これ……ハズレです…………
「ご主人様~? 起きて、く・だ・さ・いっ♡」
甘い声を浴びせられる。
「も~。早くしないと、チュー。しちゃうぞ~?」
身体にのしかかる柔らかな体重と、柑橘系に近い、甘酸っぱい香り。そして、顔に触れる髪の毛が、とてもくすぐったかった。
「ん……? あら。あらあら~」
くすぐったさに、段々と意識が覚醒してきた頃、その気配は俺の顔から遠ざかっていった。
その代わり、柔らかな体重は上半身から下半身の方へとシフトし、更に一部が極端に圧迫される感覚がした。
俺は慌てて起き上がる。
「…………ナニ、握ってんですか、桜さん」
「ナニ、握ってますけど~?」
そーゆー問題じゃない。
「そもそも、その格好はなんなんですか?それと、さっさと手を離して下さい」
突然の出来事に、頭を必死で回転させる。何故、桜さんが京のメイド服を着て、俺のことを起こしに来ているのか?
だがどうやら、いくら考えても答えは導き出せないようだった。
「実はね、あっ──」
事情を話そうとした時、バチン、と音がし、直後何かが俺の額に命中する。
そして文字通りはち切れんばかりの胸元が残りのボタンを飛ばし、その自己主張の激しすぎる姿を俺の目の前で晒してしまった。
「きゃっ──!」
叫びたいのは俺の方だった。
♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡
「うぅ……いつか…………み、みやこだって……っ!」
京は俺の目の前で、破れてしまったワイシャツを直している。涙目で、ブツブツと呟きながら。声はかけないでおこう。
そして、台所には桜さんがいる。エプロンを着けて。勿論服の上にだ。
俺は久々に暇な朝を迎え、横目で京を見ながら、台所から漂ういい匂いを感じながら、今朝のニュースを見ていた。
どーしてこーなったのか。
それは、昨日の夜に遡る。
突如として、桜さんが我が家に乱入してきたのだ。
彼女によると、電気、水道、ガスというライフラインの全てを止められてしまい、かつ、借りていたアパートの家賃を払えなくなった為、出入り禁止になった、とのことだ。
一体どんな生活をしていたと言うんだ、この人は。
その話を聞いた京が号泣。主であるハズの俺の意見を聞かずして桜さんを空き部屋へ案内、現在に至る。
代わりとして、桜さんはウチの家事を幾つか負担する、と言い、現在も朝食を作っている。どうやら朝のアレも、その一貫らしいが……。
「できました~!」
そう言ってテキパキと机に並べられたのは、黒い塊、変色したサラダ、紫色の液体。
「一応聞いておきますけど、……これは何だ」
「こっちがカロリー控えめのチャーハンで、これはシーザーサラダ──って、言わなくても分かるわよね~」
解らん。
そして何より、この劇物染みた謎の液体が気になる。俺の目が間違っちゃいなければ、ブクブクと重たい気泡が浮いてきている。食えば命は無いと、本能が告げている。
「で、これが今日のおすすめ、トマトスープですよ~♪」
そう説明しつつ、俺達の前に装われたそれらが並んでゆく。
京は涙を必死に堪えながら小刻みに震えていた。
「それでは頂きましょうか~。……あ、こんな時、やっぱりご主人様から先に手をつけるべきよね~?」
「そ、そおですよっ! 先ずは、ご主人しゃまからっ!」
「嘘を吐くな、いつも俺より先に箸をつけてるのは何処の誰だ」
「あ、あれは……そう! 毒味ですっ!!」
こんな時こそしてほしい。
額から、そして背中から嫌な汗が吹き出てくる。今の気分は当たりが確定してるロシアンルーレットを前にしているかの様だ。……いや、目に見えないだけ、まだロシアンルーレットの方が健康的なのかもしれない。どちらかと言うと生体実験用の食品を食べさせられる直前のマウスの気分の方が近いか……。哀れ、実験用マウス。だがこれはどうだ?外れ確定だろう。
「どうしたの? 早く食べないと冷めちゃうわよ~」
いっそ、食えない程に冷ましてしまい流れるのを待つか……いや、それはきっと、有り得ない。
ええい万々よ! 一瞬後も一日後も変わらないならいっそ、腹を括って暖かい物を食べよう! こーゆー物は、冷めるとより不味くなる。最も、不味いで済むとは思っていないが。
スプーンを手にし、黒墨のようなチャーハンを一掬いする。香りは意外にも普通だ。
パクリ。勢い良く口へと入れる。その瞬間拡がる故障と油の香り、舌の上で溶ける卵とベーコンの甘味、パラパラと広がってゆくご飯粒。──これは、間違いなく、チャーハンだ。
そして何より驚いたのがこれだ。
「……すげー、ウマイ」
「え、えぇ?!」
「あら~、良かったわ~♪」
次々と黒墨、もといチャーハンを口に運ぶ俺を、信じられないといった眼で見続ける京。当然だ、俺だって信じらない。
ふと、泡を上げている液体を視界に捉える。まさかと思い、此方も一掬い。
「……全然イケる。意外だ」
「そ、そんなに美味しいんですかっ?」
口に入れた途端、戦慄が走った。
見た目通り濃厚なそれは、トマトの甘味が凝縮されていた。それだけじゃない。こんなにトロリとしているのに、後味はさっぱりとしているのだ。
確かに見た目は殺人兵器だ。しかも世界中で禁止される、所謂化学兵器並の。
しかし実際はどうだ。それこそ、下手な店で出る料理より、よっぽど味がしっかりしているではないか。
見兼ねた京が、恐る恐るといった調子でチャーハンを口へと運ぶ。
「──ほ、ほいふぃいれふっ!」
黒い粒々が飛んでくる。飲み込んでから喋ろ。
だが、京もこれを気に入ったようである。トマトスープ(モドキ)、シーザーサラダ(モドキ)と、次々に手を出していった。
「ん──っ?!」
しかし、サラダを口にした途端、みるみると顔を青くしてゆく。余りのウマさに勢い剰り、喉にでも詰まらせたのだろうか?
だが俺の考えが甘かった。甘かったことに気付かされた。京は突然ぐったりとしだしたのだ。苦しそうな呻きも聞こえる。
「どうした京?! 詰まったか?!」
最後の力を振り絞るかのように、痙攣しながら頭を上げ、こう言った。
「…………ご、ご主人しゃま……これ…………ハズレ………………です」
フォークをシーザーサラダに突き立て、意識を失った。
ハズレ……?まさか、サラダに関してはその見た目通りの殺人兵器だったとでも言うのか……?
「あら~……やっぱり、腐ったレタスは使っちゃダメだったかしら~?」
どうやらこの変色は、元からだったようだ。お願いだから地雷を仕掛けないでほしい。
♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡
「この期に、制服を一新したいと思うんです!」
食後暫くして、二階でダウンしていた京がそう言いながらリビングへと入ってきた。
「勝手にしろ」
ただし、するならなるだけ健全な格好にしてほしい。今でも十分目のやり場に困る。具体的に、京がブラジャーをすれば解決するのだが。
「ご主人様、反応が冷たすぎますっ! もっと喜んで下さいよ」
「そもそも、変える必要があるのか?」
よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに鼻を鳴らし、手に持っていた雑誌とノートを広げる。
雑誌には様々な種類のメイド(二次元)が描かれており、隣のノートにはそれを参考にしたのか、京が自分で考えただろうメイド服が描かれている。よくよく見れば、各所がどれとも一致しないからだ。
「これを作るのか?」
「はいっ!
……元々、このメイド服ってみやこの学校の制服を改造しただけじゃないですか? だから桜さん用の大きさは無いですし、これ以上同じの作ったら、学校にも行けなくなっちゃいますから……だからみやこ、一から作ってみようと思ったんです……っ! ダメ、でしたか?」
「ダメと言うことはないが……」
京の言った通り、今彼女の来ているメイド服は、彼女の通っている(通っていた)学校の制服をあしらった物だ。
スカートはほぼそのままで、二重にずらしながら履いて、端にフリルを着けただけ。ワイシャツの裾には黒い布を縫い合わせている。どうやらそれだけではないみたいだが……。
ブレザーはほぼ原型を留めておらず、袖が半袖程に短く切られ、裾の所をリボンか何かで縛っている。肩に詰め物をしたのか、真ん丸と膨らんでいるのも特徴的だ。そして胸元だけが大きく開けられ、その上下を同じ色のリボンで押さえるようにし、胸の下で結んである。フリル付エプロンを腰から巻き、肩にリボンを回し、付け足したリボンを後ろで羽の様に大きく結んで完成だ。
それだけではメイドっぽくない、とのことらしく、首に鈴付きフリルのリボンを着け、ネコミミカチューシャを着け、ハイソックスからニーソックスへと変えたのが、現在の姿である。
……確かにメイドっぽくはなった。だが同時に、何か別のモノにもなった気がしているのは、きっと俺だけではないハズだ。尻尾を着けなかっただけ、まだマシと思うことにしておこう。
それより気になったことが一つ。
「……"桜さん用"?」
「はい、桜さん用ですっ」
「あら~、呼んだかしら~?」
台所から、桜さんが手を拭きながら出てくる。これを見るとフツーに新妻っぽく見えるんだから、不思議だ。
因みにお呼びではない。
「メイド服を、新しくするんです!」
新メイド服の設計図を桜さんへと見せる。
「随時と可愛いわね~。でもこれ、私に似合うかしら……?」
「絶対に、似合いますっ……!」
主に胸を凝視しながら力強く言い放った。確かにこの図面からすると、相当胸は強調されるだろう。不覚にも桜さんが着ている姿を想像してしまう。…………マーベラス。
「そう言われると……気になるわね」
「気になるのは構わないが、そもそも何故桜さんのを作る必要があるんだ?」
「…………?」
「…………?」
そこで何故か首を傾げる二人。何だ、まるで俺がおかしいみたいじゃないか。
「桜さん、ここに住むんですよね?」
「そのつもりよ~?」
「待て。住むとは如何に? そしてそれとメイド服を作るのにどんな関係がある?」
「この家、居候さんは、メイドさんになる決まりがあるんでしょう?」
そんな決まりは無い。
「そうそう! 今朝もその事お話ししようとしたのよ~!」
今朝何か言おうとしたのは、そーゆー事か。その時の光景がちらつき、まともに桜さんの顔を見れなかった。
京は何か思い付いた様に突然席を立ち、二階へと駆け上がっていった。
「……とりあえず、本気で住む気なんですか?」
「昨日も言った通りなんだけど、今のアパートで暮らせなくなっちゃって……」
ポケットからケータイを取り出す。アドレスブックから番号を選択し、掛ける。
『もしもしー』
「お──理里です」
危ない、また無駄に切られるところだった。
『モーニングコールするなんて、理里も終におねーさんを好きになっちゃったかな?』
「冗談も休み休みにして下さい」
『あーっ! パンツびしょびしょーっ?!』
電話越しに何を叫び出すんだ、この人は。
「モモちゃん? なんて言ってるの?」
「……パンツが濡れてるそうです」
「あら、たいへん」
へんたいの間違いだ。
『──おーい、りーさとー』
「ああ、すみませんね。ところで、どーして桜さんがウチで暮らす事になってんのかを教えて下さいコノヤロー」
『昨日は随分激しくシちゃってさー。うわっ、ベッドもグショグショだよー』
「……聞いてますか?」
少し声のトーンを下げて言ってみた。
『なんの反応もないと、恥ずかしいんですけど』
なら言うなよ。
『それで? お姉ちゃんがどーしたって?』
「……なんで、ウチで暮らす事になってんですか?」
『だって、あたしのトコより、理里んちの方が広いでしょ?』
桃華さんの住んでいるのは、大学近くにあるアパートだ。桜さんとは別居している。
独り暮らしをしているからか、家賃も安く、二人で生活するには確かに狭い部屋ではあった。私物も多いし、広いスペースも無い。
「だからって、若い男の家に放り込みますかフツー?」
『ミャコちゃんもいるでしょ?』
丁度、タッタッと階段を降りてくる音がし、リビングへと戻ってきた京は一枚の紙を桜さんに見せていた。
『あー、もしかしてミャコちゃんとの夜を邪魔されるのがイヤ?』
「京とはそんな関係じゃないです」
此方に振り向いた京に、何でもないとジェスチャーする。
『ま! 理里にそんな度胸も無いんだし、ミャコちゃんだっているんだから平気でしょっ! ……これでも理里のこと、信頼してんだからね?』
恥ずかしげにそんなことを言われた折には、濡れてるだの度胸無いだの言われたのをチャラにしても足りなく感じてしまった。
「はぁ……分かりました、家賃払える様になるまで預からせてもらいますよ」
信頼されてることを聞けて嬉しいのを隠す為に、ちょっとぶっきらぼうに了承をする。
これで晴れて、俺の心労は膨れ上がることになったのだった。
『ありがとー! だから理里大好きっ♪』
「はいはい。さっさと布団畳んで、就活でもして下さい」
『…………キ、なんだけどな……』
「何か言いましたか?」
「べっつにー? じゃ、何かあったら連絡お願いねー」
通話が切れる。同時、目の前の二人の会話も終わったようだ。
「モモちゃんと、何を話してたの?」
「……目出度く、桜さんを住まわす件についてを」
それを聞いて一番嬉しそうな顔をしたのは、やはり京だった。桜さんの手を取り、ぶんぶんと振り回している。
一方の桜さんは、よく解ってない感じだった。
「とりあえず来月まで。それまでに家賃稼いで下さい」
「えっと~、頑張るわね?」
疑問系にするな。是非頑張ってくれ。
「それより、二人は何を話してたんだ?」
やけに楽しげだったので気になる。
「これですっ!」
バンっ、と効果音でも鳴りそうな勢いで提示してきたのは……"新井家メイド規則"?
なになに、
①特に指定がなければ制服着用。絶対!
②主な仕事は以下
・朝の挨拶
・お食事の支度
・家のお掃除
・伽
③ご主人様の命令は絶対! 最優先!
④ご主人様の為、常日頃からメイドのなんたるかを研究する
⑤下着着用禁止
⑥居候はご主人様の下僕!
「…………」
「ど、どーですか、ご主人様?」
俺は無言でその紙を真っ二つに裂いた。
「あーっ?! なんで破いちゃうんですかっ!」
構わず、粉々に破いてゴミ箱へと捨てる。
「言いたい事は多々あるんだが、とりあえず先ずは。……お前が守れてるのは⑤だけじゃないのか?」
下着着用禁止。これは、メイド初日から続けてきている。理由は分からない。
「そ、そんなことないですよーっ!?」
「あー、①も守れてたな」
「そうですともっ」
そんなことで威張られても困る。
「それと、さっきも言おうと思ってたんだが、居候が下僕にならなきゃいかん風習なんてない。京が特別なだけだ」
「ミャコちゃんが、…………特別」
「顔赤らめるな、そーゆー意味じゃない。京がウチに来た時、下僕になるって無理矢理になったんだ」
「なら私も、下僕さんになるわね~」
この人は一体、下僕、という言葉の意味を理解しているのだろうか? ……いや、解ってないんだろうな、きっと。こんなにもにこやかに『下僕さんになる』なんて言える人は中々いない。
「……もう勝手にしてくれ」
京といい、桜さんといい。何故そんなにも"下僕"に拘るのだろうか?
と言うか、フツーに下宿する、なんて発想をすっ飛ばす辺り、ある意味でこの二人は似てるのかもしれない。
時計を見ると、既に八時半を回っていた。余裕はあるが、そろそろ家を出よう。今日は少しでも、この空気から逃れたかった。
「それでそのぉ……ご主人様?」
「……今度は何だ?」
「メイド服代と申しますか──え、えっと、みやこ一人分なら、お小遣いでも足りるんですけど、桜さんのも作りますから、ちょっと足りないかな~って──」
財布から、万札を出して机に置く。痛い出費ではあるが、これ以上京の制服を使い回すのも気が引ける。新しくすると決めたのなら、いっそのことちゃんと作ってほしい。
……後は、京が構想したメイド服を着た桜さんを見てみたいと言う煩悩だ。
「こ、こんなに貰っていいんですかっ?!」
いつもの小遣いよりよっぽど多いからか、万札を前にしてあたふたしまくる京。…………気のせいか、桜さんですら慌てている気がする。
「その代わり、ちゃんとしたのを作ってくれ。学生服の劣化なんてもの作ったら許さないからな」
「はいっ──!」
元気よく返事をする京を、不覚にも可愛いと思ってしまい、咄嗟にそっぽを向く。
「……ついでに、ちゃんと下着も買ってこい」
そんな照れ隠しを言いながら、家を出た。
♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡
「ただいまー」
『…………』
バイトが終わり家に帰ると、いつもなら犬のように尻尾を振って出迎える京が、今日は声すらも聞こえなかった。
時刻は八時過ぎ、日も落ちてだいぶ経つ。まさか、服の材料買ってまだ帰ってきてない、なんてないだろうな?
少しソワソワしながらリビングへ向かうと、珍しく私服ではあったが、ソファーに京らしき奴がちょこんと座っているのが確認できた。何だ居るじゃないか、心配した……。
「おい京、居るならせめて声を──」
「ご主人しゃま~」
肩に手をかけ振り向かせると、何故だかその目からは大粒の涙が溢れ出てきていた。──"出会った日"の事が頭を過る。
「……何が、あったんだ?」
「み、みやこ、ガンバりましたっ。……ガンバったんですけど、でも……っ!」
京がその視線を台所へと向ける。………………何だ、アレ?
「みやこ、何とかして片付けなきゃっ、って思って、それで、直ぐにお掃除したんですけど……。廊下とか階段とかココとかは間に合って、でも…………お台所とか、お風呂場とか、二階の……半分くらいは…………出来ませんでした……っ!」
そう言うと、癪を切った様に泣き出してしまった。
要するに、アレを片付けようとしてて、片付け終える前に俺が帰ってきてしまった、と言う解釈でいいのだろうか?
それで俺に見付かれば、追い出されるとでも思った、ってところだろう。
「……まさかだが、京が自分でやった、って訳じゃないんだよな?」
顔を覆いながら頷く。……なら、思い当たる節がある。
「ただいま帰りました~」
「ビクっ……!!」
そして恐らくアレの原因であろう人物が帰ってくると、京はガクガクと震えだした。やっぱりか。
伊達に、"ショップブレイカー"の称号を獲た人物ではなかったようだ。料理以外、予想通りからっきしだったらしい。……その料理すら怪しいが。
「京」
「は……はい……?」
未だに泣き顔で震えてる下僕を見て、困った奴だ、と思いながらも、安心させようと笑いかけてみる。苦笑い気味なのは宣告承知だ。
「明日は大学もない。皆で片付けよう。な?」
「────! は、はいっ!」
やっと、腫れた目だが、笑顔になる。やっぱりコイツはバカみたいに笑ってる方が良い。
「あら~? なんだかイイ雰囲気ね~」
この惨状の原因、桜さんがリビングへと入ってくる。なに食わぬ顔……と言うか、天然故の、この態度だろう。
「……あーお帰り。だがな、一つだけ言わせてくれ」
「?」
未だに解っていない様なので、台所を指差してアレを見させてやる。すると段々と解ってきたのか、暫くすると合いの手を打ってみせた。
「あ~アレね~。せっかくだからお家の中全部お掃除しようとしたのよ~。……そしたらね、気付いたらこんな風になっちゃってて~……。
後でミャコちゃんが帰ってきたから、それからお掃除してたんだけど、バイトに行かなくちゃいけないし、ねぇ~?」
目線が定まっていなかった。どうやら、自分のしでかしたことを理解はしている様だ。だが俺は、そんなことでチャラにする気なんて、これっぽっちも無かった。
「桜さん──いや、桜。……お前は、金輪際、俺か京の前以外では掃除をするなっ!!」
「は、はい~~~っ!」
この出来事が桜さん、もとい桜を下僕として扱うきっかけとなったのだ。後から考えてみると、センパイの、その姉を下僕扱いするのはどうか? とも思わなくはないが、それは今更なのだろう。