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前編

 

 


 


 


 1月の風は身に沁みて寒い。

 正真正銘、身も心も、そして財布の中身も。


 


「お弁当、温めますか?」


 俺は、コンビニの男性店員の無機質な質問に黙って頷いた。

 つり銭を受け取りながら財布の中身を覗くと、残りは1万円と小銭が幾らか。



 正直、状況はあまり芳しくない。


 


 


 独身貴族。花の26歳。

 彼女イナイ暦、2年。

 タバコは吸うものの、酒や博打も大してたしなまず。

 勤める会社は3流どころだが、決して給料が安いわけではない。


 そんな俺が、なんでこんなにお金に困っているのか。


 


 理由を考えたところでいくつか思い当たる節がある。


 


 久しぶりに実家に帰省して友人たちと豪遊したこととか、

 ずっと欲しかったノートPCを買ったこととか、

 仕事納めで調子に乗りすぎてキャバクラで5時間豪遊したこととか。



 でも、いいじゃないか。

 俺だって、このせちがらい世の中を必死になって生きているんだ。

 たまには息抜きしたって罰は当たらないだろう。



 ・・・財布の中身が軽くなるだけさ。


 


 


 俺はようやく温まったコンビに弁当をつかむと、コンビニの表に立てかけておいた安物の傘を広げて、雨に濡れた歩道をゆっくりと歩き始めた。


 


 


 


 


 1月の雨は、南国生まれの俺にとっては正直 雪よりもたちの悪い代物だった。


 冷たい、しみる、うっとおしい、気が滅入る。

 これに1月の風が付いてくると最悪だ。


 今日は、まさにそんな日だった。


 そんな最悪の日に、俺は信じられないものと出会ってしまった。


 


 


 


 


 最初に目に入ったのは、ずぶぬれの茶髪だった。

 次に目に入ったのは、しっとりと濡れたセーラー服だった。

 最後に目に入ったのは、目鼻立ちの整った、綺麗な顔だった。


 


 俗に言う、「女子高生」。

 しかも、「濡れ濡れの女子高生」だ。

 


 言葉にすると、レンタルビデオのアダルトコーナーでしか出会えないような・・・

 なんとなく卑猥なイメージを持ってしまうが、断じてそんなことは無い。


 


 


 


 いくら俺が若いといっても、高校時代にタイムスリップでもしないかぎり、自分には決して縁の無いシチュエーション。


 何事も無かったかのように通り過ぎ、

 そして、この手に持った弁当を食い終わる頃には完全に忘れてしまうのが俺の日常。


 

 でも、今日は何かが違っていた。



 


 


 俺自身も知らないうちに、なにか内面が変わっていたのか。

 それとも、この最悪の気候が、俺に一瞬の気まぐれを起こしたのか。


 


 理由はわからないが、気が付くと俺は

 自分でも驚くべきことに、

 右手に持った弁当を掲げながら、その女子高生に話しかけていた。


 

 


「・・・弁当、食うか?」

 


 


 


 我ながら、なんという言い草だろう。

 俺は、無意識に声をかけたにしろ、自分で発したその言葉に自分自身で呆れていた。


 

 ナンパするなら他にも声のかけ方もあるだろうに。

 このあたりが、2年間も彼女ができない要因なんだろうか。


 


 そんな自問自答をしている間に、寒さに身を固めていたその茶髪の女子高生は、いつのまにか顔を上げてこちらをじっと見つめていた。


 その瞳には、

 突然声をかけてきた不審者を怪しむ色も

 ナンパをしてきた相手を物色する色も

 ましてや恋する乙女が愛しい相手を見つめる色も無かった。


 

 その瞳は、正真正銘、俺の右手にある弁当を凝視していた。


 

 その色は、あえて例えるならば、

「サバンナの闊歩する百獣の王ライオンが、大好物のインパラを視界に入れた瞬間の獣の目」の色。

 


 本当に呆れることに、どうやら俺が無意識のうちに発していた言葉は

 真実、彼女の心を捉えていたようだった。


 


 


 


「・・・もらってもいいの?」


 女子高生の言葉に俺は頷くと、そのまま差し出した弁当を彼女に手渡した。


 

「別に、毒は入ってないから平気だと思うよ」


 またまた自分で自分を殴りつけたくなるような口説き文句だこと。

 こんな台詞じゃ、いまどき少女漫画の脇役の女の子でも口説き落とせるわけが無い。


 案の定、その女子高生は最初目をまんまるに拡げたあと、ぷっと吹き出して大げさに笑い出してしまった。


 


 次第に自分自身に嫌気がさしてきたので、俺はさっさと切り上げて家に帰ることにした。

 これ以上この女子高生と話していても、きっと自己嫌悪が増すだけだ。


「それじゃ、ちゃんと歯を磨いて寝るんだぞ」


 これじゃドリフの締めの言葉だ。最悪だ。


 


 俺はこれ以上考えるのをやめて、その女子高生に背を向けると、そのまま自宅に向けて歩き始めた。


 

 


 すると、どうしたことか。

 それまで大笑いをしていた女子高生の声がぴたりと止んだ。


 それでも気にしないで歩いていると、今度は後ろから声をかけられた。

 


「ちょっと待ってよ、おにいさん!」


 



 おにいさん・・・

 お前は、キャバクラの呼び込みのにいちゃんか。


 


 などと、くだらないツッコミを考えながら振り返ると、

 先ほどの女子高生が今度は立ち上がって俺に向かって手招きしていた。



 ・・・お前、やっぱりキャバクラの呼び込みかよ。



 相変わらず口にすることの無いツッコミを心の中でしながらも

 俺は素直にその女子高生の元に戻っていった。



「・・・なんだい?ずぶぬれの子猫ちゃん」



 そんな俺のセリフこそ、どこの三流ホストの口説き文句だよ。


   


 だがその女子高生は、にやっと白い歯を見せて笑いながら

 俺の三流の舌をも凍らせる言葉を吐き出した。


 


「それで、やさしいおにいさんは、このずぶぬれの子猫ちゃんを、このまま放っておくつもりなの?」


 


 


 


 


 


 俺は、呆気に取られて、口をあんぐりと空けたまま

 手にした傘を地面に落としてしまった。


 


 


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