襲われた。
「ほら、着いたよ」
「え? あ、すみません。寝てしまっていたようです」
おじさんの言葉でぼくは眼を醒ました。
「なぁに、心配ないさ。しかし、親御さんの件は気の毒だったね……」
「ええ」
そんな、ぼく肝心な部分の話聴いてなかったよ! もしかして、ぼくが起きてる間にこっちでは話が進んでたって事!?
「……おっと、辛気臭い空気になっちまったね! ちょいと待ってな、今ゴトーさんに頼まれてた荷物渡してくっから!」
「は、はい」
ん? ゴトーさん? 変だな……知らないはずなのに、ぼくでも知ってる気がする。何でだろ?
「ゴトーさん、ゴトーさんいるかい?」
ドンドンと、木製の戸を叩くおじさん。すると、戸が開いて誰かが出てきた。
「遅かったね、キムさん。約束の品は?」
どうやらこの人がゴトーさんらしい。にしても、開けっ放しの戸から香ばしい匂いがする。一体、何を作ってるんだろう?
「ああ、ちゃ~んと持ってきたさ」
おじさん――キムさんは、ゴトーさんに言われて荷車から何かが入った袋を二つ、それぞれ肩に担いで持ってきた。
「ほい、頼まれてたコムーギだよ!」
「どうせだから、中まで運んでおくれよ」
「しょうがねぇな! よいしょっ!」
確かに少しあの袋は重そうだ。ゴトーさんが運ぶよりは、キムさんが運んだ方が早いだろうな。
「ふぅ……お、そうだ。ゴトーさん、ちょいと来てくれよ!」
荷を運び終えて一息ついたキムさんが、何かを思い出したというように声をあげ、ゴトーさんを呼ぶ。
「なんだい?」
少々面倒臭そうにしながら、ゴトーさんがとことこやってくる。
「ほれ」
ぼくの隣に立ったキムさんが、ゴトーさんに見せつけるように声をあげる。
「どうしたんだい、この子」
「獣道から乗っけて来たのさ。凄いぞ、この子。ウェスガティークル王国の女王様から直々に招待されてんだそうだ!」
「へぇ~! そいつはたまげたねぇ」
ゴトーさんが腰に手を当て、目を丸くして体を少し仰け反らせる。
「そういや、お前さん名前なんてんだい?」
キムさんの質問だ。そういえば、ぼくはこの世界ではなんて名前なんだろう?
「あ、申し遅れました。ぼくの名前は『ユーマ・ライティリティ』と言います」
ユーマ……ぼくと同じ名前だ。
「しっかりした子だねぇ。ユーマって言うのかい」
「こりゃきっと、いいトコ育ちの坊ちゃんだろうねぇ!」
ゴトーさんとキムさんが各々の意見を口にして笑う。
「あの、そろそろぼく城の方へ行きたいんですが……」
「おっと、そうだったな! 引き止めて悪かったユーマ! ちょいとお前さんに渡したいモンがあったんでな」
そう言うと、キムさんが荷車から何かを持ってきた。
「ちぃとばかし前に、手に入れたんだ。掘り出しモンだぜ? 本当はある人物に渡すよう言われてたんだがよ、その受取人が不慮の事故で死んじまったらしくて、引き取り先がなくて困ってたのよ! ユーマは、見たところ剣を使うみてぇだから、こいつも喜ぶだろう!」
キムさんがぼくの腰元の剣を見て言う。
渡されたのは一本の大剣だった。凝った装飾が施された鞘に納められたそれは、キラキラと日の光が反射して輝いていた。
「こんな立派なもの、受け取れませんよ!」
ぼくは首を激しく左右に振って遠慮した。確かに、ぼく自身こんな重そうな剣を振るえる自信がなかった。というより、そもそも剣を振った事すらないのだ。まぁ、ぼく自身が動く訳ではないから、関係ないのかもしれないけど。
「いいっていいって! どうせ俺が持っててもガラクタになるだけだしよ! な、な!」
「は、はぁ」
半ば強引に押し付けられたぼくは、結局大剣を受け取ってしまった。にしても大きいな。ぼくの背丈より少し高い気がする。
「ちょっと、キムさん。ユーマちゃんより剣の方が大きいじゃないかい! これじゃ、振り回すというより、振り回されちまうよ!」
「おっと、そいつは計算外だったなぁ。う~ん、それじゃあ持ち運びも大変だろうしな」
これではあまりにも使い勝手が悪いと思ったのか、キムさんが頭をかきながら唸る。
「いえ、持ち運びなら……」
そう言うと、ぼくは腰のバッグから何かを取り出した。それは、小さな鍵だった。
「そいつは何だい?」
「まぁ、見ていてください」
まるでショーを始めるかのようにユーマが口にすると、鍵を握ったまま何もない空間で開錠する動作をした。するとどうだろう。超空間が口を開き、空間に穴が開いたではないか!
「ほぉ~う、こりゃあたまげたなぁ。空間能力かい。そういや、久しく見てねぇな」
「知ってるんですか?」
キムさんが腕組して遠い目をするのを見て、ぼくは声を張り上げた。
「ん? もう何年も前の事だからよぉ。能力者は大抵冒険者とかお偉い方のとこにいるぜ? だが、その中でも空間使いは滅多にいない。俺が唯一知ってるやつも、もう何年も前に死んじまったからなぁ」
目を瞑り、昔の事を振り返り感傷に浸っているキムさん。
「そうなんですか……。ちなみにこれは空間系の中でも低いレベルのやつで、空間鍵っていうらしいです」
「そうなのか……おっと、話が逸れちまったな。とにかく、そいつが珍しいってのは確かだ。もしかすっと、それを女王から買われたのかもしんねぇな! とりあえず、善は急げだ! 王国へはこっから真っ直ぐ行きゃあすぐだからよ!!」
「はい、ありがとうございます! それじゃお元気で!」
「おう、達者でやれよ!」
「アタシはここでお店やってるから、いつでもおいでね~!」
こうしてぼくは、キムさんとゴトーさんと別れた。
場所は変わってウェスガティークル城内。ぼくは現在ある部屋に通されていた。
「ふふっ、よくお出でなさいました、ユーマ・ライティリティ。あなたをここへ呼んだのは他でもありません。あなたにしか頼めない用件があるのです」
美しい美声を広間中に響き渡らせる女性。彼女がこのウェスガティークル王国の女王のようだ。
ぼくはその場に片膝を突いて頭を下げていた。
「頭をお上げなさい、ユーマ・ライティリティ」
「はい、女王陛下」
はきはきとした口調で、ぼくは顔をゆっくりあげた。目の前には、玉座に鎮座している女王陛下の姿がある。赤毛混じりの綺麗な茶色い髪の毛。だが、同時にぼくは、その姿に一人の少女を脳裏に思い浮かべた。
「……あなたのご両親の事については、既に存じ上げております。彼らも優れた能力者でした。そして、あなたはその恩恵を授かったと聞き及んでおります」
「空間能力の事ですか?」
そうだ、ぼくのこの力、これは両親から受け継いだのか? というか、この世界のぼくの両親は現実世界のぼくの両親と同じなのだろうか? それとも……。
「はい。あらゆる場所だろうと関係なく空間を操り、別空間に閉じ込めるなどと多種多様な使用方法があると聞いています。どうかお願いです、私達の王国騎士団に加わって頂けないでしょうか?」
それは、唐突な勧誘だった……。
というわけで、新しい連載始めました。異世界というのは他の小説でもやっていましたが、今回は現実と夢の世界が交錯するので、なかなか大変です。また、現実と夢の中で登場キャラの性格が違ったりするのも醍醐味の一つに考えているので、早く登場キャラを増やして行きたいです。
基本一部投稿のつもりなので、頑張れば明日も投稿出来ると思います。
次回は、時が進んで主人公の通う高校について触れます。それでは次回、お楽しみに。