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 最大で十二連戦目に突入した八番隊らの奮戦の傍ら、引率役である二番隊の面々は何をしているのかというと、それぞれの役割を持って行動していた。


「コノハ、東南側一グループ〈緑小鬼〉接近、レベルはやや下、第二班に誘導。北西側一グループこっちも〈緑小鬼〉接近、レベルはやや上、第四班に誘導。――今度はちゃんと誘導しろよ」

「あはははは。――まだ失敗した回数、一桁じゃない」


 遠距離攻撃持ちの萬とコノハは樹上から念話を介して、群がってくるモンスター達を適度に間引きしつつ戦闘が終結しつつあるパーティへと割り振っていく。萬の言う失敗とはそのままの意味で遠距離攻撃を用いてモンスターを誘導しているのだが、その攻撃でモンスターを壊滅させる事を指している。コノハ曰く、つい殲滅してしまうのだという。

 そんなまどろっこしい事をしないで十数匹と数パーティ入り乱れてのレイド戦もどきの経験を積ませてもいいのだが、レイドの下地となるのはパーティでの連携だ。まず、下地をしっかりとさせてからというのがギルドの方針である。その為に二人は四つのパーティが効率良く訓練できるように、と改めて周囲へと目を光らせる。


「海里そっちの集計はどう?」

「そうねー。やっぱ〈緑小鬼〉系が多いかなぁ。本部に戻ってみないとどんぐらい増えてるか分からないけど前回より確実に増えてると思うな。モンスターの平均レベルもちょっと上がってるかも」

「っていうか、レベルの振れ幅が大きいって感じじゃねぇかな。ゴブリン王さんの頑張りの成果と見るべきかねぇ……」


 一方で簡易的に組まれたテーブルの上でアキヨシ、海里、影月の三人は八番隊が戦っているモンスターの集計を取っている。それは、このエリアに出没するモンスターの分布の調査だ。

 簡単に言うと〈ザントリーフ掃討戦〉以前と以降ではそれが大きく変化した為だ。

 少なくとも二番隊が前回行った時よりも体感で一割ほど〈緑小鬼〉系の出現率が高い。海里の言うとおりに〈S.D.F.〉本部に保管されている情報と照らし合わせればもっと詳細な結果が目に見えるはずだ。それだけの資料を彼らは有している。

 ゲーム時代の記憶を頼りに大体これぐらいのレベルでこんなモンスターがでる、とシブヤ近辺のエリアのモンスター情報を纏めたのが二ヶ月ほど前。それを実際と照らし合わせる作業が終わったのは一ヶ月前。そして、現在はその推移の調査を請け負っている。

 誰から、と言われればアキバの〈円卓会議〉からだ。

 少なくとも〈S.D.F.〉の面々はこの情報には単なる自衛の為程度の認識しか持っていなかったが、そんな事しているとどこからか聞きつけた〈円卓会議〉はそれまでの情報とそれの継続を正式なクエストとして依頼してきた。〈円卓会議〉の使者は「まぁ、俺も詳しくは聞いてないけど必要な事の一つらしいよ」との言葉と、前金として結構な額を提示した。

 その金額に何か裏があるのでは、といぶかしむメンバーも居たのだが「もともと俺らの都合で行っていた無料働きに金を出すというのなら貰っておけ」とギルドマスター・リカルドの鶴の一声でそのクエストを受注する事になり、する事になったからにはこうやって定期的に調査を行っている次第だ。


「どうした、リグレットさん。紅茶は苦手だったか?」

「あ、いえ。そ、それは大丈夫なんですけど……。その、も、申し訳ないというか」


 そして、離れた所に用意された白亜で豪奢なテーブルと椅子でティータイムを取りながら全体を見守っているのはギルファーとリグレットの二人だ。互いに〈料理人〉ではないため、紅茶の入ったポットから直接ティーカップに注ぐという方式だが、紛れもなくそれはティータイムだった。


「なに、指揮官は常に余裕を持っていなくてはいけないだろう?」

「それはそうですが……」


 と、ティーカップを手に取りながらリグレットは周囲に目配せをすると二番隊の五人全員が「こっちは気にすんな」と身振り手振りでアクションを起こしてくる。はめられた、とリグレットは思う。思うが、衆目の下ではあるもののこうしてギルファーと二人で過ごせる時間というのはかなり稀少だ。

 彼はシブヤの有名人でありながら、一人で居る所を目撃される事が非常に少ない。彼の周りには常に誰かが居るからだ。

 司令――リカルドが言うには「そりゃ、観客が居てこその〈道化師〉だろうし。ほれ、化粧を落としたピエロに観客が気付く訳ねぇだろう」とのことで彼のほぼ固有サブ職業である〈道化師〉の何らかの影響なのではないか、とは推測できる。

 彼がロールプレイヤーであることは重々承知している。〈天使の家〉のギルドハウス内では本来の状態らしいが、それを見たことは未だ無い。訪ねていけばおそらく中に通してくれるとは思うが、それは役者の楽屋に押しかける行為だと思っている。

 自分はそこまでの関係性ではない。

 そこまでの関係性を持っているのは自分の知る限りでは〈天使の家〉のメンバーを除けば、それこそシブヤでは司令ぐらいのものだろう。むしろ、近しい誰かを作らないからこその有名人なのかもしれない。

 遠いなぁ、とそんな事でリグレットは自分とギルファーとの距離を感じる。

 はぁ、と自然にため息も零れるというものだ。


「美人の憂い顔というのは絵になるものだが。さて、私で解決できる内容なら請け負うが」

「い、いえ。その、大丈夫。大丈夫です」

「そうか。ならば良いが、私の助けが必要ならばいつでも声を掛けてくれたまえ。貴女の声ならば何所にいても聞き取れよう」

「は、はい。あ、ありがとうございます」

「いや、礼には及ばんさ。それもまた、私に科せられた使命だからな。……話が途中だったな。アキバで催されるこれには〈S.D.F.〉は参加するのかい?」


 とん、とギルファーはテーブルの上に置かれたチラシを指し示す。

 それはアキバで近々催される予定の〈天秤祭〉という名を冠した〈円卓会議〉の一つ〈第八商店街〉が取り仕切って行われる一大イベントを告知するためのものだ。

 一部の〈冒険者〉からは「アキバの全員が参加したとしてもどう足掻いても人数はコミケ以下だろ? 余裕じゃね?」などというどう考えても楽観視しすぎな言葉も出ているが更に一部の〈冒険者〉は「ありゃあ、訓練された紳士淑女の社交場だからな。碌に訓練もされてない俺らと一緒にすんじゃねぇ」との反論もある。つまり、どの規模になるのか皆が皆計りかねているというイベントでもあるのだ。

 シブヤはアキバからは独立したプレイヤータウンであるとはいえ、相変わらずその関係性は近い。それは物理的にも、精神的にもだ。〈天秤祭〉が外にも開かれたイベントであるのならば是非参加したい、と考える者は多い。感覚としては他の学校の文化祭に顔を出す感覚に近いだろうか。


「司令は『俺は参加しないからシブヤの巡回は受け持つ。非番連中は好きにすれば?』と言ってましたが」

「ふむ、リカルドらしいか。リグレットさんは参加するのか?」

「そうですね。どちらにせよ私たちの方で〈大地人〉からアキバへの護衛の依頼が上がってきてますので行く事になるでしょう」


 さらに、このシブヤは〈冒険者〉と〈大地人〉との距離がかなり近い。行商人でもなければそうほいほいと他の街まで赴く事のない普通の〈大地人〉からすれば他の街を見ることが出来る一つの機会でもある。


「あと、アキバの知り合いの何人かが出店をするというので顔ぐらいは出そうかと思っていますが。ギルファー様は……」

「どうしようか、と考えている所だ。私の所の子供らにアキバを見せるいい機会ではあると思うが、こういう祭事には決まって不埒な者どもが出てくるのが相場だ。〈ブレーメン〉や〈リライズ〉〈ACT〉の連中が何か企んでいる、という話も耳にする。なにか事を為そうと決行するならば人の少なくなるその時期だろう」


 さらりとギルファーが口にした三つのギルドはシブヤに籍を置いているギルドだ。活動内容は戦闘生産のバランスがいい小中規模ギルドによくある寄り合いギルドそのものだが、その構成員にはアキバを追放された〈冒険者〉も含まれている。

 追放された事で心を入れ替えていて全うに活動しているのかというとそういう訳ではなく、基本的に〈S.D.F.〉の自警行為やシブヤの取りまとめなどに反目していて毎日何所かで小競り合いを起こしている現状だ。

 そんな連中が何か事を為そう、としているというのならばそれは少なくとも〈S.D.F.〉にとっていい事であるはずが無い。


「……その事を司令は?」

「知っているさ、彼からの情報も含まれている。だが、それを考えれば子共らはアキバで祭に参加させる事で避難させておいた方が良さそうでもあるな。私に敵わないと見るやそういう手を選ばないとも限らないか。――いや、幾ら腐敗した魂(ルーザー)と言えどもそこまで堕ちてはいないと信じたいものだがね」

「一応、私たちの巡回ルートには最低でも日に二回は組み込まれていますから〈天使の家〉のギルドハウスにおいては無事だと思いますが。それに、強行手段に出ようとすれば攻撃と看做されて〈衛兵〉による攻撃対象になってしまいますし」

「――〈衛兵〉か」


 ギルファーはその言葉を小さく呟き、言葉を続けた。


「リグレットさん、一つ忠告しておこう。あまりあのような既知のシステムに信頼を置かない方が良い」

「ど、どういうことですか?」

「――私から見ればアレはアレで一つの欠陥品だ、と言う事さ。何もシステムの全てを否定するわけではない。罪を犯した者を断罪せしめるのが彼らの仕事ならば、彼らの存在は常に天上の者でなくてはいけない。次元を異にする者でなくてはいけないという事だ」


 いいかい、と一つ前置きして次の区を継ごうとしたギルファーは、だが、そこで言葉を区切り別の言葉を口にした。


「――客人だ」




 樹上にてモンスターの間引きをしていた萬は突如自分の腕に出現した紙に視線を落とす。

 ギルファーの〈ビラ配り〉によるものだ。


「『北東の方角、接近者二十六名』ね……」


 紙に書かれていた文言を読み取り視線を上げると、同じく樹上にいるコノハと目が合う。あっちにも同じ文面が届いているのだろう。互いに頷き合い、北東の方角へと視線を向ける。


「コノハ、なんか見えた?」

「森が見える。あ、木が揺れた。萬の方は? 見えた? つ?」

「いやー、それは流石に気が早いんじゃねぇの? そもそもアレ、〈緑小鬼〉だろ。止めとけよ」


 八番隊が戦闘訓練を行っている広場へと繋がる獣道の数は北東の方角には二本ある。その二本の道へと目を凝らしてみても揺れる木々の間に現れるのは〈緑小鬼〉などのこの辺りに生息するモンスターだけだ。それ以外のルートを二十六人もの人数で近づいてくるとすれば、よほどの熟練者か土地感が無くては駄目だし、そもそも二十六人という人数は約四パーティであり一レイドに相当する人数であり、それだけの集団が道無き道を行けばその異変、道無き道のままの行軍など不可能だ。

 と、思考を巡らせた所で萬は完全にギルファーからの情報を信頼しているんだな、とつくづく思う。

 シブヤの〈冒険者〉がギルファーに対して持っている感情は好意か悪意のどちらかだ。萬は当初の〈大災害〉以後では悪意側だった。「そんなに目立ちたいのか」「うるさい」「そんな事をしている状況じゃねーだろ」「邪魔だ」。そんな罵詈雑言を投げかける側にいた。PKしようとシブヤ郊外に出たギルファーを追った事もある。いや、PKを仕掛けたこともある。

 客観的に見ても一対一で相対すれば萬の方が強いのは明白だったからだ。シブヤから少し離れたゾーンで「格好つけてんじゃねぇよ」とナイフを構えて口にした。それに対して彼は「――生憎と、私にそんなつもりは一切無いが。だが、私を格好つけていると評するのならば、君はそれを羨むだけなのか」と言葉を返した。

 萬にとっての〈エルダー・テイル〉での生きた生活はそれが始まりだ。

 盲目と言われても良い。それほどまでに、萬はギルファーを信頼している。〈S.D.F.〉の頭領であるリカルドからしてギルファーのファンを口にしてやまないのだから仕方が無いといえば仕方が無い。


「それじゃ、あと二~三分ぐらいかな、私たちが見つけれるのは。相変わらずギルのあにさんの索敵範囲って大きいよね。……ねぇ、萬。君も同じ〈盗剣士〉なのにこんなに違うものなの?」

「いやいや、俺はほら〈ターゲットサイト〉あるから目視ならアキヨシやリグレット隊長よりも上よ?  まぁ、リグレット隊長はサブ職業のスキルで周囲にいる男の数が把握できるみたいだから、推測でしかないけどギルさんの索敵の広さは〈道化師〉としてのスキルなんじゃないか」

「……なんか、マイナーサブ職業の方が有用になってきてる感じ?」

「それはちげーよ。解らないから、そう見えるんだろ」


 スキルの解明はどの職業であっても第一が手探りで始める。その結果から別のスキルを推測・仮定し、実施して差異を調べ、また別のスキルの解明へと繋げていく。

 現在、もっとも解明と理解が進んでいるサブ職業はその分かりやすさから〈料理人〉を含む生産系職業だろう。なにせ生産職という大きな括りでの共通項(素材を消費して何かを生産する)があるため、当初、発端である〈料理人〉の〈手料理〉から他の生産系職業の〈手作業〉が発想されたように相互で経験値を蓄積することができるからだ。

 だが、逆に言えば〈料理人〉や生産系職業には何が出来るのか、出来ないかがある程度知れ渡っていると言う事だ。もちろん、その膨大で蓄積された経験値を持ってしても〈料理人〉の全てが解明されたわけではない。今も各地で〈料理人〉が研鑽を積んでいることだろう。萬自身が収集した情報の中には噂レベルではあるものの、最高レベル〈料理人〉が生産した料理にはそのフレーバーテキストに「至高の料理」や「究極の料理」といった文言が稀に追加されるといったものや、船上では〈料理人〉に何故か戦闘力のブーストが掛かるなど、どこかで聞いたことがあるようなないような話まであるのだ。解明までの道は長いと判断するしかない。

 一方でマイナーなサブ職業は経験値の蓄積がほぼ小さなコミュニティでのみ行われ、必然として何が出来るかが知れ渡るのには時間が掛かる。そして、表に出てくるのは成功例だけだ。だから、マイナー職のスキルを見て「あぁ、そんなことだ出来るんだ」と隣の芝生を見るようになるのだろう。

 そうなってくると果たして〈道化師〉のどんな能力で索敵範囲が広がるのかは皆目見当が付かない。そう判断せざるを得なかったから萬は先ほどそう口にしただけで、もしかしたら自分が鍛えていない〈盗剣士〉のスキルという可能性もある。


「あ、見えた。見えたよ萬、二の道の方。〈冒険者〉の集団だね」

「おー、本当だ。人数も一、二、三……二十五か? あー、一人隠れてた二十六だ。ギルさんのビラと一致、と」


 相変わらず凄い精度だな、と呆れ混じりに萬は人数を数える。まだ本来なら顔の判別が出来る距離ではないが〈投剣士〉として投擲攻撃に補正の掛かるサブ職業に就いている萬には〈ターゲットサイト〉という投擲の目標へと集中することによる視力の上昇補正を用いる事で顔の判別ぐらいなら――見知った相手かどうかぐらいならば判別できる。そして、気付く。


「コノハ、そっちでも見てみて」

「うん、こっちでも確認。――シブヤの人間じゃないね。つ?」

「だから気が早ぇって、このハッピートリガーめ。お前は知り合いとかいるか、あの中。俺、アキバの知り合い少ねーんだよな」

「やーい、ボッチボッチ! うーん、いないね。でも、装備のグレードから見れば私たちと同じじゃない?」


 ケラケラと笑いながら返ってきた言葉に、確かに、と二十六人の集団へと集中する。先導している〈冒険者〉の装備は自分たちレベル90組にも劣らない代物だ。それに対してその他のメンバーは八番隊と同等程度のものに見える。

 そういえばと、アキバからここに訓練に訪れるギルドもあるという旨の報告があった事を思い出し〈念話〉を起動させる。


「あ、ギルさん? 接近集団は確認しました。――いえ、ちょっと距離があるんで名前とかギルドは解らないですけど、俺たちと同じじゃないかと」

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