魔王降臨
ドガルガルが『狂竜化』を発動していたのを傍観していた第三者は言葉を漏らした。
「へぇ~狂竜化を発動するんだ。アレを使うって事はよっぽど追いつめられているんだね。あの娘は何者なんだろうか。続きが愉しみでしょうがないや」
そんな事を呟いていた第三者の背後に黒色のローブを羽織っている者が出現した。そう、出現したのだ。何もない空間が揺らぎ、その直後にその者は現れた。
「マモン様! その様な場所に御られましたか。探しましたよ。勝手な行動は慎んでください! 」
「なんだ、バアルか。これからが良いところ何だよ。そうだ! バアルも一緒に観戦しようか 」
バアルと呼ばれた者は、さっきから傍観していた第三者―――マモンと呼ばれた者の従者であった。
「貴女様は自分の立場が分かっていらしゃるのですか? この様な低級の者の戦いを見てもしょうがありませんよ 」
そう吐き捨てたバアルだったが、戦闘をしているのが『龍神王ガルザーク』の率いる魔竜軍の四天王であるドガルガルに気が付く。
「あれは!? ドガルガルではありませんか! 何故、この様な場所に!?」
「そうだよ、『狂竜化』まで発動しているから分かりずらいけどね。ねっ? 面白いでしょ。相手の方は初めて見るけど、中々に強いみたいだよ」
マモンの言葉に少々戸惑いながらも、バアルの視線はドガルガルの相手―――キリヤに向かった。
「あの様な小娘が強いのでしょうか? 相手の方は私も初めて見ますな。ですが、マモン様は魔王ですぞ! こんな勝敗の決まった戦いを見てもつまらないでしょう」
バアルの言った通り、傍観者は正真正銘の魔王である。
「確かにボクは魔王だよ。それでもかの戦いの勝者は、皆目見当もつかないんだけどね」
自身を魔王と云っても勝敗は分からないと言ったマモンを見てバアルは不思議で仕方なかった。
(ドガルガルは能力的には劣っているが、経験豊富で強靭な肉体を持っている魔人である。それを無名の新人が倒せるとは考えるとは思えないのだがな)
バアルの中ではドガルガルが敗れる事なんて考えられなかった。
「この試合を見れば、きっとバアルも分かると思うよ」
マモンはそう言った。その姿だけ見ると、十歳を少し過ぎたぐらいの幼い少女にしか見えないのだ。その容姿は愛らしく、いたいけなく、それでいて美しい。庇護欲をそそるようで、同時に芸術品として愛でたい欲求も湧いてくる。恐ろしいまでの魅力を備えた貌だった。黒髪、紅目と云ったこの世界では珍しい黒色の髪色であった。髪は腰よりも長く足の太腿に届くぐらいの長髪でストレートである。
この年齢で完成された美と言っても、問題無さそうであった。
「貴女様がそこまで仰るのであれば、観戦しましょう」
バアルもキリヤ VSドガルガルの戦闘を観戦する事になった。
勿論、ドガルガルが勝つと確信しているようだったが。
ドガルガルが地面を蹴ってから急速に肉薄する。そのまま鋭い爪で斬りつけてきた。それを手にしていた長剣で受け止めたが、ロングソードを切り裂きキリヤの脇腹を容赦なく抉る。
「がはっ!!!」
(身体能力が上がっているとは思ったが、これ程とはな。だが、それだけなら何とでもなるか)
傷口を身体変換で一瞬で治し、追撃を喰らわそうと続けて強烈な一撃をを振るって来たのを身体変換で右腕を刃状に変換し《絶対切断》でのカウンターを浴びせる。ドガルガルの右腕が縦に割かれた。
『ガァァァァァァ!! よくも、ヤったなァ! 殺してやる!ぶち殺すゾォォ』
ドガルガルが叫んでいると、ドガルガルの割かれた右腕がくっつき始めたのだ。
「なっ!?」
(どうなっているんだ!? 奴に再生系の能力は無かったのに)
キリヤは驚いていると、尻尾での強力な一撃を喰らい、吹っ飛ばされた。数十メートル程吹き飛ばされた先にあった木々を薙ぎ倒しながら、進んだ。
(戦闘中に考え事してる場合ではないな。今は目の前の奴にだけ集中しないとな)
吹き飛ばされた先で起き上り、前方に居るドガルガルの方に視線を向けると、口を大きく開けて此方に向けているのが目に見えた。
その直後に光線の様なものがキリヤに向かって真っすぐと飛んできた。
「うわぁっ!」
キリヤはギリギリに身体を捻り、回避に成功する。その光線の様なものはドガルガルの吐息だった。すぐさま、もう二度目の吐息が放たれた。キリヤは身体変換で大盾を創り出して、吐息を防御した――――しかし、大盾に人の拳大ぐらいの大きさの穴が開き、キリヤの身体と一緒に貫通した。
「ぐはっ!」
ドガルガルの吐息は熱光線みたいだった。既に喰らった場所は火傷により傷口が塞がっていた。出血死の心配は無くなったが、無茶苦茶痛い状況だ。
すぐに身体変換で怪我を治療しようとしたが、二度、三度と続けて熱光線のブレスが放たれる。それらの攻撃を避ける為に空中にジャンプで飛び、回避に成功したが――――地面に着地する頃にはドガルガルが肉薄してきていた。
着地時を狙い攻撃してくるのは、通常では回避が難しく良い攻め手だと言えるだろう。しかし、キリヤにはあまり良い手とは言えないだろう。
地面に着地するタイミングでドガルガルは鋭い爪と頑丈な鱗の生えてい右腕を振りかぶってきた。それをキリヤは《空中歩行》を発動し、空中を踏み場にしてドガルガルの後ろに着地し、すかさず、刃状の右腕でドガルガルを背後から斬り付ける。
『ッガァァァァ! 何故だ!? ドウヂデ、殺ゼナイんだ!!』
ドガルガルは頭が逝ってしまったと思われる。
(コイツはどうなっているんだ? それとブレスで穴開けられたお腹が痛い)
『殺す!殺す!ブチ殺ぢてヤるぅぅ!! 』
さっきから正常な判断が出来ていないと思われるドガルガル。それでも、攻撃を止める事は無い。こちらがいくら攻撃しても、止まらないのだ。
傷も少し経つと、治癒してある。捨て身の特攻にも程があると言えるだろう。
「ちょっ!! もう止めにしない? ほら、闘いから目覚める友情とかあるじゃん! この街から引いてくれるんなら、コチラとしても闘わなくて済むんだしさ。なっ? 話せば分かるだろ?……うわっと、聞く耳無しかよ! 」
あまりの捨て身の特攻に嫌気がしたので、和解する為に説得を始めたキリヤだったが、完全に聞く耳がないドガルガルには意味がなかったのだ。
この状況を少し離れた場所で傍観しいていた二人組――――マモンとバアルは眺めていた。
「マモン様の仰る通り、何があるか分かりませんな。確かに、ドガルガルは敗けるカモしれませんな。ドガルガルの状態は平常とは言えませんな――――暴走と言える様な感じですな 」
バアルの言葉を聞いて、クスリと笑みを溢したマモンも口を開いた。
「でしょ! ボクの言った通りでしょ! 狂竜化の反動らしいよ。ボクも見たのは数度しかないけどね。竜種は狂竜化を忌み嫌っているからね 」
『狂竜化』を発動すると、身体性能が数倍に向上するのだ。そして、自己再生に近い回復力を得るのだ。それだけなら、利点しかないのだけど勿論、欠点も存在する。『狂竜化』の発動には寿命――――生命力を使うのだ。そして発動すると、理性が吹き飛ぶのだ。そして、誰かも構わずに襲い始める。それは、仲間の竜種であってもだ。殺すことを至上の喜びとするのだ。勿論、発動したばかりは少しだが、理性が残っているが、闘いが始まったり、血を見れば理性も消し飛ぶのだ。『狂竜化』は近くの生物を殲滅するか、自分が死なないと治らないと言われている。過去に竜種が狂竜化を使った所為で大勢の仲間のドラゴンが死んだのだ。その為、竜種は狂竜化を禁忌にされてある。
「勝負は視えましたな。ドガルガルの敗けですね。まさか、無名の魔人に敗れるとは情けないですな 」
バアルの言う通り、このままだとキリヤが当たり前に勝つ状況なのだ。
「まぁ、折角なので最後まで愉しもうか。でも、あの無名の魔人は潜在能力だけならバアル、君と互角かそれ以上じゃないかな?」
マモンは楽しそうに言葉を発した。
「フフ、御冗談を! あの様な者にこのバアルが劣るとでも?」
(確かに、あの小娘の潜在能力は侮れないな)
バアルも口ではああ言ったが、内心では気づいていた。バアルもかなりの実力者であるのは確かなのだが。
「では、ドガルガルが敗れたらあの娘に接触してみよっか」
「マモン様! あれ程の強者ですし、既に違う魔王の配下ではありませんか? そう考えると無闇に接触するのは得策とは思えませんよ 」
アモンの考えにバアルが反対し、止めている。
「バアルよ、焦るでない。例え、奴が他の魔王の配下なら勧誘すれば、良いではないか。それに……もし、戦闘になれば、ここで沈めれば良かろう 」
その直後に凄まじい殺気を発したので、バアルも黙り込んでしまった。
(マモン様があんな奴に敗れる事なんて、万に一つ有りえないだろうし問題ないだろう)
バアルは思考を終わらせてから、もう一度だけキリヤとドガルガルの闘っている戦場に目を向けた。
本能のままに突撃を繰り返す、ドガルガルをキリヤ軽くあしらいながら、考え事をする。
(コイツと闘う事で俺も随分と成長出来たのかな。その点ではドガルガルに感謝しないとな。しかし、現在のコイツからは学ぶ事は何も無いな )
すでに攻撃が完全に単調になり力任せに暴れているだけの獣になり下がっているドガルガルだ。
「今、終わらせてやるぞ!っ」
真正面から突撃してきたドガルガルの単調な一撃を華麗に回避し《絶対切断》を発動し刃状の右腕で首を切り落とした。
(呆気なかったな。途中から吐息すら吐かなくなったもんな)
既に腹に受けた熱光線吐息の傷も回復してある。
さてと、ドガルガルを喰らおうと動き出そうとした瞬間にキリヤの身体は何かに貫かれた。
「何が……起こった!?」
キリヤの視線はすぐに身体に突き刺さっているモノに向かった。それは、ドガルガルの尻尾だった。
『殺す!殺ヂデヤルゥゥ!! 』
ふと、ドガルガルに視線を向けると、何故だか、首が胴体にくっ付いていたのだ。キリヤは驚愕する。とりあえず、腹に深々と突き刺さっている尻尾をを切り落とし抜くキリヤ。
「細切れにした方が良いのか? それとも、すぐに喰らえばいいのだろうか?」
キリヤはは距離を空けて、傷を癒しながらドガルガルを眺める。尻尾もすぐに再生していた。
(何かの能力なのだろうか?)
この時にキリヤは今日何度目かの疑問に襲われたが、気にせず『神眼』を発動する。しかし、能力が増えているなんて事は無かった。だが、【狂竜化】だけが点滅していた。これには見覚えがある。アリスの能力にも付いている【制限】と同じ感じだ。
多分だが、これが原因だと思われる。もっと早く使えば良かったね。しかし、原因が分かっても、対処法が分からない。
『死ネェェェェェェェェェ!!! 」
狂気に身体を支配されているドガルガルは突っ込んで来たのをカウンターの要領で全身を《絶対切断》で斬り付ける。微塵切りだ。凄い量の鮮血が飛び散った。かなりのグロイ状態である。頭だけは首を斬り落としたので、比較的まともだ。
「ふぅ~ やっと終わったか。疲れたな」
キリヤが一息ついていると。
「我輩は敗けた様だな」
なんと頭だけのドガルガルが喋りかけてきたのだ。
「なっ!! テメェ、生きてたのか!?」
「案ずるな! もう我輩には闘う力は残っておらん。直に死ぬだろう。最後に自我を取り戻せて良かったわい 」
キリヤはドガルガルが嘘をついていないと判断し、臨戦態勢を解いた。
「そうか、良かったな。狂竜化しなければ、もっと良い闘いが出来たんじゃないのか?」
この言葉は事実であり、キリヤが本心で思った事でもあった。ドガルガルとキリヤの実戦経験の差は凄く大きかったのに『狂竜化』を発動したことで思考せずに本能のまま暴れるだけになった所為でこんなにも呆気なく戦闘が終結したのだ。
「我輩なら、使いこなせると思ったのだ。結果は無様だったがな」
「そうか、お前との戦闘はいい経験になったよ。礼を言おう。そして、サヨナラだ。最後に言い残す事があるならば、聞いてやるぞ」
ドガルガルから、どんどん生命の輝きが失われ始めたのだ。
「我輩も…楽しかったぞい。それと、我輩の部下の二人には……手を出さないで欲しい…のだ 」
ドガルガルはそう言い終わると、ピクリとも動かなくなった。
「確かに、了解した」
キリヤはそう言ってからドガルガルの魂を喰らった。久しぶりに脳内に無機質な声が響いた。
「これは、驚いたよ。君って、ベルゼの片割れだったんだね」
キリヤがドガルガルを『捕食者』で喰らったのを目撃したマモンが語りかけた。
「お前は誰だ? ベルゼ? 誰の事だ? 」
キリヤも急に話し掛けられて内心では凄く驚いていたが、悟られない様に返した。
「あれれ? 知らないんなら、互いに自己紹介しようか。ボクはマモン。マモン・ミスト・グリードだよ 」
キリヤはマモンと名乗る少女を視て、一瞬で直感したのだ。コイツは強いと。
「そうか。俺の名前はキリヤだ。キリヤ・エルロードだ。自己紹介は済んだろ、さっさと要件を言えよ 」
キリヤはとりあえず、強めで接する事にした。もしかしたら、ここで闘うカモしれない相手なので。
「貴様! さっきから無礼であるぞ! この御方をどなたと心得る!! 聖天大魔王が一人、マモン様だぞ!」
バアルが失礼なキリヤに怒り、マモンの紹介を始めた。
(魔王だと!? ホントに居るんだな! 闘わずにいた方が無難だな)
キリヤはとりあえず、マモンと戦わない方向で進めていこうと決めたのだった。
「バアル、良いよ。ボクはキリヤと話したいだから」
「承知しました」
バアルはマモンの言葉を聞き、一歩下がった。




