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 紅焔の奔流がワールドマスターの猛攻をそのまま灼き尽くす。

 アザゼルにとって、人型のモンスター相手は最も得意とするところ。

 関節があれば、その可動域を超える動きは基本的に出来ないし、今現在のワールドマスターの猛攻もただやみくもに腕を使っている以上は、肩と肘、そして腰や足の動きを注視すればその軌道を読むのは容易い。

 それに加えて今回の相手が使うその動きは自分たちが見知った代物。

 そもそも、自分たちと同じ技を使用する、と言われればなんだそのチートと思うかもしれないが、その考え方は根本的に違うのだ。

 勿論、ゲームとして考えればチートと言ってもいい能力だろう。

 だが、違うのだ。

 例えば、身長が2メートルの身体で放つ正拳突きと、身長が1.7メートルの身体で放つ正拳突きが同じ筈がない。

 例えば、各人の身体のバランスが均一である筈がない。

 例えば、同じ詠唱を紡いだとしても音階が同じである筈がない。

 〈大災害〉直後の自分の本来の身体と〈冒険者〉の身体との差異に悩まされたのと同じだ。

 同じ身体を持つ存在がいない以上、同じ動きが出来るわけがない。

 ならば、そのちぐはぐでアンバランスな攻撃や防御など恐れるに足りず。

 軌道は不確か。

 重心は乗らず。

 力は不伝導。

 自らに飛来する攻撃を両の拳で打ち落とすのはアザゼルにとっては児戯に等しく、彼我の距離を確認する。

 〈必殺の一撃〉は確かに特技の威力を減衰無く撃ち出す技術。

 だが、それを放てば必ず最高威力が発揮されるのかと問われれば否だ。

 全てを自らの技術で放つ以上、全てを自らで定めなくてはいけない。

 二歩半。

 それだけ踏み込めば、最高威力の〈必殺の一撃〉が放てる。

 放てるのだが、その二歩半が遠い。

 彼の持つ正規(・・)のコンボは二種の基本系とそこから派生する四種類の六種類。

 システムの特性上、コンボとコンボの間にはクールタイムが存在してしまう。そのコンボのなかに移動技をも組み込まれている為に、そのコンボの継ぎ目の時間に僅かに詰めた距離を離され、体勢を整えられてしまう。

 その為に、絶対的に届かない距離が二歩半なのだ。

 だから。

 だから、アザゼルは一つの〈天界技〉を発動させる。

 〈真・拳闘リアリティ・ボクシング〉。

 それは、あらゆる『エルダー・テイル』の特技の全てを封印する代物。端的に言えば〈武闘家〉ではなく、自らを『ボクサー』とする、まるでデメリットしか存在しない〈天界技〉――〈口伝〉だ。

 だが、アザゼルにとってはそれでいい。

 動きが制限される〈冒険者〉としての戦闘よりも、動きが自由である『ボクサー』としての戦闘の方が歴が長い。

 ならば、恐れる事は何処にもない。


「――シッ!!!」


 先程と同じコンボを手動で繰り返す。

 防がれながらも肉薄する。

 そのとき、後方で――ギルファーを置いてきた辺りで莫大な圧力が発生した。

 ギルファーが言っていた5%の勝算の根拠だろう。

 目の前の敵は、それに驚いたように動きを僅かに止める。


「――――シッ!!!」


 それを見逃すほどアザゼルは優しい男ではない。

 間髪入れずに二歩半の距離を詰め、拳を握りしめ、叫ぶ。


「一撃必殺ッ!」


 流れるように放たれた〈必殺の一撃〉がワールドマスターの腹部を容易く貫通し、その背中が爆ぜる。

 そして。


 ――捕まえたぜ、アホウが。


 ニヤリと笑いながらワールドマスターをクリンチし(抱きとめ)、アザゼルは最後の言葉を吼える。

 まるで、正義の味方のように。


「やれッ!!」



 シブヤの街。

 〈S.D.F.〉二番隊隊長リグレットは、その街中を一人、巡回しながら溜息を一つ吐く。

 自分たちがアキバの『天秤祭』に〈大地人〉の護衛兼自分たちの息抜きとして赴いていた際にシブヤの街で行われた大捕り物。

 悪逆ギルドであった〈リライズ〉の解体。

 それを一番隊のメンバーとギルファー様、そして〈大地人〉の有志の手によって成し遂げた、という事実が僅かに自らの胸に棘を残しているのだ。

 〈リライズ〉は〈ACT〉と並ぶ仇敵だ。被害の度合いで言えば、〈ACT〉を超える。

 彼らを打ち負かす、とまではいかなくてもシブヤを守る為にはどうにかしなくてはいけない相手、というのは紛れもない事実だった。

 必要とされなかった、とは思いたくはないし、あの時に自分たちが行っていたのはシブヤの〈大地人〉の護衛。

 悪を成敗する事と、弱者を護る事のどちらを優先するか、などと決めれる話ではないし、優劣を付けれる話でもない。

 ただ。

 リグレットはもう一度、溜息と共に呟く。


「せめて、何か一言言ってくれればいいのに」


 今だってそうだ。

 アキバから帰ってきて一週間後。日付にして五日前。

 一番隊とギルファー様は忽然と姿を消した。

 とは言いながらも、そもそものギルファー様は〈ロデリック商会〉からの依頼でよく蟲系モンスターのドロップ品を収集しているので一週間単位でシブヤを離れる事はそう珍しい事ではない。

 一番隊に至っても、リカルドと推定有罪の二人こそ毎日ギルドの集会所に顔を出してはいたが、残りの三人はぱぷりかは自室でひきこもって裁縫マシーンと化しているし、ライサンダーはギルファー様以上に蟲系モンスター相手にヒャッハーしに、M・Dはアキバの奥さんの元に顔を出しに行っているか醸造所に籠っているかの二択。つまり、自由人の人らなので四、五日顔を合わせなくてもそう不思議な事ではない。

 〈念話〉が通じない事から、六人でどこかのダンジョン――シンジュクの下層、〈念話〉の通じないダンジョンに潜っているのかもしれない。

 だが、昨日、〈スラム街〉に行った三番隊から聞いた話では〈ACT〉も彼らと時を同じくして姿を消したのだという。

 ギルファー様と一番隊と〈ACT〉。

 アキバから移住してきた身である自分は、〈大災害〉当時のシブヤを知らない。

 ただ、シブヤからアキバに避難してきた〈冒険者〉や〈大地人〉の話によく出てきたのは彼らだ。

 それも、明らかに作為的な頻度で、だ。

 曰く、〈ACT〉が無法地帯と化したシブヤで暴虐悪逆の限りを尽くしている。

 曰く、〈S.D.F.〉が〈ACT〉から〈大地人〉を護っている。

 曰く、片翼の天使ギルファーとかいうふざけた〈冒険者〉がふざけている。

 そんな話を、シブヤから逃げてきた人は必ず口にした。

 〈大災害〉当時のアキバを経験したら簡単に解る事だが、そんな事が――ある筈がない。

 無法地帯と化した場所で、たった一つのギルドのみが悪逆を働く訳ではないし、それに対抗する為に立ち上がるのもたった一つのギルドだけである筈がない。

 あの時は、アレはもっと混迷として混沌としたものだ。

 誰を信じていいのかなんて誰にもわからない。

 そんなものだった筈だ。

 正義と悪が混濁していた。誰から見ても分かる、万人が認める正義と悪が一つずつだなんて、日曜朝の特撮みたいな事がある筈がない。

 そして、五日前。

 その正義と悪が同時に姿をくらませた。

 ならば、そこに何らかの符丁があると考えるのはおかしな事だろうか。

 考えたくは無いのだが、このシブヤの現状は、日曜朝の特撮(・・・・・・)なのではないだろうか。

 〈S.D.F.(正義)〉と〈ACT()〉が存在する、舞台。

 勧善懲悪の誰にでもわかりやすい寸劇。それは、ストーリーテラーが存在するという事であり、主要の演者はオファーされたものであり。

 つまり。

 つまり。


「――そこら辺にしとけよ、リグレットさん」


 と、背後から聞きなれない声で言葉を投げ掛けられる。

 振り向き、顔と共に名を改める。


「サブロウタ……さん、ですか。えっと、何か困り事ですか?」


 読み取ったのは〈サブロウタ〉という知らぬ名。

 リカルドやギルファーほどではないにせよ、シブヤの住人の名前はある程度覚えている。その中で見覚えのない名前という事は、何処か他のプレイヤータウンからやってきた〈冒険者〉だろうか。


「んー……。いや、困ってるのはそっちでしょ? あと、俺は〈詐欺師〉だからステータス表記はデタラメだぜ?」

「……その〈詐欺師〉の方が何用ですか?」

「いや、アンタに伝言頼まれててな、道化師様から」

「――道化師、様?」

「心当たりは有るだろ? 我らが稀代の『ストーリーテラー(詐術師)』にして、シブヤの街の真なる邪悪。悪であることを知りながら悪を成して有象無象を導く善性と為す。――片翼の天使様だよ」

「貴方は、何を――」


 目の前の詐欺師を名乗る人物は、少なくとも、自分よりもこの街の事を知っている。


「まぁ、あまり〈S.D.F.(あんたら)〉と顔を合わせるなって言われちゃいるんだけど。あまりにもあんたが不憫過ぎてなぁ。――ほれ、どっかで茶でも飲みながら俺の独り言(・・・)でも聞いてみないか」



 アザゼルが肉薄していく光景を、ギルファーは片膝を着き、荒れた呼吸を整えながら見定めていた。

 正直なところ、アザゼルとワールドマスターとの戦いには一切着いていけない。

 あれは、彼にとって一段上の戦いである。

 それを、羨ましげに眺める。

 ギルファーはまだ戦える方の〈冒険者〉であるものの、長時間の戦闘行為、というものは精神的に持たない。技術だけならばそれなりに対抗できるが、集中の持続力、という点でアザゼルやリカルド、✝ラグナロク✝には遠く及ばない。もっとも、かつての眼精疲労に比べれば幾分マシではあるのだが。

 一度視線を切り、大きく息を吸い込み、静かに吐き出す。

 これからワールドマスターを打破するために発動する〈天界技〉を前に、緊張している自らの心を落ち着かせるために。

 何故なら、会得して以来一度も発動してないからであり、発動後には自らは大幅な経験値の減少と共に大神殿へと行く事になるからだ。

 言うなればそれは特攻技。

 自らが内包する〈魂の輝き〉を力へと変換する、禁技と呼んでも差し支えの無い代物。


 ――その名を〈道化の切り札(ジョーカー)〉。


「……また、経験値を稼がねぇと」


 ごう、と自ら溢れた莫大な虹色の輝きがと共に甲高い音がギルファーの身体から発せられた。

 ワールドマスターへと視線を向けると、視線が交錯する。

 そして、アザゼルの咆哮が響く。


「――やれッ!!」


 下半身に力を籠め〈ライトニングステップ〉発動し、彼我の距離を一気に縮める。

 発動の終わりと共にその加速を生かしたままの〈クイックアサルト〉。

 雷速の如き速さによる一閃。

 その中で二つの視線が交錯する。

 当たり前だ。

 刃は、いとも容易く、そして呆気なくアザゼルごとワールドマスターの身体を貫く。

 瞬間、身体に纏わりついていた虹色の輝きが、ギルファーそのものを虹色の輝きへと変換し、流れるようにその全てが愛剣〈エンジェルウィング〉へと収束し、持ち主を失った〈エンジェルウィング(天使の翼)〉は一際大きな音で嘶き、煌めきを放ちながら爆散する。

 ゾーンを埋め尽くさんとする圧倒的な煌めきが消え去るのと同時に、ワールドマスターもまた漆黒の泡となり、消えた。

 残されたのは、ただ一人。


「――チ、最後の最後で俺に〈失敗の成功〉を発動させやがって」


 アザゼルは、少し不満げに、そしてだるそうに仰向けに倒れた。

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