悪鬼降臨
四回目です。
何とか、目標を達成です。
シュンキにトドメを刺すべく振るった長剣を受け止めた魔人は3メートルを軽く超す巨体であった。そして、身体全体は鋼の様に固い。この身体に物理的にダメージを与えるのは至難の業と考えられるほどに。
「我輩はボーキと申す。いざ、尋常に勝負だ!」
ボーキと名乗る魔人は仁王立ちで名乗るが、キリヤは無視して懐に飛び込む。そして、持っている長剣で一閃。上体を斬り付けるが、圧倒的な胸筋に拒まれ、無駄に終わる。今回の攻撃は相手の意表をついての攻撃だったにも関わらず、ダメージを与えれない。
「チッ! まさか、ここまで固いとは……」
一旦、距離を取ったキリヤが呟く。相手のステータスを視た時から分かっていたことだが、今回の相手は防御力が半端ではない。
「鍛えし筋肉は嘘はつかん! お主も鍛えるんだな! そんなヒョロイ身体では生き残れんぞ」
自身の自慢の筋肉の前にキリヤの攻撃が通じなかった事で御機嫌な様子でキリヤにも筋トレを勧めるボーキ。
「……そうか、鍛えた筋肉がそんなに凄いんだったら、この攻撃を受けてみやがれェェ 《絶対切断》 」
キリヤも彼の言い分には苛々を隠せずに切り札と呼べる必殺技を序盤で見せる。ボーキの頭上に跳び上がり、渾身の一撃を込めて長剣を縦に振るった。
「むむむ! これは!! 《不動の構え》そして、《金剛化》だ!」
ボーキは一瞬でキリヤの斬撃に秘められた威力を察して全力での防御態勢に移るべく、両腕を交差して腕に闘気を集中させた。
キリヤの長剣がボーキの両腕と激突する。相変わらず、生物を斬り付けた時の音とは思えない音が響き渡る。
「ハァァァァァ!!」
「切れろォォォォ!!」
拮抗が崩れる。キリヤの振るっていた長剣が折れた。
「へっ?」
キリヤは長剣が折れるとは思っておらず、折れた直後に素っ頓狂な声を溢す。この長剣はトドメを刺す様に強度を高めで作成していたので、驚きが大きかったのだ。言うまでもなく、それは隙に繋がる行動だった。
「受けてみろ! 《鋼拳》」
ボーキは隙だらけのキリヤの鳩尾に正拳突きを見舞う。キリヤはくの字に曲がりながら後方に吹き飛ばされる。運悪く吹き飛ばされた方向に巨大な大岩が在り、身体を強打する。その所為で身体中に痣が出来上がった。
激突した大岩に背を預けながら、回復する為に能力を発動するべく行動に移そうとしたが、シュンキとの対戦の時に『癒しの光』を見せていた所為で妨害の為にボーキは攻めてくる。
「回復する時間は与えんぞ《鋼拳》」
距離を詰めるべく、ボーキは動く。先程と同じ技を今度は両拳に使う。
キリヤも回復は間に合わないと考え、迎撃に切り替える。シュキは素早さはそこまで素早くない。そのお蔭でキリヤも反撃に移れた。
「炎よ、敵を焼きつくせ 《ヴォルケーノ》」
火の上級魔法のヴォルケーノを一直線に放つ。過去までよりも威力が髙くなっていた。消費魔力量を増加した訳ではない。固有能力の『竜炎』と同時に発動しただけである。『風魔法』と『風流操作』を組み合わせた時の様に火魔法にも応用したのだ。
「ぐぬぬぬぬ」
苦しそうな声を漏らしながらも徐々に距離を詰めてくるボーキ。炎に身を焼かれ、視界もぼやける中でキリヤの前にまで現れ、拳を振るう。キリヤは呆気なく腹に重い一撃を喰らい粒子となり消失した。その直後に、ボーキを背後から上半身と下半身に分断する者が現れた。言うまでもなく、キリヤだ。ヴォルケーノを放った直後に分身を作成し、本体は身を隠し機会が来るのを待っていた。
「に、偽物……だと! 」
その場に真っ赤な水溜りを作り、ボーキが前方に倒れ込む。
「アンタの防御を正面から破るのは骨が折れそうだったんでな」
実際に背後からの奇襲に対してもボーキの防御力は高く、その為にキリヤは通常攻撃ではなく、切断で身体を上下に切り裂いた。
「今、楽にしてやるよ」
剣を正面に構え、上段からの勢いよく振り下ろす。
「させるかぁぁぁ!」
剣を振り下ろす直前にキリヤの背後から襲い掛かってくる者が居た。
「あゝ、気付いてたさ」
シュンキが高速で肉薄し、貫手を一直線で狙うが、キリヤは最初から気付いていた様に宙に跳び上がり、空中で一回転での回し蹴りをシュンキに頸椎にヒットされる。回し蹴りを直に受けたシュンキはゴロゴロと地面を転がる。
シュンキにカウンターを炸裂させ、地面に着地した所を残りの二人が同時に攻めてくる。
「敵の動きを封じよ、呪いの力 《呪術・金縛り》
先程の戦いでは呪術らしい能力を一度も使用しなかったジュキが呪術を発動する。ジュキから放たれた黒い靄がキリヤに向かう。
「やっと、使う気になったか。待った甲斐があったな」
回避する素振りも見せずにキリヤは呪術をその身に受ける。黒の刺繍が全身に浮かび上がる。その直後に前のめり倒れ込む。
「え?……マジか」
倒れ込んだキリヤの前に最後の魔人が迫りくる。そして、ボーキと同じで三メートルを超える巨体からの容赦の無い一撃が繰り出される。
その直後にキリヤの居た地点に小規模なクレータが出来上った。
「あ、アブねぇ……」
この時にキリヤは本気で焦った。さすがにギリギリまでは攻撃を喰らうかもしれないと思っていたからだ。現在、キリヤの身体中に大量の聖気が纏わりついてある。この聖気のお蔭で呪いを解呪出来たのだ。
「視界を奪え 《呪術・暗黒》 」
キリヤ達を半径10メートル程に黒色の靄が囲む。その黒い靄は文字の形を形成し始める。そして、術が完成する。その途端にキリヤは視界は黒で塗りつぶされる。
「ッ!? 」
(これだけの暗闇だ、奴等も俺の場所の特定は簡単じゃないだろう)
神眼を所持するキリヤでさえも、視界が確保できない。キリヤは視覚に頼らずに聴覚に頼り、周囲を警戒する。しかし、その場を走り回る様な足音が聞こえ始める。キリヤは驚く。この暗闇で無闇に走り回っても相手の位置が特定できないのだから。
しかし、キリヤは相手の位置を特定する為に周囲に意識を集中する。しかし、次の瞬間にキリヤは背後から吹き飛ばされた。
「ガハッ!……どこだ!? 」
数メートルの距離を転がったが、瞬時に体制を立て直しキリヤは後方に跳躍する。
「俺様の姿が分からないか。そりゃ、そうだろうな。ここで、ぶっ飛ばさせてもらうぞぉぉ! 《剛拳》 」
先程とは比べようのない衝撃がキリヤに真横から襲い掛かる。キリヤは肺の中にある空気を一瞬で全て吐き出して、呼吸が荒れる。
「はぁはぁ。面倒だな……」
自分の感覚を信じ、その場で眼を瞑る。元々、視覚が封じられているので開いていても意味はなかったが。
「次は、チッとばかしイテぇぇゾぉぉぉぉ!! 《剛拳ラッシュ》 」
自分に近づいてくる足音をキリヤは捉えた。そこに長剣を振るが、虚しく空を斬るだけだ。その直後に、空振りだった場所から強烈な打撃が六発も受ける。その際に、手に持っていた長剣を地面に落とす。
堪らずに、その場に膝を着くキリヤ。
「そろそろ、決めるぜぇぇ! 《破壊拳》 」
相手が魔力を高めるのがキリヤにも理解出来た。ピンチだと、キリヤは思ったが、あることに気付いた。
起死回生の案が浮かんだキリヤだが、相手の拳は自身の寸前にまで迫っていた。
「そこだぁぁぁ! 《絶対切断》 」
貫手で必殺技の絶対切断を放つの手が何かを貫いた。その物体からは、温かい液体が零れ出るが、その一瞬後にキリヤの頭部に凄まじい衝撃が襲いかかる。今までの攻撃とは文字通りに桁違いの威力の攻撃を受けたキリヤは地面に叩き付けられた。
頭部を上から殴られた。三メートルを超える巨漢が全力での拳を振り下ろしたのだ。頭蓋骨は木端微塵に砕け、顔面は形容し難い程に酷い状況になっている。ダムが決壊したかのような勢いで血を噴出す。キリヤの銀髪は自身の血で真っ赤に染まっていた。頭部に受けた衝撃はキリヤの全身を襲った。衝撃が波の様にキリヤの体内で上から下に向かい暴れ回る。その所為で、内臓などの循環器系も大ダメージを負っていた。このままだと、生命活動も危険な状態に陥るのも時間の問題。
(……意識が、朦朧とする。これは……脳、を遣られ、たな)
辛うじて意識が残っていたキリヤ。自身の現状を確認していた。この現状でも生きていたのは、魔人として高い生命力の賜物だろう。
キリヤの身体には複数の核が存在している。強力な魔人や魔物の中には複数の核を所持している種が存在する。例に洩れずにキリヤもそれだった。元は一つだったが、身体変換で核を創り出したのだ。それでも、出力が格段と下がるのは言うまでもない。それの恩恵として、分身は自我と記憶を保持できる。核が脳としての機能も兼任している。
キリヤもさすがにこの状況では、満足に動けない。その為に傷を癒す事に専念する。治癒系のスキルでは、これだけの負傷を治せない。よって、身体変換で細心の注意を払い、傷を癒す。
一気に治す様な無茶は出来ない。先ずは細胞や器官を治す。特に肺などの循環器系に集約する。丁寧に少しずつ負傷した細胞を治癒していく。
「ゴーキさん、身体は大丈夫ですか?」
ジュキは最後にキリヤに貫かれた腹の調子を尋ねる。ゴーキというのは、最後にキリヤと戦った魔人の名である。
「ジュキ、助かった。さすがの俺様も一人だと厳しかったぞ」
一対一勝負よりも仲間を選んだのだ。仲間の為にジュキも本来のスタイルで戦った。
「俺様たちもボーキとシュンキの場所に戻るぞ。シュンキは命には別条はないだろうが、問題はボーキだ」
ゴーキ達はシュンキとボーキが治療を受けている洞窟に向かおうとすると、突如、悲鳴が聞こえる。悲鳴の主は雌の鬼である。その鬼は二人の治療と看病を任された者であった。
顔を見合わせるゴーキとジュキ。二人は急いで洞窟に向かう。洞窟に着くまでには度々と悲鳴が聞こえる。
洞窟の中は酷い有り様だった。仲間の鬼の骸があちこちに転がっていた。しかも、大半の骸は何かに食われた様な状況だった。食べ残しと表現するのが妥当な状況だ。五体満足な死体なんて一つもない。手足や胴体が無くなっているのだ。
戦闘場からここの洞窟までは急いできたので数分しか経過していないが、洞窟内には生存者が一名しかいなかった。その者は全身を血で真っ赤に汚れていた。返り血でだ。
「お、お前がしたのか……キョウキ? 答えろ!?」
下級魔人にあと一歩ぐらいで進化できそうな鬼だったものをキョウキと呼ばれた鬼は喰らっていた。
「ソウ、オデガ、ゴロヂタ。マダ、タリナイ。ゴロス」
キョウキと呼ばれた鬼は下級魔人にも届かない実力だったが、変異種だった。変異種の為か、実力も低く、周囲から嫌われていた。
「訛りが酷いですが、人語を話せるようになってますし、身体が大きくなってます」
元々、キョウキは人語が話せなかった。大半の魔物は人語を使えない。元のサイズはジュキよりも小さくて一メートルを多少越すぐらいで顔も醜くく、パッと見たらゴブリンと間違える程だった。ジュキの言葉にゴーキが「嗚呼」と短く応え、拳を強く握った。
「お前は俺様が殺す」
キョウキの体長は既に二メートルを超えていた。
「ゴーキさん、助太刀しますよ」
ジュキの申し出をゴーキは断る。
「イクゾォォ!! 《剛拳》 」
距離を詰め、ゴーキは剛拳を繰り出すが、キョウキは一瞬で前方に移動し躱す。そして、様子を見ていたジュキの背後を容易に取る。
「!! 今のはシュンキ並みの速度だろ!?」
ゴーキは驚くが、次の瞬間に更に驚いた。背後からジュキを喰らったのだ。生きたままの状態で。
キョウキの顔が何倍にも膨れ上がり、油断していたジュキを丸呑みした。
「ジュキ!? 今、助けるぞぉぉ! 《破壊拳》 」
自身の最強の技で短期決戦を挑むゴーキ。ジュキを喰らった影響でキョウキの身体に変化が生じた。全身が光の粒子に包まれた。次の瞬間には体長が三メートルを超える。この現象は進化の時に視られるものであった。
「無駄ダ! 《不動の構え》ソシテ《金剛化》 」
正面からゴーキの拳を受け止めたキョウキは一瞬で消える。実際には消えた訳ではないが、ゴーキからすれば、見えないので一緒だった。そして、背後から攻撃に移る。
「貰ッタ! 《鋼拳》 」
背後からのキョウキの攻撃を読んでいたゴーキはカウンターを御見舞いするべく、拳を振るった……が、気付けば、自身が吹き飛ばされていた。洞窟の外まで転がっていく。
「今のは無拍子……なのか!? まさか、俺様たちの能力を吸収しているのか」
先程の悲鳴を聞き付けて大勢の鬼達が集まって来る。中には上級魔人や下級魔人もチラホラ見受けられる。総勢にて五十弱も居る。
「ゴーキ様!? どうなされた?」
上級魔人である鬼が状況を訊ねる。
「馬鹿者!! 早く逃げるんだ! ここに居ると、死ぬぞ!」
周囲の鬼達は状況を理解できていない。そこにキョウキが歩いてくる。
「餌だ、食ベル。我慢、無理だ。喰う」
徐々にキョウキの滑舌も良くなる。喰らえば、それだけ強く賢くなっていた。
「あやつはキョウキか。逞しくなったな」
上級魔人はキョウキが成長した姿と気づき、近づく。強ければ、正義な鬼の為に昔の様に疎ましいとは感じていない。不用心に上級魔人が近づく。ゴーキが大声で叫ぶと上級魔人は振り返るが、その一瞬でその魔人は喰われた。
その光景を目撃していた鬼達はキョウキは敵だと判断し、戦闘態勢に移るが、十数分後には、僅か下級魔人が一人と四体の鬼だけだった。それ以外は全滅。喰われたのだ。最後にはゴーキが殿として残ったお蔭で五体の鬼は生き残れた。この出来事を生き残りの鬼に伝えるべく、鬼達は走る。
その光景をキリヤも離れた場所で傷を癒している状態で傍観していた。いや、傍観しか出来なかったのだ。この身体の傷の影響で満足に戦う事は出来ない。
(トンデモナイ化け物だな。身体は治ったけど、今は無理だ)
キリヤは隠れておくことを選択する。
仲間を逃がす為に残ったゴーキも化け物に喰われて死んだ。ゴーキを喰らった直後に化け物の身体が光の粒子に包まれた。進化したのだ。
進化後のキョウキは2メートル程のサイズに戻っていた。だが、筋肉の量は膨大である。頭には四本の角があり、髪はワカメの様な癖毛でセミロング程の長さだった。髪色はグレーだ。
キリヤはステータスを視えなかった。つまり、マモン以来である。それだけで、相手の強さが伺える。
「おい! そこに倒れている奴! 生きてんだろ? 」
地面に死んだふりをしていたキリヤにキョウキは問いかける。キリヤは応えない。誤魔化す作戦だ。
「じゃあ、死ねよ」
近寄ってきたキョウキは足を高く上げ、勢いよくキリヤの顔面を目掛けて振り抜く。一瞬で起き上り、距離を空けるキリヤ。
「何か用か?」
体調が万全でないキリヤはこの場を何とか切り抜ける方法を探すが、現実は厳しそうである。




