ミユの祈り
皆さん、こんばんわ。
何日か前に描き掛けの状態が消えてしまい、落ち込んでいた作者です。
それに、夏休みの課題にも追われています。
現在、アイサークの街は竜との戦闘でかなりの数の建物のが破壊され、炎上していた。そこには、地獄を体現したような残酷な光景が広がっていた。
周囲から立ち昇る炎が、建物だけではなく、人にも襲い掛かり死者と負傷者の数も大勢出ていた。騎士団が住民の避難誘導に当たっているが、崩れ落ちる建物や竜との戦闘で命を落とす騎士達も少なくなかった。
住民の避難先は街の教会やバーミリオン邸―――つまり、領主の屋敷に避難する様にバーミリオン侯爵から指示が出ていた。避難先の建物では騎士団によって、結界が張ってある。
その炎の中には建物の残骸だけではなく、容易に人だと判断できる物体が数多く存在していた。人が焼けた、顔をしかめるほどの異臭が周囲を漂っている。そんな街のとある場所で、彼女はまだ炎の手が伸びていない地面に、膝をついて身体を小刻みに震わせていた。呆然自失になり、ずっと拳で地面を殴り付けていた。
「ミユ様、早く避難をお願いします」
そんな彼女―――ミユ・バーミリオンに後ろから話し掛ける少女が居た。いや、少女と言う表現は正確ではなかった。何故ならば、その少女は上級魔人であるキリヤ・エルロードの能力で創られた存在だからだ。
「……私の所為で……この街が…襲われたんだよ!! それなのに…それなのに、私だけが避難なんて出来ないわよ! 」
ミユ・バーミリオンの言葉を聞いたキリヤの分身は表情一つ変えずに聞いた。
「では、ミユ様は何をなさりたいんですか?」
その言葉を聞いたミユは何かを決心したみたいに瞳に生気が戻った。
「少しでも被害を食い止めたいです!」
一呼吸置いてから、ミユは自分の決意を話した。
「しかし、ミユ様ではあの竜達には勝てませんよ」
「そんな事は分かっています。だから、私はこの街に雨を降らせます!」
ミユの決意は固く、アイサークに雨を降らせる為に動き出した。キリヤの分身もそれのサポートに動くことになった。元々、キリヤの命でミユの指示に従う様にしてあったのだ。
雨を降らせる。言葉にすれば、簡単だが……実際はかなり困難である。天候に左右する魔法や天候を操作する魔法は、強力な魔法陣を用いて複数の術者で行うのが基本である。この様な魔法は”儀式魔法”と呼ばれ、使用者の多大な魔力と精神力を消費して初めて発動出来る代物なのだ。それをミユは一人の行なおうとしているのだ。
「この地を統べる聖霊よ! この地に大いなる恵みを! 降り注ぐは自然の恵み!」
ミユの使用する『精霊魔法』は自然界に存在する精霊と呼ばれる存在に頼む魔法だ。そのお蔭で普通の魔法と比べたら、魔力コストが低い。その分、使用者が少ないが。
ミユの祈りが通じたのか、アイサークの上空に雨雲が集まってきた。そして、大雨が降り出した。その雨のお蔭で、街を燃やし尽くす勢いだった炎の威力も衰え始めた。そのお蔭で犠牲者の数が激減したと言っても過言ではないだろう。
雨が降り出す直前に、ミユがその場に倒れ込んだ。
キリヤの分身はミユを肩に担ぎ、移動を開始した。このまま、その場に残るのは得策ではないと判断したからだ。目的地はバーミリオン邸である。そこにはアリスとエリスも居るので一緒に守ろうと分身は考えたのであろう。分身には薄いが自我があるのだ。本物の命を優先する様になってるが。
ミユを連れてバーミリオン邸に帰還すると、見張りや結界の強化作業中の騎士達に出会ってから驚かれたが、すぐにミユの状態に気づき、屋敷の中にある医務室に運ばれた。
医者に診てもらった結果、命には別条なかった。魔力欠乏症と呼ばれる魔力の使い過ぎが原因のモノだった。数時間も休めば、目を覚ますらしい。
ミユを安静にさせて、少ししたらアリスとエリスが医務室まで駆け込んできた。騎士が報告にでも行ったのだろう。
「母様、大丈夫ですか!?」
「お母様、目を覚ましてください」
すぐに二人のミユの事を伝えた。安静にしていれば、すぐに目を覚ますと。
「キリさん、ちょっといいですか?」
アリスが俺に手招きして、部屋の外に呼び出した。
「どうかしましたか?」
「口調が違うって事は分身の方ですよね? 本物の様子はどうなの?」
アリスはコレが本物ではなくて、分身だと気づいたようだ。
「はい、分身の方です」と応え、キリヤの状況を細かく教えた。
アリスもキリヤとテレパシーで応答が無くて、心配していたのだ。そもそも、このテレパシーは能力ではないので、いつでも出来る訳ではないのだ。分身やアリスの身体はキリヤの魔力で創られたからパスが繋がっているから意思疎通が出来るだけなのだ。その為、他の事に集中していれば、意思疎通は出来ないのだ。
「アリス様、屋敷の結界の補強を手伝ってもらえませんか? ここの結界は質が悪く、魔力のロスが多いと思われますので」
分身は屋敷に着いた時に結界を視て考えていたのだ。
「わかったわ。これもキリさんの指示ですか?」
アリスの言葉に首を横に振ってから、違う事をアピールした。
「いえ、私が見てから勝手に判断しました」
二人は外に移動してから『神聖術』で結界を再構築し始める。この時にアリスは疑問に思っていた、キリヤの分身には自我があるのか? と。今までに何回か分身を使っていたのを見た事があったが、どれも指示通りにしか動いていない気がしたからだ。
どの分身にも少なからず自我があるのだ。自我よりも主の命を優先する為に今まで自我があることに気付かれていなかったのだ。
「あの、分身さん? 少し質問良いですか?」
結界の補強作業中にアリスは分身に尋ねる。
「はい。何でしょうか」
「貴女達には、自我があるんですか?」
分身は少し悩む様に、首を傾げてから答えた。
「どうでしょうか……多分ですが、自我は薄いでしょうがあると思います。私達は与えられた魔力で何を成せば、一番良いのか? が殆んどの考えでしょう。残りは多少ですが、性格が違うと思います」
相変わらず、表情はほとんど変化無く話していた。
「自我があるってことは……分身じゃないんじゃないの?…クーロンとかかな」
その会話が終わる頃には結界の補強も済み屋敷に戻る。
街の外の平原ではドガルガルとキリヤの闘いは続いていた。その場所も例外ではなく、雨が降り続けていた。そして、その闘いを少し離れた場所で観戦する者が一人居た。しかし、その事に気付く者は誰も居なかった。
「数の暴力ってかぁ! イチイチ攻撃を受け止めるのもダリィし、本気で行くぜ!」
ドガルガルはそう叫ぶと体中を覆う全身鎧を『竜炎武装』で作成した。全身鎧を装備されてからは、こちらの攻撃を大剣で受けずに特攻したり、してきた。鎧越しでも、斬れる事は斬れるが威力は激減した。その為、ドガルガルは防御を捨てて、攻撃する様になった。そして、最初は優勢だったキリヤだが、少しずつ押され始めた。
「先ずは、一匹目ッ!」
分身の一体がドガルガルの大剣で縦に真っ二つに割かれた。
「たった一人倒したからって調子に乗んなぁぁ!!」
キリヤ達は叫びながら一斉に攻撃を仕掛けた。しかし……
「甘いわッ!《爆炎魔義》 」
「ヤバッ! しまった!」
ドガルガルの周辺が大爆発と言っても過言ではない程に爆発する。
「ッ! イタタタ。身体中がボロボロじゃねぇーか!」
キリヤは自分の身体の状況を見て叫ぶ。その後で周囲を見渡したが、分身は全滅の様だ。
「おおぉぉ!! 生きてたんだな! 良かった! 良かった!」
奴の周りの地面にクレーターが出来ているし、その周囲の地面が焦げているのを見れば、その威力が分かるだろう。
「ッ! ざけんなぁぁ!! 俺じゃなかったら死んでるぞぉぉ! コラァァァ!」
「何を怒ってんだ? だって殺し合いをしてんだぞ! 殺す気でヤルに決まってるだろぉぉが! そんな事より、お前ってさ。口がすげー悪いな。直した方が良いんじゃねぇーの? 人間社会だと、特にさ」
(魔王の四天王に口が悪いって説教された!?)
「誰の所為だと思ってんだぁぁ!! シネェェェ!《縮地》」
キリヤは縮地を発動し、速攻でドガルガルに肉薄する。そして、接近し首元に剣を一閃させる。
「おぉぉぉ! さっきより、断然早いな!」
(何故だ!? どうして、当たらない!! 素早さなら俺の方が上なのに!能力だって俺の方が優秀な筈なのに)
キリヤは焦っていた。多少は手こずる事が合っても、決して敗けないと思っていた相手に良い様にあしらわれているからだ。最初は優勢だったのに。どうしてだ。
「キリヤは人間にしたら良くやったと思うぞ? お前の動きは無駄が多し、単調なんだよ。そして、貴様には足りないものがある!! それは、圧倒的な実戦経験がなぁぁぁ!!! まぁ我輩の様に歴戦の戦士だったら、勝てたかもしれんなッ! ワハハハハ」
ドガルガルは哂いながら、キリヤの足りない所を指摘する。
「余裕じゃねぇーかよ! 確かに。ドガルガルよ、アンタの言う通りだわ。俺の実戦経験なんて数える程しか無かったよ。それと、アンタには一つ言っておく事があるぞ! 」
キリヤは身体にある傷を身体変換で治しながら宣言した。
「それで、我輩に言う事とは何だ? まさか、この期に及んで命乞いか?」
「俺はアンタと同じ上級魔人だぜ!」
ドガルガルは一瞬、キョトンとしたが哂いながら応える。
「ガハハハ、お前が魔人だって? お前からは人間の匂いしかしねぇーぞ! 我輩は長年の経験で何となく分かるが。キリヤからは人間の匂いしかしねぇーぞ。また、我輩を騙そうとするのか」
(俺が魔人なの、分かってねぇーじゃん!)
「あっ!?」
この時、キリヤはある事を思いだしたのだ。
「どうかしたのか?」
ドガルガルは不思議そうに尋ねる。
「アハハハハ。そりゃ、気づかねぇー筈だよ。使用していた俺ですら忘れていたしな」
「だから、何の話だ?」
「いや、悪い。こっちの話だ。それと、これからが本番だからな」
キリヤは最初の街に入る前に身体変換で身体の造りを人間仕様にしていたのだ。何かしらの方法で正体が露見しない為に。そのまま忘れていたのをさっき思いだしたのだ。
その状態を身体変換で元に戻したのだ。魔人仕様だ。
「さっきとは全く別の気配だとぉぉぉ!! まさか、本当に魔人だったとはな! 驚きだな。魔人まで成れたのに実戦経験が圧倒的に少ないのは可笑しいがな」
ドガルガルの表情はまだまだ愉しめそうだ! と云う感じに嬉しそうであった。
「可笑しくないさ。俺はこの世に誕生してから一年も経ってないんだぞ!」
その言葉を聞いてドガルガルは絶句した。
「……何だと!? 一年以内で魔人まで成ったって云うのか!」
キリヤは右手に長剣を創り出して構える。
「お喋りは終わりだ!行くぞッ!!」
言葉を言い終わると同時に地面を蹴って、ドガルガルに肉薄した。
「早い!!」
そのまま、ドガルガルの横を擦り抜けながら斬り付けた。人間仕様の時の《縮地》より速くなっていた。筋力とかの全てが今までよりも上がった。まぁ、これが本来の力だけどな。剣を創る時にも思ったが、今までよりも多くの魔力を能力の発動の時に込めれる様になった。その為、さっき創った長剣が今までと比べようもなく高性能になっていた。
これに《絶対切断》を使えば……考えただけで恐ろしい事になるぞ。




