狂竜現る
魔人の身体構造に戻ったキリヤとドガルガルとの闘いは最初と同じ様にキリヤの優勢に戻っていた。ドガルガルは長年の戦闘経験のお蔭で何とか致命傷を受けずに居るが、このままだと敗ける事は目に見えていた。それ程までに魔人の身体に戻った時のキリヤは強力だった。
その頃、キリヤとドガルガルの激闘を傍観していた第三者は急激にパワーアップしたキリヤに疑問を浮かべていた。戦闘を傍観しているが、巻き込まれない為に離れた場所で観ていた為に二人の会話を耳にしていないので、第三者は何が起こったのかを正確には把握していなかった。
キリヤの斬撃が徐々にドガルガルの身体を傷つけていた。斬撃の軌道は単純だが、兎に角速いのだ。その一言に尽きる。
「そろそろ、終わっとくか?」
「こんな処で終わって堪るかぁぁ!!」
余裕の表情で片手で長剣をドガルガルに突き付けてカッコよく決めていたら、ドガルガルの身体に変化が起こる。
「喜びな糞ガキッ!! 我輩にこの姿にさせた事を後悔させてやるぞぉぉ!!!」
ドガルガルの身体が変革や変質と云った言葉が適切な感じに変化を始めた。その姿は竜そのものである。今までは人化と呼ばれる術で人型であったが、元の姿に戻ったのだ。全長で20メートルを軽く超えそうな巨体に赤い全身鎧の様な硬質な鱗が全身を覆っている。そして、鋭い牙に爪がある。見た目からヤバそうである。
「デカすぎだろッ!」
キリヤがドガルガルの大きさに驚愕していると、イキナリ強靭な尻尾が鞭の様にしなり、キリヤに襲い掛かってきた。その攻撃を後方に跳躍したので、無事であったが威力はかなりのもんである。
「でもな、デカければ良いってもんじゃないだろッ!」
小山の様な大きさのドガルガルに《空中歩行》で近付こうとするが、広大な翼を広げ空に飛び上がり吐息を吐いてきた。
「チッ!《縮地》ッ」
ドガルガルの炎の吐息を縮地を発動し、前方に通り抜ける様に躱すが―――その直後に巨大な丸太の様な尻尾で地面に叩き付けられた。
「ッ! ガ八ッ」
内臓を痛めたのか、キリヤはその場で吐血する。
「身体性能が大幅に上昇しても、お前に実戦経験が少ないって事実は変わらないなぁ!! 」
キリヤは立ち上がり身体変換で傷を癒す。
「その能力はセコイだろ! 竜や魔人にも自然治癒はあるが、そんな一瞬で回復するなんてよぉぉ!!」
(コイツを殺すには回復される前に一気に仕留める必要があるみたいだな。街を人質に執れば、行けるんじゃね? )
この時、初めてドガルガルは頭を使った作戦を思い付いたのだった。
「おい! 我輩はこれから全力で吐息を一直線に放つぞ! 避けるでないぞ? 」
ドガルガルは口角を吊り上げて笑みを溢した。
「はぁ? お前は馬鹿か? 避けるに決まってんだろ! さすがにお前の全力の吐息を浴びると厳しいからな」
何故、ドガルガルは吐息を放つのにイチイチ宣言してきたのか。全力で吐息を放つにしろ、油断している時に放てば回避出来ないかもしれないのに……
「何だ? 気づいていないのか?」
ドガルガルがやけにニヤニヤしながら訊ねてくる。
その時、キリヤはふと気づいた。自分達の立ち位置にだ。ドガルガルの立ってる場所からだとキリヤとアイサークの街が一直線上にあるのだ。もし。キリヤが吐息を回避すると、街に吐息が直撃する。それだけで、被害は尋常ではない。
「チッ! 外道が!」
キリヤは舌打ちし、ドガルガルを睨みつけり。
「理解した様だな! 普段なら、この様な作戦等は執らずに正面から敵をぶち殺すのだがなぁ。では、行くぞぉぉ!!」
ドガルガルはその場で大きく息を吸い込んだ。そして、次の瞬間に吐息を吐き出す。
藍色と表現するのが相応しい青色の炎の吐息だった。それも、今まで放っていた量とは桁違いな量だ。まるで、炎の津波みたいだった。そんな藍色の炎がアイサークの街に放たれた。
ドガルガルの藍色の吐息の通った跡地は悲惨を通り越して何も残っていなかった。地面は溶解し、街の城壁は綺麗に無くなり、建物はボロボロで原型すら分からないものも多くあった。そして、多くの人が亡くなった。アイサークの街の約一割が藍色の炎に飲まれ焦土と化したのだ。
「ガハハハハ。やはり、思いっきり吐く吐息は格別じゃな……アレ? キリヤはどこじゃ? まさか、死んだのか……まぁいいか。十分楽しめたしな」
ドガルガルは高笑いをしながら、闘いの高揚感を思いだしていた。
「中々の強敵だったな。さてと、バンドとドボルネを連れて帰るとするか」
ミユ・バーミリオンの捕獲と云う最初の目的をキレイサッパリと忘れて二人の部下を連れて帰ろうとさえしていた。
(魔王の四天王が最初の目的を忘れて良いのか?)
その状況をドガルガルの背後の木陰に潜んでいる者―――キリヤ・エルロードは思っていた。そして、竜魔軍―――龍神王ガルザークにも少し同情していた。こんなアホが四天王の一角である事にだ。
何故、キリヤが生きているかと云うと……避けたのだ。ドガルガルの全力の吐息を。全く防ごうともせずにだ。最初から回避するつもりだった。もっと威力が低ければ、防御していたカモしれないが、ドガルガルの全力の吐息は強力だったのだ。仮にも魔王の四天王の一人であるからアホでも強いのだ。だから、回避した。その後に来るであろう機会を得る為に。結果から言うとドガルガルはキリヤが吐息を防ごうとして跡形も無く、消え去ったと思ってから油断している。
キリヤは人型に戻った瞬間を狙うつもりで木陰に潜んでいるが、全くと言って良いほどに人型に戻る気配は無い。これはキリヤの知らない事だが、竜魔人達は竜の姿は戦闘に優れているが、普通の生活の時は身体が大きくて邪魔だから”人化の術”と呼ばれる方法で人型になっているだけなのだ。つまり、戦闘の時や移動の時まで人化する必要は無いと云う事である。しかし、キリヤは最初に人型を見ていたので人型に戻ると思い込んでいたのだ。
それなのに、人型に戻らずに飛び立とうとするドガルガルを見て、キリヤは慌てて《空中歩行》と《縮地》を発動させ、小山程ある巨体の首筋近くまで肉薄し手に持っている長剣で《絶対切断》を放った。
「――――――ッ!」
首と胴体を分離させる勢いで剣を横に一閃したのだが、ギリギリの処でドガルガルが気配に気付いたのか身を翻し、十分に巨大な右腕で首への斬撃を受けたのだ。この時にキリヤが焦らずに冷静に攻めていれば、一撃で仕留めれていただろう。焦りで気配を殺しきれなかったのだ。これが、通常の状態だったら、蟷螂の時から獲物を襲う時には気配を殺すのが習慣になっていたが、”人型に戻る”と云う勝手な思い込みの所為で失敗したのだ。
この事からも分かるがキリヤには戦闘経験が無さすぎるのだ。獲物を襲い、能力を喰らう事は作業だったのだ。その為、実戦経験は片手で数えるぐらいしか無かった。
しかし、一撃で仕留める事は無理だったけど、ドガルガルに重症の傷―――右腕と右翼の切断に成功した。
「グガァァァァ!!! 我輩の腕がぁぁぁぁ!!」
ドガルガルの身体からは真っ赤な血がドボドボと地面に垂れ落ちている。
「片腕と方翼ぐらいでガタガタ言ってんじゃねぇーぞ」
キリヤは剣をドガルガルの方に向けて、カッコを付けていた。顔はよく見れば、ドヤ顔な事がわかる。
(本当は奇襲を成功させてから一撃で首を両断する予定だったけど良いか。それに今の俺ってカッコよくね)
この時のキリヤは所謂、調子に乗っていた。
「っ! 絶対ぶち殺してやるぞぉ!! この力は、出来れば使いたくなかったが、仕方ないな。能力『狂竜化』発動!! 」
重症を負い、注意力や行動力が散漫になっている今の現状なら『狂竜化』の発動前に首を斬り落とす事もキリヤなら出来たであろうが、今は少しだけ調子乗っていたので悪の怪人が正義のヒーローの変身を待つのと同じで攻撃せずに変身が終わるのを待っていた。
20メートル以上の小山の様な巨体だったドガルガルの身体も3メートル程に縮んでいた。見た目はドラゴンだけど、二足歩行である。それでも、今までとは桁外れな強さを持っていると云う事が一目で理解できてしまった。変身前は真紅と言う程に真っ赤だった鱗も赤黒い色に変質していた。そして、赤黒く変質した鱗が全身を覆い隠している。人型の時はゴツイと言う表現がお似合いだった容姿だったのに『狂竜化』している現在はゴツイと言う表現が似合わない程の細見であった。しかし、華奢と云う訳ではない。筋肉……いや、鱗に無駄が無いのだ。綺麗に且つ、滑らかな外殻である。そして、翼までもが赤黒く変色していた。瞳の色も緋色に変化していた。眼球が紅一色である。凄く不気味である。
『ヨォォ! 待たせたナァ! サァ存分ニ殺し合おうゾォォォ!!!』
ドガルガルの『狂竜化』を発動させた後は、今まで流暢に話していたのに少し訛りが混じり、声が凄く低くなっていた。
こうして、キリヤ VS ドガルガルの最終決戦が始まるのであった。
 




