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05

 第五のプレイヤータウン、シブヤ。

 その大神殿の屋根の上に純白の人影が立ち、空を見上げている。


「――今日の風は優しいな」


 呟く一言は風と交じり合い、掻き消える。

 視線を空から下へと落とすとその双眸が見据えるのはシブヤの街並み。

 午前四時に差し掛かった街並みは徐々に朝の生気に満ちつつあり、命の脈動を見ることが出来る。

 第一区画の煙は〈大地人〉のパン屋である〈ビーンブレッド〉の窯への火入れ。

 第二区画も同じく〈冒険者〉の丼屋〈竹野屋〉に定食屋〈ブラックアイ〉。

 そして魚を積んだ台車で路地を練り歩くのは〈漁師〉の〈大地人〉。

 広場に目を配ると〈S.D.F.〉の顔ぶれ――あれは確か三番隊と五番隊だったか――が警邏の引継ぎを行なっている。


 ――やっと、ここまで戻ってこれた。

 ゲーム時代との活気に比べればその密度はまだまだ届くに及ばない。 

 だが、それは終息していくものではなく息吹くもの。


「――これも天界(ヘブンス・ゲート)の導きか」


 その人影――片翼の天使ギルファーは僅かに顔を緩ませて、そのまま背後に声を掛ける。


「おはよう、リカルド。今朝は早いようだな」

「おぉ、気付かれたか。おはよーさん、旦那」

「風が囁いてくれたのでな。それ故、私に死角など存在しない」

「さすがは旦那だ、格がちげぇや」


 悪戯がばれた子供のように屈託なく笑いながらリカルドはそのままギルファーの横に立ち、同じくシブヤの街並みを見下ろす。


「しかし、ここからどうするかだなシブヤを」

「どうする、とは?」


 つい聞き返したギルファーだが、リカルドが何を言おうとしているかぐらいは理解している。

 アキバに比べて進捗は遅いもののなんとか街としての形は成した。

 だが、それは最低限の要素を満たしただけに過ぎない。

 シブヤを今後どのような街にしていくのか。

 かつてはヤマト内のプレイヤータウンを繋ぐ港街として色合いが濃かったのだ。タウンゲートが機能していれば交易都市として復興することも可能だったろう。だが、タウンゲートが停止している現状では不可能だ。

 いっそ、ナゴヤの辺りに第五のプレイヤータウンとして存在していればミナミとアキバを繋ぐ交易都市としても道もあった。だが、シブヤはアキバに近すぎる。歩けばそれなりの距離ではあるが、アキバを目指してくるような行商人にとっては市場規模も小さい為に昨日の行商人のように小休止場所として使うのが精々だ。


「中途半端なんだよな、シブヤはさ。プレイヤータウンなのに貸金庫や銀行はないし」


 それも痛いところではある。

 〈冒険者〉に必須ともいえる貸金庫に銀行といった設備が無いのだ。もっとも、貸金庫なんかは建物の一室でも借りておけば事足りるのだが銀行はそうも行かない。銀行業をやってみようという話は出たものの結局実現には至っていない。また、銀行業――つまりは自分の金銭を預けるに足る人物などそうはいない。

 そのような様々な結果、大多数の〈冒険者〉は利便性の高いアキバへと移住しシブヤの街は物好きが使う郊外別荘地のような扱いとなっているのだ。


「難しいところだ」


 しかし、郊外の別荘地に定住者がいないのかと問われればそれは否だ。

 千人に満たないとはいえ〈冒険者〉と〈大地人〉がシブヤには定住している。そして、定住している以上その環境を良くしようと考えるのは健全な事だ。


「ほんとになー。ススキノみたいに無法者の街ってのは論外中の論外だし、アキバみたいなのにするんなら皆で移住すりゃいいわけだ。ナカスはまぁ、仕方がないものとして……ミナミはなーんか好きになれねぇしなー」

「ふむ、何故だ?」

「わかんねぇ。わかんねぇけど嫌いだ。あれだよ、生理的にゴメンナサイだ」

「なるほど。確かに君は性格的に相容れないだろうな」


 リカルドはギルドマスターではあるが、ギルドメンバーを進んで引っ張っていくようなタイプではない。どちらかというとギルドメンバーが勝手にリカルドに付き従っている感じであり、ギルド内の力関係も縦の関係ではなくどちらかといえば横の関係だ。

 〈S.D.F.〉というギルドはリカルド直轄部隊である一番隊から七番隊までの各隊六名の計四十二名に予備隊員十七名の計五十九名で構成されている。一応、各隊に隊長は存在しているものあくまでそれはパーティーリーダーというだけであり、隊長職のギルドメンバーと平のギルドメンバーに格差は存在しない。七番隊などは隊長を隊員内で三日交代で持ち回りしたりしているほどである。

 そんな彼らに〈Plant Hwyaden〉のような独裁型のギルドが合わないというのは理解できる話だ。


「現状維持ってだけでも充分なのかもしれねーけど」

「フッ、確かにな。最近は防壁を持たない〈大地人〉の村からの移住希望者が増えていると聞く。〈大地人〉の街として再生するのも悪くないのかもしれないな」

「まー〈大地人〉の中にはまだ俺らのことが怖いってのもいるみたいだけど」

「それは仕方あるまい。ほぼ同じ成り形をしているというのにその一方は目を覆いたくなるほどの魂の輝きスピリチュアル・カラーを持つ者たちなのだからな」

「あー、なるほど。そら確かに怖いか」


 納得したようにリカルドは頷く。見た目は全く同じでありながら文字通り桁違いの膂力を有しなおかつ不滅。

 そんなものを怖れるなという方が不可能だ。まだ、自分達と異なる見た目ならばそれを理由に納得がいったことだろう。


「アキバにはコーウェン卿の孫娘であるレイネシア姫が〈冒険者〉と〈大地人〉の架け橋になっているという。ならばシブヤは街そのものが架け橋になるというのも悪い選択肢ではあるまい。現に、今この街に住む〈大地人〉たちは〈冒険者〉に悪い感情は持っていない」

「そりゃほとんど旦那の手柄でしょーよ。モンスターに襲われてたり路頭に迷ってた〈大地人〉を片っ端から助けて歩けばそりゃ信頼されるさ」

「考え違いをするな、リカルド。私は迷える魂を助けただけでそこに〈冒険者〉や〈大地人〉といった区別は無い」

「まったくほんと呆れるほどにカッコいいな、旦那は。惚れるぜまったく。どうよ、うちのギルドのギルマスやらない?」


 屈託なく笑いながらも、ギルファーを見る眼は真剣そのものだ。もしここでギルファーが頷けばリカルドは喜んでその座を明け渡すだろうし〈S.D.F.〉に所属しているメンバーもそれを拒みはしない。むしろ歓迎するものの方が多いだろう。

 だが、ギルファーはそれに頷くことはしない。


「リカルド、それではいろいろとつまらなすぎるだろう? それに、今の私は子育てで精一杯だ」

「そっか。まーた振られちったよ」

「懲りないな、君も」


 そう呆れながらもこぼすギルファーの顔は、どこか楽しげだ。


「――ん、どうした?」


 不意にリカルドが左手を耳に当ててここにいない誰かと話し始める。

 リカルドは癖として念話をする際に左耳をふさぐように手で覆う。電話機を使用する際の名残のようなものだろう。その癖は〈冒険者〉の中でも多い部類だ。

 ちなみにギルファーは両目を閉じた状態で天を見上げる形で念話を行なうことが多い。


「んっと、すまん旦那。呼び出し来たわ」

「あぁ、アキバへの護衛か? 今日は何番隊が担当なんだ?」

「ご名答で二番隊だよ」

「なるほど、美しき戦乙女か。彼女達ならば憂いはない」

「だよなー。実際うちのギルドの全権持ってるの彼女だもんなー」


 〈S.D.F.〉二番隊隊長リグレット。ギルファーが美しいと称する通りに美人に属する女性で、体感で三割増しほどの美形へと変貌を遂げている中でも「あぁ、この人は美人だわ」と感服するレベルにある。だがとっつきにくさは微塵も感じられずその見た目とにじみ出る雰囲気はまさに陽性の美女といったところだ。もっとも、彼女を口説こうとしたものは元自衛隊員にして柔道で五輪代表候補に名を連ねた実力を持って投げ飛ばされるというオチが待っていることになる。


「まぁいい、私も共に行こう。見送りぐらいはさせてくれても構わんだろう?」

「むしろ旦那が来てくれれば皆のテンションも上がるしお願いしたいぐらいだ。知ってるだろ? うちのギルドって旦那のファン多いんだぜ? ちなみに俺はファンクラブナンバー002だから」


 懐から取り出したのは名刺大サイズのカードには


『片翼の天使ギルファー ファンクラブ No.002』

『メイン〈守護戦士〉 サブ〈鉄壁〉』

『プレイヤー名 リカルド』


 と刻印されている。

 それをしばし呆然と眺める。 


「……初耳だな、それは。いや、ファンクラブ(そんなもの)が存在していたのか?」

「おう、だいたい三ヶ月ぐらい前からかね? 今は三百人位いるんじゃないかなー」

「シブヤの人口の三分の一に近いじゃねーか……」


 その事実に唖然とした表情で言葉が漏れる。

 ギルドハウス外でここまで表情が崩れるギルファーも珍しい。


「びっくりだよな……。その内の七割は〈大地人〉なんだぜーって、いま旦那素に戻ったな?」

「……。私もまだまだ精進が足りない、か。こんなことでは天界ヘブンス・ゲートへは帰ることが叶わないな」

「ま、続きは話しながら道中のんびり行きましょうぜ」







 目を覚まして一番最初に目に飛び込んだ映像は知らない天井だった。

 次いで、壁に掛けられている時計に目を移すと愕然とする。長針が指し示している数字は十一時。

 窓の隙間から差し込む陽の光から察するに深夜というわけではないことを察するに余りある。〈大災害〉からこっち最低限の宿泊施設にしか寝泊りしていなかったクリアは久々のふかふかのベッドで熟睡しきっていたらしい。


「うわ……寝すぎちゃった……」


 ベッドから降りて軽く自己嫌悪に陥る。

 昨日はあのあとマユと料理談義に花が咲き、夜遅くまで話し込んでしまった。料理とは生きる糧であり誰かに振舞うものではなかったクリアにとって誰かに振舞う料理を作るマユの話は面白かったし為になった。

 今まで一人で生きてきてこれからも一人で生きていくんだ、と心に誓っていた自分は不思議ともういない。

 確かに今まで生きてきた中でもそういう関係性の友達というものに憧れたりもしたが、彼女の家庭環境はそれを許しはしなかった。

 だからこそ「クリアちゃんは何の何某さんじゃなくてクリア=ノーティスでしょ?」というマユの言葉はクリアの頭を盛大に引っぱたいた。

 なにも、こっちの世界でまで作り上げた自分でいなくてもいいのだ、と。

 些か性急にその答えに辿り着いてしまったのが過去の自分を鑑みると不思議でしょうがないが辿り着いてしまったのだから仕方ない。

 本当の自分で生きてこう。


「――よし、」


 パン、と勢いよく顔を叩き自らに渇を入れる。

 とりあえずは寝坊してゴメンナサイかな、とか考えている自分に気付いて驚くがそれはそれで心地よい驚きだ。


「あー、おねーちゃんおきたー!」


 だが、その驚きは勢いよく開け放たれた扉によって上書きされる。


「こら、ジュジュ! 大きな声出さないの……って、おはようクリアちゃん。よく寝れたって聞くだけ野暮よね?」

「そうですね、お恥ずかしながら熟睡でした。おはようございます、マユさん」


 一瞬の硬直もつかの間で、ジュジュと呼ばれた女の子を追いかけるように現れたマユと挨拶を交わす。


「おはよーじゃなくてこんにちはーだよ? おねーちゃんはおねぼうさんだよー?」


 一方で頬っぺたに人差し指を当てて首を僅かに傾けるという可愛らしい仕草をとるジュジュ。

 なるほど、この子がここで育てている〈大地人〉の子供の一人なんだ。


「そうだねー。このお姉ちゃんお寝坊さんだねー。ジュジュは七時にちゃんと一人で起きれるのにねー」「うん! ジュジュはちゃんとひとりでおきれるんだよー」

「あー、うん。一人で起きれなくてごめんなさい」


 得意げに胸を張るジュジュは六、七歳といったところだろうか。

 そんな小さな子に一人で七時に起きている、と言われれば寝坊した(言われた)側は素直にごめんなさいをするしかない。図らずもマユたちに向けて言おうとしていた言葉を使うことになった。


 ――それにしても可愛い。


 考えてみれば昨日初めて〈天使の家ハウス・オブ・エンジェル〉に来たときは子供達は全員夢の中だった。だから、ジュジュとは今が初対面だ。

 ツインテールに結わえられた淡い栗色の髪に大きな二重の瞳。体つきはまだ童女であるがその身体からにじみ出る愛嬌の良さは抜群。大人へと成長した姿を想像してみればどこぞのJRPGのヒロインといっても納得できるだろう。


「ま、謝るような事でもないけどね。どうする? まだ眠る?」

「おはようって言ったんだから起きますって」

「じゃあじゃあ、ジュジュとあそぼ? アインとリッカもよんでくるからよにんであそぼ?」


 とてとてとて、という擬音を発するような足取りで近づいてきたジュジュがクリアの腕を取り、引っ張る。

 アインとリッカというのは残りの子供達だろう。


「えーっと……」


 こんな小さな子供と遊んだ記憶などない。

 どう返事したものか、と言葉に詰まる。


「あぁ、遊んであげてもらえる? その間にお昼作っちゃうから」


 その隙を突くように発せられたマユの一声で腕を引っ張る力が強くなる。


「あのね、あのね。ジュジュ、おままごとするのー」

「う、うん。わかった。わかったから、ちょっと着替えさせ……っ!」


 可愛らしい童女に軽やかに拉致される。


「いってらっしゃーい」


 そして、それを笑顔で見送るマユ。


 自分の意図せぬ予期せぬ方向に事態は勝手に進んでいく。


 ――あぁ、なんかこういうのって。


(……幸せ、だな)

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