08
「総員、戦闘開始!」
二振りの直剣を抜き放ったリグレットはその言葉通りに先頭を駆け抜ける。
相対する敵は亜人系でその数は五。
何れもレベルは自分たちの半分以下。
勝利して当たり前の敵を相手でも、彼女は手を抜くという事は一切無い。
勿論〈大災害〉以前ならばこの程度の戦闘は紅茶を飲みながらであったり、音楽を聴きながらなどのながらプレイであったこともあるだろう。
だが〈大災害〉によって一変した戦闘は本当の戦いだ。
数年ではあるが自衛隊に所属していた事もある彼女ではあるが、その彼女をもってしてもやはりこの戦いというのになれるまでは大変だった。むしろ、ごく普通の――所謂、誰かと戦うという行為の非経験者であろう他の多くのプレイヤー達が戦うことに順応できている事のほうが驚きだった。
――だが、彼女が今現在、手を抜かないのには別個の理由がある。
「アキヨシ、影月、萬、左方三匹任せる。海里、魔法投射用意。コノハは足止めを」
このパーティは〈盗剣士〉が三人に〈暗殺者〉〈妖術師〉〈神祇官〉という比較的アンバランスな組み合わせの為、メインタンクとなる〈冒険者〉はいない。
だからこそ、敵モンスターが攻撃に移行する前に速度を武器に攻めきる戦術が選ばれる。
指揮棒のように振るわれた直剣と号令によってパーティが二つに分かれて動き出す。
リグレットは駆ける勢いそのままにこちらへ突出していた敵モンスターの胴を切り裂き、その傷口に海里の放った氷雨が襲い掛かり、絶命させた。
そのまま次のモンスターへと視線を向ける。……が、そこには既にモンスターの姿はなく一本の矢が地面に突き刺さっている光景が目に飛び込む。
「……足止めを頼んだ筈なんだけど、コノハ」
「スイマセン、倒しちゃいました」
だって弱いんですもん、と言葉を続けたコノハは〈神祇官〉にして弓をメイン武器とする一部で“ジョブエラー”と呼ばれるプレイヤーだ。
“ジョブエラー”。読んで字の如く本人の適正とメイン職業が合っていない〈冒険者〉の事で、もともとゲーム時代から細々と存在していたあえてそういうプレイスタイルを選んでいたというタイプは含まれず、〈大災害〉以後の現実化した戦闘に適応し過ぎた〈冒険者〉を指す。
コノハにとって〈大災害〉の前後ではプレイスタイルが百八十度異なる。
以前は良くて並程度の腕を持つ〈神祇官〉として戦闘五割、生産五割のプレイスタイルだった。大手戦闘系ギルドが駆け抜けてぺんぺん草も残らないほどに攻略法が確立されたレイドクエストを友達と、仲間とキャーキャー騒ぎながら遊んでいた。そんな、中堅プレイヤーに過ぎなかった。
だが、現在はこの有様だ。
手に持つ得物は杖から弓へと変貌し、身に纏うものも〈神祇官〉専用防具として人気の高い巫女服から動きやすさを重視したアクティブな軽装とパンツルックとなっている。サブ職業の方も〈細工師〉というアクセサリーの生産を主とするものから同じ生産職カテゴリの中でも〈矢師〉というより戦闘に直結したものへと変更済みだ。
「無駄ですよ、隊長。そりゃ、良い所を見せたい気持ちも分かりますけど、コノハに足止めなんて頼むだけ無駄ですって。私、見てましたけど眉間に手動クリティカルで一撃でしたもん」
「べ、別に良い所を見せようだとかそんな事はっ!」
「そっかー。隊長の恋路の邪魔しちゃってましたか。それはスイマセン」
「だからっ!」
相変わらず即断即決だよなぁとも、相変わらず仲がいいなぁとも思いながら姦しい女性陣の声をBGMに〈盗剣士〉アキヨシは〈暗殺者〉影月と共にレベル差も相まった圧倒的な速度で三匹のモンスターに襲い掛かる。
初手は影月。身を地面に沈み込むほどに低くし、短刀の柄尻から伸びた鎖分銅を放ち、広く浅くモンスター達の足元を攫う。ダメージと共に僅かに発生した行動阻害効果によって身動きが止まったところへアキヨシが両手の二刀を振るい一刀一匹でその首を刎ねる。
行動阻害が解かれた残りの一匹は攻撃へと移行しようと身を震わせ、もう一人の〈盗剣士〉萬の手から放たれた五つの投げナイフで額、喉、心臓、両肩と十字を刻まれ絶命した。
「うん、こっちも終わり、と。ナイスアシスト、影月」
「いや、もう少し阻害が長く行く筈だったんだけどちょいと浅かったか。ゴメンな、萬」
「は? いやいや、あんぐらいで充分っしょ。あんまり影月がやりすぎるとヘイトがそっちで固定されちゃうし。ただでさえタンクいないんだから分散させねーと」
駆け抜けるように戦闘を終えた男性陣は女性陣とは異なり、簡単な連携確認を行う。
今日、こうやってフィールドで戦闘を行っているのはシブヤ近辺の巡回というのも有るが「うわぁ、やっぱレベル90って凄いや」「連携凄いなぁ」などと口にする彼らの後方にいる見学者、中堅レベル以下のプレイヤーが所属する八番隊メンバーへのデモンストレーションといった意味合いが強い。だからこそ、勝って兜の緒を締める、という行為を見せるのも大事な一幕だ。
八番隊の平均レベルはこのフィールド一帯のモンスターレベルより5程度高く、モンスターのバリエーションも亜人系、魔獣系、虫系、植物系、魔法生命系と多岐に渡るため訓練に適している。獲得経験値で行けばシブヤ近辺にはもっといい稼ぎフィールドも存在しているが、八番隊として行う訓練は基本的にレベルアップを目的とはせずに戦い方の知識を溜め込むことだ。
様々な種類のモンスターの多種多様に渡る攻撃・防御への対処方法や、パーティをランダムに組むことによる臨機応変な連携力の強化。何よりも、自分で考えて行動するというものを目的としている。
それなりに距離の離れたアキバからも訓練に訪れる似た考えを持つ〈冒険者〉もいるぐらいだ。
だが、今日は更にいつもの各隊での持ち回りの訓練とは違う点がある。
それは、
「――見事な連携だ。流石、リグレットさんが率いる二番隊と言ったところだ。普通ならばああ上手く連携はいくまい」
〈天使の家〉のメンバーとの合同訓練であると言うことだ。
見学者達の中から拍手と共に戦闘を終えた二番隊のメンバーに近づいてきた白亜の衣装に身を包んだギルファーは注目を全て集めた所で一息入れ、八番隊達へと言葉を投げかける。
「さて、可能性を秘めた魂の輝きを持つ者たちよ。彼らのように強くなりたくば、魂の修錬を続けその光をより強く輝かすのだ。しかし、その過程で強さを履き違えてはいけない。ただ闇雲に、強さを求めるのならばそれはモンスターや腐敗した魂どもとなんら変わりはしない」
身振り手振りを交えたその言葉回しはともあればゲーム内のNPC演説寸劇の様でもある。僅かに漏れる失笑は見学者である中堅レベルのプレイヤーだけではなく、二番隊の面々からも発している。
「君達はそんなものと同列で良いのか? 否、良い筈が無い。ならば、その強さを武に求めるな。知に求めるな。強さとは心に求むものという事を忘れるな。それを秘めたまま山を越え、海を渡り、空を駆けろ。真の強さはそれでも尚遠い」
もちろん、ギルファーのそれはあまりにも真面目だ。大真面目でそんなことを口にしている。おどけている訳でもなく、照れている訳でもない。だからこそ、それを聞く皆は笑いが漏れてしまっても馬鹿にはしない。
腰から〈エンジェル・ウィング〉を抜き、空へと掲げ、ギルファーは宣言する。
「パーティ編成は道程で決めた通りに。今回は混成パーティとなるが上の者は導くことで道を、下の者は導きを持って未知を埋め給え。――さぁ、魂の修錬を始めよう」
■
前方のモンスターは剣を持った〈緑小鬼〉が三匹に、長槍を持った〈緑小鬼〉が二匹。ヘイトは〈守護戦士〉の使用した〈アンカー・ハウル〉で彼に集中させられている。
なら、
(ボクは、横っ面を叩くのが正解だよね……っ!)
スキルではなく〈追跡者〉として培った洞察力で〈緑小鬼〉の視界の外側へと抜けた〈武闘家〉刹那は右手に持つ棍を振るう。横薙ぎに振るわれた棍は広く浅く〈守護戦士〉へ我先にと群がっていたところへと打ち込まれる。
一瞬、自分にヘイトが集まるが、そのタイミングを見計らったように「〈アンカー・ハウル〉!」と声が響き、同時に手に持っている片手斧が〈緑小鬼〉へと振り下ろされ、再度〈守護戦士〉へとヘイトが集まる。
刹那も続けざまに〈緑小鬼〉達へ今度は棍を使用しての連続突き〈千枚撞〉を放つ。舞い落ちる千枚を超える葉を撃ち抜く、とされているこの特技は前面広範囲への多段突きを見舞うものだ。一撃一撃のダメージは微々足るものだが、その圧倒的な手数を持って敵をその場へと縫い付ける。もっとも、全てがヒットすれば塵も積もればで累積ダメージはかなりのものを見込めるが、〈緑小鬼〉のような小型モンスターに対しては精々数ヒットが関の山。そういった性質から刹那は専ら、自らへと近づかせない為の壁として多用している。
一般的に拳や爪、レガースなどで戦う戦士職の中でも超接近戦型と思われがちな〈武闘家〉だが一部の棍や槍など装備も可能だ。そういうプレイヤーは〈武闘家〉の中でも少数派であり、理由として〈武闘家〉特有の「コンボ」の多様性に幾らかの制限が発生してしまうというものがあげられるが、刹那からすれば使わない「コンボ」なんてものが制限されようが構わないものであり、リーチが大きくなって棍の特技を組み込んだ「コンボ」も数パターン存在しているのだから別にそう大差はない。
〈守護戦士〉と刹那によって一箇所に足止めを余儀なくされた〈緑小鬼〉。強引に行くならば、二人で倒しきれるだろうがその必要性は無い。
「〈ヴォルト・アロー〉!」
宣言と共に後方より飛来した雷の矢が一直線に足止めされていた〈緑小鬼〉を貫く。
直線状に貫通攻撃を仕掛ける雷属性の魔法が走った後、焦げた空気の匂いを追い抜いて赤い風――〈暗殺者〉の少年が駆け抜け、残りヒットポイントを僅かとしていた〈緑小鬼〉達に止めを討っていった。
〈守護戦士〉が足止めし〈武闘家〉が削り〈妖術師〉が殲滅し〈暗殺者〉が掃除をする。
何度か一緒に戦った事のある顔合わせではあるものの、今のは上手く連携できた。刹那はそう思う。〈天使の家〉でのパーティではつい最近同じ戦士職のクリアが加入したが、レベル差と慣れの問題から自分がタンクをやる事が多いため、こういった半ば遊撃に近いポジションと言うのは新鮮だ。こういう戦い方もあるよね、と認識を改めさせられる。
「皆~、続けてくるよ~」
「次は〈緑小鬼〉5に、〈人面樹〉が2!」
更に後方から言葉と共に投げかけられる歌声と回復光。
〈吟遊詩人〉と〈森呪使い〉による前衛組へのバックアップもいい。今ので六連戦目が終わったが、このままのペース配分、役割分担が守れれば例え同レベル帯のモンスターが相手でもあと十回は戦闘を続ける事ができるだろう。
けど、
「――次、ボク、行くよ!」
そこで一息入れる間も無く、刹那は次の戦闘が始まるまでの時間に〈追跡者〉としての非戦闘時特技〈速駆〉と身体能力に飽かせてモンスターの群れへと突撃していく。
(訓練なんだから、いろいろと試さないと)
まずは、出会い頭に大きいのを一発。その後に広範囲へのタウンティング効果を持つ特技でヘイトを集める。そうしたら、皆が追いついてくるまで防御して壁だ。
一般的に防御ではなく回避による壁を担う〈武闘家〉だが、武器を装備していればそれによる武器防御が可能だ。ただ、〈武闘家〉が一般的に用いれる手甲や爪などの防御性能は高くない。その中で、棍の持つ防御性能は群を抜いている。
よくファンタジーモノの漫画やライトノベルで描かれるように、バトントワリングの如くに旋回させる事により盾として扱う事ができるからだ。多分、実際にはそんな事しても盾にならないだろうがそういう特技として設定されている以上、そういう性能を有する。
(ホント、不思議)
〈速駆〉の効果が切れるのを身で感じ、戦端が開かれたのを確認する。
棍を構えなおし、棒高跳びの要領で地面を突いて一足飛びでモンスターの頭上を越える。上空で身体を反転させ着地後の隙を軽減する事も忘れない。
そして、脚が地面に触れると同時。
「――〈岩砕衝〉」
自身の最大の攻撃を御見舞いした。